Disney+の『イマジニアリング』(原題:The Imagineering Story)より。
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景気後退が近づいているかどうかをエコノミストたちはまだ判断できていないのかもしれない。しかし、ハリウッドではすでに不況を想定し、最悪のシナリオを見極めようとしている。
消費者はこれまでより、映画やストリーミングサービスのサブスクリプションへの出費を控えるようになり、制作スタジオでは予算や人員削減が行われ、広告出稿も減り、メディア関連銘柄に対する投資家の信頼をも失わせるような動揺が起こる——これが最悪のシナリオだ。
上場しているエンターテインメント業界のコングロマリット(複合企業)の大方の認識は、「しばらく様子見」というものだ。グレート・リセッション(編注:アメリカのサブプライムローン問題に端を発し、2008〜2010年にかけて起きた世界的な景気後退)が起きてからすでに10年以上も経過していて(2007〜2008年には脚本家らによるストライキも重なった)、ハリウッドは当時とはかなり違う環境にある。特に現在は、パンデミックによる都市封鎖の影響からの回復期にあり、以前とはさらに異なるものになろうとしている。
ウォルト・ディズニー・カンパニー(Walt Disney Co.)は、テレビや映画だけでなくテーマパークやグッズなどの分野でも巨大な事業を展開しており、エンターテインメント業界におけるリーダー的存在だ。そのディズニーは2022年8月10日に行われた同社の第3四半期の決算発表の際、あるアナリストから景気後退懸念について尋ねられたCEOのボブ・チャペック(Bob Chapek)は、世界中にあるディズニーリゾートには客が押し寄せていると述べ、強気の回答をした。
「確かにペントアップ需要(編注:景気後退期に購買行動を控えていた消費者の需要が、景気回復期に一気に回復すること)の効果はあります。しかし、ペントアップ需要のレベルをはるかに超えて人々がディズニーランドに感じる親しみは、強固で長期的なものです。それはディズニーランドに行きたいと考えている人の数や、実際の来場者数からも明らかです。ディズニーパークでの体験をパーソナルなものにするために、彼らが使っている額からも分かります。
事前予約数や来場したいと考えている人の数もパンデミック前の水準に戻り、当社の事業はとても堅調です。この好調な状況がこれからも続いていくことは間違いないと思います」(チャペック)
同様に、ケーブルテレビ大手のコムキャスト(Comcast)もユニバーサル・スタジオなどのテーマパークの来場者と来場者の消費額が2019年のレベルを上回ったことから、テーマパークが同社の成長を牽引し、財務面の見通しにさらに自信が持てる結果となったと、同社CFOのマイケル・キャバノー(Michael Cavanaugh)が述べている。
一方で、ワーナー・ブラザース・ディスカバリー(Warner Bros. Discovery)のCEOデイビッド・ザスラフ(David Zaslav)は2022年8月上旬の業績発表で、現在の環境が「難しい」と認めており、「広告販売を筆頭に、全体的により保守的な見通しに立った経営」を行わざるを得ないと述べた。この発言により、同社の株価は下落した。
「インフレ、景気後退の脅威、今日の地政学的環境の複雑さなど、アメリカ国内と世界のマクロ経済環境において数々の相反する傾向や逆風を我々は注視しています」(ザスラフ)
ただ、ザスラフには楽観的な見通しもあり、その1つが映画の観客数だ。ワーナー・ブラザース・ディスカバリーは、ストリーミング配信用に多額の費用をかけ映画を制作する経済的メリットはないと考えている。『バットガール』がキャンセルされたのもそのためだ。しかし、ザスラフは劇場での映画公開には全力を傾け、投資を行うと再び確約をしたのだった。
確かに前回の大不況の際も、映画の興行成績はそれほど影響を受けなかった。2009年には映画のチケット売り上げが急増したが、これは観客が現実世界から一時的に逃避したかったからである。この事実は、劇場は深刻な不況下でも良い業績を出すことができるという従来の見解ともおおむね合致するものだ。
「世界大恐慌の時には、映画館に行く人が以前より増えました。パンを買うのがやっとだったはずなのに、人々はそれでも劇場に行ったのです」と、コムスコア(Comscore)のアナリストであるポール・ダーガラベディアン(Paul Dergarabedian)はInsiderに語る。「実際、当時は劇場を24時間営業しなければならないほどでした。劇場が現実からの逃避場所となったからです」
ただし、世界大恐慌時にはネットフリックス(Netflix)もDisney+(ディズニープラス)も存在していなかったし、家庭での娯楽に関しては2022年の視聴者のほうが昔よりはるかに多くの選択肢を持っている。
景気後退が起これば、ストリーミングサービス事業者には2つの課題がのしかかる。まず、利用者の解約数を抑えなければならない。お金に敏感な利用者がサブスクリプションを解約しないようにするのだ。そして、巨大かつ増え続けるコンテンツと事業にかかるコストをしっかりとコントロールしなければならないということだ。
ディズニーは、Disney+、Hulu(フールー)、ESPN+(イーエスピーエヌ・プラス)といったストリーミングサービスでの費用がかさんだため、第3四半期のD2C部門において11億ドル(約1540億円、1ドル=140円換算)の営業損失を計上している。ディズニーは四半期決算発表において、2022年12月に開始予定であるディズニープラスの広告付きプランの価格が月額8ドル(約1100円)となることを発表した。これに伴い、広告なしプランの価格は月8〜11ドル(約1100〜1500円)に上がることになった。
一方、メディアストリーミング端末を開発製造するロク(Roku)は、最近発表した業績が予測を下回ったことを受け、広告支出を抑えると述べ、その原因は「マクロ経済における不確実性」にあるとした。
「もし景気が後退すれば、広告環境は誰にとってもよくないものになるでしょう。ただし、広告費用は視聴者が見ているところに使われるものであり、いま視聴者が見ているのは有料テレビ放送ではなくストリーミングです。これは、ストリーミングサービス事業者にとっては追い風となるでしょう」と、ピボタル・リサーチ・グループ(Pivotal Research Group)の代表兼上級アナリストであるジェフ・ウォダルチャク(Jeff Wlodarczak)は言う。
パラマウント・グローバル(Paramount Global)のCFOであるナビーン・チョプラ(Naveen Chopra)は「マクロ経済に逆風が吹いているにもかかわらず、Paramount +(パラマウントプラス)の基本プランはユーザー1人あたりの広告売上成長率が2桁と、好成績を残すことができました」と、決算発表の場で述べた。
ネットフリックスが2023年初頭に始めようとしている広告付きプランは、月額15ドル(約2100円)を払いたくないという価格に敏感な消費者にアピールできるかもしれない(編注:報道によると、ネットフリックスの新しい広告付きプランは 7~9ドル〔約980~1200円〕を考えているという)。
しかし、ネットフリックスのこの広告付きプランは、すでに契約者が飽和状態に近づいているアメリカでは、新規契約者を増やす代わりに、既存の契約者がより安いプランに乗り換えるだけで終わってしまうのではないかと懸念する専門家もいる。
「ネットフリックスに関しては少々懸念しています。例えば、Paramaount+が広告付きプランを提供すれば、新たに契約者を獲得できますよね。広告なしプランの契約者を獲得する場合より利益は減るものの、それでも契約者を獲得できるので攻めていける。しかしネットフリックスの問題は、『守りに入っている』ような気がするのです」(ウォダルチャク)
とはいえ、ハリウッド関係者は、ショービジネスというものを大いに信頼している。たとえその「ビジネス」がうまく行っていないときでもだ。そして、IMAXからiPhoneに至るまで、スクリーンというものは、不況の影響を完全にはねのけるとまではいかずとも、不況にもかかわらず人々を惹きつける力を持っていると、ハリウッドの人々は指摘する。
「エンターテインメントというのは、すべての人の人生にとって本当に重要なものだと思います。音楽であれ、映画であれ、テレビであれ、野球観戦であれ、何であってもエンターテインメントは人生とは切っても切れないものなのです。単にそれぞれの分野で消費パターンが変わるというだけのことです」(デルガラベディアン)%!(EXTRA string= )
(編集・大門小百合)