「伝説の投資家」ジェレミー・グランサム。1月の「スーパーバブル」発言時には、日本でも数多くのメディアがその警告を報じた。
Boston Globe/Getty Images
米資産運用会社グランサム・マヨ・バン・オッタールー(GMO)の共同創業者で投資業界のレジェンド、ジェレミー・グランサムは最新の顧客向けコメンタリー(8月31日付)で、米国株が置かれた状況の深刻度に疑問の余地なしと指摘している。
2000年のドットコムバブル崩壊を予測したグランサムは、米株式市場が1920年代以降で4度しか経験していない「スーパーバブル」状態にあるとの主張を繰り返し(初出は1月20日付の調査レポート)、インフレや金利上昇などが進んで以前より状況は悪化したと指摘する。
6月中旬から8月中旬にかけて、株価は力強い上昇を記録し(いわゆる「サマーラリー」)、年初来の下落分をある程度取り返すことに成功した。
しかし、グランサムによれば、スーパーバブル(株式市場のバリュエーションが過去の平均値から標準偏差2.5シグマ超の状態)は崩壊に向かって過去の事例とまったく同じ筋道を歩んでいるように見えるという。
過去3回のスーパーバブル(1929年の世界恐慌、1973年の石油危機、2000年のドットコムバブル)時はいずれも、最初の大幅下落から一度は40~60%の回復を見せ、その後再び下落するという流れをたどったからだ。
「S&P500種指数については、8月16日のピーク時点で、6月(16日)の安値から約58%の回復を見せています。現時点までの株価の推移を見る限り、過去に発生したスーパーバブルと不気味なほど酷似していると言うほかありません」
スーパーバブルの状況においては、こうした弱気相場からの一時的な回復はやがて勢いを失い、最終的には50%以上の株価下落が待ち受けている、というのがグランサムの歴史を踏まえた見方だ。
「ここでまず覚えておくべきことは、(過去の平均値から)標準偏差2シグマ程度の一般的なバブルと同じく、スーパーバブルも(成熟した株式市場であれば)必ずトレンドに回帰するということです。株価の上昇幅が大きいほど、下落幅も大きくなります。
もちろん、株価サイクルにはどれ一つまったく同じものはありません。それでも、あらゆる過去との比較を通じて言えるのは、今日時点ではまだ最悪の状況に至っていないということです」
(7月の米消費者物価指数で)8.5%という高インフレを沈静化させようと、米連邦準備制度理事会(FRB)が大幅利上げを続けているにもかかわらず、株式や不動産、債券などさまざまな資産クラスに割高なバリュエーションが広がったままで、その点、足元の状況は際立っているという。
グランサムによれば、FRBによる金融引き締めは景気の減速を後押しし、企業の業績ひいては株価を毀損(きそん)することになる。
自己資本利益率(ROE)、インフレ率および国内総生産(GDP)のボラティリティ(変動性)を踏まえて今後10年間の予想株価収益率(P/E)を計算するグランサム(GMO)のモデルに従えば、企業の業績にはまだまだ下がる余地がある【図表1】。
【図表1】GMOの予想株価収益率(P/E)計算モデル。右端が直近。GMOの予測(赤線)と現実(青線)にはまだ大きなかい離があり、その幅は2021年11月以降広がり続けている(右上の拡大部)。
GMO
50%超の株価下落はいつ起きるのか
ここ数週間あるいは数カ月の間に企業による業績見通しの下方修正が相次いでいる。
モルガン・スタンレー(Morgan Stanley)、バンク・オブ・アメリカ(Bank of America)、JPモルガン(JPMorgan)、ブラックロック(BlackRock)ら金融大手各社は、FRBのタカ派姿勢やドル高による輸出額の減少が想定されることから、高すぎる業績予想を引き下げる必要があるとしている。
例えば、バンカメは7月の顧客向けレポートで、企業心理の悪化は業績下落を示唆するものと指摘する【図表2】。
【図表2】S&P500種構成企業の景況感(センチメント)と四半期業績(1株当たり利益、前年同期比)の推移。
Bank of America
2022年第2四半期(4〜6月)の企業業績は、市場の一部が予想したほどには悪くなかった。それでも、FRBがタカ派路線を維持していることから、第3四半期(7〜9月)の決算シーズンは同じようにはいかないかもしれない。
FRBのパウエル議長は8月26日に米ワイオミング州で開催された年次経済政策シンポジウム(ジャクソンホール会議)で講演し、投資家が期待したハト派転換ではなく、バランスシートの縮小や利上げ、中立水準(現在の2.25〜2.50%)に達した政策金利を維持することでインフレ抑制への取り組みを続ける考えをあらためて語った。
ハト派転換に期待を寄せていた一部の投資家はパウエル発言を嫌気し、S&P500種指数はジャクソンホール会議前(8月25日終値)との比較で約6.5%下落した(9月2日終値)。
FRBが現行の政策スタンスを覆す可能性があるとすれば、それは労働市場が顕著な悪化を示したときだ。が、現時点ではまだそのような事態には至っていない。
米労働省が9月2日に発表した8月の非農業部門雇用者数は前月比31万5000人増、市場予想の30万人を上回った。7月の雇用者数(修正値)は52万6000人の増加だったので、ペースは鈍化した。
また、同じく8月の失業率は前月の3.5%から3.7%へと年初以来の上昇を記録し、半年ぶりの高水準となった(それでも歴史的な低水準で推移していることに変わりはない)。
一般消費財セクターにおける支出の減速や非農業部門求人件数の減少(ただし直近7月の速報値は4カ月ぶりに増加)など、景気減速の始まりを示唆する兆候は他にも出てきている。
そんなわけで、ジャクソンホールでタカ派姿勢を再確認したFRBがいつハト派転換するのか、現時点では何とも言えない状況が続く。
株式市場の行方について、グランサムはコメンタリーで具体的に言及していないものの、過去4度のスーパーバブル崩壊時に発生した50%超の株価下落との類似性は強調している。
S&P500種指数で言えば、1月3日に付けたピークが4800程度(終値4796.56)だったので、グランサムの予測通りなら2400程度まで下落することになる。
米ウォール街で「弱気派の代表格」とされるストラテジスト、バンカメの米国株・クオンツ戦略責任者であるサビタ・スブラマニアンですら年末の目標株価は3600としており、グランサムの予測はいかにも極端な数字とも思えるが……。
(翻訳・編集:川村力)