アマゾンは深刻な大企業病に陥っているようだ。
Mike Blake/Reuters; Marianne Ayala/Insider
2022年5月、アマゾンの小売部門トップであるデイブ・クラーク(Dave Clark)は、社内イベントで従業員との歓談タイムをとった。勤続23年のベテランで気さくな人柄のクラークは、会社や自身のキャリアについての質問に答えた。
その中で、クラークは「ビルド(物事を作り上げること)」が好きな愉快で賢い人たちと働くことの素晴らしさを讃えた。
「君たちも、切磋琢磨し合える仲間、ビルダー(物事を作り上げる創造的な人)と呼べる人たちと一緒に働く機会に恵まれているかい?」
Insiderが入手した音源で、クラークはそう語っている。
「私は根っからの『ビルダー』だ。それが私の原動力となっている。私にとって、アマゾンほどそのスキルを磨ける会社はないよ」
だがそう語った8日後、クラークはアマゾンを去った。
CEOの右腕的存在だったデイブ・クラーク。長年アマゾンを支えたが、6月に退任が発表されると小売業界に衝撃が走った。
LINDSEY WASSON/Reuters
クラークは物流スタートアップのフレックスポート(Flexport)のCEOに就任した。「もう一度『ビルド』し直したい」という理由からだ。アマゾンのベテラン社員の中には、クラークの退職理由は同社を愚弄するものであり、アマゾンのカルチャーが衰退したことを痛烈に非難するものだと見なす者もいる。
1994年にアマゾンを創業したジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)は、「Day1(「初日」の意)」の心構えの重要性を説いていた。たとえ創業から何年経っても、創業したばかりの頃のスピード感やリスクを恐れない起業家精神を持ち続けなければならない、というものだ。
しかし創業から28年経った今、ついにアマゾンは「Day2」を迎えたようだ。
「最後には死が待っている」
アマゾンの現役社員と元社員に取材をすると、十数人に及ぶ人たちが、旧弊なエンジニア文化、無駄な管理階層、増加する役所的な手続きといった問題点を口にする。
「全体的に、物事の流れがスローダウンしているんですよね。Day1のカルチャーをキープできるのはある時点まで。これはもう致し方ないことだと思います」(現役社員)
2021年7月にCEO職を引き継いだアンディ・ジャシー(Andy Jassy)にとって、これは危うい状況だ。ベゾスはかつて、Day2のカルチャーをこう表現している。
「停滞に始まり、時代錯誤、耐えがたく苦痛に満ちた衰退と続き、最後には死が待っている」
もちろん、アマゾンは死にかかっているわけではない。とはいえ、インフレと迫りくる景気後退、そしてコロナ後の実店舗での買い物回帰が、その成長に打撃を与えている。同社の直近の四半期売上高は前年同期比7%増で、過去20年近くで最も低い伸びとなった。株価は2022年に入って20%下落し、下落率はS&P500指数のほぼ2倍だ。
アマゾンの株価推移
Insiderはアマゾンにコメントを求めたが、このときの対応は、同社がシアトルに倉庫を構えて書籍のオンライン販売を始めて以来、いかに巨大かつ複雑な組織となったかをまざまざと見せつけるものだった。アマゾン広報担当者のメール回答はこうだ。
「私たちは常に従業員の懸念を理解し、対処したいと考えています。しかし、150万人以上の従業員を抱える企業について、一握りの従業員の伝聞から結論を下すのは、誤解を招きやすく、また不正確だと考えます」
広報担当者は「アマゾンは当社のカルチャーに誇りを持っており、このカルチャーが従業員の力になっていると自信をもって言えます」と続け、社内調査を引き合いに出しながら、約85%の社員が同社のカルチャーによって「自分の役割の下でイノベーションを起こし、顧客のためにビルドし、迅速に意思決定できる」と考えていると説明した。
他社ツールを使わせてもらえないエンジニアたち
テック企業のご多分に漏れずアマゾンも、独創的な新しいソフトウェアを生み出す有能なエンジニアたちに大きく依存することで事業を継続的に伸ばしてきた。実はこの層こそ、アマゾンの「ビルド」カルチャーが近年著しく弱体化していると指摘する声が挙がっているのだ。
Insiderが入手した会議の録音によると、2021年11月に行われた全社会議で、アマゾンのソフトウェア開発者がCEOのジャシーに対し、開発に必要なツールが不十分なため仕事が思うように進まないと訴えている。
ジャシーはこれを問題と認め、これはつまり「どうすればスピード感を保てるか」という課題だとして、テクノロジー部門を率いるデイブ・トレッドウェル(Dave Treadwell)とピーター・デサンティス(Peter DeSantis)の2人に「開発者のためにさらなる業務の迅速化」を目指すよう指示した、と述べた。
「今でも、現状の有意な改善が必要だと考えています。それと開発者には、焼き直しの手動ツールを再発明するのではなく、クリエイティビティのために時間をたくさん使えていると思ってもらいたい。その点については是正を目指している」(ジャシー)
ジェフ・ベゾスからアンディ・ジャシーへのトップ交代から1年あまり。新規事業や大型買収などのニュースで世間を賑わせるアマゾンだが、社内には停滞ムードが漂っているようだ。
Dan DeLong/GeekWire
数カ月後、Insiderがアマゾンの現役・元エンジニアに確認したところ、改善の兆しはごくわずかだった。
必要以上にセキュリティアップデートやソフトウェアパッチを手動でロールアウトするよう求められることが多く、創造性の低い仕事に時間を費やさざるをえない、と語るエンジニアもいた。
別のエンジニアも、最適なソフトウェアツールを利用できないとこぼす。例えば、データの分析と可視化を行う際にはAmazon Web Services(AWS)のクイックサイト(QuickSight)を使わなければならず、それよりも堅牢な機能を備えているタブロー(Tableau)などは使わせてもらえないという。
倹約志向で知られるアマゾンのカルチャーでは、より高性能なプロセッサの導入など開発まわりのリソースを増強しようにも承認を得るのが難しく、開発者は不便な旧式の技術を使わざるをえないと、また別のエンジニアは明かす。
「食指が動くものを新しく作れる時間はあまりなく、ほとんどの時間は問題なく動いていたものの作り直しに費やしていた」と、取材に応じてくれたエンジニアは語る。
積み上がる役所仕事、果たされない説明責任
こうした懸念に拍車をかけているのが、アマゾンのおびただしい従業員数だ。同社の従業員数は2019年から2021年の2年でほぼ倍増し、いまや150万人を超える。管理職の層が厚くなった分手続きが煩雑化し、業務遂行のハードルが高くなっていると現役社員や元社員は述べる。
例えば、アマゾンの各プロジェクトで実質的なCTOの役割を担うプリンシパル・エンジニアの人数は、2014年には100人未満だったが2021年には1000人を超えたという。
アマゾンの従業員数の推移
ベゾスはすでに2017年の段階でこのことを懸念していた。同年、アマゾンが指数関数的な成長を始めると、ベゾスはすべての管理職に最低6人規模のチームを持つように義務付けた。これは組織をフラット化する取り組みの一環だったと、事情に詳しい消息筋は話す。
その1年後の2018年には、ベゾスは社員から「Day2組織と同じ轍を踏むリスクを最小化するためにどんな対策を講じているか」と問われ、「脱階層化を図っている」と答えたという(Insiderが入手した会議の録音より)。
組織が拡大して階層が増えれば、管理職は顧客との距離が開いてしまい、「機動力の向上」と「意思決定の迅速化」が妨げられてしまうことを危惧してのことだ。
「この2つが『Day2問題』を招くことになる。独自のお役所仕事を作り出してしまうのだ」と、このときベゾスは話したという。
Day2がひたひたと迫ってきていることを感じていたのは、エンジニアやベゾスだけではない。Insiderの取材に応じたビジネスサイドの従業員もまた、手続きや事務仕事が増え、業務にいちいち管理職の意思決定を仰がなければならなくなったと話す。
例えば、広告部門の営業担当者は、大口顧客の取引は他社ならだいたい2日以内にまとめるのが普通だが、アマゾンは6~7日かかることがあるという。アマゾンでは法務、広告政策、財務、価格設定など複数のチームから承認を得なければならない決まりになっているため、「手間がかかる」とこの営業担当者は話す。あまりにも手続きに時間がかかるので大口の広告主に呆れられたこともあるという。
AWSの別の営業担当者は、柔軟性に欠ける業務フローのせいで、社内ツールの入力や操作に無駄な時間を費やしていると不満げだ。ちょっとした契約の修正にも複数の承認が必要なため、完了までに数週間から数カ月かかることがある。そのうえ、いくつものポータルに情報を手入力しなければならず、顧客と接する時間が削られてしまうという。
「アマゾンは独自のお役所仕事を作り出していて、誰も説明責任を果たそうとしません。組織が大きくなって、状況は悪化の一途をたどっています」(先の広告営業担当者)
同様の不満は他のチームからも挙がっている。フレッシュ(Fresh)しかり、プライムエア(Prime Air)のドローン配送しかりだ。
実店舗担当のチームも近年は予算編成の都合でスプレッドシートに手入力しなければならないとたびたび不満をこぼしており、「店舗ごとの予算を詳細に作成する方法が定まっていない」ため、必要なデータをすべて集めるのに10ものチームに連絡を取らなければならない有様だという。
「ビルダー」がいなくなってしまう
CEO在任中、「Day1のままでいよう」とたびたび口にしていたベゾスだったが……。
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問題の所在はどこにあるのか。従業員の中には、同社の「リーダーシップ・プリンシプル」を必要以上に厳格に守ろうとするからだと言う者もいる。リーダーシップ・プリンシプルとは、アマゾンがあらゆる意思決定で参照する、16の価値観のことだ。
だが、この中の「倹約」原則に従うため、ロサンゼルスからアマゾンのサンフランシスコ・オフィスまで、飛行機ではなく何時間もかけて車で移動することを強いられた従業員もいるそうだ(2021年の社内イベントより。ちなみに同社の広報担当者は、同社のリーダーシップ・プリンシプルや出張・経費規定に照らしてそのようなことはありえない、と反論している)。
アマゾン社内には今や、「Frupidity」という言葉まで存在する。これは「Frugal(倹約)」と「Stupidity(愚かさ)」を掛け合わせた造語だと、かつてアマゾンのプライムゲーミング(Prime Gaming)を担当していたイーサン・エバンス(Ethan Evans)は、リーダーシップ・プリンシプルの「劣化」について記したブログ記事の中で説明している。
こうしたことが積もり積もって、アマゾンでは長年の幹部が退職する事態となっている。
Insiderが把握できるかぎりでも、2021年にはバイスプレジデント級以上の幹部が50人以上アマゾンを去り、2022年も同様のペースで推移している。アマゾンが今よりはるかに小さかった頃に入社した彼らの多くが、より機動力にあふれるスタートアップに転職している。このこと一つとってもアマゾンの現状は明らかだと、ある人物は言う。
「かつてアマゾンは『ビルダー』にとってこの上ない職場でした。でも今では、そういう人はアマゾンからいなくなってしまいました」
[原文:After 28 years, 'Day 2' finally arrives at Amazon]
(編集・常盤亜由子)