WeSoftYouに支援されていりうウクライナの兵士たち。
WeSoftYou
2022年2月24日、ロシア軍がウクライナに侵攻した際、WeSoftYouの創業者兼CEOであるウクライナ人のマクシム・ペトルック(Maksym Petruk)は顧客と電話中だった。彼の会社は、キーウを拠点とするアーリーステージのスタートアップ企業向けにフルサイクルのソフトウェアプロジェクトを手がけるテック企業だが、ペトルックはどんな会社にも負けないほどの備えをしていた。
ロシア侵略を予期し、ペトルックは数カ月かけて資産や設備を蓄え、バックアップの通信システムを準備した。スターリンク(Starlink)インターネットサービスと衛星電話を設置し、社員には侵略が開始された場合の対処法を説明し、非常用バッグの準備の仕方もアドバイスした。
また、ペトルックは社員に対し、会社が食料や現金の備蓄をしておいたウクライナ西部に仕事の拠点を移すよう伝えた。社員とその家族が避難する時のために、山中の大きな一軒家のほか、アパート数軒、30人用のホステル、車8台まで用意しておいたのだ。そしてGoogleマップで各自の位置情報を共有し、全員の安全確保に努めた。
「一企業が国全体を救うことはできなくても、社員とその家族を何とか守り抜くことはできるんです」(ペトルック)
これらすべての準備に伴う出費はそれなりの額にのぼった。財務チームからは「資金を無駄遣いするのはやめてくれ」とプレッシャーをかけられたが、耳を貸さなくてよかったとペトルックは振り返る。
備えをしたことで、WeSoftYouはロシアによる侵略を切り抜けられただけでなく、山間部の地価高騰による投資効果も得られた。さらに重要なことは、戦禍の中でも同社は成長を続け、ウクライナの抵抗を支援するために十分なリソースを保てたことだ。
「備えをしておいて本当によかった。そのおかげで、2営業日で業務を90%回復することができました」とペトルックは言う。
同社社員80人のうち、全員がこれらの家やアパートに避難したわけではない。グローバル展開をしている同社には、すでにウクライナ国外にいた者もいたし、本社はキーウのビル21階に置いていたがパンデミック以降はリモートワーク優先の方針をとっていたからだ。とはいえ避難場所を確保しておいたことで、社員の間には「何かあったらあそこに行けばいい」という安心感が生まれた。
新しいインターネットサービス機器「スターリンク」を手にポーズをとるWeSoftYouのメンバーたち。
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初日から戦闘に巻き込まれた
多くのウクライナ人や技術者と同様、WeSoftYouもロシアの侵攻直後から自分たちのスキルを生かした対抗措置に出た。
例えば、多くの社員がウクライナの「サイバー軍」に参加した。それ以来、WeSoftYouははウクライナ軍向けのソフトウェアを開発している。また、ウクライナ軍に寄付をしたほか、防弾チョッキや暗視装置などの装備も提供した。
加えて、グローバルなネットワークを持っていたことが功を奏して、他の企業を活動に引き入れることもできた。
例えば、フリーランスと企業をマッチングするサービスを世界で展開するアップワーク(Upwork)に対しては、「世界の平和を守る」ためにロシアでの事業を停止するよう求める書簡を送った。アップワークとは以前仕事をしたことがあり、同社の規模の大きさやグローバルでの展開を知っていたからだ。この働きかけの甲斐あって、アップワークはその数日後にはロシアとベラルーシで業務を停止した。
WeSoftYouの創業者兼CEOのマクシム・ペトルック。
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未来志向でテクノロジーを活用
WeSoftYouは今、Web3の盛り上がりを活用しようと計画している。よく知られるNFTコレクション「ボアード・エイプ・ヨット・クラブ(BAYC)」のように、収集可能な複数のアバターで構成される「クリプトコサック・クラブ(CryptoCossacks Club)」の発売を準備中だ。
このNFTは間もなく発売となるが、同社は、そのうち50個をゼレンスキー大統領、ミュージシャンのジェリー・ヘイル、イーロン・マスク、ウクライナのデジタルトランスフォーメーション省関係者など、ウクライナを強くサポートしている政治家やインフルエンサーに贈る予定だという。
「こういうプロジェクトによって、ウクライナは『戦争』や『救いを求める犠牲者』というだけじゃなく、『何かを作り出す人たち』なんだと思ってもらえますから」とペトルックは話す。
ウクライナの防空壕の中で仕事をするWeSoftYou社員。
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困難な時ほど企業の弱点が見えるものだが、ペトルックは、戦時下でも同社が強くなっていることを実感しているという。ウクライナ企業の中には、侵攻によって顧客をすべて失ったところもある。WeSoftYouも、戦争開始前に持っていたいくつかの顧客とビジネスチャンスを失ったが、現在は新しい顧客を開拓している。また、ウクライナで引き続き採用活動をしており、10名の求人を募集中だ。
ペトルックは、「今はウクライナの企業と一緒に仕事しないほうがいい」という誤解も解きたいと考えている。この国にはペトルックのように、地上での戦闘には参加してなくとも「今も国をつくり、未来に向けて努力している人たちがたくさんいる」ことを世界に知ってほしいと考えているのだ。
「私たちが良い仕事をすればするほど、社員も私たちももっと寄付をすることができますから。そして、この国や経済、勝利のためにみんなで一丸となって働き、世界中の力を集められると思っています」(ペトルック)
(編集・大門小百合)