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シマオ:皆さん、こんにちは! 「佐藤優のお悩み哲学相談」のお時間がやってまいりました。今日も読者の方からいただいたお悩みについて、佐藤優さんに答えていただきます。さっそくお便りを読んでいきましょう。
家族と能力的な適性が異なっていて、両親、きょうだいが口出ししてきたことが全く参考になりません。自分は高校生ぐらいまでは上のきょうだいと同じタイプだと漠然と思っていたのですが大学受験の失敗などを経て、「ああ、タイプが異なっているんだな」と徐々に気づき始めました。
現在、自分の進みたい道にようやく近づいてきていると自分では思っているのですが、家族が見当違いなことばかり言ってきて、イライラしてしまいます。がっくりきて、気力を奪われてしまう時もあります。
ですが、子どもの時から家族に何を言われようが右から左に抜けて我が道をゆく、いい意味で馬耳東風というか、ずんずん自分の道を切り開いてきた人もいますよね。
家族の言うことを完全に無視できる、何を言われようが一切感知しないようになるにはどうしたいいのでしょうか?
(ガンガン、30代後半、シナリオライター、女性)
家族間の「適切な距離感」とは
シマオ:ガンガンさん、お便りありがとうございます! 親やきょうだいと自分の進路について意見が合わないとのことですが、どうしたらよいのでしょうか。
佐藤さん:この方の具体的な事情はお手紙からだけでは分からないので、パターン分けをしてみましょう。一つは、ガンガンさんが職業であるシナリオライターとして自立している場合です。
シマオ:つまり、本業として生計を立てられている場合ということですね。
佐藤さん:はい。その場合、もしご家族と同居されているなら、独立して自分だけで生活をすることです。親子はあくまで別人格であり、それぞれの人間関係と社会関係を持つ存在です。しかし、ある種の親は子どもに対していつまでも「所有」している気持ちを持ち続けてしまう。それを断ち切るには、物理的に別の場所に住むことが一番です。
シマオ:家を出れば、家族の言うことに左右されず生きていけますもんね。ただ、同居されているとしたら、それなりの理由があるのかもしれません。
佐藤さん:金銭的な理由、あるいは健康上の理由があって、親と同居している場合もあるでしょうね。または同居していなくても、親から援助を受けているようなケースもあるでしょう。その場合は、上手に「住み分け」をすることが大切です。
シマオ:住み分け、ですか?
佐藤さん:一言でいえば、家族との適切な距離感を見出すということです。家族関係というのは、近しい間柄であるだけに距離感が難しい。近づきすぎても、遠すぎてもうまくいきません。
シマオ:でも、ちょうどいい距離感ってどうやって見つけるんですか? 家族と話し合うとか?
佐藤さん:それで可能ならいいでしょう。しかし、往々にして家族の話し合いは感情的になってしまいます。どちらかが説得しても恨みにつながったり、家の中でお互いに一言も口を利かないという結果になってしまったりする。
シマオ:それでは解決とは言えませんね……。
佐藤さん:そもそも、親と同居している時点で住居や食事を親に依存している訳ですから、力関係が対等ではありません。話し合いをしても、押し切られてしまう可能性が高い。
シマオ:では、どうすればよいのでしょう?
佐藤さん:冷静な話し合いで解決しないのであれば、専門家に相談する必要があります。家族関係の問題は主に当事者間の心に起因するものですから、臨床心理士に相談するのがいいでしょう。
シマオ:専門家の力を借りる訳ですね。海外だと、夫婦や親子でカウンセリングに通うのも一般的になっていると聞いたことがあります。
佐藤さん:日本でもそういう選択をする人は出てきています。プロの心理士は、親子それぞれの思いを言語化して、適切な向き合い方を指導してくれます。その過程で、見つからなかった落とし所が浮かび上がってくることもある。もちろん、「薬を出して終わり」というように簡単に解決はしません。解決まで半年から1年くらいかかることもあるでしょう。それでも、不要な衝突を避けることができます。
シマオ:家族との禍根を残さないためにも、冷静な第三者を置くのは大切なんですね。
「やらされた習い事」は子どもの心に一生残る
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シマオ:そもそも、親はどうして子どもの人生に干渉してしまうのでしょうか?
佐藤さん:現代社会において、人間は20歳前後まで未熟児みたいなものだからでしょうね。高卒なら18歳、大卒なら22歳、少なくとも社会に出るまでは、基本的には親が守っていかなければなりません。それだけの長い期間自分の庇護のもとにありますから、一部の親はいつまでも子どもを自分の付属物のように感じてしまうのです。
シマオ:「子離れ」ができないってことですね。
佐藤さん:そうです。本来、人間関係というものは時間の経過と共に変わっていくものです。親子の関係も、3歳児と高校生では異なりますし、社会人になったらさらに変化するものです。お互い、段々と独立の度合いを上げていかなければいけないのに、それに失敗してしまうことがあるということです。
シマオ:なるほど。でも、子ども時代はどうしてもいろいろしてあげたくなりますよね。結婚して子どもができた先輩や友人を見ていると、それこそ小さい頃から習い事や塾、将来どこの学校に入れるかなどを考えていて、大変そうです。
佐藤さん:都会の小学校では、勉強は最低限をこなし、あとは家庭で、という風潮が強まっていますからね。
シマオ:そうなんですか? じゃあ、学校では何を教えるんですか?
佐藤さん:学校は集団生活を覚える場であり、勉強は家庭でというスタンスなんです。この場合の家庭とは、親ではなく、塾や家庭教師の力を借りるということです。都心部では中学受験をする家庭の比率が高まっていることも一つの要因です。
シマオ:そうなると、教育に使えるお金があるかどうかが子どもの学力に直結してしまうから、親も責任重大ですね……。
佐藤さん:勉強に関しては、小学校2〜3年の国語と算数が重要です。ここで欠損をつくってしまうと、後々非常に苦労することになります。国語と算数は基礎の上に積み重ねていく勉強が必要だからです。しかも、これは後になってから気づくことが多い。
シマオ:そこは両親がちゃんと見てあげなければならない、と。
佐藤さん:ただし、だからといって親の価値観に基づいて中学受験や塾通いを押し付けることは避けるべきでしょう。「やらされた」という経験は、子どもの人生に重くのしかかります。勉強においては、教科書をちゃんとこなして、欠損を作らないことにだけ気をつけていれば、塾などで無理に先取りする必要はありません。それよりも公園などでの外遊びをすることを私は奨励します。
シマオ:なぜでしょう?
佐藤さん:公園などパブリックスペースでいろいろな世代やバックグラウンドを持った子たちと触れ合うことが重要です。そこで仲良くしたり、けんかをしたりすることで、人間関係を処理していく力を身につけることができます。
シマオ:なるほど。その時期から「社会」でやっていく力をつけていくということですね。
佐藤さん:一方で、親たちは仕事と家事と子育てを全部完璧にやろうとしないことです。今は仕事をしている女性が増えていますが、必ずしも家事や子育ての分担は進んでいません。その中でお母さんが全てを完璧にこなそうとすれば、潰れてしまいます。
シマオ:やっぱり男性がもっと家事や育児などをするべきですよね。
佐藤さん:それはもちろんですが、分担できていても、共働きならば時間のやりくりが難しくなることはあると思います。そういうときは上手に手抜きをすることです。
シマオ:ええ、サボるってことですか……?
佐藤さん:ある程度はお金で解決するのです。例えば、食洗機を買ったり、家事代行サービスを頼んだりする。あるいは、おかずの宅配を使ったり、個別指導塾で勉強を見てもらったりする。できる範囲でそういう外部のサービスを利用すれば、少しは負担が下げられるでしょう。
シマオ:親の仕事をアウトソーシングするということですね!
佐藤さん:そうです。親が精神的に追い込まれると、その矛先は子どもに向かいます。ストレスが溜まって、子どもを過剰に叱ったり、何で思い通りにならないんだと手が出てしまったりする。それは絶対に避けなければなりません。
シマオ:虐待まで行ってしまうと、犯罪であるという点はもちろんですが、子どもにも親にも、心の傷が残りますもんね……。
家族関係はギブアンドギブの精神で
シマオ:ただ、やっぱり親が干渉したくなってしまうのは、子どものためを思うがゆえ、というのが難しいですね。
佐藤さん:それは子どもも感じ取っています。子どもは親が考えるよりも、親の意向や顔色をうかがっているものです。親に喜んでもらいたいと、習い事を一生懸命やったりもする。
シマオ:たしかに、僕も小さい頃、習っていた水泳でいい成績を取ると親が喜んでくれたのでもっと頑張ろうという気持ちになりました。
佐藤さん:シマオ君のように、本人もやる気になっているなら、それはいいことです。しかし、実のところ本人は乗り気ではなく、親だけがやらせたがっている場合があります。それでも子どもは親の気持ちを敏感に察して「自分がやりたい」と言ってしまう。
シマオ:健気ですね……。
佐藤さん:ですから、子どもが辛そうな素ぶりを見せたら、「辞めていいんだよ」と親の方から声をかけてあげることも大切です。
シマオ:やらせたい習い事は逃げ道もセットで用意しておく、ということですね!
佐藤さん:その通りです。親子など家族関係で悩む方は『聖書』使徒言行録20章35節を読むとよいでしょう。
“受けるよりは与える方が幸いである”
これは、つまり「ギブ&ギブ」の精神です。
シマオ:ギブ&テイクではなく?
佐藤さん:家族の間では互いに何かをしてほしいと要求するのではなく、相手のしてほしいことを惜しみなく与える気持ちで臨むのがよいでしょう。重要なのは自分の与えたいものではない、ということです。そして、与え続けていれば、不思議と相手は返したくなるもの。それによって程よい関係や距離感が生まれてくるはずです。
シマオ:なるほど。見返りや思い通りになることを求めないのが、よい家族関係だということですね。ガンガンさん、ご参考になりましたら幸いです。
「佐藤優のお悩み哲学相談」、そろそろお別れのお時間です。引き続き読者の皆さんからのお悩みを募集していますので、こちらのページからどしどしお寄せください! 私生活のお悩み、仕事のお悩み、何でも構いません。次回の相談は9月28日(水)に公開予定です。それではまた!
佐藤優:1960年東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。85年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕、起訴され、09年6月有罪確定。2013年6月に執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。現在は執筆や講演、寄稿などを通して積極的な言論活動を展開している。
(構成・高田秀樹、イラスト・iziz、編集・野田翔)