台湾・宜蘭(イーラン)県蘇澳(スーアオ)鎮の海軍基地で演説する蔡英文総統。
Taiwan Presidential Office/Handout via REUTERS
アメリカの中国に対する「台湾カード」の勢いが止まらない。
ペロシ下院議長の台湾訪問に続き、超党派の米上院議員が台湾を同盟国にして攻撃用兵器を供与、在米機関の名称を「台湾代表処」に変えて外交特権を付与する「2022年台湾政策法案」を上程した。
提案通り法案が成立し、バイデン政権が履行すれば、米政府の「一つの中国」政策は完全に骨抜きにされ、米中間の新たな火種になる。
アメリカと台湾の軍事連携強化の先には、日米台「同盟」も視野に入ってくる。
中国にとっては「内政干渉の法制化」
7月中旬、「2022年台湾政策法案」を上院に提出したのは、リンゼー・グラム議員(共和党)とロバート・メネンデス議員(民主党)。2人は2022年4月に台湾を訪問、蔡英文総統とも会談し、法案内容を台湾側とすり合わせたはずだ。
「一つの中国」政策が空洞化されるだけに、バイデン政権も神経を尖らせ、米連邦議会は8月の審議入りを見送り、9月から法案修正の協議に入ることになった。
法案のうち、第1編「米国の対台湾政策」と第2編「米台の防衛パートナー強化と実行」が、台湾の事実上の国家承認と軍事連携強化を打ち出す内容だ。
法案の趣旨説明(101条)は「台湾の安全とその民主的、経済的、軍事的システムを支援し、海峡両岸の安定を促進し、台湾をインド太平洋経済枠組みに編入し、中国の台湾侵略を抑止する目標を確立する」とうたう。
一方の中国は8月10日、最新の「台湾白書」を発表し、アメリカを指す「外部勢力による干渉」を「台湾独立勢力」と並べて「主要矛盾」と位置付けた。
北京が今回の台湾政策法案を「外部勢力による内政干渉の法制化」と見なすのは間違いない。
公的交流を解禁、国家承認に近づく
条文をさらに詳しく見ていこう。
台湾政府の処遇(102条)は、「米政府に対し台湾の民主政府を台湾人の合法的代表として関与させ、米政府当局者は、台湾政府当局者との公的交流に対する規制を止める」と、これまで制限してきた当局者間の交流推進をうたった。
2018年、トランプ政権(当時)は米台高官の相互訪問を促進する「台湾旅行法」を成立させた。この法律に基づき、アザー厚生長官とクラック国務次官が2020年夏、相次いで訪台。
対する中国側は軍用機に台湾海峡の中間線を数回にわたって越境させたほか、軍事演習を繰り返した。「第4次台湾海峡危機」とも言うべき、現在の軍事的緊張の導火線になった。
今回の法案はさらに、「中華民国の国旗掲揚を含め、台湾当局に台湾主権を象徴する行動を慎むよう求めた、国務長官に対する行政指導を撤回するよう求める」(103条)と、国家承認とも受け取れる措置も提言している。
そして、中国側が強烈に反発しそうなのは104条だ。「台湾への事実上の外交待遇は他の外国政府と同等」と台湾に外交特権を与え、「国務長官に『台北経済文化代表処』の名称を『台湾代表処』に変更し、それに応じた調整を行うよう(行政機関に)指示させる」と書く。
名称変更については、蔡英文総統が2021年3月、バイデン政権に対し同様の名称変更を求めた。同9月には英フィナンシャル・タイムズが「バイデン政権が名称変更を検討」と報じたが、バイデン大統領は対中関係に配慮して最終決断をしていない。
同じ問題について、バルト三国のリトアニアが2021年「台湾代表処」の名称を使ったことに中国が抗議、外交関係を格下げして経済制裁を課す外交問題に発展している。
米政府が名称変更にゴーサインを出せば、代表機関を置く日本を含め、世界中に波及しかねない。
8月26日、蔡英文総統と会談したブラックバーン米上院議員(左)。ペロシ上院議長、マーキー上院議員ら超党派議員団に続き、8月だけで3度目の議員訪台。
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台湾を主要な同盟国に
第2編の米台軍事協力の強化も際どい。台湾の同盟化は213条に規定され、「台湾を主要な非NATO(北大西洋条約機構)同盟国に指定するため対外援助法を改正し、対外支援と武器輸出で特恵関税を与える」と明記した。
さらに、米軍による台湾への軍事訓練計画(206条)を定め、「台湾の防衛能力を改善し、軍隊の相互運用性を高めるための包括的な訓練プログラムを台湾と確立する」とうたっている。
また、台湾への「防衛的」兵器の供与を定める「台湾関係法」を、「攻撃用」兵器の供与まで可能にするため、「台湾関係法の改訂」(201条)を主張する。
米中両国は1982年8月の「第3の共同コミュニケ(声明)」で、台湾への「防衛武器供与を次第に減らし、問題を最終的に解決する」ことで合意した。今回の201条はこの合意違反になる。
中国政府は「3つのコミュニケ」を「中米関係の政治的基礎」としており、「一つの中国」政策の根幹が揺らいでしまう。
武器供与については204条で、台湾防衛能力の近代化を加速するため「4年以上にわたり45億ドル(約6300憶円)の対外軍事資金供与を承認する」と規定した。ただし、資金供与は「台湾が前年度比で防衛費を増やしていると証明した場合にのみ利用可能」とする。
米政府は9月2日、対艦ミサイルや空対空ミサイルなど総額11億ドル(1500億円)相当の台湾向け武器売却を決めた。軍産複合体は笑いが止まらないだろう。
ここで思い出すのは、エスパー米元国防長官が7月半ばに台湾を訪問し、蔡総統に対し、国防予算を国内総生産(GDP)比で3.2%へと倍増させ、「全民皆兵」に兵制変更する対中軍事力強化を要求したことだ。
台湾行政院は8月25日、2023年度の軍事費を総額5863億台湾ドル(約2兆6500億円)と、前年度比で13・9%増額する予算案を決定した。域内総生産(GDP)比では約2.4%、2022年度予算の1.65%から大幅に膨れ上がる。軍事費の増額はこれで6年連続になる。
台湾は2019年に徴兵制を停止したものの、中国との軍事的緊張が高まるなか、4カ月の軍事訓練に替えて1年の徴兵義務を検討するなど、兵制を年内に見直す予定だ。
軍事費の大幅増額と兵制見直しのいずれも、エスパー氏の要求に対する「回答」であることが分かる。
今回の台湾政策法案の太い柱の一つの米台軍事協力は、すでに実行に移されている。法案は水面下での協力を追認し、制度化する意味がある。
安倍元首相の「遺言」を継承
法案はさらに、国防長官に対し中国軍の侵略から台湾を守る「戦争計画の改定・報告の指示を要求」(202条)する。続く203条では、台湾と作業部会を設置し、侵略の効果的抑止を維持するための(兵器)購入計画や防衛の優先順位などを、共同評価し報告させるとした。
これで米台軍事協力は日米同盟並みになる。
こうした記述からは、岸田政権が年末に改訂する「国家安全保障戦略」などで、現在GDP比1%の防衛費を5年程度で2%に倍増させ、「敵基地攻撃能力」(スタンド・オフ・ミサイル、相手の射程圏外から攻撃できる)を保有するとの提言が想起される。
菅前首相は2021年4月の日米首脳会談で、台湾有事を念頭に日米安保の性格を「対中同盟」に変え、防衛費の大幅増額と日米共同作戦計画の策定に合意。岸田政権もこの路線を忠実に継承している。
その根底にあるのは「台湾有事は日本有事」とあおった安倍晋三元首相の「遺言」である。
今回の台湾政策法案を読むと、日本と台湾に対するアメリカの要求がほぼ同様であり、日台ともにそれに応じた安保政策をすでに進めていることが分かる。
台湾有事を念頭にした昨今の日米軍事一体化の動きと重ね合わせれば、アメリカの軍事情報サークルが視野に入れているのが、アメリカを要(かなめ)にした日米台同盟であることも見えてくる。
バイデン政権は2022年2月に発表した「インド太平洋戦略」で、台湾有事を想定し米軍と自衛隊の相互運用性の向上を目指し、日本など同盟国との「統合抑止」戦略を提起している。
日米台同盟を機能させるには、台湾を同盟国にし、戦争計画(共同作戦)、兵器支援計画、軍事訓練計画まで有機的に結合させる必要がある。
知日派の代表格、アーミテージ米元国務副長官は2022年6月、有事の際にアメリカ政府が台湾に武器などを供与する拠点を、「日本に置くのが望ましい」と述べたのも、日米台の同盟化がすでに動き始めていることを物語る。
日米台の同盟化で問われるのは、日本政府の姿勢だ。
9月末に「日中国交正常化50周年」を迎え、日中首脳協議に向けた水面下の調整が進む。石破茂氏ら自民党有力議員の訪台が続くなか、安倍氏の国葬に際して台湾代表をどう扱うかなど、岸田政権は台湾政策で微妙な舵(かじ)取りを迫られる。
(文・岡田充)
岡田充(おかだ・たかし):共同通信客員論説委員。共同通信時代、香港、モスクワ、台北各支局長などを歴任。「21世紀中国総研」で「海峡両岸論」を連載中。