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「ビジネスをうまく進めるには『選択と集中』が重要だ」。そんな話を聞いたことがある人は多いと思います。
スティーブ・ジョブズは古巣アップルに返り咲いた際、ビジョンもコンセプトも不明確な製品群をたった4つに絞り、徹底的に磨き上げることで同社を見事復活へと導いた、というエピソードはあまりにも有名です。
しかし実際はどうでしょうか。フォーカスすることが重要だと頭では分かっていても、それがなかなかできずに限られたリソースを分散させてしまっている……そんなリーダーを、私はこれまでにたくさん見てきました。自分の組織にも少なからず当てはまる、という方もおそらくいるでしょう。
なぜ、フォーカスした方が成果は上がると頭では分かっているのに、いざ実践しようとするとできなくなってしまうのか。これを克服してスティーブ・ジョブズのように(は言い過ぎにしても)フォーカスして成果を出すにはどうしたらいいのか。今回はこの点について考えていきます。
フォーカスできない組織の悲劇
フォーカスすることがなぜ重要なのかといえば、一義的には「ビジネスでは通常、限られたリソースを使ってデッドラインまでに成果を出すことが求められるものだから」です。さらに言うと、限られたリソース(人、金、時間など)を分散させると、結果として投資対効果が低くなるからだと私は考えています。
リソースを分散させてしまうと、1カ所に十分なリソースがかけられなくなります。また、リソースが分散した組織では人同士が協働しなくなったり、ひどいときは敵対しだすことさえあります。その結果、効果が大きく低減してしまうのです。
頭ではこのことが分かっているのに、なぜ多くのリーダーがフォーカスすることに失敗してしまうのでしょうか?
よくあるのは、上司から複数の目標を与えられており、それゆえ1つにフォーカスできないというケースです。あちらの目標を立てようとするとこちらの目標が立たずで、全部うまくやろうとしてどれも成果を上げられなくなってしまうパターンは「あるある」ですね。
もう一つは、目標達成が人事評価と結びついているため、自分の目標達成を最優先させているうちに「部分最適」(この場合は自分のチームだけが目標達成すること)に陥ってしまうというケース。これも実によく見かけます。
部分最適に陥った組織がどんな悲劇を招くか、こんな例で説明しましょう。
A社は、集客、営業、納品、CS(カスタマーサクセス)という4つの部門に分かれています。それぞれの役割は次のとおりです。
- 集客部門:見込み顧客を集める
- 営業部門:見込み顧客に対して営業活動を行い、受注する
- 納品部門:受注した顧客に対して商品を提供する
- CS部門:顧客満足度を維持・向上させて追加受注を図る
4つの部門はそれぞれ目標数値を追いかけています。このときに目標が1つだけならいいのですが、そういうケースは稀で、たいていどの部署も複数の目標を追いかけているものです。例えば集客部門なら、「集客は増加させてほしい。でもそれが商談につながらなければ意味がないので、商談数も追いかけてほしい」という具合です。
自部門の目標の数が多ければ多いほど、そしてそれを真面目に追いかければ追いかけるほど、自部門の中のことで頭がいっぱいになります。結果、ビジネスプロセス全体にまで注意を払えなくなってしまうのです。
集客部門は「とにかく見込み客を集めればいい、商談につなげられればいい」、営業部門は「受注さえできればいい」。各部門がこういう志向に陥ると、ビジネスプロセスの後工程にどんどんしわ寄せが行きます。
営業部門が「受注さえできれば」とオーバートークをした結果、納品部門は実際の商品とのギャップを説明するために大きな工数を費やす羽目になります。CS部門も話が違うじゃないかと不満を抱いた顧客の対応に時間を削られ、悪くすればメンタル的なダメージまで負ってしまいます。
こんなことが続くと、組織間の信頼関係は損なわれます。それだけではありません。顧客はビジネスプロセス全体で満足/不満を感じるものなので、情報連携不足の企業からは心が離れていきます。ましてや、部門間が敵対していたのではお話になりません。
「全体最適で考える」とはどういうことか?
ではどうすればよいのか。
まず大事なことは、フォーカスするのだと腹をくくること。次に、どこにフォーカスするかを決めること。このときに役立つのが、世界的なベストセラー『ザ・ゴール』でよく知られるエリヤフ・ゴールドラット教授が提唱した「制約条件理論」です。制約条件とはボトルネックのことです。実は私は、企業の業績拡大を支援する際はいつも、この制約条件理論を活用しています。
ゴールドラット教授の理論は、大きく次の5つのステップから成ります。
- ボトルネック(制約条件)を特定する
- ボトルネックを徹底的に活用する
- ボトルネック以外をボトルネックに従属させる
- ボトルネックの能力を向上させる
- 惰性に注意しながら新たなボトルネックを特定する
制約条件理論の最大のポイントは、ボトルネックを特定し、そこを強化することにフォーカスするということ。そしてここが重要なのですが、ボトルネックを担当する人(組織)は、ボトルネックを強化することだけに注力します。それ以外のことは、ボトルネック担当以外の人が代わりに支援し、実行します。例えば営業がボトルネックであれば、集客、納品、CSが支援するということです。
こうしてボトルネックの強化が図れたら、次なるボトルネックを特定し、それを強化して……という具合に、このプロセスを絶えず回していきます。このプロセスこそが、表現を変えれば「全体最適」を実現しているということに他なりません。
では、各ステップのポイントを順に見ていきましょう。
ボトルネックの特定は「ギャップ」に注目
まずは、どのプロセスにフォーカスして、どれくらい強くするのかを決めます。
下の図をご覧ください。左から順に集客、営業、納品、CSと、ビジネスプロセスの流れに沿って並んでいます。それぞれの高さは顧客の満足度や、期待できる量を表しています。
筆者作成
注目していただきたいのは図中の赤線です。これは顧客の期待値を表しています。「このレベルのクオリティなら満足できる」というラインですね。この例では、集客部門と納品部門は顧客の期待値を超えていますが、CS部門はギリギリ、営業部門は期待値に届いていません。
つまり、このケースでは営業部門がボトルネックだということが分かります。営業部門を赤線の閾値を超えるレベルまで強化することが第一に「フォーカス」すべきポイントです。
仮にボトルネックを特定しないとどうなるでしょうか? よくありがちなパターンは、成果が上がらないことを危惧したリーダーが、無自覚にボトルネック「以外」のところを頑張ってしまうというものです。
本当は営業部門がボトルネックなのに、「集客できないことには何も始まらないのだから、まずは集客にコストをかけよう」などと判断したとしたら……。
どれだけ集客を増やしても、営業受注率が低いのですから売上にはつながりません。しかも、集客が多いと営業工数が増え、顧客1人あたりの営業活動にかけられる時間が減ってしまいます。リーダーがよかれと思って下した判断が、逆に営業の受注率を悪化させる結果を招いてしまうわけです。
貴重なリソースを無駄な労力にかけないためにも、ボトルネックの特定はとりわけ重要なのです。
ボトルネックを特定する際、基本的には数字などの「事実」を見ながら判断することが望ましいです。例えば「集客→営業→受注→納品」といったステップごとの実数データや、次のステップへの歩留まり(CVR)などです。
業界やベンチマークにしている同業他社のデータが入手できるなら、そのデータと比較してCVRの「差」が一番大きいところ(ここがボトルネックになります)を見つけるのも有効です。
そのような外部データが入手できなければ、社内の部門間、あるいは個人間のデータを参考にしてもいいでしょう。ハイパフォーマー(高業績者)とミドルパフォーマー(平均業績者)を比較し、やっている活動の内容や順番のどこに違いがあるのかを見つけます。CVRの違いが大きいところほど改善の幅が大きいもの。それがCVRを向上させる具体的なアクションになります。
ボトルネックの部門は「それだけ」に専念させる
ボトルネックを特定できたら、次は「2. ボトルネックを徹底的に活用する」「3. ボトルネック以外をボトルネックに従属させる」……と次のステップへ進みます。
今回の例では、営業部門がボトルネックですから、営業部門が「営業活動」だけに専念できるよう、他の部門が協力します。
例えば、集客部門は商談になりやすい見込み客を営業部門につなぐ。納品部門は少しくらいの無理な受注でもきちんと納品する。CS部門はクロスセルやアップセル時に営業の手間をかけずに受注活動をする。こうやって営業部門を全面的に支援するのです。
もしも営業部門の人員が不足していたら、営業部門以外の3部門からリーダーなどを異動させて強化するのも一つの手です。人事や管理部門は、優秀な人材が採用できたら営業部門に優先的に配属するなど“えこひいき”してもいいでしょう。
こうして強化した結果、営業部門がボトルネックではなくなったら、次はCS部門の強化にとりかかります。
筆者作成
このように、「フォーカスする」とは言い換えれば、一番弱いところ(改善すると成果に影響がある)を順番に強化していくことに他なりません。
新型コロナ第7波で医療現場が逼迫し、すべての患者の発生届を処理する事務作業が追いついていない、という報道がありました。医療従事者が事務作業に追われて疲弊し、本来の医療行為に十分な時間が割けないとのことでした。
そこで国は、患者の全数把握を不要とする判断をしました。ボトルネックが医師であるとするならば、これは正しい判断です。しかし、もしもその事務作業が本当は必要なものだとしたら、国の判断は適切ではないことになります。その場合は、医療従事者から事務作業をはがして、代替することを検討するのがポイントです。
このように医療の現場であっても、先のA社の例と同じくボトルネックを正しく特定することが重要である点は変わりありません。意外と応用範囲が広いこの制約条件理論、ぜひ皆さんも活用してみてください。
※次回は2022年10月14日公開予定です。
(連載ロゴデザイン・星野美緒、編集・常盤亜由子)
中尾隆一郎:中尾マネジメント研究所代表取締役社長。1989年大阪大学大学院工学研究科修了。リクルート入社。リクルート住まいカンパニー執行役員(事業開発担当)、リクルートテクノロジーズ社長、リクルートワークス研究所副所長などを経て、2019年より現職。株式会社「旅工房」社外取締役、株式会社「LIFULL」社外取締役、 「ZUU」社外取締役、 「LiNKX」株式会社非常勤監査役、株式会社博報堂テクノロジーズ フェロー、TEPCOフロンティアパートナーズ投資委員も兼任。新著に『1000人のエリートを育てた爆伸びマネジメント』『世界一シンプルな問題解決』がある。