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今週も、早稲田大学ビジネススクールの入山章栄先生が経営理論を思考の軸にしてイシューを語ります。参考にするのは先生の著書『世界標準の経営理論』。ただし、本連載はこの本がなくても平易に読み通せます。
人口減少のただなかにある日本。人口増が続いていた東京もついに減少へと転じたと聞くと暗い気持ちになりますが、実はそんな東京が「世界で最も魅力的な都市になりつつある」という説も。入山先生もこの意見に多少同意しつつ、東京にはクリアしなければならない「最大の課題」があると指摘します。
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東京は世界でいちばん魅力的な都市
こんにちは、入山章栄です。
コロナをきっかけに、東京から離れる人が増えたといわれています。僕のまわりでも、地方に移住した人がちらほら出てきています。
ところがそんな東京が意外にも、いま「世界でいちばん魅力的な都市」になりつつあるという視点もあるのだとか。いったいどういうことでしょうか。
BIJ編集部・常盤
日本全体の人口が減るなかでも東京だけは人口増が続いていましたが、先ごろ発表された総務省の統計によれば、コロナの影響もあってついに東京も26年ぶりに減少に転じたそうです。
そう聞くと「東京ももう終わりか」と思ってしまうのですが、先日、原田曜平さんの『寡欲都市 TOKYO』を読んで、ちょっと考えが変わりました。原田さんは「実は東京は世界で最も魅力的な都市になりつつある」とおっしゃっているんです。
原田曜平さんというと、博報堂出身で、若者の消費行動に詳しいマーケターの方ですね。
BIJ編集部・常盤
そうです。日本は国単位のGDP(国内総生産)で比較すると世界3位、一人あたりGDPでは24位ですが、都市ごとのGRP(域内総生産)という基準で比較すると、東京都市圏は人口3562万人、GRPは1兆6521億2400万USドルで、世界1位なのだそうです。
ちなみに他の都市は、どれくらいですか?
BIJ編集部・常盤
ニューヨーク都市圏は人口1890万人でGRPが1兆2142億900万USドル。ロンドン都市圏は人口1501万人でGRPが3770億9900万USドル。パリ都市圏は人口1180万人でGRPが4028億9900万USドルです。
「居心地」や「安らぎ」を重視するいまの若者にとっては、「最寄りのコンビニまでの距離」「30分以内で行ける、食べログ3.5以上、予算3000円以下の店の数」「安価に遊べる娯楽施設の数」などが多い東京は、「チルする(くつろぐ、リラックスする)」のにちょうどいい都市なのだそうです。
日本の人口自体は減っていく運命ですが、こと東京に限ればそれほど悲観的にならなくてもいいのかなと思いました。入山先生はどう思われますか?
東京がいい街だというのは、僕もその通りだと思いますよ。僕はせっかく取得したアメリカのグリーンカード(永久在住権)を捨てて、10年前に日本に帰ってきました。それも、残りの人生を過ごす中心拠点をやはり東京にしたかったからです。
ポイントは、GDP(国内総生産)ならぬGRP(域内総生産)という基準ですね。つまり神奈川や埼玉や千葉を含む「グレーター東京」というくくりで見ると、実は東京はとても広大です。パリはおそらく足立区2つか3つ分ぐらいの大きさですから。
さらにグレーター東京で考えれば、人口も増えている。少なくとも減ってはいないというのが僕の認識です。コロナになって通勤の頻度が減った人たちが、物価も地価も高い東京から周辺の埼玉や千葉や神奈川に移った。だから東京「都」の人口は減ったかもしれませんが、東京「圏」すなわちグレーター東京の人口はそれほど変わらない。
このような視点で見れば、東京圏のGRPが高いのもうなずけるでしょう。
その一方で、東京も含めた日本は、国際比較では貧しくなっています。ニューヨークやロンドンはとにかく家賃が高い。部屋1つとキッチンとダイニングがついただけのいわゆるワンベッドルームでも、月に30万円とか40万円くらいします。
それに比べれば東京の家賃は安いし、交通の便もいいし、きれいで治安もよくて、何より食べ物がおいしい。安くあげようと思えばとてつもなく安く生活できる一方で、ミシュラン星のレストランの数も世界で1位。本当に、ただチルな感じで住むだけなら、素晴らしい街なのは間違いありません。
東京に住む外国人を増やそう
しかしこの先もこの状態が続くかというと、そうはいかないでしょう。なぜなら、東京は意外と世界に開かれていないからです。
結局いま東京に住んでいる人は、一部外国人もいるけど、ほとんどが日本人です。地方で一気に人が増えたという話は聞かないので、相変わらず東京の一極集中で、東京が地方の人口を吸い取っているだけ。「東京は居心地がいいな、落ち着くな」と言っている間に、だんだんジリ貧になっていく恐れがある。
ですから僕は東京の最大の課題は、ズバリ、海外に開くことだと思います。日本の人口は1億2000万人ですけど、世界はもうこれから80億人いるわけです。東京はニューヨークやロンドンと比べ、せっかくの「いい感じ」の暮らしを、世界の人に経験してもらう機会が圧倒的に足りないのです。
BIJ編集部・常盤
なるほど。原田さんもこの本の中で、「東京はいまチャンスを迎えているけれど、それは期限があるチャンスだ」ということを強調されていました。「海外の若者を引き付けられるかどうかが1つの鍵だ」というようなこともおっしゃっていましたね。
僕が教えている早稲田大学のビジネススクールにも、海外から留学で来てくれる学生が大勢います。彼ら彼女らはとても優秀なので、シンガポールやアメリカの大学に行ったっていい。でもなぜわざわざ日本の、東京のビジネススクールに来てくれるかというと、ほとんどの若者は日本の漫画やアニメ、あるいはドラマやアイドルが好きなんですよね。
ところが日本の学校を出て、いざ日本で働こうとしても、特に大手企業ではほとんど働くことができない。もちろんビザの問題もありますが、それ以上に日本企業が「日本語がペラペラでない人材は採れません」という発想だからです。
大手企業は「グローバル人材が欲しい」と言っているくせに、矛盾していますよね。ですからほとんどの海外から来た優秀な若者は、残念ながら夢破れて母国に帰ります。
日本人って、ペラペラの日本語をしゃべれる外国人でないと、なんとなく不信感を持つようなところがある。これを「片言の日本語でもいいよ」とか、「日本語と英語ちゃんぽんでも働いていいよ」というように、少しハードルを下げるだけで、海外の収入な人の流入は急増するはずです。
そういうことを契機に、世界に開かれた東京にして、この素晴らしさを持続的なものにすることが大事でしょうね。
BIJ編集部・常盤
なるほど。東京にはまだまだポテンシャルがある。それを生かす機会を最大化するために、言葉のハードルを下げられるといいですね。
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(構成:長山清子、撮影:今村拓馬、連載ロゴデザイン:星野美緒、音声編集:小林優多郎、編集:常盤亜由子)
入山章栄:早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授。慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所に勤務した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年から現職。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』『世界標準の経営理論』など。