Dado Ruvic/Reuters
2020年、Spotify幹部がジョー・ローガン(Joe Rogan)に交渉を持ちかけ、彼のポッドキャストをSpotify限定で配信させてほしいと依頼した際、ではYouTubeをどうするかという問題が生じた。
ローガンはそれまで、自身がホストする番組の全エピソードを自身のYouTubeチャンネルに投稿することで多額の広告収入を得ていた。ニューヨーク・タイムズによると、ローガンとSpotifyは契約金額をめぐって揉めていたが、最終的に約3年の独占契約で2億ドル(約276億円、1ドル=138円換算)以上という巨額の契約となった。
人気を集めるジョー・ローガンのポッドキャスト「The Joe Rogan Expreience」。
REUTERS/Dado Ruvic
その主な理由としては、「Spotifyがローガンに、彼が失うことになるYouTubeの収益と視聴者を補償する必要があったからだ」と、この件に詳しい3人の関係者は明かす。
ローガンとの契約は、Spotifyがアプリに動画プレーヤーを作ろうと奔走するきっかけにもなった。「ローガンは彼の番組動画を投稿する場所を確保することができ、彼のYouTubeチャンネ視聴者も満足させることができた」と先の関係者たちは語る。
ポッドキャスト契約におけるYouTubeの役割の詳細はこれまでに報じられてきていないが、過去数年のポッドキャスティング業界の発展には驚くべき点がある。それは、YouTubeが絶対的存在になったということだ。
Cumulus Media(キュムラスメディア)とVoices(ヴォイセズ)がそれぞれ実施した最近の調査からも、YouTubeはSpotifyとアップルのポッドキャスティング・アプリを抑え、最も頻繁に利用されているポッドキャスティング・プラットフォームであることが分かっている。
しかもYouTubeは、その実現のためにほとんど何もしていないというのだから驚きだ。
Spotifyは戦々恐々
YouTubeとポッドキャスティングのエピソードは、クリエイターとユーザー間に存在するこのサイトの磁場が、意図せずしてメディア界の一部をその軌道に引き込んでしまったという一例だ。YouTubeは、Z世代に対する訴求力の高さ、クリエイターが幅広い視聴者を獲得して広告収入を得られるという機能性、さらにコロナのパンデミックの追い風もあり、ポッドキャスティングの分野で加速的な成長を遂げている。
この状況は、ユーザーがただ音楽をアップロードしていただけでYouTubeが世界最大の有機的な音楽プラットフォームに成長した時の状況とよく似ている。今やポッドキャスティング業界は、プラットフォームとしての地位を高めていくYouTubeがどのような立場をとるのか、競合他社にどう影響を与えていくのか、そしてポッドキャスティングビジネスを「大規模投資の価値があるもの」と見ているのか、といった点に注目している。
Interactive Advertising Bureauによると、2021年におけるポッドキャスティング業界全体の広告収入は14億ドル(約1930億円)あり、2022年は20億ドル(約2760億円)を超える見込みだという。このように業界は急成長を遂げているものの、2021年度のYouTubeの収益(290億ドル〔約4兆円〕)やグーグルの広告収入(2090億ドル〔28兆8400億円〕)に比べればまだささやかなものだ。
この件に詳しい2人の関係者によると、「SpotifyはYouTubeを最大の脅威と見なしている」という。YouTubeがポッドキャスティングにテコ入れし始めたことで、その熱はさらに高まっている。
Spotifyは先ごろ、ポッドキャスティングのホームページをウェブサイト上に公開し、NPR(ナショナル・パブリック・ラジオ)と契約を交わして「Fresh Air(フレッシュ・エア)」や「Up First(アップ・ファースト)」などの番組を同プラットフォーム上で公開すると発表した。
Spotifyは2021年、YouTubeの職歴が長いカイ・チャック(Kai Chuk)を初のポッドキャスティング責任者に任命した。この春、Podnewsは報告書の中で流出したスライド資料を公開したが、そこには強化指標の内容、RSSフィードを介してコンテンツをアップロードするためのパス、多くの音声のみ広告をユーザーに提供するというYouTubeのポッドキャスティング計画などが記されていた。
YouTubeの広報担当者はInsiderの取材に対し、現在のポッドキャスティングのランディングページはアメリカのユーザーのみを対象としていること、YouTubeは「今後数カ月以内にユーザーのポッドキャスト・リスニング体験を強化する」新機能をローンチ予定だと語った。
今のところ、この機能はごく基本的なものにすぎない。SpotifyやStitcher(スティッチャー)などのプラットフォームは、もう何年も前から類似の機能を導入している。だがYouTubeでの視聴者獲得を目指すポッドキャスト・クリエイターにとっては、これは意味のあるステップだ。
ビジネスニュース・ポッドキャスト「The Best One Yet」のホストであるニック・マーテル(Nick Martell)は次のように話す。
「僕らは動画をファネル成長戦略の最重要要素だと考えています。動画アルゴリズムなら、音声アルゴリズムではできない方法で新しい視聴者を獲得できますからね」
パンデミックが後押し
メディア幹部やポッドキャスターによると、YouTubeは何年も前からポッドキャスト・プラットフォームとして利用されていたが、パンデミックがさらなる追い風になったという。
在宅勤務の人々は、ブラウザタブのキューにエピソードを追加してバックグラウンド視聴し、たまにクリックしてホストを見たりしている。また、Zoomの普及といったその他のトレンドも加わって、PC画面上で誰かが話すという光景にも慣れた。
「The Freelance Friday Podcast」のホストであるラターシャ・ジェームズ(Latasha James)は、もともと音声のみのポッドキャストを2年間運営していたが、2020年にYouTube動画のコンポーネントを追加することにした。今や彼女のポッドキャスト視聴者のほぼ半数がYouTube経由だ。
「たくさんの人とつながる手段としては、動画は本当に強力です。対面の次に来るくらい。視聴者の前に出ていって彼らと関係を築くのにはもってこいの方法だと思います」(ジェームズ)
YouTubeのポッドキャストがZ世代を魅了
このトレンドには世代的な側面もある。複数のポッドキャスト関係者が「ミレニアル世代より上の人々は何年も前からポッドキャストを利用しているが、Z世代のリスナーはアップルやSpotifyなどの音声アプリでエピソードをキューに追加するのは年寄りのすることだと考えている」という。
一方で、若者の間では依然としてYouTubeとTikTokが一番人気であるため、Z世代は動画ファーストのメディアとしてポッドキャストを利用している。ローガン・ポール(Logan Paul)のようなZ世代によく知られたユーチューバーが、ここ数年でポッドキャストを立ち上げ人気を博している理由もここにある。
「Z世代は、ポッドキャストを聴くことに関しては他の世代より少し遅れています。だから視聴者が今いる場所に僕らのほうから出ていこうと思ったわけです。つまりYouTubeに参入して、そこで新たな視聴者を獲得しようというわけです」(前出のマーテル)
広告とアルゴリズム機能がクリエイターを魅了
ポッドキャスティング業界におけるYouTubeは、「幅広い視聴者の獲得」と「収益を上げる」という最も重要な2つの要素に関して、比類ない存在であり続けているとクリエイターたちは言う。
動画ポッドキャストは制作価値におけるハードルが低いため、クリエイターにとっては魅力的なフォーマットだ。なにせホストやゲストがマイクに向かって話すのをカメラで撮影するだけでいいのだから。
これに対し、メディア関係者は「このトレンドは新しいものではない」と指摘する。テレビタレントのハワード・スターン(Howard Stern)はこれに類することを何十年も前からやっていたじゃないか、と。
だがYouTubeにはテレビとは異なり、新しいリスナーを番組に誘導できる「おすすめ」のアルゴリズムがある。そのため、ポッドキャスターにとっては新たな視聴者に見つけてもらいにくいという問題が解消できるのだ。前出のジェームズは「5年前の動画からも収益を挙げられる」と語る。
ビジネス面に関していうと、Spotifyをはじめ他のプラットフォームは、ポッドキャスターが番組からより多くの収入を得られるように広告関連の技術に投資している。しかし、ローガンがSpotifyと結んだ契約からも明らかなように、自動で挿入されるYouTube広告からクリエイターが通常得られる55%という収入シェアには敵わない。
クリエイターは今のところ、YouTubeというプラットフォームが新たな視聴者を獲得し、収益を挙げ、番組を「聴く」ことも「見る」こともできるという選択肢を与えてくれる点に満足している。
「たくさんの人から、僕らがやっていることをYouTubeで見るのが好きだとか、様子を見られることで深くつながれたと声をかけてもらえます。たとえ全編を視聴しなくても、新しく存在感を示すだけで関係を深めることができるんです」(前出のマーテル)
(編集・常盤亜由子)