8月10日、内閣改造を終えて官邸を歩く岸田文雄首相。
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7月14日、岸田首相は萩生田経済産業相(当時)に対し、できる限り多くの原発の稼働を進めるとともに、火力発電の供給力を追加的に確保するよう、指示した 。今冬の電力需給の見通しが依然として厳しいためだ。
電力不足に代表されるエネルギー問題は世界的な課題だが、それが最も深刻なのがヨーロッパだ。
ロシアとの関係の悪化に伴うエネルギー問題の深刻化、特に天然ガスの不足を受けて、ヨーロッパでは今冬に計画停電が実施される恐れが出てきている。
例えばドイツ連邦ネットワーク庁(BNetzA)のクラウス・ミュラー長官によると、同国が今冬の計画停電を回避するためには、国全体のガス消費量を2割削減しなければならないようだ。
ドイツは従来、9月1日までに国内のガス貯蔵量を、容量の75%まで溜める目標を立てていたが、これを8月13日に前倒しで達成した。
10月1日には85%までに、11月1日には95%までガスを溜める計画だ。ただし、仮に100%になったとしても、ロシアが完全にガスの供給を停止すると2カ月半程度で枯渇するという厳しい現実がある。
ノルドストリームのヨーロッパ向けガス供給量のグラフ。5月ごろの水準の8割減という状況になっている。
ENTSOG Transparency Platform
7月下旬以降、ドイツとロシアを結ぶガスパイプライン「ノルドストリーム」は、容量の2割ほどしか稼働していない(図表1)。ロシア最大のガス会社ガスプロムはガスを送付するタービンの不良をその理由に挙げている。
しかし、仮にタービンが改良されても、ロシアからのガスの供給が元に戻る保証はないばかりか、停止する恐れすら意識される状況だ。
8月3日、シーメンス・エナジーを視察するドイツのショルツ首相。ロシアのガスパイプライン「ノルドストリーム1」に輸送される予定のガスタービンの横に立ち、タービン修理に支障はないことを報道陣にアピールした。
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一方、ドイツがロシア以外の国から液化天然ガス(LNG)の輸入を増やすにも限界がある。
これから冬季を迎え、ガスの需要増が確実なのにもかかわらず、さらなる消費の節約を呼びかけざるを得ないところに、ドイツのエネルギー事情の厳しさを感じざるを得ない。
そうした状況の下で、ガスプロムは8月31日から9月2日までの3日間、現在唯一稼働しているタービン施設の保守点検作業のためにノルドストリームを停止すると発表した。
ドイツ側のパートナー、シーメンスとの共同作業であるが、この発表を受けて、ヨーロッパの天然ガス価格は一時前日比で10%近く上昇するなど緊張が走った。
イギリスも年明けに計画停電を想定
9月に新首相が誕生するイギリスでも、2023年1月に計画停電の実施が想定されている。ブルームバーグが政府関係者の話を元に伝えたところによると、大寒波が訪れた場合、英国は4日間程度の電力不足に陥り、天然ガスの削減策の発動と計画停電の実施を余儀なくされる模様だ。
計画停電がささやかれる背景には、ヨーロッパ大陸からの電力輸入が減少するとの予想がある。
イギリスでは、ロシアの「ウクライナ侵攻」前の2021年秋からガス価格が高騰、中小のエネルギー小売事業者が相次いで破綻するなど、早期から社会問題化していた。
イギリス・マンチェスターの住宅にあるガスメーター。
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景気の急回復に伴うエネルギー需要の増加に加えて、風力発電の不調による電力供給量の減少が主な理由だったが、そこにロシアのウクライナ侵攻が加わり、ガス価格は急騰した。
英国立統計局(ONS)によると 、イギリスが2021年に輸入した天然ガス(金額ベース)のうち74%がノルウェー産であり、ロシア産は5%弱に過ぎなかった。
しかしロシアとの関係の悪化に伴い大陸の市場で天然ガスの需給がひっ迫し、価格が急騰すると、英国もその影響を受けることに。本格的なガス不足が意識されるようになった。
こうした状況を受けてイギリスでは、2017年に閉鎖された国内最大のガス貯蔵施設(ラフ)の再開に向けた動きも加速している。
9月頭に誕生する新首相(現状ではボリス・ジョンソン首相の片腕だったリズ・トラス外相が有力視されている)は、就任して早々に冬季に向けたエネルギー政策を打ち出す必要に迫られることになる。
COP26にあわせた会見でスピーチするイギリスのボリス・ジョンソン首相(2021年撮影)。
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イギリスといえば、2021年秋にスコットランドのグラスゴーで開催されたCOP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)のホスト国が同国だった。
化石燃料の利用削減を声高に主張したジョンソン首相だったが、そうしたムードは深刻なエネルギー高を受けて一掃されてしまったかのようだ。
欧州全体が「エネルギー問題→景気停滞の進行」につながるリスク
ここで話を物価に転じたい。記録的なインフレに苛まれるヨーロッパだが、その主な原因はエネルギー高にある。ユーロ圏の消費者物価の前年比上昇率に対する各構構成項目の寄与度を確認すると、その大半を占めているのはエネルギーだ(図表2)。
しかし同時に、財やサービスなどエネルギー以外の項目の寄与度も徐々に拡大している。
ユーロ圏の消費者物価の推移。
ユーロスタット
このように、ヨーロッパではインフレのすそ野が着実に広がっており、賃金インフレ(賃金の増加がインフレの加速や高インフレの定着につながること)の性格を強めている。
そのため、 世界的なインフレの「加速」は今年の夏にもピークアウトすると考えられているが、ヨーロッパではディスインフレ(インフレ率の低下)が進みにくいだろう。
警戒されるのが、ドイツのみならず、ヨーロッパ各国で冬季にエネルギー問題が一段と悪化する展開だ。頼みの綱でもあったフランスの原発は、設備の老朽化や水不足で不調に陥っている。
仮に大寒波がヨーロッパを襲い、ロシアからのガス供給も回復しなければ、多くの国でエネルギー高が進み、やはり計画停電が実施される恐れが大きくなる。
「日本のインフレ」に欧州のエネルギー問題が影響する
日本では、最新7月の消費者物価が前年比2.6%上昇と、前月(同2.4%)から伸びが加速した(図表3)。とはいえユーロ圏(同8.9%)や米国(同8.5%)に比べると、マイルドな上昇率にとどまっている。
日本の場合、欧米と異なり企業部門が原材料価格の上昇コストを負担するため、消費者物価は上昇しにくいという特徴がある。
日本の消費者物価の推移
総務省統計局
とはいえ、日本で2%台のインフレが続くことは、近年稀に見る状況と言える。
インフレの主因は、ヨーロッパと同様にエネルギーにあるが、日本の場合はさらに食品の値上げが顕著だ。両項目とも、ロシアのウクライナ侵攻に伴う市況高と急速な円安の影響を受けている。
財価格の押し上げ幅は拡大しているが、一方でサービス価格は、携帯電話の通信料が引き下げられた影響から、前年割れの状態が続いている。
8月と10月にはこの通信料引き下げの影響が剥落することから、サービス価格もまた前年比プラスに転じると予想される。一方でエネルギー価格の押し上げ幅は縮小する見込みだ。
そのため、日本でもインフレ率の低下(ディスインフレ)が緩やかながら進むだろう。
ただし、仮に今冬のヨーロッパでエネルギー問題が悪化した場合、日本のインフレ率は高止まりするかもしれない。
エネルギー問題の悪化を受けたヨーロッパでガスの価格が上昇した場合、契約の方法が異なるとはいえ、日本もまたその影響をある程度は被らざるをえないためだ。
当然ながら、いま日本が直面しつつあるコストプッシュ型のインフレの長期化は、日本の景気に悪影響を及ぼす。日本のインフレに、看過できないリスクを持つヨーロッパのエネルギー動向には注視が必要だ。
(文・土田陽介)