「私的録音録画補償金制度」へのBDレコーダーの追加に関して、JEITAは強い口調で反対を表明している。
出典:JEITA「概要:私的録音録画補償金制度へのBDレコーダ等の追加指定に関するJEITAの見解」より
8月23日、文化庁は、「私的録音録画補償金制度」の新たな対象機器にBlu-rayディスクレコーダーを追加する著作権法施行令の改正政令案について、パブリック・コメントの募集を開始した。
従来、Blu-rayディスク(BD)レコーダーは、私的録音録画補償金制度の対象にはなってこなかった。だが今回はそれを改め、製品の販売価格に補償金を転嫁できるようにすることを目的としている。政令指定が行われた場合、BDレコーダーの販売価格は上がる可能性が高い。
だがこの話は、それ以上の大きな問題につながっている。これまでの経緯と、問題点を解説してみよう。
事実:「私的録画補償金」は過去10年、機能していない
まず「私的録音録画補償金制度」とはなにか、解説しておきたい。
この制度は著作権法で定められたもので、制度がスタートしたのは1999年7月にさかのぼる。デジタル技術による録画機(DVDレコーダーなど)の登場を発端とする。
デジタル技術による録画は、従来のアナログ技術による録画に比べ画質劣化が少なく、そこから作られたコピーの氾濫は権利侵害を生み出す……との論旨から導入された。DVDレコーダーや録画用ディスクの販売価格に補償金を転嫁し、メーカーを経由して補償金を集めることで、権利侵害への補填としたわけだ。
JEITA資料より抜粋。デジタル技術によって高品質なコピーが多数生まれることで権利侵害につながる、との目的から「私的録音録画補償金制度」は生まれた。
出典:JEITA「概要:私的録音録画補償金制度へのBDレコーダ等の追加指定に関するJEITAの見解」より
ただその後、デジタル放送のみの録画機については補償金の対象外とされ、家電メーカーからの支払いはなくなった。補償金を管理する「私的録画補償金管理協会(SARVH)」も、2015年に解散している。
制度瓦解のきっかけとなったのは、2009年11月から、SARVHと東芝(当時。現在AV機器関連事業はTVS REGZAに移管)の間で争われた訴訟だ。
放送のデジタル化に伴い、録画には「コピー制御」という考え方が導入された。いわゆる「コピーワンス」「ダビング10」といった技術の導入によって、デジタル放送を無限にコピーして配布するのは難しくなった。また、コピー制御技術などの「技術的保護手段」を回避して複製することは、私的利用であっても違法とされた。
「技術的な回避策があり、私的録画補償金制度の対象であるか明確ではない」ということから、東芝は補償金の支払いを拒否した。裁判は最高裁まで持ち込まれたものの、一審・知財高裁・最高裁ともにSARVH側の控訴は全て棄却され、2012年11月「デジタルチューナーのみの録画機は支払いの対象外」と確定した。
以来10年に渡り、私的録画補償金制度はほとんど機能していない。
JEITA資料より抜粋。デジタル技術によるコピー制御と訴訟の関係で、私的録画補償金制度は過去10年間機能していなかった。
出典:JEITA「概要:私的録音録画補償金制度へのBDレコーダ等の追加指定に関するJEITAの見解」より
合意なく進んだ「補償対象拡大」にJEITAも猛反発
ただその間も、文化庁の中で「私的録音録画補償金制度」の話は、引き続き議論されてきたのも事実だ。
2018年、主に音楽に関して行われた議論については、Business Insider Japanでも記事にしている。
2018年の記事で掲載した、「文化審議会著作権分科会・著作物等の適切な保護と利用・流通に関する小委員会」の風景。
撮影:西田宗千佳
一部権利団体関係者は「私的録音録画がゼロではない」という事実があるため、補償金制度の再活性化を目指してロビー活動をしてきた。その関係で、数年の間に「政令指定する機器の変更」に関する議論が続いてきたことは間違いない。
今回の政令指定変更の根拠について、文化庁は「関係府省庁で共同し私的目的の録音・録画に係る実態を把握するための調査」を挙げる。
政府側が示す妥当性は以下の文書で示されている。
「調査対象とした機器のうち、ブルーレイディスク(BD)レコーダー(HDD内蔵型)は、過去1年間で保存した記録容量のうちテレビ番組データ(=契約により権利者に対価が還元されていない動画)の占める割合の平均値が 52.2%で半分を超える水準であった。また、当該機器については、日常的によく使用する用途として「録画」を選んだ者の割合が約7割、過去1年間に録画をしたことがある者の割合が約9割であった」(文化庁がパブリックコメント募集に向けて公開した文書より抜粋)
ただ、これはかなり問題が多い解釈だ。
過去の合意の中で、私的録画そのものは禁じられていない。放送されたデータをハードディスク内に蓄積することは、他者への配布を目的としておらず、単なるタイムシフトである。それを権利侵害とするのは過去の判断と異なるものとなり、合理的とは言い難い。
また仮に、デジタル録画専用機器へと録画補償金を当てはめるとしても、すでにコピー制御や法的な規定がある状態でさらに消費者に負担をかけるのは「二重の負担」であり、額や転嫁手法への再検討が必要であるはずだ。
なにより、こうした検討はほとんど表沙汰にならずにここまできており、経緯が非常に不透明だ。「関係者合意の元に進める」という話であったはずだが、明確な合意形成の流れも見えない。
6月17日には、音楽に関する私的録音補償金を扱う一般社団法人・私的録音補償金管理協会(sarah)が、「私的録音録画補償金管理協会」と名称を変更していることもわかった。これはあまりに「制度変更ありき」ではないか。
6月17日には、一般社団法人・私的録音補償金管理協会(sarah)が、「私的録音録画補償金管理協会」に名称変更していた。
出典:sarah公式サイト
家電メーカー側となるJEITA(一般社団法人電子情報技術産業協会)も、パブリックコメント募集が始まった6月23日、非常に強い内容の反対声明を公開している。記事の中で使った資料はJEITAの公開した文書から引用したものだが、主張する事実・内容に間違いはない。
「クリエイターに直接還元されない制度」に意味はあるのか
筆者は私的録画補償金制度の政令指定変更に反対する立場だ。
理由は、BDレコーダーの価格が上がるからでも、録画しづらくなるからでもない。
実際問題として「やっても個人にはほとんど影響が出ない」が、その上でさらに「アーティストへの還元にもならない」からだ。
以下の図は、内閣府知的財産推進事務局、総務省・文部科学省・経済産業省が共同で委託して行った実態調査報告書(担当はみずほ情報総研株式会社)=つまり、文化庁が政令指定変更の根拠として示した文書からの抜粋だ。
政府の実態調査報告書には「録画可能なレコーダー類」を持っている人が、実はもう大幅に減っている事実も示されている。
ご覧のように、調査内ではすでにレコーダーを「持っていない」とする人々の方が圧倒的に多い。家庭に1台、BDやDVDのレコーダーを持っている人がいるくらいだ。録画機の市場は地デジ以降、減り続けており、JEITAもBDレコーダー市場が10年間で「最盛期の4分の1に縮小した」としている。
JEITAの公開した資料より抜粋。映像配信などの普及もあり、BDレコーダーの市場は最盛期の4分の1に減少している。
出典:JEITA「概要:私的録音録画補償金制度へのBDレコーダ等の追加指定に関するJEITAの見解」より
だとするなら、仮に被害があったとしても過去より縮小しているのではないか。被害が増えていないのに制度を強化する意味はどこにあるのだろうか。
今回の場合、私的録画補償金として、いくらが製品に転嫁されることになるかはわからない。私的録音補償金の場合、カタログに表示された標準価格の65%相当額の2%(上限1000円)と定められている。DVDレコーダーの場合、東芝訴訟の過程で、補償金の額が1台あたり平均約480円だったことがわかっている。
メーカー側としては負担なので、JEITAは反対するだろう。とはいえ、ユーザーから見ると買い控えるほどの額ではない。仮に「本当にアーティストに還元されるなら」、この程度の金額なら許容することも考えて良いくらいだ。
だが実際には、以下の図のように団体を通じて分配される構造になっている。そのため、クリエイターへの直接配分はごく少額になってしまう。
私的録音録画補償金協会のホームページに掲載された、配分の仕組み。各種団体を通じた包括的な配分で、クリエイター単位での額は小さなものになる。
出典:私的録音録画補償金協会
私的録音録画補償金制度が最も使われていた時期には、年間40億円の支払いがあったという。いま制度を再導入し、最大限集まったとしても、その数分の1に満たない可能性がある。クリエイターへの配分はさらに小さくなる。
TVerを始めとする映像配信が普及し、テレビ番組を見るだけなら、録画に頼る割合は減っている。
違法コピーにしても、カジュアルに見られる映像配信の増加によって減っているのが実情だ。もちろん映像配信や音楽配信は「私的録音でも録画でもない」ので、この制度の対象にはならない。
不自由なコピー制御があって、さらに補償金が増えて値段が上がるとなれば、「録画なんてもういいや」という人も出てきかねない。
さらに、その配分がクリエイターに直接渡るわけでもない……となれば、この制度はどこへ向かっているのか、一体誰のための制度なのか? 疑問を感じざるを得ない。
また、政令指定変更がこのまま進むなら、今後さらに拡大解釈され、「普通のハードディスク」や「普通のPCやスマートフォン」に影響する可能性もある。
本当に必要ならば、せめてちゃんと国民を巻き込んで議論すべきだ。仮に導入するとしても、配分方法を含め、より今の時代にあった仕組みを考えられるはずだ。
そのためにも、今回のパブリックコメントには、賛成・反対それぞれの立場でちゃんと答える必要があると筆者は考えている。
なお、パブリックコメントは以下のURLから記入できる。受付締切は2022年9月21日23時59分となっている。
「著作権法施行令の一部を改正する政令案」に関する意見募集の実施について
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=185001258&Mode=0
(文・西田宗千佳)