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北欧はなぜ「幸福の国」になれたのか? 夕方4時退勤でも世界競争力ランキング1位…その謎に迫る

コペンハーゲンの町並み

コペンハーゲンの街並み。子どもを乗せたカーゴバイクがよく街中を走っている。

撮影:井上陽子

コロナ禍がきっかけで、働き方、ひいては人生の優先順位を考え直す人が増えたという。

私の場合、働き方や生き方について考えを揺さぶられるきっかけとなったのは、北欧・デンマークに移住したことが大きかった。それまで、長時間労働で知られる日本の中でも、さらにその最たる職種の一つである新聞記者を長くやってきた私にとって、この国を初めて訪れた時の光景は衝撃的だった。

当時、私は米国特派員として仕事していて、オバマ米大統領が出席する北大西洋条約機構(NATO)首脳会議の取材でイギリスまで来たついでに、夏休みを過ごすためデンマークまで足を伸ばしていた。デンマークは、当時お付き合いしていた彼の故郷だったのだが、北欧についての知識といえば「幸福度ランキングでいつも上位」という程度で、それまでの私の人生には無縁の世界だった。

新卒で新聞記者になってからというもの、締め切りに追われる多忙な日々を過ごしてきた。特派員になってからはそれに時差まで加わって、夜中から原稿を書き始めることもあり、慢性の睡眠不足。だからこの日も、出張を無事に終えてやっとのんびりできる、という安心感で体が溶け出しそうだった。

爽快な夏の日差しが残る午後、空港まで迎えにきてくれた彼が運転していたのが、スズキのマニュアル車だったのをよく覚えている。「デンマークでは車の税金がべらぼうに高いから、まだマニュアル車が多いんだよ」という説明を聞きながら、高速道路から見えるレンガ色の街をぼーっと眺めていたのだが、コペンハーゲン市内に入ったあたりで車の流れが悪くなった。「ラッシュアワーだね、午後4時を回ったから」と彼が言う。

コペンハーゲンのラッシュアワー

平日午後4時。コペンハーゲン市内はすでにラッシュアワーだ。

撮影:井上陽子

「4時台でラッシュアワー?」

「うん、金曜だともっと早く帰るから3時台だけど」

さっきまで自分がいた世界とのあまりの落差に、「へー……」と間の抜けた声で答えるしかなかった。そんなゆるい働き方ができるなら、そりゃみんな幸せだろうけど、それでこの国の経済は大丈夫なの?

それが、デンマークという国に対して私が最初に抱いた素朴な疑問だった。

北欧の優等生ぶりに複雑な心境

ところが調べてみると、デンマーク経済は「大丈夫」どころか、日本よりもうまく回っているようである。デンマークの一人当たりGDPは6万7800USドル(2021年) と、日本(3万9280USドル=同年)の倍に迫る勢いである。

この人口600万人に満たない国は、抜群のワークライフバランスを誇り、国連が発表する毎年の幸福度調査では10年連続で1〜3位につけるという安定した“幸せの国”でありながら、それを支える経済がしっかりしているようなのだ。ちなみに日本は2022年の幸福度調査では54位だったが、だいたい毎年、50〜60位前後となっている。

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(出所)国連のWorld Happiness Reportより筆者作成。

なお、幸福度調査の専門家によれば、ランキングの微妙な順位差にはあまり統計的な意味はなく、重要なのは上位10位のうち、北欧の5カ国(デンマーク、フィンランド、スウェーデン、ノルウェー、アイスランド)がほぼ例外なく毎年ランクインしていることなのだそうだ。北欧の国々の社会のあり方には、やはり何かしら注目すべき点はあるのだろう。

さらには、将来への布石もしっかりと打っている。デンマークが世界でも「一歩先」を行くことを示す指標は、環境への配慮が高い政策の国(環境パフォーマンス指数)ランキングの世界1位SDGsの達成度ランキング世界2位世界で最もサステナブルな企業ランキングの1位と2位はともにデンマーク企業、世界競争力ランキングの1位電子政府ランキングでも世界1位政治のクリーンさ(腐敗認識指数)でも世界1位——とまあ、次から次へと出てくる。デンマークでなければ北欧のほかの国、フィンランドやスウェーデン、アイスランドあたりがトップとなることが多く、北欧諸国の優等生ぶりは際立っている。

私が注意を払っていなかっただけで、どうも北欧というエリアはすごい偉業を成し遂げていたようだ。

でも、だからどうした、と私はしばらく思っていた。それはおそらく、北欧を褒め称える記事に反発する多くの人と同じで「でも人口規模があまりに違うでしょ」「日本とは社会形態が違うし」という思い。どっぷりと日本社会で仕事をし、変化が遅いもどかしさを感じてきたから、日本のダメさを外から指摘される(と暗に感じる)ことには辟易してしまうのだ。

それに私は、自分のことでいっぱいいっぱいだった。妊娠を機に結婚して、子育て環境が抜群の彼の故郷・デンマークに移住することにしたものの、40代から言葉も知らない国で子育て中心の生活へとがらりと変わり、これが心身ともに想像以上の試練。2人目も運良く授かり、ますます自分の時間が減る中で少しずつ仕事もしていたが、頭の片隅にはずっと、宿題をやり残したようなモヤモヤが残っていた。それは、デンマークに来た初日から抱いてきた疑問。

こんなゆるい働き方をしていて、なんで経済がうまく回るの? 競争の激しいグローバル経済の中で生き残ってるの? 天然資源に恵まれているわけでもないのに?

デンマーク人も不思議がる経済競争力

デンマーク暮らしも7年近くになるので、延べ人数でいえばかなりの数のデンマーク人にこうした質問をぶつけてきたのだが、実は多くの人が「言われてみればなんでだろうね?」と首をひねった。

在住歴が長い日本人も、また不思議がった。仕事探しに苦労して、ようやく採用された職場では、デンマーク人の同僚と比べて日本人の自分の方がよほど勤勉で仕事もこなせることに愕然とした、という。それでいて、この国の経済は全体として競争力を保ち、寛大な福祉国家の財源を支えている。なぜ?

もしくは、「短時間労働かもしれないけど、仕事する時はとても集中しているから」という答えで、「日本の長時間労働をいかに短くできるか」について語ってもらうことも多かった。それはそれで重要なテーマではあるのだが、効率の良い働き方をすれば競争力のある経済ができあがるのかといえば、そうとも言えないように思える。

平日昼間のコペンハーゲン

平日の夕方のコペンハーゲン。仕事を終えたあと、友人らとのんびり過ごしている。

撮影:井上陽子

もっと根本的な、イノベーションを生み出す仕組みだとか、なぜ一歩先を行くことができるのかという背景にまで踏み込まないことには、全体像を説明できない気がしている。

今になってこのテーマを改めて掘り下げてみて、何か目新しいことが書けるのか、いまいち自信はない。ただ、「ワークライフバランスが抜群で子育てが楽で、福祉もしっかりしていて安心で、給料も高い国(※)に来られてラッキー」と喜んで終わりにできないのは、だからどうした、と開き直るにはもったいない、日本にとってのインスピレーションになることが多いように思えるからだ。

※デンマークの給与所得者の平均月給は4万4513デンマーク・クローネ=約81万円。年金積立分も含んだ額で、この所得の税率は約4割弱。

特にいま、コロナ禍をきっかけに、働き方や生き方を見直したい人にとっては、ビジネス、ひいては社会のヒントになるようなことがたくさんある気がする。

何よりも私が、好奇心の赴くままに会いたい人に会って話を聞き、現場を訪ねてみたい、と思っている。

話を聞いてみたいのは、特にこの3つの種類のトピックだ。

  1. どうして午後4時に帰るような働き方でも経済が回るの?その強さの秘訣は?
  2. 具体的に北欧の人たちはどうやって働いてるの?
  3. この人間らしい働き方、生き方を可能にするインフラはどう機能しているの?

3番目に書いた「人間らしい働き方、生き方」というのは、デンマークに7年暮らしてみて、私がこの社会の最大の魅力だと感じていることである。

北欧は「不幸を取り除くのがうまい」

国連の毎年の世界幸福度調査で、安定して上位にランクするデンマークは、よく“幸せの国”と言われたりする。その秘訣をデンマーク人に教えてもらいつつ、私自身の幸せを模索することをテーマに連載記事を書いたりもしたのだが、“幸せ”というのはどうしても主観的で、一般化して語りづらいところがある。

ただ、幸福度の高さを突き詰めて考えたとき、今のところ私が納得しているのは、デンマークをはじめとする北欧は「不幸を取り除くのがうまい国々」だということ。そしてそのことが、個人の幸せを保証してはくれないものの、社会として幸せになりやすい土壌を作ってくれている、ということだ。

デンマークでの日常生活を描写するなら、私がそれまで暮らした日本やアメリカと比べて、一般的な市民が「人間らしい生活を送っている」社会だと思う。逆に言うと、北欧から日本やアメリカのニュースを見たり、友人の話を聞いていると、「もっと人として大切にされるべきじゃないのか」と心が痛むことが多いのだ。

ここで言う「人間らしい」とは、例えば、自分の時間を大切にできること。デンマーク人にとってのフルタイムとは週37時間労働なのだが、ほとんどの人は決められた時間しか仕事しないし、上司が仕事をさせることもできない。仕事の後は友人や家族とのんびり過ごしたり、趣味を楽しんだりしている。5週間の年次有給休暇は、当然、使い切る。

長期間にわたって幸福の秘訣を探った研究では、結局のところ、親しい人との人間関係が幸福度を大きく左右するという結果を示しているが、デンマークで暮らすようになって、豊かな人間関係を作る時間があるかないかの差は大きい、と感じるようになった。

コペンハーゲンのカフェやレストラン

カフェやレストランは、くつろぎの時間を過ごす人たちで賑わっている。

撮影:井上陽子

気持ちに余裕があるからか、電車の中で赤ちゃんが泣き止まない時なども、周囲の人が「よしよし」と声をかけてくれたりする。ベビーカーを蹴るようなことはちょっと想像できない。「病気になる」はどうだろう。ストレスはデンマークでも問題だが、「ストレスを感じるので仕事を休みます」と表明するレベルが早く、在住の日本人は「え、この程度で病欠?」と驚く。我慢は、ここでは美徳ではないのだ。

また北欧全般に言えることだが、貧富の格差が少ないのも特徴的。OECDの統計ではデンマークの貧困率は6%で、日本(15%)やアメリカ(18%)よりもかなり低い。米国から来た時、まず気づいたのは、街にホームレスがいないことだった。

さまざまな事情で、それまでの働き方や、仕事そのものをがらっと変える必要がある時、特にそれまで一定の仕事をしてきたデンマーク人なら、キャリアチェンジを可能にする経済的なサポートも教育の機会も十分にあり、挑戦を歓迎する文化もある。

移民の扱いなど、デンマーク社会が「冷たい」と感じることはもちろんあるし、国の政策が変わるのも早いので安心はできない。ただ、あくまで全体の傾向としていえば、特に日本社会と比べると、多様性を認める、生きやすい、優しい社会だと感じるのだ。

私の子育ての日常風景に限っても、ストレス(不幸のタネ)を取り除いてくれる要素がいくつもある。

1歳前から、希望すれば必ず用意してもらえる保育園。バスにも電車にも必ず確保されているベビーカーのスペースと、バリアフリーな街。午後4時には仕事を終えて、保育園に子どもの迎えに来る父親たち。デジタル化が社会に浸透し、子どもの迎えの時間変更もスマホのアプリで、休日の救急診療もスマホの写真で医師に診察してもらえる便利さ。

大きめの道路にはたいがい自転車レーンが整備されているので、6歳児でも自転車で通学できる。医療費は無料だし、大学院まで学費は無料、学生は学業に集中できるよう生活費として給付金まで支給されるので、デンマークにいる限り、子どものために貯蓄しなくては、というプレッシャーもない。

コペンハーゲンの安全な道路

歩道と自転車レーンは一段高く、その内側が路上駐車エリア、さらにその内側の車道を車が走行しているので、子どもが自転車で走っていても安心感がある。

撮影:井上陽子

とはいえ、デンマークだって、ずっと昔からこうだったわけじゃないようだ。

いま2歳と6歳の2人の子どもの子育てをしながら、40代半ばのデンマーク人の夫が「自分が子どもの頃は、こんなんじゃなかった」としばしば話すのを聞いていると、この国が今の姿になったのはわりと最近の変化なのかな、とも思う。通学路に自転車レーンなんてなかったらしいし、幼稚園の送り迎えはもっぱら母親がやるのが普通だったとのこと。デンマークの社会も、試行錯誤の結果として今の姿になったのであれば、日本でも参考にできることはあるのかもしれない。

さて、7年越しの宿題にようやく手をつけ始めたような気分である。

まずは、デンマーク人自身がいまのデンマークの“成功”をどう分析しているのか、話を聞くところから始めてみたいと思う。

(文・井上陽子、連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)


井上陽子(いのうえ・ようこ):北欧デンマーク在住のジャーナリスト、コミュニケーション・アドバイザー。筑波大学国際関係学類卒、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。読売新聞で国土交通省、環境省などを担当したのち、ワシントン支局特派員。2015年、妊娠を機に首都コペンハーゲンに移住し、現在、デンマーク人の夫と長女、長男の4人暮らし。メディアへの執筆のほか、テレビ出演やイベントでの講演、デンマーク企業のサポートなども行なっている。Twitterは @yokoinoue2019 。noteでも発信している(@yokodk)。

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