SNS企業に生殺与奪を握られてきたコンテンツクリエイターたち。だが最近、このパワーバランスに変化の兆しが見られる。
Macida/RapidEye/Getty Images; Jenny Chang-Rodriguez/Insider
ニューオーリンズ在住のアーティスト兼コンテンツクリエイター、カリー・ティファウ(33)は以前、ニッチなInstagramアカウントで成功を収めていた。
アカウントをつくったのは約7年前。自身のミームを多くの人に届けるためだ。Tシャツを売って小遣い稼ぎをすることもできたが、それが目標ではなかった。体型を気にするプラスサイズの人たちが自信を持ち、共感し合える仲間を見つけられるようにする。これがティファウの目標だった。
あらゆる指標に照らして、ティファウはそれに成功したと言える。フォロワーは2万5000人にのぼり、投稿すれば50万人以上に閲覧された。中にはまたたく間に拡散される投稿もあり、彼女のネットワークとコミュニティは月ごとに拡大していった。
だがやがて、奇妙なことが起こる。投稿の閲覧数が激減したのだ。今ではほとんどの投稿がユーザー閲覧数5000以下という有様だ。
「フォロワーの4分の1以下しか私の投稿を見てくれてないんですよ。信じられない。こんなことを指摘してアイツおかしいと大勢に思われていることも、ほんと信じられない」(ティファウ)
「元のInstagramに戻して」
きっとInstagramがブランドコンテンツやTikTok形式の動画を贔屓して、私の投稿を目立たなくしているんだ——このティファウの言い分は、しばらく誰にも相手にされなかった。
だがその後、他のInstagramユーザーも同様の問題に気づき始めた。7月下旬にはキム・カーダシアン、コートニー・カーダシアンとカイリー・ジェンナーの3人が一斉に「Instagramを元のInstagramに戻して(MAKE INSTAGRAM INSTAGRAM AGAIN)」という文を投稿するに至った。
カイリー・ジェンナーは、InstagramがTikTokのようになってしまうと訴えた。
Kylie Jenner/Instagram
Instagramは実際に写真より動画を優先させていたことを認め、その他にもおびただしい数の変更を行っていることを明らかにした。一部のユーザーがInstagramの親会社であるメタ(Meta)の社屋前で抗議の声を上げると、同社は間もなく抗議に屈し、大規模なアップデートを一時停止した。
抗議活動は功を奏したが、ティファウはこの一件で思い知った。自分のアカウントは常に大手テック企業の気まぐれに翻弄されている。私は今まで、理解できないアルゴリズムを相手に、トップ表示されるよう悪戦苦闘し続けていたんだ、と。
SNSプラットフォームは長年にわたってティファウらクリエイターから利益を得てきたのに、クリエイターたちに金銭的な見返りをあまり支払ってこなかった。加えて、黒人やトランスジェンダーのクリエイターは、カーダシアン家が声を上げるはるか以前からアルゴリズムがおかしい、自分たちは不当な扱いを受けていると主張してきたのに、誰も耳を貸そうとしなかった。
ティファウは最近、プラスサイズの人たち専用のコミュニティをつくった。
「このコミュニティのおかげで幸せを感じられるし、自分をみじめだと思わなくなりました。このコミュニティに救われたと言ってくれる人もいます。
私たちのような少数派は、かつて自分たちの空間だったプラットフォームが商品化され自分たちのものではなくなって、どこかに次の居場所を見つけなきゃいけなくなるってことに慣れっこなんです」(ティファウ)
Instagramにコミュニティや支援を見出すことはあきらめた。「あれはいっときの出来事。その瞬間はもう終わったんです」とティファウは言う。
自分のコミュニティを見つけるため、あるいは金を稼ぐためにソーシャルメディアを頼っている人々は、絶えず変化する不透明なアルゴリズムがどうにか自分に有利に働くようにと悪戦苦闘している。
しかし昨今のユーザーからの反発を見れば明らかなとおり、人々はすでにアルゴリズムを追いかけることにうんざりしており、自分の手で物事の舵取りをしたいと考えている。Instagramの変更をめぐって最近起きた反発は、ソーシャルメディアに関わる負荷を真剣に考えようという流れが来ていることの証左だ。
しかし、プラットフォームから力を取り戻し、ソーシャルメディアをより良い方向へ持っていくためには、まずはコンテンツクリエイターが自らを「労働者」だと自覚しなければならない。
プラットフォームに生殺与奪を握られている
ソーシャルメディア企業の規模はあまりにも大きい。
約30億人のユーザーを抱えるメタは、2021年に1170億ドル(約16兆8400億円、1ドル=144円換算)の収益を上げた。20億人のユーザーがいるYouTubeは収益290億ドル(同年、約4兆1700億円)。TikTokはユーザー数10億人に対して収益40億ドル(同年、約5700億円)だが、2022年には120億ドル(約1兆7300億円)へと3倍増が予想されている。
これに対し、プラットフォームに生殺与奪を握られているクリエイターはあまりに非力だ。まず、その運営のあり方について発言権はいっさいない。苦情を言いたくてもカスタマーサービスの電話番号もないし、アルゴリズムが変更されても説明書もない。
カーダシアン家のような有力なコンテンツクリエイターであれ、ティファウのような比較的小さな存在であれ、こうした大企業とまともに渡り合うにはどうすればいいのだろうか。
答えは、これまで労働者が大企業に対抗してきたのと同じ方法——つまり組織を作ることだ。
インフルエンサーやクリエイターは多くの場合、自らをプラットフォームから収益を上げる「自営業者」と捉えている。しかしInstagramは、ユーザーの潜在的収益に影響を与えうるプラットフォーム変更については自分が支配権を握っていると明言している。
ここへきて、最近のInstagramのアルゴリズム変更を巡る騒動によって、ほんの一握りの企業によって支配されている状況でも、運営方法が改善されうることが示された。
ソーシャルメディアのユーザー、特にそこでの収入に依存している人たちが、自分自身のことを保護に値する権利を持つ「労働者」と見なすようになれば、自分たちのためにソーシャルメディアを働かせる余地が生まれる。
これは、私たちがソーシャルメディアに対する見方を変えることでもある。ソーシャルメディア企業にとっては、私たちを「ユーザー」の枠に入れてしまうほうが都合がいい。しかしこれらの企業は、多くのフォロワーを抱えるクリエイターがプラットフォームに投下する労働によって利益を得ているのだから、彼らを労働者と見なす方が理に適っていると言えないだろうか。
全米脚本家組合は2007年、賃金改善を求めてストライキを行った。
David McNew/Getty Images
メタは2021年にユーザー1人あたり40ドル(約5760円)の収益を上げた。これはスパムや老人のアカウント、高校生の裏アカなどを含んだ平均値だ。ということは、より多くの閲覧数や「いいね」を獲得し、多数の視聴者を広告に向かわせる影響力あるアカウントからは、相当な利益を得たと推測して差し支えないだろう。
一見するとクリエイターは、大規模な労働への参加や、労働組合のようなものの結成にはふさわしくないと感じるかもしれない。ソーシャルメディアからお金を稼いでいない人が大多数だし、稼いでいる人は他の業界のような働き方はしていないからだ。インフルエンサーは互いに孤立し、競合することもあり、事務所や工場に縛られることもない。
しかし、非伝統的産業の多くは、労働組合を結成したり集団で働きかけることによって労働条件を大幅に改善してきた。ハリウッドの脚本家や俳優だって労働組合に所属し、賃金の引き上げ、医療保険制度の充実、生活の不安定化の防止を図ってきたのだ。
インターネットにより作家、俳優、コンテンツクリエイターの境界が曖昧になってきた今、労働という観点ではこれらの仕事になんら違いはない。クリエイターのほとんどが無報酬かわずかな報酬しか受け取っていないのだ。彼らだって労働者としての権利をもっと与えられてしかるべきだろう。
労働者が何時間も何日もかけてコンテンツをつくったのに1ドルも稼げなかったら、馬鹿げている、違法だと思うだろう。しかしこと「ソーシャルメディア労働」という文脈においては、私たちはこれを普通に受け入れてしまっているのだ。
労働者としてのインフルエンサー
2021年、TikTok、Instagram、YouTubeなどのクリエイター30人に対するデプスインタビューの結果をまとめた研究が発表された。それによると、クリエイターは「今後収入が得られるか分からない」「自分の労働をコントロールできていないと感じる」など、現代の経済状況において他の労働者が抱えているような問題、特に、常に不安にさいなまれるといった問題に直面していることが分かった。
この研究の執筆者の一人で、コーネル大学のコミュニケーション学部の修士課程にいるミーガン・サウェイ(Megan Sawey)は、Insiderの取材に対しこう話す。
「クリエイターとして投稿しプラットフォームから収益を上げているユーザーもいますが、ユーザーはプラットフォーム自体を所有しているわけではないので、突然の変更により悪影響を被る可能性は常にあります。でもそれに対抗するのは難しい。(クリエイターは)いつもこの不安定さに直面しています」
クリエイターのほとんどは、自分が反撃できるとも思っていない。「プラットフォームに対する強制的な降伏状態が一因」だとサウェイは見ている。
「ユーザーはプラットフォームに対して意見を述べることができません。自分が持っている武器で最大限努力するしかないんです。本当はもっとユーザーが反発すべきなんでしょうけど、クリエイターという、もどかしいほど不安定な立場の現実を受け入れてしまっているんです」(サウェイ)
しかし、インフルエンサーやクリエイターが協力して業界に透明性と基準を求める必要があることに気づきつつある今、状況は少しずつ変わり始めているのかもしれない。サウェイは、クリエイター同士が情報を共有し、「露出」を報酬だと受け止めて満足しないように奨励するGoogleシート、フォーラムやInstagramのページを目にしたことがあるという。
数の力で対抗する
クリエイターの中には、自分たちを他のギグワーカーと同じように捉え始めている人もいる。この比較は、今後の方向性を示してくれるかもしれない。
ウーバー(Uber)やインスタカート(Instacart)などのギグワークアプリのドライバーや配達員は、彼らの業界における労働者同士のネットワークを正式な組織にしようとしてきた。2022年初め、リフト(Lyft)とウーバーの運転手数千人がニューヨーク市庁舎前で抗議し、労働者保護の強化を訴えた。
ウーバーやリフトのドライバーは、労働者権利保護のいっそうの充実を求めて組織化し始めた。
Michael M. Santiago/Getty Images
12万人以上のドライバーや配達員を代理するニューヨークの「アプリワーカーに正義を(Justice for App Workers)」など、全米で労働組合が誕生している。イギリスでは最近、ウーバーのドライバーが同社と労働組合の間で史上初の労使協定を勝ち取った。またカリフォルニア州は、ギグワーカーを独立した契約者ではなく労働者として分類する決定が初めてなされた(だがギグワーカーに依存する企業がこの法律に対して裁判を起こすなど、行方はまだ不明だ)。
先に紹介したデプスインタビューの研究の共同執筆者の一人で、ノースウェスタン大学博士課程でインフルエンサーの研究に取り組むアニカ・ピンチ(Annika Pinch)は次のように指摘する。
「コンテンツ産業で労働組合結成の動きがあればいいのですが、なかなか難しいですね。職場も不満を共有する場がなくこれほど個々別々に動いていると連携しづらいですから。
これはギグエコノミー全体に言えることです。誰もが孤立している。ウーバーのドライバーなど他のギグワーカー全体で連帯が生まれているというのは、今後に希望を持たせる出来事です」
労働者組織化の波が、クリエイターエコノミーにも押し寄せている兆しがある。ハリウッド最大の組合である全米映画俳優組合(SAG-AFTRA)は現在、インフルエンサーを組合員として受け入れている。しかし少なくとも現在はまだ、組合がインフルエンサーを雇用するプラットフォームと直接交渉することは難しい。
クリエイターが労働権を獲得するうえでは、大きな壁が2つある。
1つ目はギグエコノミー全体の問題だ。ギグエコノミーを支配する企業は、アメリカ国内外の労働者の権利について絶大な権力を行使している。このような企業は世界のリーダーに対して、自社に有利な労働条件を実現するよう働きかけ、自らのビジネスモデルを守るべく大衆を味方につけている。メタはアメリカでも屈指のロビイストであり、2021年は政治家に対して影響力を持つために2000万ドル(約28億8000万円、1ドル=144円換算)以上を費やしている。
2つ目の壁は、もっと個人的な問題だ。大多数まではいかずとも、多くのクリエイターは自分のことを労働者だと思っていない。この業界における労働運動は、業界自体の規模に比べれば微々たるものであり、自分だけでやっていけると確信している人が多いため、労働者の権利を守ってくれる労働組合なり何なり、そういった類の労働組織は自分には必要ないと考えているのだ。
しかし、その状況は変わりつつある。前出のピンチは言う。
「インフルエンサーになるのは、簡単かつ民主的で、誰でもできることだと思われています。でもこれを仕事にするためには、実は非常に多くの時間と労力を要します。そして、実際に成功した人とそうでない人の間には大きな隔たりがあるのですが、誰もが『自分はうまくいくはず』という思いのもとに仕事をしているんです」
一部のSNSクリエイターの間で組織化の兆しはあるものの、「クリエイターが自らを労働者と考える」という始めの一歩ですら、まだ踏み出したとは言えない状態だ。
P.E.モスコウィッツ(P.E. Moskowitz):心理学、精神医学、現代社会に関するニュースレター「Mental Hellth」発行人。薬物が人間の幸福に果たす役割について考察した回想録兼ルポルタージュの『Rabbit Hole』を近日刊行予定。
[原文:Influencers of the world, it's time to fight back against your social media overlords]
(編集・常盤亜由子)