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最近、多くの人の間で「静かな退職(Quiet Quitting)」という言葉が流行っている。実際に退職するわけではなく、「必要以上に一生懸命働くのをやめること」というような意味だ。
TikTokでバズったこの動画には、ニューヨークの地下鉄の駅で一人ベンチに座る男性が登場する。「静かな退職」について思いを巡らせ、こう独りごちる——「人としての価値は仕事では決まらない」。
「静かな退職」は必ずしも新しいものではなく、呼び方は違えど何世代も前から存在していた。X世代は「サボる」「ダラダラする」と呼んだかもしれないし、ミレニアル世代なら「境界線を引く」とでも言ったかもしれない。
しかし、いま起きている現象は少し違う気がする。今回は、パンデミック、社会不安、経済的混乱の中で出てきたものだ。また、賃金、柔軟性、自律性、リモートワークなど、仕事に対する従業員の要求が大きくなる中で、アメリカでは記録的な数の退職者が出ていることも背景にある(いわゆる「大退職(Great Resignation)」だ)。
「静かな退職」という言葉に反応しているのはZ世代だけではない。ハフポストの創業者アリアナ・ハフィントン(Arianna Huffington)は、「静かな退職」という言葉は「捨てなければならない」とLinkedInの投稿で書いている。「必要最低限を超えて頑張ることで成長・進化し可能性を広げることができる」からだ。
Insiderでは、3世代の記者・編集者を集め、「静かな退職」がなぜこれほどの賛否両論を巻き起こしているのか考えてみた。3人の世代はそれぞれ次のとおりだ。
X世代:エボニー・フレイク、レベッカ・ナイト、ティム・パラディス
ミレニアル世代:シャナ・レボウィッツ
Z世代:レイチェル・デュローズ
Z世代だけの話ではない
ティム・パラディス(以下パラディス):「静かな退職」の意味は人によって違うとしても、新しいものではないんじゃないでしょうか。
レベッカ・ナイト(以下ナイト):以前は「サボる」とか「ダラダラする」とか言ってましたね。あるいは、自分が望む生き方の周りに「境界線を引く」とか。TikTok発のトレンドだと思うけれど、「静かな退職」の中身自体は必ずしも新しいとは思いません。でも「静かな退職(Quiet Quitting)」は韻を踏んでいてキャッチフレーズとしては秀逸ですね。
ギャラップの調査データを見ていたら、従業員の60%が「仕事から心が離れている」、19%が「惨めだ」と回答しているんです。「やる気を持って仕事に取り組んでいる」と答えたのはたった33%。つまり、残り60%の従業員の心が仕事から離れていることになります。この「心が離れている」というのは、自分の脳内を仕事に占有されてたまるかという「静かな退職」なのかもしれない。
シャナ・レボウィッツ(以下レボウィッツ):いま注目を集めている働き方や従業員は、極端な例なんじゃないでしょうか。いわゆる「ハッスルカルチャー(仕事こそが人生という考え方)」の中にいる人もいるから。
彼らは本当に仕事に打ち込んでいて、仕事が人生そのものになっています。一方で、完全に「降り」てしまっている人もいる。そういう人たちはReddit(レディット)上で、20分だけ仕事をして残りの7時間40分を自動化する方法を解説しているような人たち。仕事から心が離れていると答えた人たちも、こういう感じなんじゃないでしょうか。
レイチェル・デュローズ(以下デュローズ):「静かな退職」は新しい言葉だから、私たちZ世代がその最前線にいると思われている節があります。でも、私の友人たちに「静かな退職」と言っても通じなくて、意味を説明しなければいけなかったんです。だからZ世代がつくった言葉ではないんじゃないでしょうか。
実際、Z世代が「静かな退職」を望んでいるとは思わないんですよね。Z世代の大半は、価値観を共有できる職場、自分が役に立っていると思える職場で働きたいと思っている。「静かな退職」をすることがあるとすれば、そういう職場ではないからでしょう。
ジャーナリズムのような、それなりの情熱が必要で、必ずしもお金のためだけに働くわけではない業界に入る人は「静かな退職」をする可能性は低いんじゃないでしょうか。専門的な訓練が必要だけど給与はそれほど高くない仕事に就いている友人の多くは「静かな退職」なんてしていませんから。まだ大学を出て間もないですし、憧れの職業に就くためにすごく努力しましたからね。
やる気のある従業員が搾取される
ナイト:「やりがい搾取」という現象がありますよね。高い志を持って、世の中に大きな影響を与えたい、社会をよくしたいという思いで仕事に就いている人のやる気に会社がつけ込んで、仕事を過度にやらせたり残業をさせたり、職務記述書(ジョブディスクリプション)に書かれている以上の仕事を押し付けたりして搾取するという。
「静かな退職」は、こういう風潮に対する反発という面も多少はあるのかも。
レボウィッツ:私はジャーナリズム以外の仕事をしたことがないけれど、私の感覚では、この業界では「降りる」のはちょっと難しい。他の職業の方が「静かな退職」や「降りる」はしやすそうな気がします。
エボニー・フレイク(以下フレイク):DEI(多様性・公平性・包摂性)の要素も関係しているかもしれませんね。単に職場文化の理由から、労働市場、もっと言うとアメリカのビジネス界から黒人の大量脱出が起こっていますよね。
私は有害な職場文化が「大退職時代」の原動力になっていると考えています。それが自分にとって意味するところを、多くの人が気づき始めているんですよ。でも有色人種の人たちが実際に退職しているのだから、その決断がなされる前にはおそらく、ある程度の「静かな退職」が起こっていたんじゃないでしょうか。
パラディス:この話のポイントは、「静かな退職」をして逃げ出せるのは、ある特定の仕事をしている人だけってことですね。飲食店で働いている人には難しいかもしれない。
そういえば、「静かな退職」の他に「しょうもない仕事(silly little job)」という言葉がトレンドになっているのも見ました。自分の仕事には大した意味なんてないと卑下する言葉ですよね。どうしていまこういう言葉が流行っているんだと思いますか?
デュローズ:Z世代はTikTokで「仕事が最悪」とか「上司が最悪」なんて暴言を吐いたりはしません。そんなことしたらクビになるに決まってますからね。だからそうじゃなくて、「しょうもない仕事に行かなきゃ」と投稿するわけです。不満を表現する特定の単語やフレーズを使うことで、本音を出しつつ、多少の遠慮と茶化しを入れて深刻に見えないようにするんです。
TikTok発の今のトレンドの背景にZ世代が見え隠れするのは、もしかしたら職場でそういうことを話したいってことなのかも。以前なら絶対にタブーだったでしょうけど、最近では「燃え尽きた」とか「不幸だ」と言っても許される雰囲気になってきた気がします。
「静かな退職」は本当に起こっているのか?
ナイト:特にパンデミックの影響で燃え尽きてしまった人は多いですよね。休まずに働いたのに、パンデミックが終わっても大した報酬をもらえなかった。だから「静かな退職」をするしか方法はないと思ってしまったのかも。そして、SNSを使ってこの現象を面白おかしく見せたZ世代がそれを考え出したという認識が広まった、と。
「しょうもない仕事」については、仕事や、それが人生において果たすべき役割を最小限にするための方法だと思う。それについてじっくり考えるためにね。
デュローズ:それに一役買ったのがパンデミックですよね。「しょうもない仕事」に思えてしまうのはある意味当然な気がします。だって、あれだけインパクトのある経験をした後では、働くことにどれほどの意味があるんだろうと思って当然ですから。私の友人の多くはそんな感じでしたよ。
パラディス:「静かな退職」というこの現象の行方が気になるところですが、今後は何に注目しますか?
ナイト:もしこれが本当に起きているなら、数字に現れるはずですよね。やる気を喪失した従業員の生産性が下がることを示す研究はたくさんあって、そうなれば会社の最終損益に現れるはずだから。
デュローズ:人々がこの状況をやり過ごせるかどうかもポイントですね。誰もが「静かな退職」をしているとよく言われますが、私はそうは思いません。だってそれほど多くの人が「静かな退職」をしているなら、企業が反応し始めるはずでしょう? そういう人たちを退職させるとか、あるいはやる気を高める方法をひねり出すとか。
ハッピーアワー(仕事終わりにお酒などで同僚間の親睦を図る慣行)を導入する、みたいな生やさしいものじゃなくて、もっと厳しい行動に出るんじゃないでしょうか。
企業がどう反応するのかに注目ですね。その反応次第で、「静かな退職」が実際にどの程度起こっているかが分かってくるんじゃないでしょうか。
(編集・常盤亜由子)