早期リタイアへの道は数多くある。自分のニーズに合ったものを見つけよう。
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9時~5時勤務の仕事の束縛やプレッシャーから解放されたい—— 若いうちからリタイア人生を謳歌することを目指す動きが急速に広まっている。
FIRE(資産運用を前提とした経済的自由と早期リタイア)ムーブメントとは、極限まで切り詰めた生活、徹底した節約、そして早いうちから投資を始めることによって、その夢を実現しようというものだ。
ここ数年で急激に話題になったように思えるが、FIREムーブメントの起源は、1992年に出版されたヴィッキー・ロビン(Vicki Robin)とジョセフ・ドミンゲス(Joseph Dominguez)の著書『Your Money or Your Life(邦訳:お金か人生か——給料がなくても豊かになれる9ステップ)』までさかのぼる。
ロビンは女優志望で、1968年に祖母から約2万ドル(2022年の価値で約16万ドル〔約2200万円、1ドル=139円換算〕相当)を相続し、アメリカとメキシコを車で旅することを思い立った。その旅の途中、ウォール街の元テクニカル・アナリストのドミンゲスと出会う。ドミンゲスは約8万ドル(現在の価値で約65万ドル〔約9040万円〕相当)の資産を築き、1969年に31歳で早期退職した。
2人は質素な暮らしに対する考え方で意気投合し、満たされない会社員生活に甘んじないために倹約生活を送るという哲学を生み出した。この本はベストセラーとなり、刊行以来100万部以上売れている。
ドミンゲスとロビンは、まさに時代を先取りしていた。ミレニアル世代の多くがまだ子どもだった頃に書かれたこの本は、当時若者の間で大人気となり、人生の早い段階で経済的な安定を求め、それを実現しようとする人々の間で今もなお反響を呼んでいる。
その理由の一つは、若い労働者の多くがゆとりある老後生活を以前にも増して縁遠いものと感じているからかもしれない。
手厚い年金の支給はもはや過去のものとなり、ミレニアル世代やZ世代の大半は公的年金にあまり期待していない。こうした背景から、将来に不安を抱き、キャリアやお金、老後生活に関する計画を根本的に見直そうとする若い世代が現れ始めた。
ネット上にはFIREムーブメントに特化したさまざまなオンラインフォーラムがあり、Redditのr/Financialindependenceなどには、FIRE信奉者がたくさん集っている。
このようなフォーラムでは、早期リタイアを目指す人たちが、自分の経済的自由に必要な資金の把握、借金の返済方法、新たな借金の回避法、超節約術、慎重な消費判断、上手な投資方法など、FIRE達成のためのさまざまな知恵とやり方を議論している。また、FIRE経験者が自らの早期リタイア体験から注意すべき点を挙げたり、FIREにまつわる神話を払拭したりもしている。
しかし、FIREムーブメントは人気を博すにつれ、FIRE信奉者個々人のビジョンやニーズ、生活費に応じて、いくつかのタイプに分かれてきている。現在、FIREは主に4つのタイプに分類できる。
1. リーンFIRE
リーンFIREの特徴は、退職後の倹約生活、反消費主義、ミニマリストアプローチを徹底していることだ。基本的なニーズだけを満たす、無駄のない慎ましいライフスタイルを志向している点がリーン(無駄がない)FIREと呼ばれるゆえんだ。
リーンFIREを目指そうとする人は、世帯で概ね5万ドル以下(約700万円)、個人で2万5000ドル(約350万円)の年間生活費を賄える程度の資産を築きたいと考えている。リーンFIREはミニマリズムを標榜していることから、貯蓄は比較的増やしやすいうえ、達成にもそれほど多くの資産残高を必要としない。
仮に、年間4万ドル(約560万円)の支出額を想定してリーンFIREを目指すとする。「25倍のルール(FIRE達成のためには年間支出の25倍の資産が必要だとする考え方)」を使って目標額を算出すると、100万ドル(約1億3900万円)の蓄えで事が足り、数百万ドルも用意する必要はない。
また、年間2万5000ドル(約350万円)以下といった、さらに質素な生活を送るのであれば、必要な資産は62万5000ドル(約8700万円)になる。
2. ファットFIRE
リーンFIREの対極にあるのが「ファット(豊かな)FIRE」だ。これは、退職後も高額の副収入を得ながら、リーンFIREの信奉者には決してありえない贅沢をして快適な生活を目指すというものだ。
通常、このような暮らしには年間10万ドル(約1390万円)以上の支出を想定した資金が必要になる。実現するには、25倍のルールを前提に少なくとも250万ドル(約3億4750万円)を貯めなくてはならない。
ファットFIREに取り組む理由はさまざまだ。「住みたい地域の生活費が高い」「リタイア後は複数の住居を持ちたい」「子育てや高齢の親を扶養するための費用を賄いたい」といった理由もあるだろうし、単に「たくさん旅行をしたい」「高級品を購入したい」なども挙げられる。
このタイプのFIREは、早期リタイアの実現に高額な資産が必要になる。そのため、ファットFIRE信奉者は家計管理や節約にあまりこだわらず(これらもFIRE達成への大事な手段ではあるが)、貯蓄を飛躍的に高めるために収入を増やすことに重きを置いている。
また、ファットFIREのライフスタイルを目指す人は、賃貸物件を所有したり、事業のサイレントパートナー(経営に関与しないビジネスオーナー)になったりするなど、さまざまな受動的所得による収益源を持つこともある。
3. コーストFIRE
コースト(楽に進む)FIREは他のタイプとは少し異なり、必ずしも早期リタイアを目指してはおらず、その信奉者の多くは一般的な退職年齢である60代まで働くことを計画している。
コーストFIREが目指すのは、必要とする資産の元本を短期間(通常は10~20年間)で全額積み立て、その後、複利効果を活用して運用し、退職後の生活を快適に過ごせるようになるまで資産を膨らませることだ。
コーストFIRE信奉者は、キャリアの後半で心にゆとりを持てるようになることを重視している。実際にリタイアするかなり前に資産形成の見込みが立っているため、リスクを負って何かに挑戦したり、徐々に仕事量を減らしたりすることができるため、「コースト(楽に進む)」という意味を持つ。
あるデータによると、貯蓄はX世代の年齢層にとって深刻な問題だ。彼らはまもなく定年を迎えるが、リタイア生活に備えた貯蓄は全体的にかなり少ない。2021年の調査では、この年代のアメリカ人のうち、現在25万ドル(約3480万円)以上の貯蓄があるのは全体のわずか25%だった。
今後数十年の間に市場がどのように推移するかを正確に把握することはできないため、コーストFIREにはデメリットもある。しかし、米国株式インデックスファンドへの長期投資は年率約8〜10%の利回りを見込んで問題はないだろう。
4. バリスタFIRE
バリスタFIREはハイブリッド型のアプローチで資金を貯めていく。退職後、フルタイムで働く必要がないように十分な資産を築くことを重視してはいるが、それでもフリーランスやバリスタのようなパート勤務を想定しており、これがこのタイプのFIREの名前の由来にもなっている。
セミリタイア的なFIREを目指しつつパートで就労を希望する人は、たいてい健康保険の適用を期待している。スターバックスはパート従業員に健康保険を提供している企業として有名だが、同様の企業は他にも数多くある。
また、バリスタFIREは完全な早期リタイアを目指すほど巨額の資金を蓄える必要はないため、パート収入がある程度得られるのであれば、達成の難易度は比較的低い。また、時給制の仕事は常に豊富にあり、年齢や経歴にかかわらずあらゆる人が働ける。
仮に、年間4万ドル(約560万円)の生活費を想定して早期リタイアを目指すとすれば、少なくとも100万ドル(約1億3900万円)貯めるまでフルタイムの仕事を続ける必要がある。しかし年間2万ドル(約280万円)の収入が得られるパート勤務をすれば、その半分の50万ドル(約6950万円)を貯めればいいことになる。
このタイプのFIREが向いているのは、社会とある程度の関わりを持っていたいけれど今のキャリアパスが好きになれず、できるだけ早くFIREを達成して人生とキャリアの方向転換をしたい人だ。また、FIREを実践したい気持ちはあるものの、医療費がたくさんかかることが予想され、企業による民間医療保険に加入したい人などもこのタイプに向いているだろう。
(翻訳・西村敦子、編集・大門小百合)