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ベルリンに拠点を置くロケット・インターネット(Rocket Internet)は、長年にわたってドイツのテックエコシステムの最前線にいたスタートアップインキュベーターだ。
時価総額58億2000万ユーロ(約57億7000万ドル)のファッション小売業者ザランド(Zalando)や、2015年にデリバリーヒーロー(Delivery Hero)に買収された宅配会社フードラ(Foodora)など、注目すべきスタートアップを輩出した。
ロケット・インターネットはこのように大きな成功を収めたが、物議も醸し、2020年には6年にわたった上場を廃止した。すでに成功しているアメリカ企業のコピー品製造業者にすぎないと揶揄されることも多い。
しかし現在、ヨーロッパ最大の経済圏であるドイツには、バリュエーション10億ドル以上を誇る新たなユニコーン企業が数多く存在している。チャレンジャーバンクとして名高いN26、ネオブローカーのトレードリパブリック(Trade Republic)、保険スタートアップのウィーフォックス(WeFox)、モビリティ企業のティア(Tier)などはすべて、躍進するスタートアップの拠点としてドイツの評判を高めることに貢献している。
ベンチャーキャピタル(VC)であるヘッドライン(Headline)創業パートナーのクリスティアン・レイボルド(Christian Leybold)は、ベルリンの現状をこう見ている。
「ベルリンをエコシステムとして見た場合、スタートアップの資本と人材がようやく『循環』し、エコシステムに留まる段階にあります。ベルリンは今、常に新しい起業家と新しいサクセスストーリーを生み出しているのです」
高まる起業の機運
ベルリンは日頃からエンジニア不足、資金不足、政府支援不足に悩まされているが、これはヨーロッパではよくある話だ。また、ドイツには従業員のストックオプションに関する複雑で面倒な税制があるため、技術系労働者のインセンティブにもつながりにくい。
こうした状況にもかかわらず、ベルリンのテック・エコシステムが活況を呈していることを示すいくつかの兆候がある。ディールルーム(Dealroom)のデータによれば、ドイツのテック系スタートアップは2021年、894件もの記録的なディールで184億ユーロ(約2兆6000億円、1ユーロ=142円換算)の資金を調達している。2020年の71億ユーロ(約1兆円)からの増加であり、その大部分はベルリンが占めている。
また、テスラやアマゾンもベルリンに大規模な事業所を開設した。長年なかったベルリンとニューヨークを結ぶ直行便もついに開通した。さらに、ベルリンは成功した企業から生まれた新世代の起業家たちからも恩恵を受けている。
N26の元社員で、現在はフィンテック企業フィンミド(Finmid)のCEOを務めるマックス・シェルテル(Max Schertel)は、Insiderの取材に対して次のように語る。
「何か新しいことを始めようという人に対して、みんながあぁそうなんだねと思えるようになりました。N26に限らず、いろいろな事例があるってことを多くの企業がいま証明している。結果的に、人材も集まってくるはずです」
最近、インデックス・ベンチャーズ(Index Ventures)から資金調達をしたベルリンのフィンテック企業トピ(Topi)の共同創業者シャーロット・パルア(Charlotte Pallua)は、アメリカからの投資が期待できなかった5年前であれば、今のようにベルリンで起業することはできなかっただろうと話す。
「僕らはサンフランシスコ流のやり方で古いマーケットを破壊しようとしているんです。以前のベルリンには、関連する投資家のエコシステムがなかったし、フィンテック企業や起業家仲間とつながるネットワークも弱かった」
使えないストックオプション
ドイツの平均的な技術系労働者の所得は、アメリカや他のヨーロッパ諸国の労働者よりも低いと見られている。これは、ドイツの従業員持株制度が比較的限定的であることが一因であり、それが人材獲得の妨げになっていると、ヘッドラインのレイボルドは言う。
現在の制度は、ストックオプションに対して実質的に二重課税をしている。ストックオプションはドイツの税制では「ドライインカム」として扱われる。他国で一般的なキャピタルゲイン税は、IPOなど流動性のあるタイミングで課税されるが、ドイツのストックオプションは給与のように受け取った時点で課税される。これは従業員だけでなく雇用者にも負担となるため、スタートアップでは利用されないことが多い。
「ほとんどの企業は、仮想オプション付きの株式(VSOP)を社員に付与していますね。でもこれだと株式を保有しているという自覚がないし、国際的にも理解されないし、個人レベルではさらなる税負担が発生してしまうのが現状です」(レイボルド)
これは、税制上の問題を回避するため、実際のオプションの代わりに架空の保有感を与えるものであるためだ。この制度は、国際的な裁判所はもちろん、ドイツの裁判所でさえも法律上の曲解だと認識している。
ストックオプションの種類は、法域や企業によって異なる。アメリカでは、従業員は一般的にインセンティブストックオプションを受け取るが、これは長期的なキャピタルゲインとみなされるため、税制上有利な扱いを受ける傾向にある。ドイツでは、いわゆる仮想株式の価値に見合った将来の現金賞与が支払われることになるが、これは所得として課税される。
Insiderが取材した起業家や投資家は、現政権はテック業界のニーズを理解して動いてはいるものの、その進捗進は牛歩の歩みだと感じている。ドイツの経済大臣は、スタートアップ向けに100億ドルの投資ビークルに公的資金を投入する計画や、年金基金にVCへ投資するよう促す計画を打ち出したが、後者は8月に見送られた。
隣国フランスでは政府がテクノロジーを主な優先事項と位置づけているし、ロンドンはEUから離脱したとはいえフィンテックのメッカとして人材ハブとして機能している。こうした例と比較すると、ドイツの人材誘致能力はあまりにも心細いと、取材に答えた4人のCEOたちは口をそろえる。
IT投資会社アトミコ(Atomico)が関わるState of European TECH 21の報告書によると、ベルリン企業への投資金額は2020年から2021年にかけて29億ドルから71億ドルへと前年比150%増加し、ベルリンはロンドンに次いでヨーロッパ大陸で2位となった。
あるフィンテック創業者は、Insiderに次のように語る。
「シリーズDからIPOまで行ったことのある人材がいないので、ベルリンで業界トップになるのにはまだ少し寂しい状況です。サンフランシスコ、ロンドン、ニューヨークとどうやって競争すればいいんでしょうね。でもまあ、その差は思ったより早く縮まっているとは思いますよ」
(編集・常盤亜由子)