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安倍晋三元首相の銃殺事件から1カ月半あまり、日本ではこの数週間、国会議員と旧統一教会(現・世界平和統一家庭連合)との関わりについて日々次々に新たな事実が浮上している。
清和会幹部であり、安倍元首相の後継者と目されてきた萩生田光一政調会長、2022年7月の参院選で当選したばかりの生稲晃子議員、細田博之衆院議長、高市早苗経済安全保障担当相、山際大志郎経済再生相、下村博文前自民党政調会長などが、教団および関連組織との関わりについて問われ、次のように説明している。
「(旧統一教会の霊感商法などについては理解していたが)その後は悪いうわさを聞くこともなかった」「呼ばれたので伺った」「(旧統一教会系の)施設とは知らなかった」(萩生田氏)
「(自身が統一教会施設を訪問していたと把握したのは)岸田首相がそれぞれ調べるようにと言ったときに調べて分かった。本当に最近のことだ」(生稲氏)
「旧統一教会と何らかの関わりがある本だということも知りませんでした」「当時(2001年)はスマホがなく、発行元(世界日報社)がどういう会社か知らなかった」(高市氏)
いずれも説得力に欠けると言わざるを得ない、苦しい回答だ。細田衆院議長などは、教団関連団体のイベントにおける写真がSNS上で多数流れているにもかかわらず、本人は説明をしないままだ。
目下最も注目を集めている萩生田氏が、記者から統一教会との今後の関係について聞かれた際に「関係を断ち切る」と言わず、「適切な対応をしていきたいと思っています」と答えているのも歯切れが悪い。
一方、週刊新潮(2022年8月25日号)では「萩生田さんは家族同然」と語る統一教会関係者の証言も掲載されたほか、TBSの報道特集は萩生田氏が旧統一教会の関連団体で講演していた記録を独自入手し、その中に「一緒に日本を神様の国にしましょう」という言葉があったことを報じている。
本来なら調査委員会を設けるレベル
萩生田氏に限らず、このように隠していた事実が次々に判明するということの繰り返しは、「まだ何か隠しているのではないだろうか」という不信感を強める結果を招いている。旧統一教会について聞かれると、今、多くの政治家たちは「今後は関係を持たない」と宣言するが、「これまで」のことをきちんと説明せずに「これから」のことを約束されても、信用のしようがない。
旧統一教会との接点が取り沙汰された閣僚をリセットするために踏み切ったと見られる岸田政権改造内閣も、リセットには程遠かった。ふたを開けてみると、入閣した7人の議員に加え、副大臣・政務官の計54人のうち23人が旧統一協会と関係ありと報じられ(数字はいずれも本稿執筆時点)、「統一教会隠蔽内閣」などと呼ぶ声すらある。むしろ、共産党の小池晃書記局長が指摘していたとおり、「もはや自民党は(旧)統一教会と関係を持たない議員では組閣が出来ない」ということを示してしまった感じだ。
8月10日に発足した第2次岸田改造内閣。だが入閣した複数の閣僚にも旧統一教会との接点が指摘される事態に陥っている。
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東京新聞は、2017年11月発足の第4次安倍内閣から第2次岸田改造内閣までの閣僚のうち、少なくとも22人に旧統一教会と何らかの接点が確認されたとしている。
これだけ自民党と教団との関係の深さと広さが明るみに出てきてもなお、自民党の茂木敏充幹事長は繰り返し「党として組織的な関係はない」と、個々の政治家に任せるという姿勢をとっており、党としては見直す期限や関係があった場合の報告義務などは求めていない。
与党は野党が求める臨時国会の早期召集にも応じない構えだが、それでは国民はもはや納得しない段階に来ているのではないだろうか。例えば8月10〜11日に行われた共同通信の世論調査では、「自民や所属議員の説明が不足している」との回答が89.5%にのぼっている。
なお、旧統一教会との関係が明るみになっているのは、自民党議員が多いとはいえ、自民だけではない。例えば立憲民主党は、8月19日、岡田克也氏を幹事長に起用すると発表したが、岡田氏は旧統一教会と関係の深い日刊紙『世界日報』のインタビューを過去3回受けていたことを8月10日に認めており、「このタイミングでのこの人事は、旧統一教会問題の重大さを理解していないことの表れでは?」と物議をかもしている。
反社会的な問題を繰り返し起こす団体の宗教法人認証の取り消しを含め、フランスのようなカルト規制法について検討を進めるべきではないかという声も高まっている。一方で、信教の自由を理由にした慎重論も根強く、特定の宗教団体が反社会的であるかどうかについて政府が判断するべきでないという考え方もある。
たしかに反社会的カルトとそれ以外の宗教団体との間に線を引く作業はデリケートな判断を求められるものであり、簡単に白黒がつけられる話ではない。ただ、だからといって即ち不可能ということもないだろう。1960年代以来、旧統一教会が日本でどんな問題を起こしてきたかは、教団が起こした事件の裁判記録を振り返れば分かるはずだ(それらは氷山の一角かもしれないが)。
いずれにしても、これまでの旧統一教会と政治の関係、今後カルトをどう規制していくのかについて、国会の場できちんと議論していくことは、これだけさまざまな事実が明るみになってきている以上、今どうしても必要なことだろう。
日本では、1995年の地下鉄サリン事件が起きた時ですら、国会の場でカルトについてしっかり議論しなかった。あの時、オウム真理教について徹底的に追及し、適切な対策を講じていたなら、旧統一教会、幸福の科学、そしてそれ以外のカルトについても、過去25年あまりの間に未然に防げた被害が大いにあったのではないかと感じる。
このたびの安倍元首相殺害の全貌はまだ明らかになっていないとはいえ、旧統一教会と政治との関係が根底の原因であった可能性がある以上、本来ならば、独立調査委員会を設け、公の場で徹底的に追及されるべき話なのではないだろうか。
ちょうど今アメリカでは、連邦捜査局(FBI)によるトランプ前大統領への追及が話題になるとともに、2021年1月6日の連邦議事堂襲撃事件に関する下院特別調査委員会の公聴会が行われている。これらの様子を見ていると、難題が山積とはいえ、アメリカの政治の世界には、権力に対するチェック&バランスの機能が曲がりなりにも働いているような気がし、多少なりとも救われるものを感じる。
アメリカでそれが可能になっている理由は何なのだろう。また、日本もアメリカも同じ民主主義ならば、なぜアメリカにできることが日本ではできていないのだろう?
前代未聞、大統領経験者の私邸にFBI捜索
トランプ前大統領がFBIの家宅捜索を受けたと発表すると、その邸宅付近にはトランプ支持者たちが集まった(2022年8月8日撮影)。
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8月11日、メリック・ガーランド司法長官は記者会見を行い、8月8日にフロリダ州パームビーチにあるトランプ前大統領の邸宅をFBIが捜索したと述べた。捜索容疑は、(1)国家安全保障を脅かし得る国防情報の収集や逸失および無権限の者への共有(スパイ防止法違反)、(2)公文書の隠匿・持ち出し・破棄、(3)連邦捜査に関わる文書の破棄や改ざん——の法律違反3点の疑いだった。
このとき押収された文書の中には、最高機密情報に指定されたものもあったことが判明している。アメリカの安全保障を脅かしたと認められスパイ法違反で有罪になると、文書ごとに最高10年の実刑判決を受ける可能性がある。
トランプ氏が訴追されるかどうかはまだ定かでないものの、大統領経験者の自宅が刑事捜査の一環として強制捜査されるのは前代未聞であり、結果がどう出ようとも、この捜索のインパクトは大きい。
このニュースが流れると、「これでさすがにトランプから距離をとろうとする共和党議員が出てくる」という意見と、「これは政治的魔女狩りであり、捜索はトランプの力を政治的に強めることになるだろう」という意見の両方が流れた。
実際、トランプ支持者がアリゾナ州のFBIのオフィスやトランプ所有のゴルフ場で抗議活動をしたり、オハイオ州のFBI本部に武装して侵入しようとした極右思想の男が警察に射殺される事件が起きたりしている。今後、1月6日に起きた議事堂暴動のような大暴動の可能性も語られている。いずれにせよ、この捜索に踏み切ったFBIは、慎重な検討を重ねたうえで、相当な覚悟をもって臨んだことが想像できる。
8月22日、トランプの弁護団は、FBIが押収した政府文書などについて司法省による捜査の差し止めを求める訴えを起こしたが、司法省側は、家宅捜索は要件となる相当な理由を連邦裁判所が認め、承認されたものであり、回答は法廷で行う、という短い声明で答えている。
トランプ氏の不作為を追及
2021年1月6日、大統領選の結果に不満を持つトランプ支持者たちが連邦議会を襲い、5人の死者を出す惨事となった。
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トランプ前大統領を追い詰めるもう一つの動きが、その1月6日の連邦議会襲撃事件を調査する下院特別委員会だ。この委員会は、2021年7月1日に結成され、今年6月から7月末までの間に8回の公聴会を開催し(当初は6回を予定していた)、夏休み後の9月以降も続けられることになっている。
この委員会の仕事ぶりに対する期待は、当初はそれほど高くなかったと思う。トランプを弾劾する試みは過去に2回失敗しているし、今回もどうせ何にもつながるまいと高をくくっていた人たちは多かったはずだ。
だが、委員会はこれまでのところ非常に意欲的な仕事ぶりを見せている。彼らはこれまでに1000人以上にインタビューを行い、膨大な量の資料を入手していると言われており、公聴会で明らかにされる新たな事実は生々しく、(今さらながら)驚くべきものも少なくないことから、回を重ねるごとに注目を集めるようになった。
この公聴会が始まってから、一気に世の中の注目を集めているスターが、ワイオミング州のリズ・チェイニー議員だ。
リズ・チェイニーは共和党議員でありながらトランプ政権の外交政策をたびたび批判し、2021年のトランプ大統領弾劾決議では賛成票を投じた。
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調査委員会は超党派で構成されており、チェイニーは、共和党から入っている2人のメンバーのうちの1人だ(もう1人は、イリノイ州のアダム・キンジガー)。元副大統領ディック・チェイニーの娘であり、筋金入りの保守として知られる彼女は、1月6日の暴動以来、「反トランプ派」の先鋒に立つ存在となっており、この調査委員会の副議長を務めている。
公聴会における彼女の理路整然とした発言、尋問の際の切れ味の鋭さ(彼女は法律家でもある)、トランプを批判する言葉の容赦のなさがあまりにも痛快なため、彼女を長年敵視してきた民主党議員やリベラルな国民たちからも幅広く賞賛を集めている。
彼女が批判するのはトランプに限らない。自分の同僚である共和党の議員たちや、トランプ政権内にいた関係者に対しても、遠慮なく厳しい言葉を放つ。
この2カ月ちょっとの間に、リズ・チェイニーをテーマにした新聞や雑誌の記事、テレビの単独インタビューはとても増えた。リベラル系のメディアを見ていると、彼女の保守的バックグラウンドと、反トランプ、共和党への批判、そしてチェイニー家という立ち位置をどう整理して捉えればいいか戸惑いつつも、彼女が見せる「理念ある保守政治家」としての毅然とした仕事ぶりに感服し、政治的信条はさておき尊敬せざるをえないし、トランプを追及する手を緩めず頑張ってほしい……と応援しているキャスターが増えていると感じる。
- 【The Atlantic】The Criminal Case Against Trump Is Getting Stronger(トランプの刑事上の罪を糾弾する主張は、説得力を増している)
- 【The New Yorker】Liz Cheney’s Revenge on Donald Trump—and Her Own Party(ドナルド・トランプ、そして自らの党に対するリズ・チェイニーの復讐)
- 【New York Times】Liz Cheney, Front and Center in the Jan. 6 Hearings, Pursues a Mission(1月6日委員会の看板、リズ・チェイニーは、ある使命を果たそうとしている)
賞賛を集めた26歳女性の証言
第6回公聴会で証言台に立ったキャシディ・ハッチンソン。
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これまでの8回の公聴会を通して、印象的だったのが、証言台に立った女性たちの存在感だ。特に、第6回目(6月28日)の公聴会で証言したキャシディ・ハッチンソンは、この日を境に一躍有名人になったほど、強烈なインパクトのある証言を行った。
彼女が公聴会に出る前夜、「明日28日に急遽1月6日委員会の公聴会が開かれることになった」というニュースが流れた。しかも、誰が証人であるかは、ギリギリまで明らかにされないということだった。その理由は、証人の身の安全のためだということも伝えられ、「であれば、相当の大物が出るのだろう」「退任した元最高裁判事ケネディではないか」などという憶測がネット上でも流れていた。
当日現れたのは、26歳の女性、ハッチンソンだった。彼女は、トランプ政権で大統領首席補佐官を務めたマーク・メドウズの元側近だ。メドウズは、1月6日の暴動について鍵を握ると見なされている人物だが、事件について証言はしていない。
1月6日にトランプの周辺で起きていたこと、当日の彼の言葉や態度についてのハッチンソンの赤裸々な証言は、「bombshell」「explosive」、つまり「爆弾」と表現されるにふさわしいものだった。同時に、彼女の証言は「大変信ぴょう性が高い」と評価された。
まだ26歳という若さにもかかわらず非常に落ち着いていたこと、質問に対し冷静で知的かつ単刀直入に答えていたこと、発言の内容が具体的かつ詳細であったことなどがプラスだった。加えて、彼女自身、それまでトランプを支持し、自分なりに愛国心をもって政府のために一生懸命働いてきたのに、あの暴動の日に起きたことを見て「アメリカ人として、うんざりした(As an American, I was disgusted.)」と率直に語ったことに、多くの人が説得され、心を動かされたのだと思う。
そして、多くの共和党有力者の男性たちが証言台に立つことや委員会に協力することを拒み逃げ回るなか、若手でまだ社会人としてキャリアを積み始めたばかりの女性が前大統領を暴く大胆な告発を行ったこと、その勇気に対する賞賛の声も強かった。
公聴会に出る前、彼女にあからさまな脅迫があったことも後に明らかになっている。ハッチンソンの証言に対する世間の反響があまりにも強かったこと、証言の中に複数のトランプ政権内部の人物の名前が登場したことから、ホワイトハウスの大統領法律顧問パット・シポローネはじめトランプ政権内部の複数の重要人物が証言を行うことに同意するという展開も起き、この6月28日の公聴会は、調査委員会にとって大きな転換点となった。
「真実に向き合わずして自由な国たりえない」
翌月、7月21日の公聴会の際、リズ・チェイニーは、白いジャケットを着て現れた。アメリカの政治の世界で女性が白を身に着ける時、それは婦人参政権運動家たちの活動を象徴するものであることが多い(カマラ・ハリスが副大統領として勝利宣言をした時、白いジャケットを身に着けていたのもそのため)。案の定、この日のセッションを締めくくるスピーチで、チェイニーは、このように述べた。
「今、私たちが公聴会を行っているこの部屋には、歴史があります。まさにこの部屋で1918年に行われた議会の公聴会が、アメリカの婦人参政権運動の一つの節目になったのです」
「50代、60代、70代の男性たちが自分たちの特権の後ろに隠れている一方、キャシディ・ハッチンソン、サラ・マシューズ、キャロライン・エドワーズ、シャイエ・モス、ルビー・フリーマンといった女性たちは、勇気を持って証言台に立ちました。彼女たちは、アメリカ人女性たち・少女たちを鼓舞するロールモデルです」
と、1920年に婦人参政権が成立した背景にあった女性たちの努力と勇気に、このたび証言台に立った女性たちの民主主義への貢献を重ねている。
※サラ・マシューズはハッチンソン同様ホワイトハウスの元スタッフ。キャロライン・エドワーズは連邦議会の警官。フリーマンと娘のモスは、ジョージア州の選挙所の職員で、票のカウントに不正があったという根拠のないクレームに晒され、脅迫を受けた。
チェイニーは、「この公聴会を見た人々には、再度出馬の意欲を明らかにしているトランプが、再び大統領としての権力を与えられ、信頼されるに足る人物かどうかを、自分自身でよく考えてみてもらいたい」「われわれ委員会の仕事はまだまだ終わっていません」という言葉で公聴会を締めくくった。
7月21日、象徴的な白いスーツを着て公聴会の副議長席に立つリズ・チェイニー。
Win McNamee/Pool via REUTERS
この日の彼女の言葉の端々には、合衆国憲法に対する議員としての忠誠心、民主主義の理念を破壊しようとしたトランプおよび暴徒たちが裁かれるべきであるという信念、そのようなトランプを二度と権力に近づけてはいけないという強い思いが表れていた。
「真実に向き合わずして、自由な国であり続けることはできない。そのことを忘れてはなりません」
(We must remember that we cannot abandon the truth and remain a free nation.)「ドナルド・トランプは、わが国が脅威に晒されれば、彼を支持する何百万人ものアメリカ国民たちが立ち上がり戦うということを知っています。彼らは自分の命と自由を差し出し、国を守ろうとするだろうと。トランプは彼らの愛国心について承知したうえで、それを弄んでいるのです。正義を求める彼らの思いを餌食にしているのです。1月6日、トランプは、彼の支持者たちの愛国心を、我々の議事堂と憲法を攻撃するための武器に変えたのです」
(Donald Trump knows that millions of Americans who supported him would stand up and defend our nation were it threatened. They would put their lives and freedom at stake to protect her. And he is preying on their patriotism. He is preying on their sense of justice. And on January 6th, Donald Trump turned their love of country into a weapon against our Capitol and our Constitution.)「今晩の公聴会で分かったことは、ある一人のアメリカ大統領が、あの日、明確で間違えようのない善悪の選択に直面したということです。そこにはいかなる曖昧さもなく、どちらが正しく、どちらが間違っているかは誰の目にも明白でした。ドナルド・トランプは、大統領としての宣誓を破るという選択を、明らかな意思をもって行ったのです。警官たちに対する暴力を無視し、憲法に基づいた我々の秩序を破壊するという選択を。このような行為を許すことはできません。弁護の余地もないことです」
(In our hearing tonight, you saw an American president faced with a stark, unmistakable choice between right and wrong. There was no ambiguity, no nuance. Donald Trump made a purposeful choice to violate his oath of office, to ignore the ongoing violence against law enforcement, to threaten our Constitutional order. There is no way to excuse that behavior. It was indefensible.)
※チェイニーのスピーチ全文はこちら
この7月21日の公聴会は、1月6日、トランプが暴動当日、それを止めるためにいかに何もしなかったかということを裏付ける証言に満ちた回だった。これを受け、保守で知られるウォール・ストリート・ジャーナル紙や、トランプ擁護派で知られるニューヨーク・ポスト紙でさえも、トランプの行い(不作為)を批判する社説を掲載した。
「党よりも国を優先しよう」
1月6日委員会でのリーダーシップ、トランプを非難する一連の発言(チェイニーは、トランプの2度目の弾劾決議案に賛成票を投じた共和党下院議員10人のうちの1人でもある)は、リズ・チェイニーの共和党内での立場を難しいものにし、彼女はトランプ支持者たちにとって格好の敵となった。
地元ワイオミングでの世論調査の数字も過去数カ月の間に激しく低迷しており、今年の選挙における苦戦が何カ月も前から予測されていた。チェイニー本人は、これについて質問されても全く動じる様子を見せず、自分は議員としてやるべき仕事をやっているだけだということ、そのうえで選挙には勝つつもりであることを一貫して淡々と述べてきた。
8月16日ワイオミング州における予備選が行われると、チェイニーは大方の予想どおり、トランプの推薦を受けた候補者ハリエット・ヘイグマンに惨敗した。ヘイグマンは、大統領選で不正があったとするトランプの主張を支持している。
その夜、チェイニーがした敗北宣言の演説は、しかし、まったく「敗北」という感じではなく、むしろ出馬宣言ともとれるような、これからの闘いに向けての強い意志と覚悟を感じさせるものだった。
チェイニーの敗北宣言スピーチ
PBS NewsHour
リズ・チェイニーは、反トランプの先鋒になる以前は、共和党の中での信用、高い地位から、このままいけば共和党史上初の女性下院議長も夢ではないと見られていた人物だ。
敗北宣言の中でチェイニーは、ほんの2年前、2020年の選挙の予備選では73%の票を得て余裕の勝利を収めたことに触れ、「今回の選挙でも、同じように楽々と勝利することはできたでしょう。ただしそのためには、2020年の選挙についてのトランプの嘘を受け入れることが必要でした。それは、私が決して選ぶことのできない、そして選びたくない道でした」と述べ、拍手を呼んだ。さらにこう続けている。
「私は、私の党(共和党)が創立された時に理念とし理想としていた考え方を深く信じています。党の歴史を愛していますし、党が象徴し守ってきたものも愛しています。でも、私はそれ以上に私の国を愛しています」
(I believe deeply in the principles and the ideals on which my party was founded. I love its history, and I love what our party has stood for, but I love my country more.)
この文中に使われている動詞が過去形(was founded、has stood for)であることに注目した人は多い。つまり、共和党は、もはや彼女が信じ愛してきた共和党ではなく、本来大切にしてきたはずの党としての価値観から乖離してしまった集団である……と指摘しているように聞こえる。
「今夜ここを去るにあたって、みんなでこう決意しましょう。共和党、民主党、インディペンデントといった党の所属にかかわらず、力を合わせて立ち上がり、私たちの国を破壊しようとする人々に対抗するということを」
(As we leave here, let us resolve that we will stand together – Republicans, Democrats, and Independents – against those who would destroy our Republic.)
この「党よりも国を優先しよう」という姿勢は、バイデン大統領が上院議員時代から示してきたものでもある。党派政治によるワシントンの分裂が激化する中、党としての損得勘定や政治的利害関係ではなく、国にとって何が最も重要かをまず考えようと言える政治家は珍しくなっており、もはや新鮮ですらある。
特に、党派を超えてバイデンと友情を築いていたことで知られるジョン・マケイン亡き後、「自分は議員として、国にとって正しいことをする」と言い切り、同僚たちの反対を押し切ってでも信念を貫くような共和党の重鎮は本当にいなくなってしまった。チェイニーはもしかしたら、マケインの死によって空いた空洞を埋める存在になるかもしれない。
党派を超えて友情を育んだバイデン(右)とマケイン。マケインが2018年に逝去した際、バイデンは「自分の命を預けられるくらい、全面的にジョン(・マケイン)を信頼していた」と語った(2017年撮影)。
REUTERS/Charles Mostoller
- 【The New Yorker】Liz Cheney’s Kamikaze Campaign(リズ・チェイニーの神風キャンペーン)
- 【New York Times】Liz Cheney Is Ready to Lose. But She's Not Ready to Quit.(リズ・チェイニーには負ける覚悟はできている。でも、彼女に辞める気はない)
- 【The Atlantic】Can GOP Voters Handle the Truth?: Liz Cheney told the people of Wyoming and America to snap out of their Trump-induced trance.(「共和党支持の有権者たちは真実に向き合えるか?:リズ・チェイニーは、ワイオミングの人々、そしてアメリカ国民に、トランプに誘引されたトランス状態から抜けだして目を覚ませと語った」)
リズ・チェイニーが2024年に出馬すると見る人は多いが、党内には彼女の敵も多いため、共和党ではなくインディペンデントとして出る可能性もあると考えられている。
公聴会が「人気番組」になるアメリカ
大統領選挙のディベートであれ、最高裁判事の承認公聴会であれ、アメリカではしばしば政治はショーであり、国民的エンターテインメントになる。
例えば、2016年9月のトランプ対ヒラリー・クリントンの第1回ディベートは、約8400万人の視聴者数を記録し(大統領選のディベートとしては史上最高の視聴率だった)、2018年秋、上院におけるブレット・カバノーの最高裁判事承認公聴会は、2000万人以上が視聴したと言われている。
1月6日調査委員会の公聴会も、いまや「Must-see TV(絶対に見逃すことができない人気番組)」と化しており、私なども、公聴会がある日は一日中CNNの生中継をつけっぱなしにしている。花形キャスターが勢ぞろいで解説してくれるし、生々しい爆弾証言も頻繁に飛び出すので、フィクションの政治ドラマよりよほど面白い。
特に、6月9日(初回)と7月21日(第8回)は、政府公聴会としては異例のプライムタイム枠(米東部時間の夜8時から11時ごろまで)での生中継だった。ニールセンによると、初回が約1940万人、8回目は1770万人の視聴者を記録したという。同じくニールセンの調査によると、2022年3月のアカデミー賞の視聴者は約1662万人だったので、いずれもそれよりも多いということだ。
この公聴会がこれだけ話題になる理由の1つは、調査委員会が超党派で構成されており、チェイニーのように「身内」を堂々と批判する共和党の重鎮議員がリーダーを務めていること、トランプに不利な証言を行う人々の中のうちかなりの数が共和党メンバー、トランプ政権内部にいた人々であることだろう。これがもし民主党側に都合のいい委員や証人だけで固められていたら、信ぴょう性は半減したに違いない。
それでもなお、筋金入りのトランプ支持者たちはこの委員会を茶番と捉え、その報告内容を政治的陰謀として否定し続けるだろうが、このような超党派委員会が機能し、その活動ぶりが一般市民から広く関心を集め、公聴会が高視聴率をはじき出すというところに、アメリカ社会への希望を感じる。分裂し、多くの問題を抱えているとはいえ、この社会にはまだ何らかの自浄作用のようなものが働く余地があるのではないかと思わせてくれる。
話を日本に戻そう。日本で政府の公聴会がアメリカでのように高い関心を集めることは考えにくいかもしれない。ただ、旧統一教会と政治の関係に対する現在の日本国民の関心の強さや、この問題が持つ潜在的インパクトの大きさは、ある種突出したものがある。
本件に関して、1月6日委員会のような超党派の独立調査委員会を設け、政治家や関係者の証言を集め、国民の前でしっかり議論するということがもし行われたら、そのような公聴会は広く国民の関心を集めるに違いない。
また、もしこの機会にカルトの反社会的活動の全貌や政治との関係を明らかにし、それらを一掃するような抜本的な規制なり政策なりを打ち出すことができたら、現政権の支持率は上がり、岸田首相の功績は日本の政治史に残ることになるはずだ。考えようによっては、千載一遇のチャンスともいえる。
現政権がそれをやらない、あるいはできないとしたら、その理由はいったい何なのだろう。
(文・渡邊裕子)
渡邊裕子:ニューヨーク在住。ハーバード大学ケネディ・スクール大学院修了。ニューヨークのジャパン・ソサエティーで各種シンポジウム、人物交流などを企画運営。地政学リスク分析の米コンサルティング会社ユーラシア・グループで日本担当ディレクターを務める。2017年7月退社、11月までアドバイザー。約1年間の自主休業(サバティカル)を経て、2019年、中東北アフリカ諸国の政治情勢がビジネスに与える影響の分析を専門とするコンサルティング会社、HSWジャパンを設立。複数の企業の日本戦略アドバイザー、執筆活動も行う。株式会社サイボウズ社外取締役。Twitterは YukoWatanabe @ywny