スタートアップへの投資は2022年秋ごろに回復するとの見方が広がっている。
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2022年夏は例年になく寒々しい夏だった——スタートアップにとっては。
ベンチャーキャピタル(VC)は、過去2年間はパンデミックによるロックダウンや株式市場の活況によりさかんにスタートアップ企業に投資していたが、2022年夏になると一服感が広がった。VCは出資を控えるようになり、かつてスタートアップが謳歌した鼻血が出るような巨額のバリュエーションは、ほぼ一夜にして姿を消したのである。
しかし、世界的な景気後退が間近に迫り経済が危ういこの状況下でも、減速していたVCの出資状況は回復傾向にある。有望なスタートアップへの出資を再開したいという機運が、VCの間で高まりつつあるのだ。
パンデミック中の最盛期の水準まで戻るにはもう少し時間を要するだろうが、2022年秋には出資のペースが上がるだろうと投資家たちは予想している。
インデックス・ベンチャー(Index Ventures)のパートナーで、さまざまなステージのスタートアップに投資しているマーク・ゴールドバーグ(Mark Goldberg)は、「この夏、市場はほぼ凍った状態でしたが、ここ数週間で動き始めました」と話す。
フィンテック系のスタートアップであるアロイ(Alloy)とヘルスケア関連企業のKヘルス(K Health)に出資しているVC企業プライマリー(Primary)の著名なシードステージ投資家であるブラッド・スヴルガ(Brad Svrluga)は、直近1カ月の間に投資先何社かが新たな資金調達先探しに乗り出したときは心配していた。しかし驚いたことに、どの企業も「非常に有利な」条件でディールが成立したという。
「優良企業は今も優良投資家の注目を集めています」とスヴルガは言う。
ライトスピード・ベンチャー・パートナーズ(Lightspeed Venture Partners)のパートナーとして、また自身のファンドであるヘイスタック(Haystack)を通じてアーリーステージのスタートアップに投資しているセミル・シャー(Semil Shah)は、次のように話す。
「Yコンビネーターの最新バッチから、あるスタートアップが7500万ドル(約106億円、1ドル=142円換算)のバリュエーションに対し、200万ドル(約2.8億円)を調達すると言われています。これは投資家たちの意欲の高まりを表していると思います」
「ただいま営業中」
通常、ベンチャー業界は夏になると休止状態に入り、投資家はオフィス不在の自動応答メッセージを設定して旅行に飛び回ると言われている。しかしパンデミックのロックダウン中はテック産業が爆発的に成長したため、VCの多くは休み返上でスタートアップを追いかけ続けたと投資家たちは振り返る。
「新型コロナウイルスの影響で旅行が制限されたので、ほとんどの投資家は仕事を続けていました 」(前出のスヴルガ)
しかしその熱狂も、2022年の夏には冷めてしまう。データ入手可能な最新四半期である2022年4-6月には、スタートアップの資金調達は急激に落ち込み、投資額は前年同期比で23%も減少している(PitchBook調べ)。
パンデミックの影響を除いて考えると、通常は学校の新学期が始まり、ネバダ州ブラックロック砂漠で開催される奇祭「バーニングマン(Burning Man)」が終わる頃から投資家と企業の取引が活発化する。非常に低調だった夏が終わり、一部の投資家の目は企業への投資に向き始めているようだ。
ネバダ州の砂漠で開催される祭典「バーニングマン」は、VCたちにとっては夏休みの終わりを告げる風物詩だ。
Jim Urquhart/ Reuters
キャンバス・ベンチャー(Canvas Ventures)のゼネラルパートナーで、アーリーステージのスタートアップに投資しているマイク・ガファリー(Mike Ghaffary)は、「我々はただいま営業中」だと言う。同社は景気後退期にも投資を続けたが、その余波で今後さらなるビッグチャンスがあると見ている。
ガファリーは、スタートアップ企業がシリーズAやシリーズBのラウンドで、2021年の類似企業より30〜40%低いバリュエーションで調達しているのを目の当たりにした。企業の株価が下がっているため、同社はより多くの企業に投資することができる。
このように投資家の目は出資へと向き始めたが、Insiderが取材したVC数人によると、市場に案件を持ち込む起業家の数は以前より少ないという。
多くのスタートアップは、景気後退期の今はコストを削減し資金を銀行に預けているため、市況が好転するまで資金調達を先送りできるとガファリーは言う。彼はスタートアップ6社の役員を務めているが、うち4社のランウェイ(資金不足に陥るまでの残存期間)は24カ月に及ぶという。
ガファリーは、自身の投資先企業についてではなく資金調達中のスタートアップ一般について、「彼らは今資金調達して得られるバリュエーションでは満足しないでしょう」と言う。
より慎重な投資
今、多くの投資家はカネ余りの状態だ。
シリコンバレー銀行の最高事業開発責任者であるサニタ・パテル(Sunita Patel)は、2022年上半期にベンチャー企業が調達した新規資金は830億ドル(約11.8兆円)と驚異的な額にのぼり、半期としては業界最高額だったと話す。これらの企業の中には、2021年の大半を資金調達に費やした企業もあるという。
ただし、「資金があるからといって焦って出資したりはしない」とパテルは言う。多くの投資家は、資金を投入する前に、市場の乱高下がどうなるか雲行きを見ている。またVCは、株式市場全体が落ち込んでいるため彼らの投資家(リミテッド・パートナー)がキャピタルコール(投資ファンドが投資家に出資を求めること)に応えられない可能性があることも認識している、とパテルは言う。
グラディエント・ベンチャーズ(Gradient Ventures)のパートナーで、アーリーステージに特化したザッカリー・ブラトゥン・グレノン(Zachary Bratun-Glennon)は、マクロ経済の減速は「この先何カ月にもわたって投資家が念頭に置き続けるでしょう」と述べている。
投資交渉が活発になりつつあるなか、投資家は2022年の年末に向けて、スタートアップの創業者たちに「合理的な期待」をしたいと考えている、とスヴルガは言う。資金調達に至るまでには何週間もかかるので、「結婚する前にお互いのことをよく知ることができる」(スヴルガ)。2020年と2021年に「成層圏に到達すると思われるほど」高かったスタートアップのバリュエーションは、「地上レベル」に戻ってきたとブラトゥン・グレノンは話す。
プライマリーの創業者のブラッド・ スヴルガ(左)とベン・サン。
Primary
また、アーリーステージのスタートアップの資金調達事情はほぼ回復している一方で、グロースステージは回復までもうしばらく時間を要すると投資家たちは明かす。クランチベース(Crunchbase)のデータによると、2022年第2四半期、シードステージの資金調達は前四半期から9%増加したが、グロースステージの資金調達は31%減少した。
ベター・トゥモロー・ベンチャーズ(Better Tomorrow Ventures)のパートナーで、主にプレシードやシードステージのスタートアップに投資しているジェイク・ギブソン(Jake Gibson)は、グロースステージ向け資金が回復しないなか、同社は投資先企業への追加投資を増やす考えだと言う。
「追加投資のための資金は十分にあるので、投資した方がいいと思えるようなチームを継続して支援することができます」(ギブソン)
とはいえ、インデックス・ベンチャーのゴールドバーグは、資金調達市場が2022年秋ごろパンデミック中のピーク時に戻ることを期待している創業者は、あまり当てにしないほうがいいと言う。
「創業者は、レイバー・デイ(9月の第1月曜日にあたるアメリカの労働者の日)の祝日が過ぎたら投資家の動きが活発化するだろうなんて期待しないほうがいいですね。とはいえ、出資交渉への関心は両者とも高まっていて、資金調達に再び目を向ける企業は増えているように思います。問題の核心は、どんな価格でディールが成立するかです」(ゴールドバーグ)
(編集・大門小百合)