「パンデミック進行中は特許権を行使しない」としていた米バイオ製薬モデルナ(Moderna)が米製薬大手ファイザー(Pfizer)を提訴した。画像はイタリアで使用された新型コロナワクチンのバイアル。
Marco Lazzarini/Shutterstock.com
世界に先駆けて新型コロナウイルスワクチンの開発を成功させた2陣営の一方、米バイオ製薬モデルナ(Moderna)は8月26日、もう一方の陣営である米製薬大手ファイザー(Pfizer)・独ビオンテック(BioNTech)連合が同社の特許を侵害したとして提訴した。
モデルナはファイザー・ビオンテック製ワクチンについて、市場からの撤去や今後の販売差し止めは求めないとしている。
モデルナが提訴に動いたことは、ワクチン開発を手がける製薬会社の新型コロナ感染症に対する認識の変化を象徴している。すなわち、それはもはやパンデミックではなく、他の既存の呼吸器感染症と同じように扱われ始めたのだ。
米投資銀行SVBセキュリティーズのマニ・フォロハーは最近(8月26日付)の投資家向けメールで、世界保健機関(WHO)はまだ世界的危機の終息を宣言していないものの、モデルナは提訴に打って出たことを通じて、事実上パンデミックが終わったという同社の認識を披露したことになると指摘する。
「当社としては、今回の特許紛争が法廷で解決するのに数年かかると予想していますが、当面の株価への影響は最小限にとどまるでしょう。
モデルナはこれまで、パンデミックの最中に法廷で特許権を主張することには消極的な姿勢を示してきましたが、今回提訴に転じたことで、同社がパンデミックは事実上終結したと認識していることが明らかになりました(編集部注:したがって、長期的には特許権をめぐる姿勢の変化も想定される)」
フォロハーが指摘するように、モデルナは2020年10月、「パンデミックが続く限り」特許権を行使しない考えを表明している。
ところが、2022年3月に同社はその表明内容をアップデートし、パンデミックは新たなフェーズに移行し、ワクチン供給はもはやほとんどの国々にとって差し迫った問題ではなくなったとの見方を示した。
そして新たに、低中所得の92カ国においては今後も特許権を行使しないとした上で、それ以外の国では特許侵害訴訟を起こす可能性を残した。
フォロハーの予測によれば、今回の提訴はモデルナが抱える数多くの訴訟にまた一つ案件が加わったに過ぎず、同社のみならず訴えられたファイザー・バイオンテック連合側にも劇的な影響をもたらす可能性は低いという。
実際、2月には加バイオ製薬アービュタス・バイオファーマ(Arbutus Biopharma)と英ロイバント・サイエンシズ(Roivant Sciences)傘下のジェネバント・サイエンシズ(Genevant Sciences)が、新型コロナワクチンの成分でmRNAを封入する輸送体(脂質ナノ粒子)に関する特許を侵害したとしてモデルナを提訴している。
また、3月には、米アルナイラム・ファーマシューティカルズ(Alnylam Pharmaceuticals)も脂質ナノ粒子の製造および販売に関する特許侵害でモデルナ・ファイザー両社を提訴したと発表した。
ファイザーの広報担当はInsiderに対し、自社の知的財産(IP)に自信を持っており、「訴訟に対しては精力的に抗弁していく」と語っている。
「ファイザー・ビオンテック(連合)の新型コロナワクチンは、あくまでビオンテックの独自技術をベースに両社が共同開発したものであって、提訴には驚いています」(ファイザー広報担当)
特許訴訟は製薬業界では(特に画期的な薬効を持つブロックバスター医薬品では)珍しいことではない。
フォロハーは最近の訴訟経緯を踏まえた上でこう予測する。
「今後想定される最も可能性の高い展開は、ファイザーとビオンテックが多少のロイヤリティ(権利使用料)を支払うというものです。手続きを代行する法律事務所を除けば、提訴したほうもされたほうも、特段の財務的利益を得ることにはならないでしょう」
製薬業界の知財関連訴訟に詳しいイリノイ大学のジェイコブ・シェルコー教授は医薬専門メディア・スタット(STAT、8月26日付)の取材に対し、今回の訴訟は「2024年までの解決」が予想される「きわめて単純明快な特許紛争」で、2020年にノーベル化学賞を受賞したゲノム編集技術「CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)」の特許訴訟のような複雑な展開にはならないと指摘している。
(翻訳・編集:川村力)