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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
今や多くの分野でインフルエンサーが誕生する時代。「個人が情報発信して知名度を上げていく」という流れは止まりそうにありません。では、これから個人がインフルエンサーを目指すとしたら何が成功の鍵になるのでしょうか。入山先生が考察します。
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「個の時代」にインフルエンサーを目指すには
こんにちは、入山章栄です。
ここ数年、それまでまったく無名だった人がSNSで人気を集め、各種メディアに取り上げられて一躍有名になる現象が当たり前に見られるようになってきました。今回はその現象に関するBusiness Insider Japan編集部の小倉宏弥さんのモヤモヤについてです。
BIJ編集部・小倉
最近、YouTubeなどで名前を売りたい人が、グレーなやり方で人々の興味を引こうとする動きが顕著になっている気がします。
一方で、僕のまわりには、すごく稼いでいるのにまったく有名になろうとしない人も多い。もしかしたらこれは、表に出るメリットよりも、名前が売れた後に些細なことで叩かれるデメリットのほうが大きいと判断しているからかもしれません。あえて前に出ようとするのは、何も失うものがない人だけなのではないか、と。
入山先生は講演はもちろん各種メディアにも引っ張りだこですが、これからは個人が知名度を上げる方向へと動いていくと思いますか?
なるほど。その、「グレーなやり方」というのは、例えばどういうものですか?
BIJ編集部・小倉
例えば「節税したいなら、こんな抜け道がありますよ」と指南するようなケースです。
なるほど……それは確かにグレーかもしれないですね。
僕は個人が情報発信してどんどん表に出ていくという動きそのものは、もう止まらないと思います。
一方で、ちょっと余談かもしれませんが、僕が面白いと思うのが、実は古くからの既存メディアの価値も一部で見直されていることなんです。
この背景ははっきりしています。今はネットメディアやSNSの台頭もあり、あらゆる情報が多すぎて、どれが正しい情報か分かりにくいからです。Twitterでバズっても、それが本当だという確証は実はなかったりする。
経営理論でいう「情報の非対称性」の高い状況です。この情報の非対称性が今回のキーワードですね。
しかし、全てとは言いませんが、多くの新聞やテレビなど伝統的なメディアは、「きちんと取材に基づいた報道をしている」という信頼が残っているところもありますよね。実際、だからこそこれらの会社は多くの記者を抱えている。
何より今の時代は、裏付けのない間違った報道をすると、これらのメディアは積極的に批判を浴びる対象になっています。
だからこそ逆説的に、「これだけ情報過多な時代に正確な情報に近いものを知りたいときは既存メディアを見て、正確さよりも面白さや希少性を求めるときは個人のインフルエンサーが発信するものを見る」、という棲み分けが進んできている、と僕は理解しています。
実際、若い方と話をしても、そういうメディアの使い分けをしている方はいます。今後もこの傾向は進むのかもしれません。
BIJ編集部・小倉
個人の発信する情報は、いわゆる「裏が取れて(立証作業がすんで)」いないことが多いですが、そういう情報にも需要はあるということですね。
これから個人がインフルエンサーを目指すとしたら、どういうふうにすれば成功するでしょうか。
そうですね。では、ここからは「ネットメディアやインフルエンサー全盛で、コンテンツの質に情報の非対称性が高い(=ユーザーからはどのコンテンツの質が正しいか分からない)時代に、発信者やインフルエンサーを目指す人たちはどのようにしてユーザーの信頼を勝ち得るかをテーマに考えましょう。
まず一つめは、エンドースメント効果の活用です。そもそも信頼性の高い組織にいる人は、その「背景にある組織の信頼性」うまく使いましょう、ということです。例えば、日本経済新聞社にいた後藤達也さんという方がいらっしゃいますよね。
BIJ編集部・小倉
はい、2022年3月で日経新聞を退職されて、フリーになった方ですね。
彼の場合、まず所属していた日経新聞に非常に高い信頼性がありますよね。異論がある人もいるかもしれませんが、でも長い間日本の経済メディアの中心になっていたことは間違いない。
その日経新聞に在職中からTwitterなどで株に関する情報を発信して、個で立っていたのは大きなアドバンテージですよね。
そしていざフリーになると同時に個人のTwitterアカウントを開設し、すぐに35万人のフォロワーを得た。このような背景のない「自称」経済ジャーナリストでは、こうはいかなかいでしょう。だから大手メディア出身の方は会社の看板を利用するという、エンドースメント効果を活用しない手はないと思います。
しかし世の中には「そんなことはできない」という人のほうが圧倒的に多い。
そこで、僕が考えるもう一つの方法、そして最もシンプルな答えは、やはり「誠実にやる」ということだと思います。
BIJ編集部・常盤
誠実さですか。「この分野ではこの人に語らせたら右に出る者はいない」という信用を積み重ねるわけですね。
そうです。ポイントは、「それなりに狭い領域で、誠実に、できれば毎日情報発信する」ということに尽きるかと思います。
まず領域の話ですが、これは情報発信で扱うコンテンツ・テーマの選び方のことです。扱う分野をかなり狭く絞るか、それともいろいろなことを幅広く扱うか、どちらがいいかを考えて戦略を立てる。
そしてどちらかというと、一般的にはニッチ戦略のほうが、YouTubeとかnoteのような、これからのメディアには向いていることが多いはずです。
世界標準の経営理論になぞらえれば、これは「組織エコロジー理論」で説明できる部分があります。これは生物学を応用した経営理論なのですが、生物や人口学には、キャリング・キャパシティ(生物・人口容量)という考え方があります。
要するに、ある環境下においてそこに生息できる生物(あるいは人口)には一定の容量があり、その限界がある、ということです。逆に言えば、生物の数が容量の上限に近づくほど「共食い」を始めるのです。
当然ながら、情報発信者同士で「共食い」は避けたいですよね。だとするとポイントは、多くのインフルエンサーが狙って競合が多くなるような領域よりも、それなりに狭いけれど共食いが起こらなさそうな領域をテーマに選ぶことになります。
その領域で誠実な情報提供を続けるわけです。
数を撃つことで価値の高さを証明する
そしてこの「誠実さ」は、情報発信の頻度が少なくては意味がありません。誠実さを生み出すには、もう一つのポイントである「コミットメント」が必要だからです。
先にも書いたように、これだけネットメディアが普及して情報ソースが多様になると、一般には誰が誠実な発信者か我々は分かりにくくなります。
情報の非対称性がとても高い状態ですね。だからこそ発信者は、労を惜しまず、誠実に、毎日のように配信を続ける人の方が「この人は誠実にコンテンツを提供する人だ」という印象を与えやすいわけです。
つまり、毎日配信のように「頻度を圧倒的に高める」ことが重要になってきます。すると、「この人はこれだけ毎日情報を提供しているのだから、かなりこの配信に力を入れている、コミットしているのだな。だから信頼できる」と評価されるようになるのです。
実際、多くのYouTuberで成功している人って、まさに毎日配信しますよね。例えば、僕がいまドはまりしているYouTubeチャンネルの解説者たちが、まさにそれをしている人です。
実は漫画好きの僕は、尾田栄一郎さんの漫画『ONE PIECE』も好きなのですが、率直にいうと、あまりにも連載が長くなってしまったので一時期は連載を読むのをやめていました。
でも最近は、読むのを再開したんですよね。なぜかというと漫画そのものの魅力というより、『ONE PIECE』を解説するYouTuberがこの世には何人もいて、その中の数名が本当に面白いんですよね。
その解説を見てから漫画を読み返すと、すごく面白いことに気がついたんですよ。特に僕が主に見ているYouTuberは3人。まず圧倒的に人気があるのが「やまちゃん。」。本人は姿を見せずに声だけで解説をしています。
そして本人が画面に登場するのが、「Another Blue」の「のすけ」さんと、「スーパーカミキカンデ」のかみきさん。
BIJ編集部・常盤
分かります。
私も自転車のロードレースが好きなんですけど、「今あの選手を先に行かせたのは、3年前にこういうことがあったからなんですよ。泣ける!」みたいな解説があると、「確かにそれは泣ける……!」とより楽しめます。
そうでしょう。今やあらゆるコンテンツは「解説込み」で楽しむ時代になったと思いますね。
彼らの解説を見ていて気づくのは、内容と配信頻度が圧倒的に誠実であることです。コテンラジオの深井龍之介さんもそうですが、「ここまではファクトだけれど、ここから先は僕の推測が入ります」というように、ファクトと主観を厳密に分けている。だから信用できる。
例えば『ONE PIECE』ファンの間では今、「10人目の仲間議論」で盛り上がっています。『ONE PIECE』はずっと主人公の仲間が増えているのですが、実は10人目の仲間が誰になるかということが読者の間で論争になっている。
僕の好きな解説者たちは、それについて実に論理的に分析する一方で、「でも尾田先生の気持ちを考えると、僕としてはこうはなってほしくないんですよね」というような言い方をするのです。
つまり客観的な分析のクオリティも高いし、主観的な発言の端々から作品に対する愛が伝わってきて、ファンならみんな共感してしまう。
そして、そういう質の高いコンテンツを、とにかくほぼ毎日アップしている。これには驚かざるを得ません。だからこそ「信頼できる」となるので、チャンネル登録をしてしまうわけです。
いくら『ONE PIECE』が国民的人気だからといって、一つの漫画についてのハイクオリティな解説を毎日アップするというのは、絶妙に狭いところを狙う戦略だといえるでしょう。まさにキャリングキャパシティの大きさが絶妙なんですよね。
BIJ編集部・常盤
知識や能力を自分だけで抱え込むのではなく、同好の士と共有したいという気持ちがある。
インフルエンサーとして人気を博すには、「この面白さをみんなと語り合いたい」「こんなに素晴らしいものを広めることで、みんなに幸せになってほしい」という純粋な利他の気持ちが大事なのかもしれませんね。
タレントのYouTube番組があまり話題にならないのは、それがないのが理由でしょうね。ほとんどの人は偏愛の対象がないから、幅広いことをやるでしょう。そうするとあまり共感を得られない。やはり可能な限り狭いところを、真剣に深掘りするのが大事なのだと思います。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、編集・音声編集:小倉宏弥、常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。