「不況になれば従業員も強気なことは言えなくなる。オフィス出社を命じるチャンス到来だ」と経営者は考えている。だがその見込みは外れるかもしれない。
Pete Ryan for Insider
レイオフ、減給、ボーナスの取り消し。不況はいつも私たちを不安に陥れる。しかし新たな景気後退が目前に迫る今、何百万人ものアメリカ人がこれまでになかった不安を感じている。新たに手にした「自宅からのリモートワーク」という自由を失うことへの不安だ。
労働者たちは、上司がリモートワークを嫌っていることを知っている。会社が皆をオフィスに呼び戻さないのは、空前の売り手市場が理由であることも。しかし、活発だった転職活動の波が落ち着きつつある今、気がかりなのはこの先どうなるのかということだ。私たちは逆回転を始めたリモートワーク革命のさなかにいるのだろうか?
たしかにその見方は一理ある。労働者としては不況下で解雇されたくはないので、雇用主の要求には従わざるをえない。多くの企業は、雇用市場の冷え込みに乗じて在宅リモートワーカーらを鞭打とうとしていることは間違いない。
ウォール・ストリート・ジャーナルは最近、CEOらの間では景気後退によって「もっと強気に従業員にオフィス復帰を命じられるようになる」という思惑があると報じた。「キッチンカウンターに別れを告げよ。不況になればわれわれは皆、会社のデスクに無理やり連れ戻されることになるのだ」
しかし、そのような暗澹たる予測は重要な要素を見落としている。全米の企業がリモートワークやハイブリッドワークを拡大させたのは、売り手市場のなかで従業員を引き留めるためだけではない。経営資金の節約も目的のひとつだ。
経済が減速している今、企業はその経営資金に関しても非常に厳しくなっている。そして、もし状況がさらに厳しくなれば、企業はさらなるコスト削減策としてリモートワークに目を向けるだろう。
以降では、この先リモートワークが過去のものになるどころか、不況によってさらに加速する可能性がある4つの理由を紹介する。
1. リモートワークは賃料節約につながる
不況になると、経営者は最初にコスト削減の方法を模索する。どの企業にとっても、出費が最もかさむものといえばオフィスの維持だ。
まず、オフィス自体に賃料がかかる。マンハッタンのような地価の高い場所では、1平方フィート(約0.09平方メートル)あたり75ドル(約1万円、1ドル=136円換算)ものコストがかかる。他にも、照明代、空調代、スナックやコーヒーなどの軽食代、清掃費に警備費、従業員が壊した高級チェアの買い替え代……などのコストを計算に入れなければならない。オフィスを手放してしまえば、これらの経費はたちどころに消えてなくなる。
羽振りがよく、福利厚生の充実ぶりで長年知られていたテック業界はすでに「オフィス大縮小時代」に突入している。
広告市場の悪化を乗り切るのに苦労しているツイッター(Twitter)はサンフランシスコのオフィスを閉鎖し、カリフォルニア州オークランドの新オフィス開設計画も中止した。加入者が激減しているネットフリックス(Netflix)は、カリフォルニア州にある約18万平方フィート(約1万6700平方メートル)のオフィスを転貸することを決めた。時価総額がピーク時から5000億ドル(約68兆円)も暴落したメタは、ニューヨークのオフィス拡張計画を凍結している。
職場管理プラットフォームのロビン(Robin)が最近行った調査では、46%の企業が今後1年間にオフィススペースを縮小する予定であると回答しており、そのほとんどは縮小幅について少なくとも元の規模の半分にするという。リモートワークを嫌う経営者が不況のおかげで優位になったとしても、オフィスが小さくて従業員全員を収容できなければ、全員にオフィス復帰を命じることはできなくなる。
2. リモートワークは昇給代わりになる
アメリカではインフレ率が8.5%に達し家賃や食料品価格が高騰しているため、労働者は大幅な昇給を訴えている。しかし不況下では、企業は給与にこれ以上のコストをかけにくい。
そこで、会社を倒産させることなく従業員をなだめるには、従業員が最も気にかけている特典、すなわちリモートワークを継続するという方法がある。平均的な従業員はリモートワークを非常に重視しており、これを7%の昇給に相当すると考えているとする調査もある。
「大退職時代(Great Resignation)」のさなか、企業はすでにリモートワークを活用し、昇給に伴うコスト増の歯止めが利かなくなるのを避けている。この春に行われた企業調査では、38%の企業が賃上げ要求を抑える方法としてリモートワークを許可していると回答している。
そして今後数カ月、企業がコスト削減にますます躍起になるにつれ、この割合はさらに上昇する見込みだ。同じ調査で、41%の企業が、給与の上昇を抑える方法として今後1年間は従業員にリモートワークを認めると回答している。
3. リモートワークなら人件費が安い地域の人材を雇用できる
企業が当初、リモートワークやハイブリッドワークに移行したのは、賃料を節約し、従業員に迎合するためだったかもしれない。しかし今では、リモートワークの最大のメリットがもう一つあることが認知され始めている。それは、以前よりもはるかに広大な人材のプールから従業員を採用できることだ。
リモートワークのおかげで、企業はオフィスを構えている大都市に限らず、給与が大幅に安い地方に住む労働者を雇えるようになった。これが結果的にかなりのコスト削減をもたらしている。
テキサス州オースティンではコロナのパンデミック以来、テック企業が大々的な採用活動を行っているが、ホワイトカラーの専門職の給与はシリコンバレーの同業者の73%にとどまっている。ケンタッキー州ルイビルのように比較的小さな都市では、その「割引率」は50%に近いことが、報酬・給与データ調査会社LaborIQの調べで分かった。遠隔地であればあるほど、その恩恵は大きい。
海外での人件費はさらに割安だ。アメリカにおいて、リモートで働くアメリカ人シニアソフトウェアエンジニアの年俸相場は約19万ドル(約2580万円)である。しかしリクルーティングプラットフォームのラスキー(Laskie)によれば、ラテンアメリカの同じポジションのリモートワーカーの給与は約9万1000ドル(約1240万円)だ。
それゆえ、いま多くのテック企業がアメリカ国外のエンジニアを採用し始めている。経済が低迷すれば、さらに多くの企業がこの動きに追随する可能性がある。予算不足に陥れば、これまで外国人の採用には消極的だった企業も、その採用に踏み切る可能性が高くなる。
4. リモートワークは解雇を回避できる
パンデミック発生当初、アメリカの企業はパニックに陥り、記録的な数の従業員を解雇した。しかし、これは結果的に悪手となった。1年後に景気が回復したとき、多くの企業は消費者需要の急増に対応できなくなってしまったのだ。企業は仕方なく、人員補充のために目玉の飛び出るような給与と契約ボーナスを労働条件として提示せざるを得なくなった。
結局、多くの従業員を船から放り出してその場をしのぐよりも、彼らを船に乗せたままコロナ禍の嵐を乗り切った方が、はるかに安上がりでビジネス的にも好ましかったことが明らかになった。
経営者たちは手痛い経験からこの教訓を学んだので、今後は従業員の削減にはかなり慎重になるだろう、と一部の経済学者は指摘している。企業収益が低迷しているにもかかわらず全米の解雇率が過去最低水準にとどまっているのは、これが一因かもしれない。パンデミックと大退職のダブルパンチを食らった企業は、人員削減によるコストダウンに慎重になっているようだ。
しかし企業としては、解雇しないのであれば他の経費削減策を模索せざるをえなくなる。かくして、リモートワークやハイブリッドワークによるコスト削減の魅力が増してくる。
前出のロビンの調査では、フルタイムでのオフィス勤務を実施している企業の73%が、解雇に踏み切る前に、コスト削減のためにハイブリッドワークへの切り替えを検討すると答えている。考えてみるとこれは驚くべきことだ。経営者はリモートワークを嫌っているのに、その4分の3近くが「解雇するくらいなら在宅勤務をさせたほうがまし」と考えているのだから。
以上のことは、見方によっては私たちに重大な示唆を投げかけている。単に私たちがオフィス復帰を命じられるかどうかという問題にとどまらない。ドナルド・トランプの大統領就任が政治のあり方を覆したのと同じくらいのインパクトで、パンデミックは経済のあり方を根底から覆したということだ。
にもかかわらず、私たちの想像力はまだ古い考えに縛られたままだ。「いずれ物事はノーマルの状態に戻るだろう、またみんながオフィスで働くようになるだろう」と。
しかし、リモートワークは右派ポピュリズムの台頭と同じように、私たちの古い思い込みを覆すパラダイムシフトをもたらしているのかもしれない。
たしかに、みんながオフィスに出社して仕事をしていた古き良き時代に戻りたがっている上司は大勢いる。だがこの2年間で、リモートワークやハイブリッドワークは好不況にかかわらず企業にとって大きなメリットがあることも分かった。
世界的なパンデミックによってようやく火が点いたリモートワーク革命。並大抵の不況では、その流れを止めることはできないはずだ。
[原文:Will a recession spell the end of working from home?]
(編集・常盤亜由子)