(出所)BASEサービスサイトよりキャプチャ。
2020年春にコロナ禍が始まって以降、ネットショッピングをする機会が増えたという方は多いのではないでしょうか。
総務省の情報通信白書によれば、ネットショッピングを利用する世帯の割合は2020年3月以降に急増し、その後も2人以上の世帯の半数以上が利用する状況が続いています(図表1)。
ネットショッピングの利用者が増えているということは、小売業側からすればまたとないビジネスチャンスです。
この波に乗って、誰でも簡単にネットショップを開設できるサービスを提供して近年目覚ましい成長を遂げたのが、2012年に創業したBASE株式会社(以下、BASE)です。元SMAPの香取慎吾さんが出ているCMでご存知の読者も多いのではないでしょうか。
ECサイトを新しく開設する場合、よくあるのがアマゾンや楽天のようなECプラットフォームを利用するという方法です。
しかしBASEなら、こうしたECプラットフォームを使わずに、しかも自前でサーバーを準備したりECサイトをゼロから作る手間もかけずに自社のECサイトを簡単に開設することができます。そのうえ初期手数料は無料。例えるなら、ホームページを自作する技量がない人でも簡単に自分のサイトを開設できるブログサービスのような便利さですね。
BASE累計ショップ開設数は、コロナ前の2020年2月時点では90万ショップを超えた程度でしたが、2022年6月時点では180万ショップを超えるほどまでに増えました(図表2)。
ちなみに、出店数でいうとヤフーショッピングは約87万店(2019年3月末時点)、アマゾンは17.8万店(2015年6月時点)、楽天市場は5万5939店(2021年12月末時点)です(※1)。これら3つを足し合わせると約110万店ですから、今やBASEがいかにネットショップの立ち上げになくてはならない存在になっているかがお分かりいただけると思います。
そこで今回は前後編の2回にわたり、BASEがどんなビジネスモデルを築いているのか、さらに成長するためにはどんな点がポイントになるのか、会計とファイナンスの視点から考察していくことにしましょう。
ネットショップのインフラを提供するBASE
ネットショッピングと言われてすぐに思い浮かぶアマゾン、楽天、ZOZOなどは、基本的にプラットフォーム型のビジネスです。アマゾンや楽天といった名前のお店の入り口があり、そのお店に入ってからどんな商品を購入するか検討するという、言ってみれば百貨店のようなタイプです。
プラットフォーム型の場合、ショップオーナーはこれらのプラットフォーム上でモノを販売させてもらう代わりに、手数料を支払います(図表3)。
筆者作成。Illustration: IhorZigor, Leremy/Shutterstock
一方で、プラットフォームを介さず独自のECを展開している企業もあります。代表的なのが「北欧、暮らしの道具店」を運営するクラシコムです。
プラットフォームを使わずに自前でECを構築する最大のメリットは、独自の世界観を顧客に届けられる点です。しかし半面、自前でECを構築するには初期費用がかかりますし、専門的な知識も必要です。せっかくお金も手間もかけてサイトを立ち上げたのに売れ行きがイマイチという可能性もありますから、リスクもそれなりに大きくなります。
そこで、誰でも簡単にECを開設できるサービスがあったらニーズを満たせるのではないか、と目をつけたのがBASEです。
筆者作成。Illustration: IhorZigor, Leremy/Shutterstock
BASEには主に「BASE事業」と「PAY事業(後編で詳述)」という2つの事業があり、このネットショップ作成サービス(BASE事業)が売上構成の実に85%を占めています(図表5)。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
赤字の2大要因は?
次に、BASEの売上高と営業利益の推移を見てみましょう。
ネットショッピングの利用者はコロナ前から大きく増えているのだからBASEの業績も絶好調だろう……と思われるかもしれませんが、同社の過去5年の業績推移を見てみると、売上高は右肩上がりで伸びてはいるものの、直近の期では大きく赤字を計上しています(図表6)。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。なお、2018年12月期以降は連結決算となっている。
2020年12月期は売上高が前期比100%超えの成長で黒字化を達成したのに、翌2021年12月期の成長率は20%止まり、かつ赤字に逆戻りしてしまっています。いったい何があったのでしょうか?
赤字の要因を調べるために、同社のP/L(損益計算書)の流れを分解してみましょう(図表7)。
(注)カッコ内の数字は売上に占める比率。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
ここで注目していただきたいのは主に次の2つです。
1つめは、売上原価からお分かりのように原価率が43%もあるということ。そして2つめは、広告宣伝費が売上高の26%も占めているということです。
ただし広告宣伝費の多さについては、この連載をお読みくださっている読者の方ならもはやおなじみの光景かもしれません。
過去に取り上げたメルカリ、Slack、Sansan、freeeといったいわゆるSaaS(Software as a Service)系のスタートアップ企業の多くは、広告宣伝費をガンガンかけることで新規ユーザーを獲得するという成長シナリオに則っています。BASEの戦略もそれと同様です。決算自体は赤字ではあるものの、広告宣伝費を削減さえすれば黒字化できるという状況も似ています。
それより気になるのは1つめの注目ポイント、原価率の高さです。原価率が43%ということは、裏返せば粗利率は57%弱ということ。BASEのようにウェブ上でプラットフォームを提供するビジネスでは粗利率が70〜90%程度あってもおかしくありませんから(※2)、57%という数字はそれほど高くないなという印象を受けます。
なぜBASEの原価率はこれほど高いのでしょうか?
BASEの原価率を押し上げている要因は?
BASEのネットショップ作成事業(BASE事業)は、2022年4月に新しい料金プランを導入しました。新しい料金プランは後編で詳しく見ることにして、ここではまず従来プランについて検証していきます。
従来のプランは、ショップオーナーがBASEの仕組みを使ってモノを販売すると、BASEはその決済代金の3%をサービス利用料として、そして3.6%+40円を決済手数料として受け取るというものです。
例えば、BASEを通じて開設したネットショップAの月額売上が10万円だった場合、ショップオーナーはBASEに対して6640円(サービス利用料3000円+決済手数料3640円)の支払いをする必要があります。
「3%+3.3%、売上の6.6%近くもBASEに手数料を取られるなんて高いな」と感じるかもしれませんが、そんなことはありません。アマゾンに出店すると手数料は8〜15%かかります。楽天に出店する場合も、月額基本料金(1.95〜10万円)、システム利用料(売上の2〜7%)、楽天PAY使用料(2.5〜3.5%)などの諸経費が発生します。そう考えると、BASEの手数料はむしろ低いほうだと言えます。
しかも、ここが重要なのですが、BASEが受け取る「決済手数料3.6%+40円」は、全額BASEの粗利になるわけではありません。では誰が持っていくのかというと、その多くは「決済代行業者」の懐に入ります。
決済代行業者とは、簡単に言うと「クレジットカードの支払いを取りまとめている会社」と思ってください。
ネットショップを開く際、顧客の利便性を考えるとVISA、マスターカード、JCB、AMEX……など複数のクレジットカードを扱ったほうがいいですよね。しかし、これを個別に契約・管理するのはとても手間がかかります。それを代行してくれるのが決済代行会社です。
BASEの仕組みでも決済代行会社が使われています。利用すればその分手数料はかかりますが、おびただしい数のネットショップの、しかも複数ある決済方法をいちいちBASEが自前で行うのは現実的ではありません。その決済代行会社への手数料支払いが、BASEの原価として乗っているわけです。
筆者作成。Illustration: IhorZigor, Leremy, atibody/Shutterstock
なお、BASEの全体の原価率は先述のとおり43%ですが、BASE事業だけで見ると原価率は36%です(※3)。ということは、ショップオーナーから見た支払手数料(約6.6%)の36%に当たる約2.4%が、決済代行会社とその先にいるクレジットカード会社等への支払いに回っていると推測できます。
ここまでで、BASEのビジネスモデルを概観してきました。BASE事業では決済代行会社への手数料支払いが生じるため、そのぶんBASEの原価率が高くなってしまうことが分かりました。
こうした特徴を踏まえて、BASEがさらに成長していくためにはどういった要素がポイントになるのか、BASEが2022年4月に導入した新プランにはどんな狙いがあるのか、後編で詳しく分析していくことにします。
※後編はこちら
※1 各社の出店数は以下のサイトを参照。「【決定版】ヤフー・楽天・Amazonに出店するならどれがお得か徹底比較」MakeShop、2022年7月25日。
※2 事業内容によって粗利率は異なりますが、有名なウェブサービスを提供するプラットフォーム系の企業の粗利率は以下のとおりです(いずれも本稿執筆時点で直近の決算期の値)。スペースマーケット=72%、freee=80%、マネーフォワード=70%、Sansan=88%、弁護士ドットコム=84%。なお、これらウェブ系の企業における原価には多くの場合、ウェブサービスの制作にかかる人件費や経費が製造原価として計上されています。
※3 後編で詳述しますが、会社全体での原価率がBASE事業よりも高くなっている理由はPAY事業の原価率が90%を超えているためです。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。