Tyler Le/Insider
- アメリカでは近頃、共和党の政治家たちがクリスチャン・ナショナリズムを理想に掲げ、それを実践しようとする政治家もいる。
- クリスチャン・ナショナリズムは、アメリカ人であることとキリスト教徒であることの本質的なつながりを強く主張する。
- 専門家は、クリスチャン・ナショナリズムという政治イデオロギーはキリスト教徒の価値ともアメリカ人の価値とも矛盾していると指摘する。
「クリスチャン・ナショナリズム」という概念は何百年も前からあるものだが、共和党の政治家がそのイデオロギーを大っぴらに受け入れ、キリスト教がアメリカ人の暮らしや制度においてより大きな役割を果たすべきだと主張する中、近年、改めて注目を集めている。
6月にはコロラド州選出のローレン・ボーバート下院議員が「政教分離にうんざり」「教会が政府を指示すべき」と発言した。7月にはトランプ前大統領がアメリカ人であることとキリスト教徒であることを結びつけるかのように、「アメリカ人は神にのみひざまずく」と発言した。マージョリー・テイラー・グリーン下院議員は自身を繰り返しクリスチャン・ナショナリストと呼び、共和党はクリスチャン・ナショナリズムの政党であるべきだと主張している。
グリーン下院議員やその他のクリスチャン・ナショナリズムの支持者らは、クリスチャン・ナショナリズムという概念に警鐘を鳴らしているのはアメリカと神を嫌う「罪深い左派」だとしている。ただ、共和党員やキリスト教徒の中にもクリスチャン・ナショナリズムを非難する人々もいて、アメリカ人の価値ともキリスト教徒の価値とも矛盾していると専門家は指摘する。
クリスチャン・ナショナリズムとは、一体何なのだろうか?
「キリスト教とアメリカの市民生活の融合」
クリスチャン・ナショナリズムにはいくつかの定義があるが、一般的には、キリスト教とアメリカは本質的につながっていて、だからこそキリスト教はアメリカ社会で特権的な地位にあるべきだとする考えだ。
社会学者のアンドリュー・ホワイトヘッド(Andrew Whitehead)氏とサミュエル・ペリー(Samuel Perry)氏は2020年の著書『Taking America Back for God: Christian Nationalism in the United States』の中で、遠慮のない解説をしている。
「平たく言うと、クリスチャン・ナショナリズムは文化的枠組み —— 神話、伝統、象徴、物語、価値体系の集合 —— の1つで、キリスト教とアメリカの市民生活の融合を理想とし、提唱するものだ」と2人は書いている。
トランプ前大統領を支持する人々(2020年9月7日、オレゴン州オレゴンシティ)。
Michael Arellano/Associated Press
こうした考えを支持していても、自身をクリスチャン・ナショナリストだと見なしていないアメリカ人もいるため、ホワイトヘッド氏とペリー氏はその人物がクリスチャン・ナショナリストにどの程度当てはまるか見極めるためのアンケートを作った。
アンケートはベイラー大学が定期的に実施しているアメリカ人の宗教思想に関する調査の一環として行われた。回答者にはそれぞれの文章に対して、「強く反対」から「強く賛成」までそれぞれどの程度自分に当てはまるかを尋ねた。
- 連邦政府は、アメリカはキリスト教の国だと宣言すべきだ
- 連邦政府は、キリスト教徒の価値を提唱すべきだ
- 連邦政府は、政教分離を厳格に実施すべきだ
- 連邦政府は、公共の場における宗教的象徴の掲示を認めるべきだ
- アメリカの成功は、神の計画の一部だ
- 連邦政府は、公立学校における礼拝を認めるべきだ
調査の結果、回答はまちまちで、全てのアメリカ人がクリスチャン・ナショナリズムを支持するか、支持しないかできれいに分かれるわけではないことを示している。人々に受け入れられている要素もあれば、そうでない要素もあるとホワイトヘッド氏とペリー氏は説明している。
さまざまな層のアメリカ人がさまざまな回答をしたが、クリスチャン・ナショナリズムを最も受け入れているのは「白人、保守、福音派キリスト教徒」のグループだった。
クリスチャン・ナショナリストとはどのような人々なのか
ホワイトヘッド氏とペリー氏の調査では、アメリカ人の52%がクリスチャン・ナショナリズムの「使者」または「適応者」と分かった。残りの人々は「抵抗者」または「拒絶者」と見られるという。
最も多かったのは、そこまで明確ではないもののクリスチャン・ナショナリズムを受け入れる方向に傾いている「適応者」で、全体の約32%を占めた。完全にクリスチャン・ナショナリズムを受け入れている「使者」は20%だった。
トランプ前大統領を支持する人々(2021年2月28日、フロリダ州オーランド)。
John Raoux/Associated Press
「使者」はアメリカが神と特別な関係にあり、政府はアメリカがキリスト教の国だと宣言すべきと信じていて、キリスト教徒の価値を提唱し、公立学校に礼拝を取り戻すべきだと考えていると、ホワイトヘッド氏とペリー氏は説明している。
半数以上は福音派プロテスタントを自認している。4つグループの中で「使者」は最も年齢が高く、大部分を白人が占めていて、南部や中西部の都市部よりも小さな町に住んでいる人が多い。このうち、3分の2は自らを政治的に保守と見なしていて、5人に1人は民主党支持だが、半数以上は共和党を支持している。
クリスチャン・ナショナリズムの度合いが高い人は人種的に不寛容な価値観を持ち、人種差別的または排外主義的な政策を支持する傾向が強い。また、「良い人間」であるためには、兵役に就くことが重要だと考える傾向も強い。クリスチャン・ナショナリストは信教の自由を信じているかもしれないが、アメリカ社会ではキリスト教が他の宗教よりも優遇されるべきだと考えている。
クリスチャン・ナショナリズムは共和党の中では支持を集めているものの、自らを無宗教と自認するアメリカ人が増える中、ホワイトヘッド氏とペリー氏は、ここ30年でクリスチャン・ナショナリズムを信じる人は減っていると指摘する。
キリスト教、トランプ、議事堂襲撃…
昨今、クリスチャン・ナショナリズムの議論が盛んになった大きなきっかけは、2021年1月6日に起きた連邦議事堂襲撃事件だ。
多くのトランプ支持者が2020年の大統領選の結果を覆そうと、キリスト教の象徴を手に議事堂に乱入した。彼らは大統領選が前大統領から「盗まれた」と信じていた。
ホワイトヘッド氏とペリー氏を含む宗教指導者、歴史研究家、宗教学者らが2月に発表したレポートは、クリスチャン・ナショナリズムが議事堂襲撃事件にどのような影響を与え、議事堂襲撃事件でどのような力を発揮したのか、詳しくまとめている。
「イエスはわたしの救い主、トランプはわたしの大統領」や「アメリカを再び神聖に」といったメッセージの書かれた旗は、群衆の中でしばしば見られた。「我ら神を信ず」や「アメリカに神の恵みを」といったフレーズが書かれている木製の絞首台の写真もあった。
「トランプ2020」と書かれた旗を肩にかけ、大きな十字架の前にひざまずいて祈る男性もいた。
ジョージ・ワシントンに扮し、トランプ支持の旗を手にワシントン記念塔でひざまずく男性(2021年1月6日、ワシントンD.C.)。
Carolyn Kaster, File/Associated Press
Baptist Joint Committee for Religious Liberty(BJC)、宗教からの自由財団(FFRF)、Christians Against Christian Nationalismの合同プロジェクトだったこのレポートの著者たちは、クリスチャン・ナショナリズムが議事堂襲撃事件で「(襲撃を)鼓舞し、正当化し、激化させる」役割を果たしたと指摘している。
中でも、白人のクリスチャン・ナショナリズムが果たした役割を著者らは分析していて、クリスチャン・ナショナリストの理念と人種差別の重なりを強調した。
「キリスト教徒」対「クリスチャン・ナショナリズム」
専門家たちは、クリスチャン・ナショナリズムはキリスト教と同じではなく、クリスチャン・ナショナリズムを批判することは宗教を批判することと同義ではないと速やかに指摘した。
「わたしたちが最も気になったのは、クリスチャン・ナショナリズムがいかにより暴力的になっているかでした」とBaptist Joint Committee for Religious Libertyのエグゼクティブ・ダイレクター、アマンダ・タイラー(Amanda Tyler)氏は2018年にペンシルベニア州ピッツバーグで起きたシナゴーグ(ユダヤ教礼拝所)での銃乱射事件と、2019年にニュージーランドのクライストチャーチにあるモスクで起きた銃乱射事件を挙げてInsiderに語った。どちらの事件の容疑者も、クリスチャン・ナショナリストの思想を信奉していた。
タイラー氏はChristians Against Christian Nationalisの筆頭世話人も務めている。2019年に発足したChristians Against Christian Nationalisはその原則声明の中でクリスチャン・ナショナリズムを非難していて、これまでに2万7000人以上のキリスト教徒が署名している。
タイラー氏は、クリスチャン・ナショナリズムについて「人々に神を崇拝するのではなく、国を偶像崇拝させる」キリスト教の歪曲だと話している。また、自分を愛するようにあなたの隣人を愛しなさいというキリスト教の基本的信条にも反していると同氏は言う。「キリスト教徒でない隣人に二流の地位」を与えようとするからだ。
同氏は、クリスチャン・ナショナリズムに対してキリスト教徒が声を上げることが特に重要だと話している。信仰を持つ人々も、このイデオロギーを危険と見なしていることを示すためだ。
「署名した人々の多くは、クリスチャン・ナショナリズムに立ち向かうことはわたしたちの民主主義のためだけでなく、わたしたちの信仰を守るためにも必要不可欠だと考えています」
(翻訳、編集:山口佳美)