BASE
コロナ禍でネットショッピングの需要が急拡大したことで、近年売上を大きく伸ばしてきたのがBASE株式会社(以下、BASE株式会社)です。
BASEのサービスを使えば、比較的低い手数料で誰でも簡単にECサイトを開設できる点が最大の強みで、BASEの累計ショップ開設数は2022年6月時点で180万ショップを超えています(図表1)。
前編で見てきたとおり、BASEは売上を好調に伸ばしているものの、純利益ベースで見れば2020年12月期を除き赤字です。その主な要因は原価率の高さと広告宣伝費の多さにあり、特に原価率の高さについては、決済代行会社への手数料支払いが重くのしかかっていることから来るものだということが分かりました。
BASEのビジネスモデルの骨格が分かったところで、ではそんなBASEがさらに成長していくためにはどんな点が鍵を握ることになるのか、引き続き分析を進めていくことにしましょう。
非サブスクSaaSの分析に役立つ2つの指標
BASEはいわゆる「SaaS」と呼ばれるビジネスですが、本連載で取り上げてきたSaaS系企業、例えばSlack、Sansan、freeeなどとは決定的に違う点が1つあります。それは、BASEは月額課金のサブスクリプションモデルではないという点です。
BASEは、自社の仕組みを使って開設されたECショップの売上の一部から手数料を得るという、プラットフォーム型のモデルを採用しています。
サブスク型のビジネスモデルならば、これまでの連載でもたびたび登場した「ARPU(Average Revenue Per User:顧客単価)」や「MAU(Monthly Active User:顧客数)」といった指標を使って分析することができます。では、BASEのようなプラットフォーム型のSaaSモデルは、どうやって分析すればよいのでしょうか。
このような場合に重視されるのが、「GMV(Gross Merchandise ValueもしくはGross Merchandising Volume)」と「テイクレート」という2つの指標です。BASEの例を使ってそれぞれ見ていきましょう。
BASEの従来プランは、ショップオーナーがBASEを通じてモノを販売した場合、その決済代金の3%をサービス利用料として、そして3.6%+40円を決済手数料として受け取るというものです。
この場合、BASEを利用するネットショップの売上が増えれば増えるほどBASEの売上も増えることになります。このように、BASEを通じたネットショップでの売上合計額が「GMV」です。
そして、GMVからどのぐらいの取り分をプラットフォーマー(この場合はBASE)が取れるかを示す指標が「テイクレート」です。つまり、GMVにテイクレートを掛けた値が売上高となります。
BASEのようなビジネスモデルで売上を上げるためには、GMVを増やすか、テイクレートを上げることが何をおいても重要になります。
実際BASEの有価証券報告書を見ると、同社はKPIとして「GMV」と「売上総利益」を重視していると書かれています。BASEの場合、売上総利益とは「GMV×テイクレート×粗利率」のこと。つまりBASEは、売上高から原価(=クレジットカード会社等への支払い)を控除した売上総利益をいかに増やすかを追求しているわけですね。
では、BASEの決算説明資料で実際のGMVとテイクレートを確認していきましょう(図表2)。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
ご覧のように、BASEのGMVは2020年12月期に大きく増加しています。その理由は新型コロナウイルスの影響でECショップの開設が激増したためです。以降、GMVは四半期ベースで260億円前後で推移しています。
一方、テイクレートについては8%前後だったのが徐々に下がり、直近の四半期では1%ポイントも下がっています。このタイミングで何が起こったのでしょうか?
新プラン導入でテイクレートが減少
実は、BASEは2022年4月から従来のプランに加えて、月額有料プランも導入しました。
従来のプランでは、月額固定でかかる料金はない代わりに、ネットショップの売上に応じてサービス利用料と決済手数料を取るというものでした。
しかし新しく始まった月額有料プランは、サービス利用料は月額5980円の固定で、決済手数料はショップの売上(決済額)に応じて2.9%を得るという仕組みになっています(図表3。
(注)決済代金に対して発生。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
BASEはGMVをKPIにしていますが、月額有料プランではGMVが増えてもBASEの売上は増えません。決済手数料はGMVに比例して増えますが、前編で見てきたとおりBASEにとっては安くない原価(おそらく2.4%程度)が発生しますから、決済手数料2.9%という設定ではおそらく、利幅は0.5%ぐらいしか取れないはずです。これが、図表2でテイクレートが7.7%から6.7%へと、1%ポイントも下がっている要因です。
でも不思議に思いませんか? BASEにとっては「GMV×テイクレート」が売上の源泉です。それなのになぜ、GMVの増加にもつながらないうえにテイクレートも下がってしまう月額有料プランを導入したのでしょうか?
この疑問を考えるために、あなたもショップオーナーになったつもりで想像してみてください。もしあなたがBASEを使ってネットショップを開設するとしたら、従来の月額無料プランと月額有料プラン、どちらを選びますか?
今後売上を伸ばせると思うなら、間違いなく月額有料プランを選択したほうがいいでしょう。手数料で見てもアマゾンや楽天よりも確実に安く済みそうです(前編を参照)。
しかし少し計算すれば分かりますが、従来のプランと新プランを比較した場合の損益分岐点は、16万540円です。つまり、月額の売上高が16万円を超えるなら月額有料プランのほうがお得ですが、そうでなければ従来のプランの方がお得ということです。
筆者作成
では、BASEでネットショップを開設している企業の売上高は平均でどのくらいなのかというと、実は15万円前後で推移しています(図表5)。
(出所)BASE 2022年12月期第二四半期 決算短信より作成。
このことを踏まえると、BASEが新プランを導入した狙いとして、次のような推測が成り立ちます。
(1)平均的な売上の企業が、さらに売上アップを目指すためのインセンティブ目的
(2)月額16万円以上の売上が見込めて、サービスを安く利用したいと考えているショップオーナー(新規出店、他社からの乗り換え含め)を取り込む
さらに言うなら、BASEにはこんな狙いもあるのではないでしょうか。
(3)売上が16万円のボーダーラインにあるショップオーナーからは、GMV×テイクレートでの不安定な売上を得るよりも、月額5980円のサブスクリプションで確実に収益を確保する
BASEの競合はアマゾンや楽天だけでなく、BASE事業と同様のサービスを提供しているstores.jpやメルカリ、そして海外のShopifyなどもあります。これらと比較しても、BASEは最安値圏内といえます(図表6)。
ネットショップのような形態はロックイン効果が強く、他社のサービスに乗り換えるスイッチングコストは概して高いものです(スイッチングコストについては、本連載で取り上げたfreeeの回を参照)。しかし同時に、月数百万円を売り上げるようなネットショップにとっては、サービス利用にかかる継続的なコストの多寡は文字通り収入を左右することも事実です。
そう考えると、BASEの月額有料プラン新設は、他社からの乗り換えも見込んでのことだったと言えるのではないでしょうか。
実際、BASEの決算説明資料の「市場規模」の項目では、自社が狙うターゲットを「有料月額プラン」と「月額無料プラン」に明確に分けていて、月額有料プランの方がはるかに市場規模が大きいと想定しています(図表7)。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
これらの顧客を獲得するために、売上規模に関係なくサービス手数料が一定という使い勝手のいいサブスクプランを用意したのでしょう。
BASEはこの新プランを用意したことで、短期的にはKPIである売上総利益が減ると予想しています。そのうえで、新プランが呼び水となって新規顧客が獲得でき、やがて売上総利益も増えていくというシナリオを描いています(図表8)。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
実はPAY事業の方が成長している
前編からここまでの分析では、BASEの売上の84%を占めるBASE事業について分析してきました。ここで、もう一つの事業である「PAY事業」についても見ておきましょう(※1)。
PAY事業は言ってみれば、決済代行サービスのAPI連携提供サービスです。第三者のECプラットフォームを使わず、自前でECショップを開設したショップオーナーは、当然のことながら決済機能も自分で用意しなければいけません。これにかかる手間の煩雑さは、前編でもお話ししたとおりです。
このような課題に対して、ウェブ上で簡単に組み込める決済サービスとして2016年にローンチした「PAY.jp」を運営しているのがPAY事業です。
実はこのPAY事業、売上高に占める割合こそ低いものの、GMVにおける成長率は直近の2022年12月期第2四半期で37%増(前年同期比)と、大きく伸びています。また、売上高で見ても前年同四半期比+36.5%、売上総利益は同+43.8%と高い伸びを見せています(図表9)。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
ただし、PAY.jpは決済手数料ビジネスですから、ビジネス上の構造利幅はかなり小さいと考えられます。PAY事業のテイクレートは開示されていませんが、売上高とGMVから逆算し、「売上高÷GMV」の計算式でテイクレートを求めることができます。その結果をグラフにしたのが図表10です。
(出所)BASE 有価証券報告書より作成。
2021年12月期で見ると、PAY.jpのGMVは553億円。つまり、PAY.jpを通じて553億円の決済が行われたということです。一方、売上高は14.5億円ですからテイクレートは2.6%となります。
ただし、ここからクレジットカード会社への支払いが発生します。これら原価を控除した売上総利益は、BASEの有価証券報告書によると1.4億円(※2)。これとGMVから計算したネットテイクレートは、わずか0.3%です。
BASE事業とPAY事業のテイクレート(売上高÷GMV)とネットテイクレート(売上総利益÷GMV)を比較すると、図表11のとおりです。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
BASE事業の直近の半期(2022年12月期の上期)は、新プランを導入したことでテイクレートもネットテイクレートも新プラン導入前(2021年12月期)より下がっています。一方のPAY事業は横ばいで推移しています。
事業同士を比較すると、BASE事業の直近のネットテイクレートが4.2%であるのに対しPAY事業のそれは0.3%と、依然としてPAY事業のほうがかなり低いことが分かります。
これだけ見ると「PAY事業はなかなか利益が出にくそうだな」という感想を持つところですが、BASEの有価証券報告書によると、全従業員211人のうちPAY事業に関わっているのはわずか14人とのこと。人の手間はそれほどかかっていないようです。
BASE事業では、サービスのアップデートやショップへの教育など、あれこれとやることが多い分人手も多くかかるだろうと推測できますが、PAY事業は基本的にはAPI連携を提供する事業ですから、事業を伸ばすポイントはおそらく「広告宣伝費」と「営業力」とシンプルなはずです。そのため、エンジニア含めそれほど人を必要としないのでしょう。ということは、単純に「事業をスケールさせる」という観点だけで見ればPAY事業のほうがやりやすそうです。
また、PAY事業は決済を扱っているということもあり、一度利用し始めた顧客はよほどのことがない限り他社へ乗り換えることはしないはずです。つまりロックイン効果が強く働くのもこの手のサービスの強みといえます。
このように、新たにネットショップを開設するショップオーナーにはBASE事業を、すでにホームページ等は持っていて決済機能だけ組み込みたい事業者にはPAY事業を提供することで、BASEは今後の成長を目指しているようです。
キャッシュの状況は?
2012年の創業以来、2020年12月期の1期を除いて赤字が続いているBASEですが、資金繰りは大丈夫でしょうか。BASEは多額の広告宣伝費を投入して成長するというモデルですから、資金をどれだけ確保できているかが成長の生命線です。キャッシュフロー(CF)の状況も確認しておきましょう(図表12)。
(出所)BASE 有価証券報告書より作成。
2019年12月以降、営業CFは常にプラスです。これはBASEが、ネットショップの顧客の購入代金をいったん預かり、そこからネットショップオーナーに支払っているからです。このタイプの決済方法は「エスクロー決済」と呼ばれ、BASEはエスクローのおかげで資金繰りが楽になっているわけです。
エスクローの仕組みを会計的に見ると、B/S(貸借対照表)に計上される営業未払金残高が増えれば増えるほど、営業CF上は利益にプラスされます。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
ただし、BASEにとっての営業未払金はいずれショップオーナーに支払うべきお金であって、必ずしもBASEのB/Sに留まり続けるものではないという点には注意が必要です。実際、2022年12月期の第2四半期には営業未払金によるキャッシュアウトが多額に発生したことで、営業CFがマイナス22億円となっています(図表14)。
(出所)BASE 2022年12月期 第2四半期決算短信より。
しかし2020年12月期には124億円もの財務の調達をしていることもあり、全体として見れば2022年6月末時点で約218億円もの現金残高があります。これだけ資金が潤沢にあれば今後も広告宣伝費に十分な予算を割けますから、たとえ赤字が続こうとも資金繰り的にはほぼ問題はなさそうです。
加えて、BASEのB/Sも健全性はある程度保たれています。流動資産が流動負債を大きく上回っていますし(図表15)、有利子負債のない「無借金経営」ですから短期の流動性も長期の健全性もともに高いと言えます。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
株主構成は直近で大きく変化
財務は健在な一方で、BASEの決算説明資料を見ると気になることが書かれています。以前は海外機関投資家の持ち分が39.6%だった株主構成が、2022年6月30日時点では26.4%へ、13%ポイントも下がっているのです(図表16)。
(出所)BASE「2022年12月期第2四半期決算説明会資料」(2022年8月4日)より。
先ほど、BASEは「2020年12月期には124億円もの財務の調達をしている」とお話ししましたが、このときの資金の出し手は海外投資家でした。当時のBASEの株価は3000円を超え、時価総額も3000億円近くに達していました。
しかし2022年の春以降、特にテック系スタートアップ企業には厳しい市況へと急変し、SaaS系企業を中心に株価が軒並み下落しました(※3)。
BASEも例外ではなく、直近では株価は330円前後、時価総額は370億円前後となっています。
(出所)Yahoo!ファイナンスよりキャプチャ。
株価下落の理由の一つは、海外投資家がBASEの株式を売却したことです。BASEへの期待が弱まったというよりも、市況の変化を受けて海外投資家が方針を変更し、SaaS系の株式ポジションを外すなどした結果と見るべきでしょう。
BASEのB/Sは健全といえますが、同社は資金調達の多くを株式発行を通じて行っていることから、今後は財務の健全性以上に事業の成長性の方が重要になりそうです。というのも、株式発行により調達するエクイティマネーは、投資家から見るとハイリスクハイリターンの投資。投資家は自分が投じたお金を成長のために使ってほしいのであって、企業がお金をキャッシュのまま眠らせておくことを嫌うからです。
企業の価値とも言える時価総額(株価)を構成する要素において、「売上高の成長」はとりわけ大きな役割を果たします(図表18)。
(出所)マッキンゼー・アンド・カンパニー『企業価値評価 第6版』(ダイヤモンド社、2016年)を参考に筆者作成。
BASEに関して気がかりなのは、主力のBASE事業はコロナ禍で売上が急激に増えたものの、その後はほぼ横ばいの傾向が続いているということです(図表19)。新プランを導入したのは、この成長鈍化を打開してさらなる成長を実現する狙いもあったのではないでしょうか。
(出所)BASE 有価証券報告書より筆者作成。
このような事業上の戦略に加え、今後BASEの株価が安定的に伸びていくためには、財務上の戦略としていかに安定株主を確保できるかも見逃せないポイントになるでしょう。
経営が苦しくなるのは多くの場合、キャッシュ不足が原因です。一方で、成長が著しく、期待リターンの高い株式での資金調達をするスタートアップ企業やメガベンチャー企業は、たとえキャッシュを十分に持っていたとしても、そのキャッシュを使っていかに事業をもう一段成長させるかに苦心するものです。
また新しい事業に挑戦して未知の価値を世の中に訴求するためには、顧客はもちろんのこと、重要な利害関係者である株主にも自社のサービスの価値と可能性を理解してもらう必要が出てきます。
こうしたことが達成できて初めて、顧客が増え、投資家の関心が集まり、株が買われて株価が上がるわけです。
コロナ禍という環境変化の中で事業を大きく伸ばし、エクイティマネーによって多額のキャッシュを調達してきたBASE。この先どのようにして、BASE事業とPAY事業のさらなる成長を実現していくのでしょうか。あるいは、この既存の2事業を軸に新規事業やM&Aといった可能性もあるかもしれません。今後のさらなる躍進に要注目です。
※1 PAY事業は、BASEの100%子会社であるPAY株式会社が行っています。
※2 BASE「有価証券報告書(第9期)」2022年3月24日、p.15より。
※3 後藤直義、松嶋こよみ「【完全解説】スタートアップの「冬の時代」がやってきた」NewsPicks、2022年5月16日。
(執筆協力・伊藤達也、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
村上 茂久:株式会社ファインディールズ代表取締役、GOB Incubation Partners株式会社CFO。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。経済学研究科の大学院(修士課程)を修了後、金融機関でストラクチャードファイナンス業務を中心に、証券化、不動産投資、不良債権投資、プロジェクトファイナンス、ファンド投資業務等に従事する。2018年9月よりGOB Incubation Partners株式会社のCFOとして新規事業の開発及び起業の支援等を実施。加えて、複数のスタートアップ企業等の財務や法務等の支援も手掛ける。2021年1月に財務コンサルティング等を行う株式会社ファインディールズを創業。著書に『決算書ナゾトキトレーニング』(PHP研究所)がある。