中国のNFTは建前上は資産性を持たないデジタルアートと位置付けられ、グローバルのNFTとは異なる扱いを受けている。
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メガIT企業テンセント(騰訊)が8月16日にNFT(非代替性トークン)マーケットプレイス「幻核」の運営を終了した。中国初めてのNFTとして2021年8月にオープンしてからわずか1年での撤退とあって、先行者利益があるテンセントがなぜ有望市場から手を引いたのか、さまざまな憶測が飛び交っている。
中国初のNFTマーケットプレイスが閉鎖
現地メディアによると、2021年8月20日に開設した幻核はこれまでに43のNFTコレクションを発表した。テンセントのブランド力を背景にインタビュー番組「十三邀」や人気アニメ「非人哉」など多くの著名IP(知的財産)とコラボし、中国最初にして最大級のNFTマーケットプレイスと評価されていた。
だが、今年7月初旬以降NFTの新規発行が止まったことから撤退がささやかれ始めた。結局幻核の運営は8月16日で終了し、NFTを購入したユーザーは引き続き保有するか、返品して返金申請するかを選択することとなった。幻核はNFTの発行企業から手数料を徴収する(発行価格の70%とも言われている)ビジネスモデルだが、返金の負担割合など詳細は明らかになっていない。
テンセントはサービス終了の理由を、「核心戦略に重心を置くため」と説明する。たしかに同社は新型コロナウイルスの再流行と当局の規制強化の逆風を受け、業績が低迷している。8月17日に発表した2022年4~6月期決算は、売上高が前年同期比3%減の1340億元(約2兆6800億円、1元=20円換算)で、2004年に香港証券取引所に上場して以来初めての減収となった。
業績悪化を受け、テンセントが大規模な事業再編・リストラを行っていることもしばしば報じられるが、メタバースやNFTは産業として初期段階にあり、NFTマーケットプレイスにはアリババやバイドゥ(百度)など大手もこぞって進出している。見切りをつけるには早すぎるように見える。
資産性を認めない中国のNFT
テンセントはメタバースに早くから投資してきた企業でもある。
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テンセントが手を引いた最大の理由は、中国政府の規制を遵守しながら成長することが困難だと判断したというのが、大方の見方だ。
中国はブロックチェーンを次世代技術として推進する一方、ブロックチェーンを応用した暗号資産の発行や取引は全面禁止しており、中央銀行が発行するデジタル法定通貨(デジタル人民元)以外のデジタル通貨を認めていない。
ただ、昨年から急速に盛り上がっているメタバースやNFTについては、当局が明確な方向性を出していないため、企業側は自分たちで線引きをせざるを得ない。
その結果、中国のNFTとグローバルのNFTは以下のような違いが生じている。
- 中国のNFTは資産性を持たない。発行時に価格はつくが、交換価値を持たせない。
- グローバルではNFTを自由に発行できるのに対し、中国は原則として審査が必要。
- グローバルのNFTマーケットプレイスが誰でも参加できるパブリックチェーンを採用しているのに対し、中国は管理者が存在するコンソーシアムチェーンかプライベートチェーンを採用。異なるチェーン上でNFTを移動できない。
中国でNFTに関わる企業・組織は「海外のNFTとは別物」であることを明確にするため、NFTという言葉を使わず「デジタルコレクション(数字蔵品)」と呼んでいる(本記事では分かりやすさを優先して、「NFT」としている)。
NFTに資産性を持たせないため、大手が運営するマーケットプレイスは、二次流通も厳しく制限している。
アリババが運営する「鯨探」は、「取得後180日以降」「(モバイル決済アプリの)アリペイでつながっている友人」に限って保有するNFTをプレゼントできるが、売買は禁じられている。テンセントの幻核に至っては、ユーザー間でNFTの無償譲渡もできない。
NFT市場規模、2026年に6000億円も
つまり中国のNFTは、発行時は価格がついているものの、資産性のない「アート」という建前になっている。それでも発行する側にとっては、話題づくり、ファン獲得、さらに収入源として大きな魅力がある。特にコロナ禍で苦境にあるエンタメ・観光産業では、NFTが貴重な収入源になっている。
経済メディアの中国経済網によると2021年に中国で発行されたNFTは456万点で、発行総額は約1億5000万元(約30億円)に達した。発行した組織・企業は1000を超える。2026年には中国のNFT市場規模が300億元(約6000億円)に達するとの試算もある。
アリババグループの金融子会社「アント・グループ」が2021年6月、敦煌研究院と共同で世界遺産・莫高窟(ばっこうくつ)の壁画を元にしたNFTを10元(約200円)で8000枚発行した際には、数分で完売した。
国営メディアもNFTの発行に積極的で、これまで6組織が40万点以上を発行し600万元(約1億2000万円)を売り上げた。国営通信新華社は同年末、運営するアプリを通じ、注目ニュースをデジタルトークンにしたNFTを11万枚無料発行した。
それでも投機対象になるNFT
マレーシアのクリエイターが制作した、上海のロックダウン生活を描いたNFT。
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「資産性がない」「転売禁止」と強調されるにもかかわらず、なぜNFTに消費者が殺到するのか。目新しさもあるのだろうが、購入者の目的は結局のところ「値上がり」「転売益」にある。
大手のマーケットプレイスは二次流通に対応していないが、多くは無償譲渡を許容しており、であれば銀行口座振り込みやモバイル決済の送金を通じて裏で金銭のやり取りはできる。さらに中小企業・スタートアップのNFTマーケットプレイスの中には、二次流通市場に近い機能を提供するものが少なくない。
一方、前述したようにテンセントの幻核は無償譲渡も含めてNFTのユーザー間の移動ができない。投資目的のユーザーは失望し、今年6月以降は発行したNFTの「売れ残り」が生じるようになった。
幻核としても、二次流通のサービスを提供できないなら収入源が発行手数料に限定される。テンセントはメタバースへの投資をかなり早くから行っていると同時に、政府の方針に非常に敏感な企業だ。劉熾平総裁はメタバースやNFTについて聞かれるたびに、「中国の規制は特殊だから」「規制に配慮しながら」と繰り返し、慎重さを崩していない。
幻核は利用規約で「法律法規、政策によってはテンセントは全てのサービスを終了する可能性がある。その際にユーザーはテンセントに責任を追及できない」と定めている。そもそもテンセントは最初からリスクを冒してまでNFTに本格参入する意志がなかったのだろう。
グレーゾーンの淘汰は時間の問題
テンセントやアリババのような業界リーダーは規制を遵守せざるをえないが、中小のNFTマーケットプレイスは実質的に二次流通サービスを提供し、一儲けしたいユーザーでにぎわっている。運営企業にとっても、ユーザー同士の売買で手数料を取る方が収入につながる。ただ、こういった運営は限りなく黒に近いグレーゾーンである。
NFTの知名度が上昇するにつれ、犯罪も急増している。
7月には「EV企業がデジタル資産を発行する。それを買えば5~8倍に値上がりする」と投資セミナーの受講者から資金を集めた詐欺が表面化し、名前を使われたEVメーカーが「当社はデジタル通貨、NFTに一切関与していない」と声明を出した。
マーケットプレイスで発表されたNFTの原画がそもそも偽物だったという事例も発生している。
中国フィンテック協会、中国銀行業協会、中国証券業協会は4月、「NFT関連の金融リスクを防ぐための呼びかけ」を発表し、NFTの金融化・証券化を強くけん制した。今の状況だと、過去に暗号資産が突然禁止されたように、NFTが突然「違法」になり、マーケットプレイスが強制閉鎖されるシナリオはいつ起きても不思議ではない。
NFTは「誰でも自由に発行でき、取引できる」はずだが、中国に限っては「政府が管理し、発行する」ようになるかもしれない。
「テンセントは規制強化を察知していち早く撤退した」
業界ではそんな説もささやかれている。
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。