レザーは適切なメンテナンスをすれば、10年、20年使うこともできる。ただ、一部ヴィーガンレザーに代替されつつあるという。
撮影:菊地夏美
ファッション業界では最近、「ヴィーガンレザー」という素材が注目されている。
ヴィーガンレザーは一般的に、動物由来のレザーに代わる「非動物性」の素材として紹介されることが多い。食品廃棄物の再利用であることや、原料となる植物の持続可能性が高いこと、レザー(革)のために動物を殺す必要がないことなどから、「サステナブルな(持続可能性のある)素材」だと注目されている。
バイオ加工レザー(ヴィーガンレザーの一種)の市場規模は、2026年には8億6800万ドルに達するとも推計されている。
革靴に関わる仕事をしていた筆者は、昨今の「レザー=環境や倫理的に良くないもの」、と決めつける風潮に個人的に疑問があった。さまざまな種類や製法があるなかで、ごく一部のレザーにしか該当しない問題がレザー業界全体の話として大きく捉えられてしまっていることもある。
この記事では、ヴィーガンレザーとレザーを巡る状況をまとめてみたい。
あいまいなヴィーガンレザー「それって本当にエシカル?」
アディダス社の「スタンスミス」をはじめ、Hermes、H&M、土屋鞄など、数多くのブランドで「動物由来の皮を使わない商品開発」が進んでいる。素材メーカーやスタートアップ企業でも、新素材の開発が進む。
ただ、動物由来の皮を使わない素材と言ってもさまざまだ。
植物由来の原料100%からなる素材もあれば、魚類の皮を鞣(なめ)したもの、さらには石油由来ではあるものの「リサイクル素材」を使っているものなどもある。ただ、中には単なる石油由来の人工皮革や合成皮革を「ヴィーガンレザー」と称しているケースもみられる。
社会で「環境にやさしい」「サステナブル」といった言葉を用いた商品の訴求が増えている中で、実は、ヴィーガンレザーは「動物由来でないからエシカルである」という一面的な視点で捉えられていることが多い。
世界的にグリーンウォッシュが問題視される中で、海外では「ヴィーガンレザー」にも注意が必要だという報道が増えている。「動物愛護」という観点では確かに好ましかったとしても、石油由来の素材を使うなど、一定の環境負荷がかかるものもあるからだ。
サステナブルに唯一無二の正解はない
一般社団法人unistepsで理事を務めるマルティンメンド有加氏。
撮影:菊地夏美
ファッション・アパレル業界の持続可能性について教育・啓蒙をしている一般社団法人unistepsで理事を務めるマルティンメンド有加氏は、
「サステナブルファッションには正解があるわけではないんです。『オーガニックコットンが世界を救う』とか、これがあれば問題がすべて解決する、と言えるほどシンプルではありません。何をとっても“あちらを立てればこちらが立たず”ということが起こります」
と語る。
原材料や栽培方法、輸送、廃棄量、廃棄時は焼却するのか埋め立てるのかなどを含め、LCA(ライフサイクルアセスメント:製品の全工程で生じる一連の環境負荷)を考えるにしても、アパレルはサプライチェーンが長く把握しにくい。コットンやウールなどの自然由来の素材でも、正確に把握することは難しいという。
また、レザーの場合、コットン以上にサプライチェーンが複雑だとマルティンメンド有加氏は指摘する。
「畜産業も関連するのでレザー単体でLCAを考えることは難しいうえに、環境負荷だけでなく動物の殺生が関わるので倫理面でも問題提起がされます。さまざまな主張や意見がある中で、情報の交通整理をするための『レザーに関するガイドライン』の整備がヴィーガンレザーも含めて整っていない印象があります」(マルティンメンド有加氏)
また、グリーンウォッシュが多くなってきている現状に「気をつけなければ」とも語る。
レザーは、アニマルウェルフェアの視点から「動物に対して残虐である」と指摘されたり、牛のゲップに含まれるメタンガスが地球温暖化を助長するといった点から問題視されたりすることが少なくない。これが、ヴィーガンレザーが広がってきた背景の一つだ。
しかし、マルティンメンド有加氏の指摘する通り、必ずしも「レザーだから悪い」とは言えない現状もある。
命を活用する「タンナー」の仕事
山陽はピット槽を使った植物タンニン鞣しでレザーを作ることができる世界でも希少なタンナーの一つ。
撮影:菊地夏美
レザーは、動物の「原皮」(毛の生えた状態の皮)から毛を抜き、脂肪を削ぐといった下準備をした上で、植物タンニンやクロムなどを使って「鞣す」ことで最終的な製品として加工される。こういった製造工程を担うのが、いわゆる「タンナー」(皮革製造業)だ。
ただ、タンナーは、なにもレザーをつくるためだけに動物を育て、殺しているわけではない。レザーの材料となるのは、家畜を食肉処理する際に剥がした「皮」が基本だ。
むしろ、貴重な畜産動物の命をできる限り有効活用しようとしているわけだ。
兵庫県姫路市にある老舗タンナー・山陽の塩田常務取締役はこう語る。
「弊社では、材料となる皮は、食肉の副産物である原皮を100%使用しています。ワニやトカゲのようなエキゾチックレザー(※希少動物のレザー)を除けば、タンナーは基本的に食肉業界が捨てるものを活用しているんです」
※編集部注:エキゾチックレザーは倫理的な問題から、ハイブランドを中心に使用を止める企業がみられている。
国連食糧農業機関(FAO)の発表によると、2019年の食肉産業からは年間3億4000万枚の牛皮、7億3000万枚の羊皮、6億5000万枚の山羊皮が発生しているという。
2020年、アメリカの食肉加工業者や皮革加工業者などからなる協議会のLHCA(Leather and Hide Council of America)は、アメリカの税関、農務省、国勢調査の公開データをもとに、世界の牛皮の総供給量の55%が皮革のバリューチェーンに入り、45%が廃棄されていると推定している。FAOの数値に当てはめると、2019年には、1億5000万枚以上の牛皮が廃棄されていることになる。
原皮保管庫のようす。2022年7月1日付の日本食肉市場卸売協会の発表では、牛の原皮(1枚あたり平均約5㎡)の場合は、取引価格は1枚5~200 円だ。
撮影:菊地夏美
「革靴や革小物に限らず、車の内装や、椅子、ソファなどにもレザーは使われていますが、革製品が売れなくなると、食肉処理をした際に生じる皮は産業廃棄物として埋めたり、燃やしたりするしかなくなってしまいます。埋めると最終的には土に還るとはいえ、場所の問題もありますし、匂いの問題も挙げられます。革製品を作るよりも原皮を廃棄するほうが環境負荷は高くなります」(塩田常務)
LHCAでは、原皮を鞣して加工した方が、廃棄するよりも二酸化炭素の排出量を約5分の1に抑えられると試算している。
また、皮革業界では取引を続ける上で、国際認証の取得が不可欠になりつつある。国際的に認証取得が進んでいるLWG(レザーワーキンググループ)認証では、環境への配慮はもちろん、トレーサビリティや安全性の管理など、厳重な審査基準が定められている。
これはなにもタンナーに限った話ではない。皮革産業に関わる化学薬品を取り扱うメーカーや、機械や試験のサプライヤー、さらに小売業者まで、業界全体で普及が進んでいる。
国内でLWG認証を取得しているのは兵庫県たつの市にある繁栄皮革工業所の1社だけだが、塩田氏は、山陽もLWG認証取得に向けて排水設備への投資や、使用する薬品の削減などに積極的に取り組んでいるという。
「革は昔から人間の生活にあったせいか、ヴィーガンレザーのような新しいものが良しとされる流れは感じています。
レザーは、傷を塗膜で厚塗りして隠したり、防水機能の付与などをしたりする場合を除けば、(一部の)ヴィーガンレザーや合成皮革のように樹脂を配合することはありません。最も古いサステナブルな素材といっても過言ではないと思います。
人が生きるために牛や豚の命をいただいているからこそ、我々タンナーは皮まで活用できるようにします。言い換えれば、命を活用するのがタンナーの仕事ですね」(塩田常務)
「焼肉食べてヴィーガンレザー」はサステナブルか
ステラ・マッカートニーのブランド公式サイト。レザーのために動物を殺さないことや、PVC(ポリ塩化ビニル)製品の不使用を掲げている。
撮影:三ツ村崇志
生粋のヴィーガンで知られるイギリスのファッションデザイナー、ステラ・マッカートニーは、自身のブランドでレザーやファー、フェザー、膠(にかわ)を創業以来使用していないという。
ウールやシルクなどの動物由来の素材も、動物福祉と環境保全に取り組んでいる企業から調達することを徹底。自社としてもアニマルウェルフェアに配慮し、動物実験に反対していることを明言している。加えて、プラスチックの一種であるPVCを使わないことや、サプライチェーンの中でトレーサビリティを確保することなどについても、明示している。
しかし、肉を食べる文化が社会にある以上、皮革製品の材料はつねに生まれてくる。
実際、ヴィーガンの中には、「長く使える」という理由で皮革製品を手に取る人もいる。また、国連食糧農業機関によると、世界の一人当たりの肉の平均消費量もゆっくりではあるが年々増加している。つまり、今後もレザーの材料の供給は続く。
持続可能な産業を実現するために、私たちはどんな形の消費を進めていくべきなのか。
あなたが食肉を食べる背後には、必ず「皮」が廃棄されていることも忘れないでほしい。その上で、ヴィーガンレザーをあえて選ぶ必要があるのか? 正解が見いだしづらい問題だからこそ、ぜひ一度足を止めて考えてほしい。
(文、取材・菊地夏美)
※編集部より:注釈の表現を修正をしました。 2022年10月13日 19:00
※こちらの記事は、Business Insider Japanが開講したBIスクール「編集ライタープロ養成講座」の受講者が、編集部のディレクションのもとに取材・執筆したものです。