政府が男女の賃金格差を公表するよう企業に義務づけた。「女性活躍推進」や「人的資本経営」など、格差の是正や社員への投資の重要性が叫ばれる一方で、これまであった働き方がなくなろうとしている。
大手銀行や生保はすでに一般職を見直し
「女性活躍」が謳われて久しい。そんな中、企業の人事担当者が頭を抱えるのが「一般職女性」の存在だ。
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ある企業の人事部から「一般職をなくしていきたいと考えている」と相談を受けた。「IT化が進み、事務処理をする人材を20年〜30年と雇用し続ける必要性を感じなくなった。正社員には利益を生む仕事を担当して欲しい」というのだ。
「一般職」とは事務作業などを担い、地方転勤もない勤務形態を指す。日本企業では主に女性を対象に、「総合職」と区別した「コース別人事」制度を設けてきた。
しかし近年の急速なIT化、RPA(ロボティックプロセスオートメーション)の導入などにより、定型的な事務作業が効率化され、そのニーズは減少。
2017年には明治安田生命や豊田通商が一般職を廃止。2020年には三井住友銀行、2021年にはみずほフィナンシャルグループが一般職から総合職への統合を行っている。
大手企業を中心に進んできた一般職の見直し。この動きに拍車をかける可能性があるのが、男女の賃金格差の公表について定めた、2022年7月に施行した改正女性活躍推進法だ。
1人当たり報酬の男女格差の国際比較。
出典:財務総合政策研究所
これにより労働者が301人以上の企業は、「全労働者」「正規雇用労働者」「非正規雇用労働者」の3つの区分ごとに、男性労働者の賃金の平均に対する女性労働者の賃金の平均を割合(パーセント) で公表するよう義務づけられた。
2022年に財務省のシンクタンクである財務総合政策研究所が公表した「男女間賃金格差の国際比較と日本における要因分析」によると、同比率は2015年時点で約59%。G7平均(カナダ除く)は約82%で20ポイント以上の差がある。国際的に見て日本の男女の賃金格差は大きく、今回の法改正は、各企業に対して男女の賃金の現状を数値化、公表させることにより女性労働者の賃金をアップさせる狙いがあるといえる。
男女格差が拡大して見える理由とさまざまな歪み
改正女性活躍推進法で情報公開の項目が変更される。
出典:厚生労働省HP
男女の賃金格差の開示でなぜ一般職がなくなるのか?疑問に思う向きもあるだろう。
総合職と一般職では働き方が異なるため、賃金などの待遇も異なる。一方で、前述の女性活躍推進法による情報公表では、企業が正社員のなかに総合職・一般職の区分を設けていても、原則は公表項目には含まれていない※。
※任意記入の説明欄を利用し、補足事項として社員区分別に追加情報を公表することは可とされている。
そのため正社員区分では賃金水準の低い一般職を含む女性正社員の賃金が低く算出され、結果的に男女の賃金格差が数字として大きく広がって見えることになる。
女性活躍がうたわれる昨今、男女の賃金格差が大きいことが企業イメージに悪影響なのは言うまでもない。
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また長年、筆者は企業の人事制度のコンサルティングを行ってきたが、現場担当者から
「一般職社員から“自分と同じような仕事をしているのに総合職のほうが給料が高いのは納得がいかない”という意見がある」
「現場をまとめている一般職Aさんは総合職B君を指導しているが、給与はB君の方が高い。Aさんもそのことは知っていながら続けてくれているが本音はどうだろう」
「新たな付加価値を生み出せていないにもかかわらず年功序列で昇進している総合職よりも、業務を誤りなく着実にこなすことができ、教育による伸びしろにも期待できる一般職に報いたい」
などの声を聞いてきた。労働への対価のはずの給与に、総合職・一般職という区分の存在がねじれを生じさせている。
適切な人材配置と対価、リスキリングなど人的資本の観点からも、何かしら手を打ちたいと考える人事担当者は多い。 男女の賃金格差の是正に加え、人的資本経営、技術革新による効率化など、昨今の企業改革が結果的に女性社員の多い「一般職の淘汰」につながるのだ。
一律に総合職へ統合するのがNGな理由は
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それでは企業はどうしたらいいのか。まずは以下のことを考えてほしい。
- 一般職社員の多くはフロントで数字的責任を負いたくない意思があり、サポートを得意とする自覚と誇りがある。
- 一般職社員の女性の多くは、結婚・妊娠・出産を考慮し、キャリアよりもワークライフバランスのとりやすさを重視して従事している可能性が高い(特に、転居を伴う異動(以下、転勤)がないことは重視されやすい)。
- 総合職社員は業務範囲も広く、節目での教育・研修機会を得ることが多いが、一般職社員は特定業務のみで教育の機会も少なく、同期でも保有知識やスキルに差がある。
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このように一般職女性の多くは業務内容や働き方を「自ら選択」して、一般職として働いているのであり、そもそも総合職としてのキャリアを希望していないことも多い。単に一般職を廃止して全員一律に総合職への転換を図っても、うまくいかないだろう。
今回の女性活躍推進法の改正による情報公開の義務化は、長い目で見れば男女の賃金格差の是正に大きく貢献するはずだ。一方で賃金格差ばかりに焦点が当たり、女性が自分の意思に沿って活躍できる場を奪う要因になってはならない。
これを好機と捉え、「一般職」とくくられ女性にのみ閉ざされてきた働き方の条件を可視化し、企業が適切に対応する。そうして男女かかわらず人生が豊かになる働き方を実現すべきだ。
解決策1:総合職への吸収合併
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具体的にどのような解決策があるのか。まずは一般職全員が総合職へ転換し、総合職の給与テーブルを用いて該当等級の給与を適用する方法だ。上を目指す意思を持った元一般職社員にとっては、給与の上昇幅や上限が上がるためチャンスとなり、企業側にとっても喜ばしい変化となる。
ただし前述のとおり一般職は総合職社員と比べて保有スキルや知識に差があるため、下位等級に位置することになりやすい。管理者の指示の元、業務内容や量をコントロールしながら従事することになるだろう。
また転勤制度の適用問題が起きる。先のライフイベントを見据えていた女性にとって大きな不安・不満となり、モチベーションのダウンや人材の流出につながる恐れがある。
解決策2:準総合職(エリア限定勤務)の導入
こうした転勤問題への対応策として「準総合職」の導入がある。業務内容は総合職と同じだが、地域限定勤務とし、総合職と同じ等級数および評価基準で運用し、給与テーブルのみ準総合職用に水準を下げて用意するのだ。転勤がないため、ライフイベントへの考慮はできる。
一方で、実際は長期間転勤していない総合職社員と同じ仕事をしていても低い給与となるため、不満につながりやすい。
類似の別策として、全員一律に総合職社員に移行するものの、社員が企業側に事由を申請し、承認されれば一時的に転勤を保留できる「転勤保留型」がある。制度設計時には、申請・承認条件の設定と、転勤保留期間の給与を下げるか否かを検討する。
給与を下げる場合には準総合職と同様の給与差問題は発生するが、自身の選択で転勤保留を解除すればその時点から給与も戻すことができる。給与を下げない場合、他の社員が転勤リスクのない社員と同じ給与であることに不満を覚えることがあるため、育児勤務や介護勤務中の場合など、転勤ができない理由を適用条件とする必要があるだろう。
解決策3:職務型制度(ジョブ型制度)の導入
そして近年話題となっている職務型制度、いわゆる「ジョブ型」制度を導入し、職務内容や役割に応じた給与とする方法もある。導入時は一般職だけではなく、総合職を含めてジョブ型制度に移行。各等級の職務内容や期待役割を一貫して定義し、それに応じた給与を設定する。
個々人の価値観に応じてさまざまな働き方が可能になるため、総合職と一般職という垣根をなくす一策になり得るだろう。
(文・辰巳綾夏)
辰巳綾夏:クニエ、人材マネジメント担当シニアコンサルタント。大手外資系コンサルティング会社にて会計×ITコンサル経験を経た後、人事分野へ移行。人事制度改革、人材育成企画構想等を中心に従事。社員区分や等級の再編、評価・報酬の改定・導入に加え、中長期に渡り社員の育成・成長を支援する。また2児の母として、女性が生涯働くためには企業・自身ともに柔軟で多様な対応が必要であることを日々強く感じている。