中国は半導体分野に巨額の投資を続けてきた。テクノロジー分野で覇権をとる狙いだが、期待する成果にはつながっていない。
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中国政府が苛立っている。自国が未来のテクノロジーをめぐる競争に負けつつあるからだ。これは中国が超大国としての地位を手に入れるか否かを左右するほどの戦いであり、アメリカはそうはさせじとあらゆる手段を使って中国の足を引っ張っている。
半導体チップは自動車や携帯電話から戦闘機、高度ミサイルシステムに至るまで、私たちのテクノロジーの世界を動かす小さな頭脳だ。非常に複雑なため、一国単独でチップを製造できる国は存在しない。1枚のチップを製造するには、ドイツ製の化学薬品、日本やオランダ製の機械、中国やマレーシアにおけるパッケージングやテストなど、世界各地からの協力が不可欠だ。
過去何年かはそれでも問題なかった。テクノロジーはゼロサムゲームではなく、一つの国の技術革新には世界全体を前進させる力があることを各国政府が理解していたからだ。世界中に広がった半導体のサプライチェーンのどこかが攻撃されれば、世界は立ち行かなくなる——この理解が世界に安定をもたらしていた。
しかし、アメリカと中国がテクノロジー冷戦を繰り広げている今、状況は一変した。この戦争では、半導体チップが“武器”となる。
「主戦場」と化した半導体産業
中国の半導体大手、清華紫光集団が2021年に倒産。背景に何があったのか。
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中国は世界トップクラスの半導体メーカーに追いつくため、過去数十年間にわたって何百億ドルもの資金を投じてきた。習近平国家主席の下でこの動きはさらに強まった。
しかし開発は停滞している。中国が誇る半導体メーカーの1つだった清華紫光集団(清華ユニグループ)は倒産し、業界を牛耳ってきた男たちは汚職をめぐる終わりの見えない捜査の渦中にいる。
コンサルティング会社オルブライト・ストーンブリッジ・グループ(Albright Stonebridge Group)の中国・技術政策担当上級副社長であり半導体専門家でもあるポール・トリオロ(Paul Triolo)はこう話す。
「中国の半導体開発事業はまさに玉石混淆です。資金の問題ではありません。中国では今ハイテク産業に潤沢な資金が集まっていますが、必要なのは適切な人材と、信頼を寄せてくれる顧客です。いずれもカネで買うことはできません」
中国政府は、先進的なチップの生産をコントロールすることが、自国の経済を豊かにし、ひいては中国の地政学的な影響力を高めることにもつながると理解している。習主席にとって、半導体とそれが支えるテクノロジーは世界の勢力争いにおける「主戦場」なのだ。
だからこそアメリカは、半導体チップ生産に欠かせない基礎技術への中国のアクセスを断固阻止しようとしている。もしこのまま中国が先進的なチップ生産で主導権を握ることを許せば、中国政府に世界の超大国になるためのツールを与えることになるとアメリカは理解しているからだ。
調査会社チャイナ・ベージュ・ブック(China Beige Book)の創業者であるリーランド・ミラー(Leland Miller)によれば、アメリカ政府は中国の動きをある程度妨害してはいるが、アメリカが今後もリードを保てる保証はどこにもない。ここが肝心だ、とミラーは指摘する。
最先端チップで後れをとる中国
半導体チップは今日のテクノロジーを支えるだけでなく、量子コンピュータやAIなど、世界を変えるような次のイノベーションを生み出す小さな鍵といえる。
ただしこの半導体サプライチェーンの中には、より重要で、より繊細で、なおかつより儲かる部分がある。最先端チップの分野だ。
最も高度なチップ、つまり最も処理能力が優れており最も小型のチップを設計し製造するには、極めて専門的な知識が必要とされる。こうしたチップを製造する機械や工場を作ることは、それ自体が工学的な偉業であり、その開発には何百億ドルもの投資を要する。
半導体ファウンドリーの世界最大手TSMCは、「シリコンの盾」として中国の侵略を阻止する機能も果たしてきた。
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最先端チップの多くは、アメリカ企業によって設計され、台湾や韓国で製造されている。ボストン・コンサルティング・グループ(Boston Consulting Group)の2021年のレポートによると、10nm以下のプロセス技術を用いるチップの92%は台湾で生産され、残りの8%は韓国で生産されているという。
台湾の至宝とも言うべきTSMC(台湾積体電路製造)は、2022年末までに3nmの半導体チップの製造を開始する予定で、韓国のサムスンとアメリカのインテルも追随する動きを見せている。
これに対して、例えば中国の半導体メーカー大手SMIC(中芯国際集成電路製造)は、最小で7nmのチップを作れると主張しているが、実物を見たアナリストはいない。ちなみに、サムスンとTSMCが7nmの半導体チップの製造を始めたのは4年前だ。
複数の専門家の話では、半導体技術でブレイクスルーを起こすには世界の国々、特にアメリカと東アジアの同盟国からの信頼と協力が不可欠になるという。中国は近年関係性を悪化させている国々に比べ半導体技術で後れをとっているが、その影響はあまりに大きすぎて負けを認められずにいる。
「3年以内に国産チップ70%」目標は程遠く
中国は経済規模こそ大きいが、裕福ではない。2021年の1人当たりGDPで見た世界ランキングでは、中国はアンティグア・バーブーダより下、タイよりは上という位置づけだ。
中国は10年以上にわたり融資に頼ったインフラ整備で経済成長を遂げてきたが、この戦略の生産性は低下してきており、負債に苦しむゾンビ企業やゴーストタウンが増殖している。
「中所得国の罠」に陥らないためには、中国はより高付加価値の事業開発に着手する必要がある。クレジットカードローンを抱えた人には昇給が必要なのと同じように、中国にはもっと儲かるビジネスが必要なのだ。
そこで習主席は、まるで毛沢東の時代に逆戻りしたかのように、国家主導の産業発展計画、特に「中国製造2025」計画に国の将来を賭けている。「技術の命綱」を握るために国を挙げて取り組む必要があると強調し、チップの設計・製造方法を確立することが計画成功のカギを握ると謳っている。
習主席は自らの掲げた理念を資金面でもバックアップしてきた。2012年に国家主席に就任して以来、中国政府は半導体チップ開発に1000億ドル(約14兆4000億円、1ドル=144円換算)以上を投資してきた。
しかしこの巨額投資の成果ははかばかしくなかった。カネ欲しさに突如半導体製造に参入したファッションブランドや建設会社にまで資金が投入されたためだ。「中国の飢えた虎」との異名をとる清華紫光集団のCEO趙偉国にも数百億ドルの資金提供がなされた(だが、ありがちな流れだが趙はその後、汚職疑惑で身柄を拘束された)。
紫光集団は破綻の憂き目に遭い、「中国の飢えた虎」とも呼ばれた趙偉国CEOはその後身柄を拘束された。
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「中国製造2025」計画では、3年以内に中国の半導体需要の70%を国産チップで賄うという目標が掲げられている。しかし国営メディアの報道からは、2019年時点で中国の半導体自給率が30%に過ぎなかったことが読み取れる。研究機関ICインサイツ(IC Insights)は、2020年の自給率はそれよりさらに低い約16%だったと見積もっている。
半導体サプライチェーンの中でもチップの設計など「参入障壁が低い」分野では中国も追い上げてきているものの、「生産や生産装置の分野では後れをとっている」と前出のトリオロは言う。
「これらの技術の一番重要な部分は基本的に暗黙知で成り立っているため、盗むことができません。商業的に実現可能で持続可能なモデルに至る道筋を、でっち上げるようなことができない分野なんです」(トリオロ)
半導体チップは、中国軍の近代化においても重要な役割を担っている。
もちろん、中国の軍事装備のすべてに最先端のチップが必要なわけではない(事情はアメリカも同じだ)。だが最先端チップの製造能力があるかないかによって将来の軍事紛争の行方は大きく左右されるものであり、中国政府もそのことを熟知している。
技術者や研究者で構成される委員会が2021年に米連邦議会へ提出した報告書は、中国は独自のチップ開発では後れをとっているかもしれないが、中国が半導体産業に注力していることを重く受け止めなければならないとの考えを示す。報告書には次のようにある。
「第2次世界大戦以来初めて、アメリカの技術的優位性、つまりアメリカの経済力と軍事力のバックボーンが脅かされている。もし今の流れが変わらなければ、中国は今後10年の間に、AI分野において世界のリーダーであるアメリカを凌駕するだけの力、才能、野心を備えている」
アメリカの権謀術数
習主席は2020年の演説で、世界は「100年に一度の重大な変化を迎えている」ため、中国は技術、軍事、経済の発展を加速させる必要があるだろうと述べた。演説の主旨は明らかだ。中国は何十年もチャンスをうかがってきた末に、世界の超大国と肩を並べるようになってきた。今こそ自己主張すべきだ、というわけだ。
ここ数年、アメリカ政府は習主席の攻撃性に気づき、中国の技術開発を経済的な課題としてだけでなく国家安全保障上の問題として捉えるようになった。
トランプ政権時代、連邦政府の各省庁は、中国のテック企業がビジネスの生命線である技術にアクセスするのを阻む政策に取り組んだ。商務省は中国企業が特定の米国製部品を買えないようにし、財務省は中国企業が、半導体を手がけるアメリカ企業を買収できないようにした。国務省も、同盟国に対中販売を制限させるべく外交圧力をかけてきた。
その最たる例が、2019年のファーウェイ(Huawei)排除だ。アメリカの司法省は、この中国通信大手が国際制裁に違反してイランや北朝鮮と取引しているとして起訴。ファーウェイは、アメリカの知的財産を含む先端チップ部品の使用を禁じられた。おかげで同社は存続の危機に追い込まれ、CEOの任正非は今後2年間は「生き残りを最大の目標にしなければならなくなった」と述べた。
かつてスマホの世界シェアNo.1を誇っていたファーウェイだが、アメリカでの動きを封じられて苦境に陥った。
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ジャーマン・マーシャル財団(German Marshall Fund)のアジア・プログラム・ディレクターであるボニー・グレーザー(Bonnie Glaser)は、アメリカは「実に執拗なやり方でファーウェイを狙った」と話す。
ファーウェイを締め出す、中国の半導体製造業の成長を食い止めるといったアメリカの政策は、台湾なしには不可能だっただろうとグレーザーは見ている。アメリカは1970年代以降、台湾を公式には承認しておらず、「一つの中国」政策を堅持している。ただしそれは、中国による台湾へのいかなる攻撃も許さない姿勢をとりつつ、建前上は台湾は中国の一部であると認めるというものだ。
台湾が半導体産業を発展させてきたのには「防衛」という意味合いもある。ファブと呼ばれる台湾の最先端の半導体工場は、 中国の侵略を阻止するための「シリコンの盾」として機能している。 中国は世界最大の半導体チップ輸入国であり、チップを製造するファブが何らかの理由で機能を停止すれば、世界中が被害を被ることになる。
しかし今後数十年の間に、台湾の再統合が中国政治でさらに重視されるようになり、中国の軍事力が強化されれば、その盾が試されることになるかもしれない。
「中国人は、半導体へのニーズに基づいて台湾を侵略するかどうか決めるわけではありません。これは中国共産党の主権に関わる問題ですから」(グレーザー)
しかし、だからといって中国政府が怒らないとは限らない。アメリカは先ごろ、日本、韓国、台湾との半導体同盟「チップ4(Chip 4)」を提案した。中国国営テレビは、この動きを「差別的で排他的」とし、世界市場を分断する恐れがあると述べた。
韓国訪問時にサムスンの工場を視察するバイデン大統領(中央)。
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この同盟については、アメリカ国内にも反対意見がある。国務省で東アジアを担当していた元外交官は、中国を妨害するために韓国と台湾が本気でアメリカに協力するかどうか懐疑的な見方を示している。中国向けの売上がリスクにさらされる可能性があるからだ。
アメリカは欧州の同盟国にも圧力をかけている。アメリカの当局は、オランダ企業アドバンスト・セミコンダクター・マテリアル・リソグラフィ(Advanced Semiconductor Materials Lithography)に対し、中国のチップメーカーに先端的な半導体製造機械を販売することを禁止した。同社はリソグラフィと呼ばれる工程で、先端的なチップの回路を焼き付ける機械を製造している。
さらにアメリカは、中国の産業政策を見習うような施策も採っている。連邦議会は2022年6月、半導体関連技術の研究を活性化するために2500億ドル(約36兆円)を投入することを定めたCHIPS法を可決した。
この資金により、アメリカは半導体チップの「軍拡競争」において中国をリードし続けることができるかもしれないが、アメリカ政府が中国の野心に真に対抗するには、自由市場と国際協力に頼る必要がある。半導体の主要原材料調達、サプライヤー、チップ製造能力のいずれをとっても東アジアのシェアが非常に高いことを考えると、アメリカが優位性を維持することはそう簡単ではないだろう。
チャイナ・ベージュ・ブックのミラーは、「半導体企業に資金を投入しても、私たちが必要とするサプライチェーンのレジリエンス(回復力)が生まれる保証はない」と慎重な見方をしつつも、10年前と比べればアメリカの半導体政策はかなり強化されたと見ている。
アメリカ政府にとっての課題は、技術革新に対して先を見越して動く姿勢を維持することだ。製造への投資から輸出規制に至るまで、さまざまな政策を用いてアメリカおよびその同盟国が半導体分野で中心的な地位を保てるよう努める必要がある。中国の動きに反応していたのでは後手に回ってしまうが、先手を打つことで、アメリカはイノベーションが待ち受ける未来を見続けることができる。
勝者に休息はない
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世界が中国から手を引いているのは、地政学的な理由からだけではない。中国政府の「ゼロコロナ」政策は、経済に大きな不確実性をもたらしている。習主席はますます経済の統制を強め、外国企業に対しては中国の思惑通りにビジネスを進めさせるために圧力をかけている。
ホンダやアップルなどは、サプライチェーンの一部を中国からベトナムなど他国へ移そうとしている。ほかにも、アメリカ企業の間では製造拠点を中国から自国へ戻す動きが広がっている。インテルも目下、オハイオ州とアリゾナ州にチップ工場を建設中だ。
しかし中国を、特に技術面においては過小評価するべきではない。1960〜1970年代にかけての貧しかった時代も、中国の科学者たちは水爆や原爆を開発し、人工衛星を打ち上げることに成功してきた。この取り組みは中国で「両弾一星」と呼ばれ、発展の偉業、格上の相手に打ち勝てる自国の能力を証明するものとして賞賛されているが、習主席は半導体技術向上の取り組みにも同じ精神を吹き込もうとしている。
習主席にそれ以外の選択肢はない。中国にとって半導体競争に敗れることは、半導体チップのサプライチェーンでより大きな力を持つアメリカや台湾といった国々のなすがままにされることを意味する。習主席がそれを受け入れられるはずがない。
(編集・常盤亜由子)