国民の幸せが最優先「国民総幸福量」で確立したブータン王国の地位

2022年6月15日、公益財団法人旭硝子財団は、第31回のブループラネット賞受賞者を発表した。受賞者の一人、ブータン王国の元国王ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下は、GNPに代わる国づくりの新しい指標、国民総幸福量(GNH)を示し、旧来の国家観に一石を投じた。ワンチュク陛下の思想とその背景、理想の社会像などについて、ブータンに詳しい日本GNH学会会長の松下和夫・京都大学名誉教授に聞いた。

美しき仏教の国の実態

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日本GNH学会会長の松下和夫・京都大学名誉教授

ブータン王国は、1907年に成立したヒマラヤの麓に位置する小国である。人口は約75.4万人、面積は日本の九州と同じぐらいで、北の中国、南のインドに挟まれている。チベット仏教を国教とする仏教国であり、獣害に悩まされながらも人々は野生動物に対して一切殺生をしない。

「最近は自動車が増えているにもかかわらず、道の真ん中にまったく平気な様子で犬が寝転がっています。日本だと野良犬扱いとなるのに、ブータンでは地域の“コミュニティドッグ”であり、街のみんなで面倒を見ている。だから犬も安心しきって寝ているのです」と、松下教授はブータンの平和な様子を語る。

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チベット仏教を国教とするブータン王国は人にも生き物にも優しい。日本でいう「野良犬」も、ブータンでは地域の「コミュニティドッグ」として平和に暮らしている。

人々は穏やかで優しく、自然は美しい。憲法により「国土の6割以上を森林とする」と定められており、実際に国土の約7割が森林に覆われている。

エネルギー面でも極めてクリーンである。世界各国が何とかゼロ・エミッションを達成しようと努力する中、ブータンは既に世界で唯一、「ゼロ」を超えた「ネガティブ・エミッション」を実現している。

すなわち国民が排出するCO2量より、自然が吸収するCO2量の方が多いのだ。これは豊かな森林と、高低差の大きい土地柄と、豊富な水を活用した水力発電のおかげだ。水力発電は国内の電力需要を賄うだけでなく、インドへもクリーンな電力を輸出して隣国のCO2削減を手助けしている。

何よりも国民の幸福を望む

ブータン王国の写真

ブータン王国の国土の7割を森林が占める

Kardd/Getty Images

「第3代国王の急逝で、17歳という若さで第4代国王となった、ジグミ・シンゲ・ワンチュク陛下は、国をどのように治めていけばよいのか大いに悩まれました。

そのため、国内各地を訪れては人々との対話を重ねて目指すべき国の姿を模索し続けてきました。その結果到達したのが、国民が望むものは、突きつめれば幸せだとの答えだったのです。

国王ご自身が国家計画委員会の議長に就任し、経済計画の策定に取り組むことになりましたが、当時は基本的な統計も全くない状況でした。そこで経済成長率にこだわらず、ブータンの豊かな自然や、伝統的な宗教や文化、そして麗しい人と人との結びつきを生かし、ブータン国民の満足度、さらには幸福感を維持・向上させることが最も大切なことであるとの趣旨の哲学として、GNH(国民総幸福量)の概念が出てきたのです。

その後、外国人記者からの取材の応じた際の“GNP(国民総生産)よりGNHが重要”との陛下の発言が世界に広がり、ヒマラヤの小国に過ぎなかったブータンが、世界中から注目を集めるようになったのです」(松下教授)。

幸福を感じる人には次の2つのタイプがある。自分が成功して他人より上に立てたときに幸せを感じる人と、自分の周りの人たちが幸せだから幸せを感じる人だ。

ブータン人に根付く価値観は後者である。家族を含め自分の属するコミュニティが幸せであれば、自分も幸せを感じる。だから地域に暮らす犬までも大切にする。

国民の幸せを向上させるのが、ブータンの国づくりの根幹である。もちろん最低限の物の豊かさは必要だが、だからといって例えば外貨獲得のためにチーク材を伐採して販売したりはしない。美しい森林を守りながら、国民の幸福量を高める方法を考えるのがブータンのやり方だ。

ワンチュク陛下がGNHに込めた思いは、家族や地域社会の絆、人と自然の和、国民が共有できる歴史、文化などの大切さです。幸せは物質だけでは得られないのです」(松下教授)

ブータンはGNHを単なるスローガンに留めることなく、それを実現するために現実の政治や行政の仕組みを変革し、制度化していった。

「GNH」はブータン王国のステータスを高めた

ブータン王国の写真

ブータン王国はチベット仏教を国教としている。

Buena Vista Images/Getty Images

ワンチュク陛下は、まず自らが国王を務める旧来の体制そのものの変革を断行した。絶対君主制を廃して立憲君主制へと移行、国王はあくまで象徴にとどめる。そのうえで新たな憲法を制定し、国民によって選ばれる政府へと体制そのものを大転換した。

2008年に制定された同国の憲法9条には「政府の役割は、GNHを追求できるような諸条件の整備にある」と明記されている。GNHとは、国を治める哲学であり、実践に適用する経済理論であり、実際的な政策上の目的でもある。

「GNHには4つの柱が定められています。持続可能で公平な社会経済的発展、環境保全、文化と伝統の維持・振興、よいガバナンス(統治)です。これらはさらに、生活水準、健康、教育、生態学的健全性、文化、心理的幸福、ワークライフバランス、地域の活力、よき統治と9つの領域に分けられ、実際の政策に落とし込まれていきます」(松下教授)

ブータンでは2年ごとに国勢調査が行われ、実際の政策が国民の幸福に貢献できているかどうか調べている。その結果、例えば2005年の国勢調査では、国民の97%が「幸せ」と回答していた。まさにGNHに基づいて政策が立案され、それが実行された結果として、国民が幸せを実感している。

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GNH指標の9分野(生活水準、健康、教育、生態学的健全性、文化、心理的幸福、ワークライフバランス、地域の活力、よき統治)

ブータンのGNHは、国際社会における同国のブランドイメージともなっている」と松下教授は指摘する。国内に止まらず、GNHを世界に積極的に働きかけているのだ。

例えば国連でSDGsの議論が行われた際には、GNHの考え方を反映させるべきだと主張し、COP26ではカーボンネガティブの実現と維持をアピールして国際社会から高く評価された。今後は太陽光発電を増やして電気自動車を導入し、国全体でEV化を進める方針も発表されている。GNHの国、ブータンの国際的な認知度は高まっている。

「幸せは和から生まれる」

ブータン王国の写真

ブータンの子ども達

Sergio Pessolano/Getty Image

国内施策では教育と医療に重点を置き、国民はどちらも無償で受けることができる。小学校から英語をベースとした教育を行っているので、多くの人が英語を普通に話す。大学まで無料で進学でき、卒業後の職としては公務員、教員、観光ガイドなどを選択可能だ。

若者たちは普通にインターネットにアクセスし、世界の動向をリアルタイムに理解している。コロナ禍によりブータンでもテレワークが導入されるようになったおかげで、地方で伝統的な暮らしを送りながら先端的な仕事をこなす若者も出てきた。

「とはいえ問題がまったくないわけではありません。一例をあげれば食料自給率の低さがあります。国民の65%が自給自足農家でありながらも、自給率は60%ぐらいに止まり、主食の米はインドやバングラデシュからの輸入に頼っています。国内の土地に高低差が大きいため、耕作可能地が国土のわずか8%に満たないからです」(松下教授)

外貨収入の大半はインドへの売電と観光によるものであり、その他は海外からの援助に頼っている。ただ援助の受け入れにも独自の戦略があり、米中といった大国には頼らず、日本、デンマーク、スイス、オランダなどからの経済協力を受け入れている。もとより小国であり、特に北からの軍事圧力に対しては、国際社会に守ってもらう意識も強い。

またGNHを重視するからといって、GDPを無視するわけではないのがブータンの特徴である。実際に2005年から2010年にかけては、GDPの年間成長率として平均8.7%を達成している。

そんなブータンから、国際社会は何を見習うべきだろうか。

「まずは経済的な発展と、文化・自然・伝統などの架け橋としてGNHを捉える視点です。そのうえで経済成長を求めながらも、身の丈に合ったレベルを意識する心構えでしょう。ブータンの人々の暮らしぶりを見ていると、多様な生き方を認めながら物質的な満足は抑制しつつ、何より自然との調和を大切にする考え方が伝わってきます。

電気自動車を導入したり、インターネットが普及していたりと、世界の最先端の知識や動向を取り入れながらも、地元で家族や友だちとの和を大切にして地に足のついた生活を送り、幸せに過ごしています」(松下教授)

私たちの意識はいま、経済的な発展を追求する一方で犠牲にしてきたものに向かい始めている。人との和、自然との和──ブータンから学ぶべきは「和」を通じた幸せの実現であるといえそうだ。


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