イラスト:iziz
シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
こんにちは。安倍晋三元首相の銃撃事件以来、旧統一教会や、関係のあった議員について報道が波及していますね。同時に、日本という安全な国が「政治家が銃撃されるような国」として諸外国に認識され、今後の観光産業に影響をおよぼすといった見方もあるようです。
こういった余波について、政治や経済、芸術など、今後も何らかの波及や影響が起きていくのでしょうか。佐藤さんの見解をお聞きしてみたいです。どうぞよろしくお願い致します。
(MATSU、40代前半、会社員(商社勤務)、男性)
事件が浮き彫りにした「民主主義の危機」
シマオ:MATSUさん、お便りありがとうございます。安倍元首相の事件は、僕もスマホでニュースを見た時に目を疑いました……。MATSUさんのおっしゃるように、日本中に大きな衝撃を与えたように思いますが、いかがでしょうか?
佐藤さん:観光や経済への影響は基本的にはないでしょう。というのも、今回の事件は特定の政治家を狙ったものであって、それもその人の政策や信条というより、特定の宗教団体に対する怨恨から生じたものだからです。
シマオ:ただ、国民のショックは大きいように思います。
佐藤さん:そうですね。このような大きな事件が起きた時、国民の心理は大きく揺さぶられます。メディアの報道によって「世論の流動化」が起きる訳です。
シマオ:世論の流動化?
佐藤さん:安倍さんが亡くなった直後は国葬の開催に対して賛成の声が多く聞かれましたが、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に関係する報道が出てからは、反対の意見が高まっています。どう報道されるかで、世論が大きく動く訳です。
シマオ:なるほど。それによって社会が不安定になるということですね。
佐藤さん:私は、今回の事件はやはり「民主主義の危機」を表すものである、と感じています。
シマオ:選挙期間中に元首相が撃たれたんですものね!
佐藤さん:いえ、問題はそこではありません。報道が正しいとすれば、山上徹也容疑者の母は旧統一教会の信者であり、家庭が崩壊してしまうほど多額の献金をしていたことが分かってきました。まさにそのことに、民主主義の危機が見て取れるのです。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:本来であれば、そういった事象は公序良俗に反するものとして司法的な手続きで解決されるべきですし、マスメディアが積極的に報道して是正するよう世論を喚起していかなければなりません。それが民主的な社会のあり方です。
シマオ:ただ、現に起きている山上容疑者の家庭のような問題も、憲法に定められた「信教の自由」の範囲にはありますよね?
佐藤さん:その人の支払い能力を超えて献金させたり、霊感商法や正体を明かさず詐欺的な勧誘をしたりするのは、法律違反ではないとしても社会通念に反することとして対処すべきだということです。旧統一教会によるそうした行為は、別に宗教団体でなくとも許されません。
シマオ:宗教団体がしたから問題なのではなく、行為そのものをまず問うべきということか。
佐藤さん:その通りです。裏を返せば、安易に宗教一般の問題に拡大すべきではないということです。今回の事件をきっかけに、「やはり新興宗教は危ない。カルトだ」というレッテルが貼られるようになれば、それは属性による差別につながり、日本国憲法第20条にある信教の自由に反することだと思います。キリスト教やイスラム教だって当初は「新宗教」でした。既存の宗教から異端やカルト扱いされ、迫害されてきたのです。
シマオ:たしかに、ユダヤ教を信じている人たちのところで新宗教を起こして猛反発をくらったのがイエス・キリストですもんね……。
佐藤さん:これはあくまで私の推測に過ぎませんが、山上容疑者は社会から見放されたと感じたため、直接行動に出るしかないと考えたのではないでしょうか。しかも教団トップに近づくことが難しいから、矛先が安倍元首相に向かった。民主的な社会が機能していれば、彼もまた別の回路で問題の解決を図ることができたかもしれません。
政教分離と献金の自由は矛盾しない?
イラスト:iziz
シマオ:今回の事件では、MATSUさんのお便りにもあるように、政治と宗教の問題にもスポットライトが当たっていますよね。特に旧統一教会と自民党とのつながりだと思いますけど、憲法には政教分離も定められていますよね?
佐藤さん:政教分離には大きく2つのパターンがあります。一つは、宗教(団体)が政治に関与してはならないというもの。これはいわゆる社会主義国であるかつての旧ソビエトや中国、北朝鮮が当てはまります。フランスのライシテ(世俗主義)もこの要素を持っています。
シマオ:政教分離って、そっちの意味だと思ってました!
佐藤さん:もう一つは、国家が特定の宗教に肩入れしたり、忌避したりしてはならないというもの。日本やアメリカはこちらに当たります。ここで重要なのは、宗教団体が政治活動をすることそのものが禁止されている訳ではない、ということです。
シマオ:どういうことでしょうか?
佐藤さん:例えば、宗教団体が自ら政党を作ることも、特定の政党に献金することも問題ありません。献金の自由が権利として保障されていないと、信教の自由を担保することはできないからです。
シマオ:献金を禁止すれば、宗教活動そのものができなくなってしまう、と。
佐藤さん:いわゆる「苦しい時の神頼み」的な宗教との向き合い方はともかく、世界観型の宗教は人生全体をその価値観によって律するというものです。イスラームもプロテスタンティズムもそうです。そうした宗教にとって、政治だけを除外して生きるということはできないのです。逆に、政教分離下では、国が宗教団体に資金を出すことはありません。
シマオ:なるほどなぁ。
佐藤さん:それに、宗教団体は民主主義を担保する重要なアクターでもあるんです。私が所属する日本基督教団もそうですが、宗教団体は国家機関でも私的利益を追求する企業でもない、「中間団体」です。
シマオ:中間団体?
佐藤さん:言い換えれば、人々が共通の価値観や宗教観に基づいて集まった結社(アソシエーション)です。こうした中間団体は、国家権力や企業による利益追求など社会の暴走を防ぐ役割があります。
山上容疑者への「同情」は戦前の雰囲気に酷似している
シマオ:ところで、山上容疑者も秋葉原通り魔事件の加藤智大死刑囚も京都アニメーション放火殺人事件の青葉真司被告も、みんな同年代なんですよね。あまりカテゴライズするのは良くないとは思いますが、これは偶然なんでしょうか?
佐藤さん:彼らは皆、バブル崩壊後の就職氷河期に社会に出たロスト・ジェネレーションに属する世代です。そこには何かしら通底するものがあると考えられます。ロスジェネ世代の特徴は、自分たちが運の悪い世代であると皮膚感覚で分かっていること、そして同じ世代の中でも勝ち組と負け組に分かれていて、両者の連帯がないことだと思います。
シマオ:もちろん、その世代であってもほとんどの人は犯罪に走ることはない訳ですが……。
佐藤さん:彼らの人生においても、踏みとどまる契機、何かしらフックとなるものはあったはずです。しかし、不幸なことに彼らは全てのフックが引っ掛からず、滑り落ちてしまった。それは社会構造の問題と個人の問題がないまぜになった結果でしょう。ただし、今私が危惧しているのは、山上容疑者に「同情」する世論の高まりです。
シマオ:ネットでは減刑の嘆願署名運動が起きていますよね。今見ると、7000人ほどが署名しているみたいです。
佐藤さん:「手法はよくなかったが、動機には共感する」というのは、戦前の5・15事件の際に起きた論調と全く同じです。その結果何が起きたか。犬養毅首相を暗殺した海軍将校たちの刑は軽くなり、それが2・26事件へとつながったとする見方が有力です。
シマオ:前代未聞のクーデター事件の前段と似た展開だと……。では、今回もさらに大きな事件へとつながるかもしれないというでしょうか?
佐藤さん:それはまだ分かりません。ただ、私たちの思考は昔と大きく変わっていない、ということは言えるでしょう。
宗教やマルチ商法にダマされないために気を付けるべきこと
シマオ:ちなみに、カルトとされるような宗教団体の違法行為にハマらないようにするためには、何に気を付ければよいでしょうか?
佐藤さん:まずは、世の中にどういう宗教団体があるかを知ることです。カルトと認定される宗教が増えているのは日本だけのことではありません。そのことは、『カルト集団と過激な信仰』というアメリカのテレビシリーズを見るとよく分かります。
シマオ:Amazonプライムビデオでも配信されてますね。内容紹介を見ると……教祖への絶対服従に小児性愛、人身取引……。すごいですね。
佐藤さん:また、狭義の宗教だけでなくマルチ商法を広める団体にも同様の危険があります。この実態について知りたければ、新庄耕さんの小説『ニューカルマ』を読むとよいでしょう。
シマオ:マルチ商法は大学生などにも広まっていると聞きます。
佐藤さん:極端な競争社会の中で疲弊して、自分が生きている価値を感じられない人が増えているのは、先進国に共通する現象です。悪意を持った集団は、そうした人たちの心の隙間を狙う訳です。それに対抗するためには、経済的なバックアップと、精神面での安全保障が必要です。
シマオ:精神の安全保障とは?
佐藤さん:要は、人生がうまくいかないときに相談できる人が一人でもいればいい。それは言葉を換えれば社会的な包摂ということです。特定の宗教をカルトとして排除するのは、こうした包摂からも外すことを意味します。そうなると、その集団が先鋭化する危険がより高まります。
シマオ:なるほど、カルトの問題は社会全体の問題でもあるということですね。MATSUさん、ご参考になりましたでしょうか。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は9月14日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)