家族とともにマドリードを観光するニック・ジークロペス(中央)。
Courtesy of Nick Ziech-Lopez
ニック・ジークロペス(Nick Ziech-Lopez)は、子どもの頃からの夢だった海外生活を実現するには今しかないと確信していた。現在32歳のジークロペスには未就学児の娘がいるが、彼は今、妻とともにヨーロッパに「プチ移住」をするチャンスをつかんだのだ。
「子どもの頃、ミュージカル『パリのアメリカ人』を見て、自分もいつかヨーロッパに住むんだと想像したものです。今なら、期間限定ではあるけどそれができるなと思って」
ジークロペスはアトランタを拠点とするマーケティング・ソフトウェア会社EnablixのCMO(最高マーケティング責任者)を務めており、幸いなことに同社は「Work from Anywhere(どこからでも働ける)」制度を掲げている。
もともとはアメリカ東海岸のジョージア州で働いていたが、今彼はスペインの首都マドリードのアパートメントからリモートワーク勤務している。このマドリードでの3カ月の滞在は、本格的な移住に向けた「プチ実験」のつもりだ。
倍増するデジタルノマド
週末にスペイン・マラガのジブラルファロ城を観光する3人。
Courtesy of Nick Ziech-Lopez
多くの人にとって、ジークロペスの体験は夢のようなシナリオかもしれない。だが、新型コロナウイルス感染症が巻き起こしたリモートワーク革命を受けて、Spotify、Lyft、Airbnbなどさまざまな企業が「Work from Anywhere」制度を展開している。
「デジタルノマドビザ」を発給してまで旅行好きな人々を引きつけようとしている国もあるし、ヨーロッパの中には永住希望者向けの施策として、不動産を購入した移民に「ゴールデン・ビザ」を発給している国もある。
移住の理由は、純粋な冒険心から住宅価格の安さを求めるものまで、さまざまだ。バークシャー・ハサウェイ・ホームサービシズによると、ヨーロッパに住宅を購入したアメリカ人とカナダ人の数はこの夏時点ですでに増加が見られたという。
サザビーズ・インターナショナル・リアルティのレポートを引用する形でブルームバーグが報じたところでは、ギリシャ移住に関心を持つアメリカ人の数は前年比で40%も上昇したという。
また、ウォール・ストリート・ジャーナルが引用したMBOパートナーズ(MBO Partners)の調査では、デジタルノマドの数は2019年の700万人から2021年には1500万人と、2倍以上増えている。
今の家を引き払って海外に移住することを夢見るのは簡単でも、現実に実行して未知の世界に飛び込むのははるかに難しいものだ。そんなときには、実際に「Work from Anywhere」をやってみたジークロペスのマドリードでの滞在記録が参考になるだろう。
現地での1日の過ごし方、仕事とプライベートのバランス、この滞在でどんなことを得られたかなどを教えてもらった。
午前8時~正午
午前中は娘と近所で過ごす。
Courtesy of Nick Ziech-Lopez
ジークロペスの一家は、マドリードのアルゲジェス地区にある1ベッドルームアパートメントを1カ月1800ドル(約25万5000円、1ドル=142円換算)で借りて暮らしている。この地区にはショップやバーが立ち並び、近隣には公立の総合大学もある。なお、ジョージア州アトランタの自宅は売却せずに保持している。
ジークロペスはアメリカ東部時間に合わせて働いている。時差はスペインのほうが6時間早いため、朝はコンピューターから離れて娘との時間に充てている。
朝は娘と一緒に地元のカフェに行ったり、公園で遊んだりして過ごす。マドリードの緑地は印象的だとジークロペスは言う。そののどかな朝が、娘にとっては新鮮な学びの時間になっている。
「娘は一日の大半、ひたすら外遊びをしながら学んでいます」
正午~午後8時
公園から戻ると、今度は妻が娘の相手を引き受ける。ジークロペスの妻は経営コンサルタントの仕事をしているが、この滞在のために長期有給休暇を取得した。
ジークロペスが仕事に取りかかるのはアメリカ東部時間の朝6時台。同僚はまだほとんど業務を始めていないので、実質的には一人で黙々と仕事をする時間が圧倒的に長い。同僚と会話もせず何時間も過ごすようになったことが、これまでの滞在生活で感じた最大の変化だ。
「たまに孤独を感じることもありますよ」
東海岸にいる同僚との打ち合わせは、たいていマドリードの午後遅くから夜間にかけて行われる。時差に合わせて働くことは今のところ気になっていないという。
午後8時〜午後10時
ジークロペスが業務を終えるのは、アメリカ東部時間ではまだ午後の時間帯だ。スペイン人の夕食時間は遅く、レストランは午後9時以降でないと予約を受け付けてくれないこともある。
これがジークロペスにとっては地味に役立っていて、スペインでの滞在中に何かやり残したと感じることなく、8時間フルに働けるのだ。
「もし夕方5時に夕食をとる国に滞在していたら、かなり大変だったと思います」
パソコンを閉じたら家族と近所を歩き、地元のレストランを探す。夕方の散歩では、また公園周辺に行き着くこともあるそうだ。公園近くのカフェでは、子連れの客が子どもたちの面倒を見ながら、親同士でお酒を飲んでいることも多い。
ジークロペスの娘も遅い夕食には慣れたようだが、夜10時にはベビーカーで寝てしまうこともあるという。
8月からスペインで暮らし始めたジークロペス一家には、永住の道を選ぶかどうか決めるまで、あと2カ月が残されている。
「毎日揺れ動いていますね。この場所が大好きになる瞬間もあれば、『家が恋しい』と思う瞬間もありますよ」
(編集:野田翔)