米金融大手ゴールドマン・サックス(Goldman Sachs)投資銀行部門のヘルスケア担当チームで若手11人が一斉退職。7月末にアマゾン(Amazon)の巨額買収案件を成功に導いたばかりの同チーム内で何が起きているのか。
REUTERS/Brendan McDermid
米金融大手ゴールマン・サックス(Goldman Sachs)で、若手の離職が相次いでいる。
ニューヨーク本社では過去数週間に、主力の投資銀行部門のヘルスケア業界担当チームだけで少なくとも11人の若手社員が退職した。同チームに属するジュニアバンカーの6分の1に相当する数だ。
Insiderの取材に応じたゴールドマンの3人の現役および元従業員によれば、離職が集中する引き金となったのは過酷な労働環境と報酬への不満だという。
状況を理解するための予備知識として、アメリカの投資銀行の役職について概説しておくと、入行後は一般的にアナリストからスタートし、アソシエイト、バイスプレジデント、ディレクター、マネージングディレクターへとステップアップしていく。
20代がほとんどを占めるアナリストとアソシエイトはジュニアバンカー、バイスプレジデント以上はシニアバンカーと呼ばれる。
今回の集団離職に詳しい2人の関係者によると、ヘルスケア担当チームでは少なくとも6人の新人アナリストが、8月のボーナスを受け取った後に一斉に辞めた。
それ以外に、直近数週間の間に5人のアソシエイトが会社を去ったという。そのうちの1人に話を聞いたところ、受け取ったボーナスの金額が物足りず、個人的な不満と失望感が増幅されたとのことだった。
若手行員11人が離職する前、ヘルスケア担当チームには約60人のジュニアバンカーが在籍していた。
その6分の1に相当する戦力が一気に失われたことで「残されたチームメンバーは離脱者の穴埋めを含めた膨大な業務量を前に、間違いなく大きなストレスを感じています」と、ある現役従業員は話す。
M&A(合併・買収)に関する助言、株式・社債発行の引き受け、自己勘定投資などを主な業務とする投資銀行では、シニアバンカーが案件の獲得とマネジメントを行い、ジュニアバンカーがリサーチや分析、資料作成などを担当する。
現役バンカーおよび退社したアソシエイトたちは、これだけの数の人材が集中的に流出すると、「ヘルスケア担当チームが既存の案件を遂行するのが難しくなりますし、(主にシニアバンカーが担当する)新規案件を獲得する能力まで低下する可能性があります」と口を揃える。
ゴールドマン投資銀行部門のヘルスケア担当チームは純営業収益(事業会社の売上高に相当)で米銀2位の規模を誇り、その業界ポジション相応に役職を問わない激務ぶりで知られる。
マネージングディレクターやディレクターは新規案件の開拓や顧客企業への対応に忙殺され、バイスプレジデント以下は獲得した案件を着実に遂行しなければならない。
そうした激務の上に、多くの若手が抜けた穴を埋めるための労働がのしかかる。同時に、人事担当者は(穴埋めのための)採用に追われることになる。
若手にとって「期待外れ」だった報酬
ゴールドマンではヘルスケア担当チームに限らず、2021年から若手人材の流出が相次いでいる。
新型コロナウイルス感染拡大の影響でリモートワークが長引き、バーンアウト(燃え尽き症候群)に陥る若手が増えていることがその背景として挙げられるが、同時に、ゴールドマン独自の企業文化と労働環境の厳しさも無視できない。
ジュニアバンカーにとって毎年8月はボーナスシーズンで、上旬にボーナスを受け取った直後に若手が転職するのはよくあることだ(なお、シニアバンカーは年末の業績評価を経て、1月にボーナスが支給される)。
とは言え、これだけの人数がまとめて辞めるのはさすがに稀(まれ)な事態だ。ましてや、入社1年目のアナリストが6人も同時に辞めるのは尋常ではない。
ゴールドマンに近いある人物によれば、6人の新人アナリストはいずれも8月24日に会社に退職通知を提出し、その日のうちに去って行った。
一方、5人のアソシエイトはここ数週間にそれぞれのタイミングで職場を去ったが、退職を決断した主な理由はみな同じで、前年に比べてボーナスが大幅にカットされたことだったと、退職したアソシエイトの1人は説明してくれた。
この元アソシエイトによれば、8月に支給されたボーナスはアソシエイト、アナリストともに前年比60%減の大幅削減となった模様だ。
「過酷な労働に見合うだけの評価と報酬を得られなかったという認識は(退職したどの同僚も)共通して持っていたと思います」と、前出の現役従業員は語る。
前出の元アソシエイトによれば、1年目のアソシエイトが8月に受け取ったボーナス最低額は2万5000ドル(約350万円)で、投資銀行業界の例年の水準に比べれば異常と言えるほど少ない。
一方、同じく1年目アソシエイトのボーナス最高額は7万5000ドル(約1050万円)。2021年のヘルスケア担当チームの最優秀者ボーナスは20万ドルだったので、見劣りするのは間違いない。
ただ、そもそも前年と比べるのはおかしいという指摘もある。
2021年は特別買収目的会社(SPAC)との合併を通じた(2020年からの)上場ブームがまだ続いていたし、企業の資金需要が旺盛で株式・社債の引受手数料も記録的に増えた。そのため、投資銀行の業績はどこも絶好調だった。
その一方で、若手を中心に人材が不足して完全な売り手市場となっていたため、ウォール街の金融機関はこぞって報酬を引き上げた。
いわば、2021年は例外的な年だったのである。
それを踏まえて、ゴールドマンのヘルスケア担当チームの複数のバイスプレジデントが、前年とボーナスを比較すべきではないと若手を諭したものの、アソシエイトたちはその説得を受け入れなかったという。
アソシエイト1年目の基本給は年15万ドル(約2100万円)で、ボーナスを加算すると年収水準は17万5000〜22万5000ドル(約2450万〜3150万円)になる。
世間的には間違いなく高額所得者の部類に入るが、2021年までの水準が初期設定となっているジュニアバンカーたちにとっては「まったくの期待外れ」だったようだ。
投資銀行部門へのプレッシャー
あらためて、2021年は例外的に儲かった年だった。その後、ディールのボリュームは縮小に向かい、M&A助言業務の手数料や株式の引受手数料は激減した。
ゴールドマンが発表した2022年第2四半期(4〜6月)決算は大幅な減収減益。売上高に当たる純営業収益は前年同期比23%減の118億ドル、純利益も47%減の29億ドルとなった。各事業セグメントの中でも、投資銀行部門の純営業収益は48%減と全体の足を引っ張った。
このため、デニス・コールマン最高財務責任者(CFO)は、あらゆる支出と投資計画を見直すことを明らかにし、「採用のペースを落とす」と発言。さらに、パンデミック中は運用停止していた「戦略的資源評価(SRA)」と呼ばれる評価制度による人員削減を年内に復活させる可能性を示唆した。
ゴールドマンでは例年、SRAで低評価を受けた下位5%程度の社員が、人員削減の対象となっていた。
ゴールドマンが第2四半期業績を発表したのは7月18日なので、コールマンCFOの決算説明会での発言が、ヘルスケア担当チームの若手従業員たちの離職決断に影響を与えた可能性もある。
英調査会社ディールロジック(Dealogic)によると、ゴールドマンはヘルスケア関連のM&A助言業務を通じ、2018〜22年累計で36億ドル以上の純営業収益を上げた。
JPモルガン・チェース(JPMorgan Chase)の42.2億ドルに次ぐ数字で、モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)やバンク・オブ・アメリカ(Bank of America)など同業他社を大きく引き離している。
アメリカ国内(のヘルスケア関連M&A助言業務)だけに限れば、ゴールドマンはJPモルガン・チェースをしのぎ、過去4年半で16億ドルの純営業収益を稼いだ。こちらは、独立系投資銀行センタービュー・パートナーズ(Centerview Partners)に次ぐ規模だ。
ゴールドマンのヘルスケア担当チームがアドバイザーを務めたM&Aは過去3カ月だけでも5件あり、そのうちの1件はアマゾン(Amazon)によるプライマリ・ケア(初期診療)スタートアップ、ワン・メディカル(One Medical)の巨額買収だ。
Insiderが過去記事(7月23日付)で報じた通り、この39億ドル(約5300億円、報道時)の買収においてはゴールドマンのマネージングディレクター、ジム・シンクレアが、ワン・メディカル側のアドバイザーであるモルガン・スタンレーとの交渉をリードした。
景気後退や金利上昇への懸念から、2022年に入って世界のM&A件数は大幅に減少しているが、ゴールドマンの現役従業員によれば、ヘルスケア担当チームはクライアント企業の買収候補先の精査や新規案件の売り込み、顧客開拓などで、以前同様に多忙を極めているという。
そんなフル稼働中のヘルスケア担当チームにとって、今般少なくとも11人の若手バンカーを一挙に失ったことは大きな痛手であり、業務遂行能力に影響を及ぼすことは間違いない。
同チームのシニアバンカーたちが一時的に新規案件や顧客開拓の「アクセルを緩める可能性があります」と元アソシエイトは語る。
ゴールドマンの企業文化への不満
ゴールドマンが労働環境への不満を抱く若手の離反に見舞われたのは、実は今回が初めてではない。
2021年3月、同社の投資銀行部門のアナリストを対象とした2件の調査結果が流出し、リモートワークに対する会社からの支援不足、週100時間に及ぶ長時間労働、パンデミックが長引く中での精神的な疲労の蓄積など不満や批判の存在、具体的なその中身が明らかになった。
だが、2021年春以降、ゴールドマンがそうした批判と真摯に向き合った形跡はない。
2021年夏、同社サンフランシスコオフィスの投資銀行部門では、テクノロジー・メディア・通信業界担当チームに在籍する16人のアナリストのうち、実に4分の3に当たる12人が入社から2年を待たずに退職する道を選んだ。
その結果、同チームはいくつかの案件の実行を断念せざるを得なくなったことを、社内関係者の話としてInsiderは過去に報じている(2021年7月8日付)。
金融関係者のオンラインコミュニティである「ウォール・ストリート・オアシス(Wall Street Oasis)」が2022年春に投資銀行のアナリスト約500人を対象に行った調査では、ゴールドマンの若手行員たちは引き続き長時間労働を余儀なくされており、心身の健康状態が悪化したと回答していることが明らかになった。
回答者の39%が週に90時間以上働いており(前年比では4ポイントの減少)、精神的健康状態は入社前に10点満点で平均8.5点だったが、調査時点では4.1点(前年は4.7点)に低下していた。相変わらず驚くべき過酷な労務環境と言っていいだろう。
ゴールドマンから独立系投資銀行に転職した回答者の1人は、次のようにコメントしている。
「ゴールドマンを辞めてから人生は大きく好転しました。いまでも投資銀行業界におり、週に80時間働いていますが、ゴールドマン時代の110時間に比べれば、はるかにマシです」
上述のような社内調査結果が外部に漏れたことを受けて、ゴールドマンのデービッド・ソロモン最高経営責任者(CEO)は2021年3月、従業員向けにボイスメッセージを発信。
その主旨は、助けを求める声は聞いているけれども、顧客のためにもっと頑張ることが困難な時期を乗り切る特効薬になるだろう、という取り付く島もないものだった。
「これから先の数カ月、私たちは他の人に比べて無理をしていると感じるときがあるかもしれません。しかし、限界に達していると感じるときでも、クライアントのためにもう1マイル先に進むことで、私たちのパフォーマンスに大きな違いが生まれることを忘れないでください」(ソロモンCEO)
(翻訳:田原寛、編集:川村力)