2022年8月4日、トークイベント「サステナビリティ経営を推進する企業のメディア化とは 対話を生み、価値を創る情報発信のあり方」(主催:インフォバーン)が開催された。
多くの企業が「サステナビリティ経営」に注力しているが、企業は誰に何を伝え、社会との関係をどう築いていけばよいのか。常に社会と繋がりながら、社会を構成する「企業のメディア化」を進めるには何をすればいいのか。
サステナビリティ分野の識者や企業担当者による3つのセッションを通して探った。
セッション1「サステナビリティ経営を机上の空論にしないための『未来の見方』」
PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスリードの磯貝友紀氏(右)と、インフォバーン代表取締役会長の小林弘人(左)。
本イベントでは、3つのセッションが行われた。最初のセッションは「サステナビリティ経営を机上の空論にしないための『未来の見方』」と題し、『2030年のSX戦略』『SXの時代』(ともに日経BP)の著書の1人で、PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスリードの磯貝友紀氏と、聞き手としてインフォバーン代表取締役会長の小林弘人が登壇。サステナビリティ経営は果たして企業の利益に繋がるのかという疑問に切り込んだ。
まず、磯貝氏は、今なぜ企業にSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)が求められているのか、次のように語った。
「サステナビリティ経営の前提として、3つの価値を考えることが重要です。1つは経済価値、もう1つは社会価値、最後に環境価値。この3つはバラバラではなく重なる部分がある、単に重なり合うだけではなく、依存構造にあるのではないかという認識が広がってきました。
環境価値である親亀の上に社会価値である子亀が乗り、その子亀の上に経済価値である孫亀が乗っている。親亀が転んだらみんな転ぶ。環境や社会に対して貢献することは誰かのための慈善活動ではなく、自社のビジネスの基盤を守ることだという認識が広がってきたのです」(磯貝氏)
さらに、「この親亀・子亀共存ビジネスは、親亀・子亀を守りながらきちんと利益を上げるということ。“儲ける”ことを忘れてはいけない」と強調した。では、実際にサステナビリティ経営でどのように利益を上げて経済価値を高めていけばいいのか。磯貝氏はSXを実現するための仕組みについて説明する。
「サステナビリティ活動を行うと、長期的な稼ぐ力(原材料調達力やブランド力など)が社内に蓄えられていく。最終的にそれはPLやBSといった将来財務に跳ね返ってくる。この“長期的な稼ぐ力=プレ財務要素”を社内に蓄えていくことが非常に大事なんです」(磯貝氏)
サステナビリティ活動には、何らかの投資が必要なもの。だが「その結果として自分たちがどんなメリットを得ているのか把握しきれていない企業が多い」と礒貝氏は指摘する。
「サステナビリティ活動を行わなければどうなるか。例えば環境を汚染していくと操業できるリソースがなくなり撤退しなければならないかもしれない。劣悪な労働環境がSNSで拡散されて不買運動や輸入禁止などにつながるかもしれない。コストをかけずに放置していたら、逆に売り上げの減少やコストの増加などが生じてしまう。
かけたお金に対して、純粋にトップラインの増加だけではなく、それによって回避できたコストを足し合わせた上で、本当に投資に見合っているのか考えることが重要」(磯貝氏)
「コマーシャル」ではなく「ナラティブ」が求められている
話題はSXの取り組みを発信していくことの意義に移る。サステナビリティ経営は1社だけでなく、調達先、取引先、消費者も含めマルチステークホルダーを巻き込んでいかなければ達成できない。
欧州で先進的と呼ばれている企業は、NGOや現地の国際機関などを巻き込みながら、一般的なコマーシャルでは発信できない手触り感のある発信(注:現実をそのまま伝えるような情報発信)をし、ブランド力を築いている。小林は次のように語った。
「CMのようにきれいにパッケージ化された見せ方だけではなく、ナラティブというか、きちんと肉声で伝えていくことが地道ながら重要。プロセスの段階からブランドを作っていくことも戦略の一つ」(小林)
磯貝氏は、ブランド力=評判形成力向上に成功している企業の例として、オランダのチョコレートメーカーを挙げた。サプライチェーンを精査して児童奴隷を使わない(スレイブフリー)チョコレートを製造販売しているこの企業は、いきなり完全なスレイブフリーを謳うのではなく、児童奴隷をゼロにできない現状と、将来の撲滅に向けてどのような取り組みを行うのか、透明性の高いコミュニケーション戦略を行うことで、サステナビリティ経営に対する消費者の疑いの目を払拭したという。
「サステナビリティ経営は行うだけでは不十分。取り組みをどうやって人々に知ってもらい、そこに価値を感じてもらい、ファンになってもらい、買ってもらうか。マーケティングやブランディングの果たす役割は大きい。今までと同じような訴求の仕方では『胡散臭い』と思われてしまう。
真摯に自分たちのサステナビリティを巡るストーリーをさまざまなステークホルダーの人々に理解してもらうために、メッセージの中身も伝え方も今までと違う視点で考えることで価値を生み出せるのではないか」(磯貝氏)
セッション2「サステナビリティ経営で重要度を増す広報の役割」
サステナビリティ経営やESGファイナンスの専門家であるニューラルCEOの夫馬賢治氏。
2つ目のセッションは「サステナビリティ経営で重要度を増す広報の役割 経営者・広報担当がまず取り組むべき一歩とは?」と題し、サステナビリティ経営やESGファイナンスの専門家であるニューラルCEOの夫馬賢治氏と、インフォバーン代表取締役社長の田中準也が登壇。サステナビリティ経営を推進するために、従来型の広報から何をどのように変えるべきなのか、広報が踏み出すべき次の一歩について対談した。
2015年に国連で採択された「SDGs」。日本においては政府が主導し2017〜2018年ごろから広がったが、欧米の企業はすでに2015年以前、2010年ごろからサステナビリティ経営に舵を切っていたため、今ではすでに当たり前となっており、むしろあえて「SDGs」と声高に言うことはないと夫馬氏は指摘する。
「『国連が言ったから動く』のではシンパシーを感じないし、動こうと思えない。SDGsができる前から、欧米の企業はサステナビリティに動いてきた。なぜならこのままの経済のあり方で困るのは企業自身だからです」(夫馬氏)
では、広報の役割はどう変わるのか。従来の広報は、新商品や組織変更などの情報を広めるために、メディアとどうリレーションを取るかが目的となっていた。言い換えれば「お金をかけずにメディアに取り上げてもらう」ことが目的だった。しかしこれからの時代はそれだけでは不十分だという。
「例えば、2050年カーボンニュートラル宣言。これは放置していても達成できるものではありません。しかし、多くは社内で丁寧に説明する前に、社長がどこかのメディアで話したり、会社の発表として出たりして、社内の従業員は後からメディアを通じて知ることになっている。
従業員にも理解してもらうためにも広報が重要。“国連が言ったから”ではなく、その背景を伝えないと、聞き手には虚しさが残ってしまう。広報担当者自身が自分たちの言葉で社内外に発信する。役員や社長自身ももっと自分の言葉で話すことが求められている。“国連”という言葉は一切使わない方がいいんじゃないかと思うぐらいです」(夫馬氏)
広報は「メディアに取り上げてもらう」から「メディアを動かす」時代へ
インフォバーン代表取締役社長の田中準也。
サステナビリティに関する情報発信は、これまでの新商品発表のように売り上げに直結するものではない。それにかかるコストを社内的に理解してもらうことの難しさもある。
「サステナビリティに関する情報は、継続的にストックしていくものであり、1回だけでは分からない。それでもさまざまな場面で対話が生まれるきっかけとなるようなコンテンツを作っていかなければならない。これに関しては『もう少し予算ください』と言う必要がある。宣伝予算と販促予算と広報予算が一つの財布になっていく必要がある」(田中)
これには夫馬氏も同意し「足の長くて測定効果がよく分からない広報よりも、明確にどれだけ広告を打って露出させるか宣伝のほうに予算を使いたくなる」企業に対して警鐘を鳴らす。
「目先のお客さんにだけ向き合っていたら、来年、再来年、10年後、企業は死んでしまうかも知れない。今は長期的な目標にコミットした、息の長いリレーション作りが広報に求められています。宣伝予算を割いてでも広報にも予算をつけるべきだと思います」(夫馬氏)
そして、従来のように「メディアに取り上げてもらう」のではなく、広報自ら発信し「メディアを動かすこと」が広報の役割だと主張する。
「必要だと思う情報を世の中に届けていくには、広報はメディア自体を動かさなくてはならない。もしメディアから自分たちが期待する情報が出て来ないのであれば、自分たち自身がメディアになっていくことが必要です」(夫馬氏)
セッション3「情報発信が企業の価値を作る」
Webマガジン「ストーリー」を運営する味の素社・橋本雅棋氏(左)、インフォバーン執行役員の羽村悠己(中)、オウンドメディア「フジトラニュース」を運営する富士通・福村知香氏(右)
3つ目のセッションは「情報発信が企業の価値を作る――これからの広報が担う『プロセス開示』への道筋」と題し、インフォバーン執行役員の羽村悠己を聞き手に、オウンドメディア「フジトラニュース」を運営する富士通・福村知香氏、コーポレートブランドの価値向上をめざすWebマガジン「ストーリー」を運営する味の素社・橋本雅棋氏が、企業は自社の活動をどのように発信していくべきなのかを語り合った。
両者からは「オウンドメディアの目的」「オウンドメディアの発信内容や体制」などについて、運営者としての思いや具体的な事例が語られた。
オウンドメディア運営で実感した効果や抱えている課題については次のように語った。
「今まで企業のオウンドメディアで発信する内容は、会社のソリューションや商品紹介が多かったと思う。その役割が少しずつ変わってきている。社会課題解決に向けて社員たちがどういう思いで取り組みを行い、何を目指しているのかにフォーカスして発信していくことで、共感を広げ、企業のファンを増やしていけるのだと思っています」(富士通・福村氏)
「オウンドメディアの強みは社会と繋がり、さまざまなタッチポイントを活用できるといった点。今後は、他の媒体やグループ企業間連携なども含めて、我々の取り組みがユーザーから発信されるような形が発展的に出てくることを目指したい」(味の素社・橋本氏)
味の素社の「ストーリー」では、主にSNSと連携しユーザーに拡散されるコンテンツづくりを行っているという。SNSの投稿に「ストーリー」の記事へのリンクを付け、拡散しやすくしている。福村氏も、企業の発信から離れたところで、ユーザーがどんどん拡散、発信していく工夫をしていきたいと語った。
総括「『メディア化』を通して実践する関係性のデザイン」
インフォバーン取締役副社長の井登友一。
最後に、インフォバーン取締役副社長の井登友一が、「『メディア化』を通して実践する関係性のデザイン」と題し、イベント全体を振り返り改めて企業のメディア化を実現していくための3つの鍵となる視点を語った。
1つ目の鍵は、「サステナビリティ経営は利益追求に対する贖罪ではなく財務領域に根ざした成長戦略へ」。
「ちゃんと儲けることが大事。経済的な領域と社会的な領域と環境的な領域が並列ではなく絡み合っている。その3つが全て連関していくことによって、未来の経営、未来の社会、未来の環境に対して望ましい姿が描ける」(井登)
2つ目は「企業の姿(存在意義)は『語るもの』から『語られるもの』へ」。ストーリーとナラティブ、よく似た言葉ではあるが、企業が理想の姿や自分たちの物語を語るのは「ストーリー」だ。
「ストーリーに触れたさまざまなステークホルダーが、そのストーリーをどう語っていくのか。この語られていくものがナラティブだと言われています。ストーリーは企業が整理してきれいに語るものが多いけれども、ナラティブは誤読も含めてあちこちで生まれてきます。いろんな人たちの解釈の仕方によって、違ったナラティブがたくさん生まれる。その違ったナラティブが最終的にストーリーと触れ合いながら作り上げられていく。
ナラティブをいかに活発に多様に生んでいくのかが、企業のコミュニケーションや広報の情報発信においてますます重要度を増すポイントになる」(井登)
3つ目は「コミュニケーション活動、ブランドデザイン活動はゴールからプロセスへ」。
「サステナビリティ活動におけるコミュニケーションや広報、マーケティング活動は、施策を打てば商品が売れるという明示化、指標化しやすいものではなく、ゴールを設定することも容易ではない。だからなかなか理解されないし、予算も振り向けてもらいづらいが、ゴール以上にプロセス、サステナビリティ活動のプロセスを開示していくことが大事」(井登)
「サステナビリティ」が企業にとって不可欠のテーマとなるなかで、「広報」に関わる戦略や予算、社内外での位置付けも、時代に合わせた修正が求められている。
企業はステークホルダーに向けて、どんな理由で、何を目指し、何を実行するのか。そしてそれをどう発信し、社会との対話につなげていくのか。企業が描くサステナブルな未来像を実現するために、社会を巻き込みながら推し進めていくための広報戦略が必須になりそうだ。