エジプトのギザで写真撮影をする観光客。ピラミッドは砂漠に囲まれており、どのようにブロックが運ばれてきたのかが長年の謎だった。2021年10月21日撮影。
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- 古代エジプト人は、現在の砂漠地帯に壮大なギザのピラミッドを建設した。
- 何トンもの重い石のブロックをどうやってピラミッドの場所まで運んだのか、長い間謎だった。
- 古代の花粉を追跡することによって、科学者たちは数千年前に消滅したナイル川の支流を発見した。
約4500年前にはギザの大ピラミッド群のすぐ近くを通っていたが、今は干上がってしまっているナイル川の支流を研究者たちが発見した。
この発見は、2022年8月29日、学術雑誌『米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences)』に掲載、発表されたもので、現在は砂漠になっている4マイル(約6.4キロメートル)の道のりを、古代エジプト人たちがどうやって何トンもの重いブロックを運んだのかを説明するものだ。
「このナイル川の支流がなければ、ここにピラミッドを建てることは不可能だった」と、この研究の著者で地理学者のハダー・シーシャ(Hader Sheisha)はニューヨーク・タイムズ(NYT)に語っている。
ギザのピラミッド群にあるスフィンクス像。2019年11月20日撮影。
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今なお科学者を悩ませる4500年前の驚異の建築物
カイロ郊外にあるギザのピラミッドは、その大きさと完璧な幾何学模様、複雑な装飾でエジプトの黄金時代のファラオの権力を示す役割を担っていた。
この遺跡群は3つのピラミッドとスフィンクスから構成されており、紀元前2560年から紀元前2540年の間に建てられたクフ王(Khufu)、カフラー王(Khafre)、メンカウラー王(Menkaure)の豪華絢爛な霊廟だ。
「大ピラミッド(Great Pyramid)」と呼ばれているクフ王のピラミッドは最初に建設されたもので、3つのピラミッドの中で最も大きく、石灰岩と花崗岩の推定230万個のブロックから構成されている。ナショナルジオグラフィック(National Geographic)によると、各ブロックの重さは2.5トンから15トンあるという。
大ピラミッドは「古代の七不思議」の中で最も古く、ほぼ無傷で残っている唯一のものだ。当初は約481フィート(約146メートル)の高さがあり、約4000年間、人工建造物としては世界一の高さを誇っていた。
しかし、ナイル川はピラミッドから4マイル(約6.4キロメートル)ほど東にある。この巨大な石のブロックをどうやってピラミッドの建設現場まで運んだのか、科学者や考古学者は長い間その謎に悩まされてきた。
ギザの三大ピラミッドは、ナイル川から約6.4キロ離れたところにある。
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難問を解明する支流の発見
科学者たちは以前から、エジプト人はブロックを水路で運んだのではないかと考えていた。
2013年に発見されたパピルスには、紅海近くにブロックを積み込んだ古代の港の位置が示されており、エジプト人がブロックを川に沿って運ぶ方法を知っていたことを示唆している。
他の発掘調査では、ピラミッドの隣に港が作られていたこと、また港の近くには入り組んだな水路が掘られていたことが示唆されている。
エジプトのギザのピラミッドの前を歩くエジプト人。2021年4月26日撮影。
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ナイル川が別のルートを辿っていたかどうかを調べるため、科学者たちはピラミッド周辺の砂漠を掘り、パピルスやガマなど水辺に生育する植物の花粉を発見した。
その結果、約4500年前のクフ王、カフラー王、メンカウレ王の統治時代には、ナイル川の支流がピラミッドに向かって伸びていたことが判明したのだ。
この支流は今はもう消失している。ニューヨーク・タイムズによると、干ばつに強い数種の草の花粉から、この川の支流はツタンカーメン王が権力を握った紀元前1350年頃まで、何世紀もかけて次第になくなっていたことが分かったという。
「環境についてより多くのことを知ることで、ピラミッド建造の謎の一部を解くことができる」と、シーシャはニューヨークタイムズに話している。
(翻訳:大場真由子、編集:Toshihiko Inoue)