億万長者のファミリーオフィスで最高投資責任者を務めるミラ・ムハティディ。
Mira Muhtadie Willoughby/Willoughby, Tyler Le/Insider
フォーブス(Forbes)によると、世界の億万長者の90%近くは男性だ。しかし、彼らが自分の富の運用を誰に任せているかとなると、男女の差はより小さくなる。
あまり知られていないが、グーグルの共同創業者セルゲイ・ブリンはベイショア・グローバル(Bayshore Global)と呼ばれるファミリーオフィス(富裕層の資産管理を行う組織)を持っている。2022年1月、そのベイショア・グローバルの最高投資責任者(CIO)に、ゴールドマン・サックス出身の35歳のマリー・ヤング(Marie Young)が任命された。
ジェフ・ベゾスが設立した投資会社、ベゾス・エクスペディションズ(Bezos Expeditions)の投資部門に採用されたのは、プリンストン大学出身のメリンダ・ルイソン(Melinda Lewison)だ。同社のポートフォリオにはInsiderやAirbnbなども含まれる。
900億ドル(約12兆2400億円、1ドル=136円換算)の資産を持つシャネルのファミリーオフィスであるムース・パートナーズ(Mousse Partners)では、以前シンガポールの政府系ファンドであるGICで未公開株投資を指揮していたスージー・クォン・コーエン(Suzi Kwon Cohen)が資産管理を担当している。
ヘッジファンド界の億万長者ジム・サイモンズ(Jim Simons)、ハイアット・ホテルチェーンの創業者の息子であるJ・B・プリツカー(JB Pritzker)とトニー・プリツカー(Tony Pritzker)、ウォルマートの創業家にしてアメリカ最大の資産家と言われるウォルトン(Walton)家も、数千億円の運用を女性に任せている。
それだけではない。業界紙ファミリー・キャピタル(Family Capital)とガーンジー・ファイナンス(Guernsey Finance)の2021年の調査によると、世界のファミリーオフィスの20%は、女性の最高投資責任者またはプライベートエクイティ責任者やシニアアセットマネジャーといった肩書を持つ女性の上級投資専門家を置いている。投資データ会社プレキン(Preqin)の推計によると、オルタナティブ資産運用会社では、上級職のうち女性が占める割合はわずか12.9%である。
ファミリーオフィスにはなぜ女性CIOが多いのか、なぜ彼女たちはファミリーオフィスで働くことを選んだのか、はっきりした理由は分かっていない。
45億ドル(約6120億円)の資産を保有するヘッジファンドマネジャー、ダン・オック(Dan Och)のファミリーオフィスに10年近く勤務し、今はCIOを務めるミラ・ムハティディ(Mira Muhtadie)も、なぜこれほど多くの女性が自分と同じ役職に就いているのかを詳しくは分からないと言う。
しかし、おそらく女性たちは「ハードコア・ファイナンス(筋金入りの金融分野)」では必要とされない、ファミリーの人間関係に関わる仕事に惹かれるのだろうとムハティディは語る。
「感情的な要素があるのではないでしょうか。家族のメンバーを相手にしているわけですから、この仕事はお金を稼ぐこと以上に、人間的なレベルで彼らとつながることができるかどうかが重要なのです」
女性CIOはファミリーオフィスに適している
アメリカの不動産王であるケント・スウィッグ(Kent Swig)のファミリーオフィスを運営するウェンディ・クラフト(Wendy Craft)も、ファミリーとの仕事には個人的なふれあいが必要だと考えている。
「多くの男性は素晴らしい業績を上げていますが、中には協調性に欠け、家族とうまく付き合えない人も少なくありません。しかし女性の多くは、ファミリーオフィスの力学をうまく活用することができます」(クラフト)
クラフトによると、性別にかかわらず、投資の専門家、特にヘッジファンドや大手投資銀行の専門家は、投資の際に潜在的な利益を優先しがちだ。だから、例えばファミリーが大麻投資を毛嫌いしていることを考慮して運用するよう求められる時には、苦労することもあるという。とはいえ、一般的に女性投資家のほうが保守的であるため、それが家族にうまく受け入れられる要因になっていると彼女は指摘する。
「女性は投資でそれほどリスクを取りません。だから、10年単位と言わず100年単位の時間軸で物事を見ているファミリーオフィスに適しているのです。ファンドのような積極運用は必要ないのです」(クラフト)
クラフトによると、ファミリーオフィスは金融危機の際、女性が運用するヘッジファンドのほうが男性が運用するヘッジファンドよりも成績が良かったことに注目したという。ヘッジファンド・リサーチ(Hedge Fund Research)が行った調査によると、男性が運用したファンドは19%値下がりしたのに対し、女性が運用したファンドは9.6%しか値下がりしなかったという。
「これは衝撃でした。ファミリーオフィス関係の会議では、1年間この話題で持ちきりでした」(クラフト)
もう一人、キャサリン・ヒル・リッチー(Katherine Hill Ritchie)はビリオネア向けファミリーオフィス8社の投資顧問を務めた経験を持ち、現在はファミリーオフィスのノッティンガム・スプリック(Nottingham Spirk)でディレクターを務めている。
ワーキングマザーにとっては、ファミリーオフィスで働くことはワークライフバランスの観点からもよいとリッチーは言う。
「以前働いていたファミリーオフィスは従業員55人、資産規模は150億ドル(約2兆円)ほどでした。機能面ではさながらミニ投資銀行でしたが、家族的な雰囲気がある会社でした。
仕事は大変ですが、休みはとりやすいですよ。子どもの送迎で仕事のスケジュールを調整することもできます」(リッチー)
ただ、代表と顔を合わせることが必要な役職であることに変わりはない。しかし投資銀行とは違い、夜11時までオフィスにいなければならないプレッシャーはないと言う。
とはいえ、経営陣の中でもCEOのポジションに関しては、女性進出はそれほど進んではいない。ファミリー・キャピタルの調査によると、フォーチュン500社における女性CEOの比率は7.5%であるのに対し、ファミリーオフィスのそれは3.5%しかいない。前出のクラフトは、ファミリーオフィスの経営者の性別や、採用担当者の無意識なバイアスがその一因だと分析している。
「中には70歳、80歳の家父長的存在がいるケースもあります。こういう方は女性がクレジットカードを持つことも住宅ローンを組むこともできなかった時代に社会に出たわけですからね」(クラフト)
(編集・大門小百合)