「これはパーフェクト・ストーム(最悪の事態)だ」。新興のEVメーカーの現状を、業界の専門家はそう表現する。
Rivian; Arrival; Lucid Air; Canoo; Xos; Faraday Future; Sira Jantararungsan/EyeEm/Getty; Anna Kim/Insider
「電気自動車(EV)のスタートアップ企業リビアン(Rivian)が従業員の6%をレイオフする」との第一報をブルームバーグが伝えた後、同社のロバート・スカーリンジ(Rrobert J. Scaringe)CEOは全社会議を招集した。目に見えて動揺していたスカーリンジは、そこで数百人の従業員が職を失うことを認めた。解雇された従業員の一人はこう証言する。
「全社会議では、彼は終始カメラに向かって全社員に話しかけていました。これまでの経緯、現状、決定が避けられない理由、それと、彼がこの決定をいかに悔しく思っているかを説明していました」
150億ドル(約2兆1000億円、1ドル=140円換算)の資金を持ち、アマゾンやフォードらの支援を受け、何千台もの生産台数を誇るリビアンにとって、この一件が致命傷になることはない。
しかし、危機を脱したと言うにはほど遠い。いやリビアン以上に、そのライバルと目される創業間もない新興のEVメーカーははるかに深刻な打撃を被っている。
カヌーをはじめとする企業では、「次のテスラ」になるべくやる気を燃やしていた一部の従業員らの間であきらめムードが広がっているという。
Canoo
リビアン、ルーシッド(Lucid)、カヌー(Canoo)などの新興メーカーは、経営上の不手際、サプライチェーン問題、大量生産の難しさなど複合的な要因で、販売台数と株価が悲惨なほど落ち込んでいる。株主の間では訴訟の動きが出ており、かつて強気だった投資家らも我慢の限界に来ている。
逆にフォードやGMなど既存の自動車メーカーは、じわじわとその実力を発揮しつつある。
業界の情報筋は諸問題が錯綜するこの状況を鑑み、これまで自動車業界を変革すると約束し、時価総額10億ドル(約1400億円)以上を誇っていたスタートアップ企業の多くが没落すると警鐘を鳴らす。
「これはパーフェクト・ストーム(最悪の事態)だ」
ベリルズ(Berylls)のコンサルタント、マーティン・フレンチ(Martin French)はそう表現する。
新興メーカーの社内の雰囲気も芳しくないと、Insiderの取材に匿名で応じた元社員や現役社員はこぼす。「次のテスラ」の一員になるんだという彼らの希望は、はかなくも潰えてしまった。EV企業で働いた経験を持つある取締役はこう話す。
「テスラは市場を開拓しこれからもずっと残り続けるでしょうが、それ以外は、ただの危険な賭けですよ」
下方修正した目標すら未達
今から1年前、リビアン、ルシード、カヌー、ファラデー・フューチャー(Faraday Future)、エクソス・トラックス(Xos Trucks)、アライバル(Arrival)といった新興EV企業の未来は明るいと思われていた。
テスラの成功に続けと市場に参入したこれらスタートアップの多くは、2020年から2021年にかけて相次いで上場した。製品計画やスケジュール、将来の市場シェアなどを高らかに宣言すると、投資家たちは熱狂した。自動車業界のベテランから若い技術者までが続々と結集し、人員の規模は膨れ上がっていった。
EVスタートアップの多くは、2022年の始動を予定していた。しかし実際には生産目標をはるかに下回っている企業がほとんどだ。なかには、サプライチェーン問題や物流の逼迫を受けて下方修正した生産目標すら未達に終わった企業もあった。
新興メーカーの資金が減少するにつれて、株価も低下している。
イーロン・マスクの再来はない
こうした数字の落ち込みは、サプライチェーンを阻害し続けるパンデミックや、金融業界を弱気にさせるマクロ経済状況など、不運によるものもある。しかし内部関係者や業界の専門家は、これに経営上の不手際が加わったことで、本来なら避けられた水準にまで悪化してしまったと見ている。
ニコラ(Nikola)、ローズタウン(Lordstown)、ファラデー・フューチャーは、何らかの理由で幹部が交代している。ルーシッドは物流と生産上の問題に対処しきれていない。同社の元エンジニアは次のように語る。
「車両の設計まではすんなりと進むんですが、いざ製造するとなるとまったく別物になってしまうんですよね」
ルーシッドのピーター・ローリンソン(Peter Rawlinson)CEOは最近、経営陣を刷新することで製造ラインの稼働を軌道に乗せようとしている。
一方、エクソスの内部関係者らによれば、経営陣があまりに多くの製品に手を広げすぎたあまり(経験不足の表れだ)、従業員のレイオフを余儀なくされたという。
カヌーの元社員は、トニー・アクィラ(Tony Aquila)CEOの目標は非現実的だと言う(同社は年内の生産台数を3000〜6000台と見込んでいるが、第2四半期末時点でまだ1台も生産できていない)。
エレクトリック・ラストマイル・ソリューションズ(Electric Last Mile Solutions)の経営者に至っては、EVを製造することより自社株買いに関心が向いているようだ。このことは、SPAC(特別買収目的会社)上場前に幹部が時価から割り引いた価格で株式を取得したことに関する内部調査を同社が発表したことで明らかになった。
また、「次のテスラ」を立ち上げるということは「次のイーロン・マスク」になることでもあるのだが、業界関係者は、新興メーカーの幹部らの中にはイーロン・マスクのような稀有な資質を持った人物はいないと指摘する。
ある新興企業の幹部は、「テスラが持つレジリエンス(立ち直りの早さ)は、マスク個人の立ち直りの早さ、不屈の精神、強固な意志力に負うところが大きい」と述べる。
どんなに素晴らしいアイデアがあり、業界のベテランで経営陣を埋められたとしても、新興メーカーの経営陣が必ずしもマスクのように驚異的な精神力と(現物市場に手を出せるほどの)金融知識を備えているわけではない。そのうえ、逆風が吹こうが問題が浮上しようが、事態を切り抜けるべく投資家を動かせるのは誰にでもできる芸当ではない、と業界関係者は異口同音に話す。
古参の勝負
Ford
フォードやGMといった大手自動車メーカーはスタートアップに遅れてEV分野に参入したものの、スタートアップが悪戦苦闘しているうちにタイムロスを挽回することに成功した。
フォルクスワーゲン(Volkswagen)、ステランティス(Stellantis)、トヨタ、フォード、GMなど大手自動車メーカーは、こぞってEVシフトに数十億ドルを投じている。スタートアップに「そんな体力はない」と、これらの企業で働いた経験のあるマネジャーは言う。
それでも移行は容易ではない。フォードはサプライチェーン問題を受けてF150ライトニングの価格を引き上げたし、GM、トヨタ、スバル、BMWはEVのリコールを余儀なくされている。
しかし、既存メーカーには確立されたサプライヤーとの関係がある。バランスシートも安定しているし、収益性の高いガソリン車の販売から収益も上げられるので、EVシフト打撃を吸収することができる。
このように、既存メーカーはEV市場で優位に立ちつつあるが、一方の新規参入組は工場の立ち上げやブランド知名度の確立にも苦労している。
リビアンはR1Tピックアップトラックの製造を始めるまでにかなりの時間を要したが、フォードはあっという間にライトニングを発売し、大ヒットさせた。ルーシッドは高級電気SUVの先駆者になること標榜していたが、メルセデス、BMW、キャデラックから全力で対抗されてその野望も望み薄だ、と元GM幹部のバリー・エングル(Barry Engle)は言う。
ウェドブッシュ(Wedbush)のアナリスト、ダン・アイブス(Dan Ives)は8月10日の覚え書きで次のように記している。
「リビアンの生産ロードマップは非常に重要だ。特に2023年は、EVピックアップ市場の大きな転換点となることが予定されている。F150ライトニング、GMのシルバラード、そしてサイバートラックが消費者獲得をめぐってほぼ同時期に争うことになる」
たとえ新興メーカーがそのリードを失わずに済んだとしても、既存メーカーの存在に阻まれてベンダーとの取引はさらに難しくなっている。サプライヤーには2つの選択肢がある。かたや大きな手元資金を持ち、大量生産が保証されている長年の顧客。そしてかたや、生産量が少なく、部品の代金すら払えないかもしれない新興メーカーというわけだ。自動車アナリストのビル・ディール(Bill Diehl)は言う。
「後発の新興メーカーは、フォード、GM、テスラに出し抜かれるでしょうね」
リビアンは生き残れるかもしれないが、他のスタートアップは「まず無理だと思う」とある関係者は言う。
Rivian
機会の窓が閉じる
レイオフやコスト削減が吹き荒れる今日の状況では、テスラの成功を再現することは難しい。その事実が浮き彫りになるにつれ、投資家は新興メーカーへの信用を失いつつある。
オートテック・ベンチャーズ(AutoTech Ventures)のマネージングディレクターであるクイン・ガルシア(Quin Garcia)はInsiderの取材に対し、次のように話す。
「多額の資金を燃やしている新興メーカーが、キャズムを乗り越えて収益化できるという投資家の確信は揺らいでいます。使える資本が減るほど、この手の企業の存続は危うくなっていきます」
リビアンにはアマゾンをはじめとするバックアップがあり、またターゲット市場も明確であることから、新興メーカーの中では最も成功する確率が高いというのが業界関係者たちのコンセンサスだ。
ルーシッドはどうだろう。潤沢な資金はプラス材料と言えるが、競合に打ち勝つには、もっとスピード感を持ち、高級EVセダンの枠を超えて事業を広げる必要がある。
製品の独自性に欠け、事業をスケールさせる資金にも事欠くようなその他の企業の見通しは暗いと言わざるをえない。
業界の内部関係者たちは、業界のウォッチャーと同じかそれ以上に心中穏やかではない。ある幹部はこう漏らす。
「失敗の確率は高い。これは、ほぼ必然と言ってもいい」
(編集・常盤亜由子)