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今回は、読者の方からのご相談にお答えします。
社会人経験がまだ浅いながら起業に踏み切ろうとしている後輩に対し、どう対応するか、どんなアドバイスをすればいいのか、迷っているとのことです。
Aさん
先日、かつての職場の後輩の相談に乗りました。その後輩はまだ社会人2年目なのですが、今度会社を辞めて(話を聞くかぎりけっこうブラックな会社です)起業したいとのことです。
ただ、がんばっているし応援してあげたいと思うものの、話を聞いていて「そんな甘いプランでうまくいくのか?」と正直思ってしまいました。後輩は「まわりの人も『それすごくいいね』と言ってくれる」と言っていましたが、それはあれこれ口出ししてやる気を削ぎたくないとか、真剣にその後輩のことを考えていないから適当にいいねと言っているだけな気がします。
でも結局、その場では自分も「がんばれ」としか言えませんでした。否定的なことを言ってやる気を削ぐのもなぁと。なにより自分自身に起業経験があるわけではないので。
森本さんは起業の相談などもされるのではないかと思いますが、こういう時どうされますか?
(Aさん/30代後半/男性/IT)
「あるある!」と、思わずうなずいてしまいました。
ご想像のとおり、私も起業を考えている方からアドバイスを求められることがよくあります。
年齢にかかわらず、ビジネスパーソンとしても人としても濃密な経験を積んでいて、思考が深い方に対しては、「トライしてみては」と後押しします。
しかし、経験も思考も浅く、「起業することそのものが目的になってしまっているのでは」と感じることが多いのも事実です。
そんな時、私がどのように答えているかをお話ししますね。
本人が問題に気づけるように「問いを立てる」
まずは、起業について本人が考えていることをひととおり聞きます。
そのうえで「甘く考えているな」と感じた場合、頭ごなしに否定することはせず、質問を投げかけるようにしています。
質問をすれば、答えられること・答えられないことが出てきます。それによって、自身が描いているビジネスイメージの解像度が低いことに、本人が気づけるようにするのです。
質問を投げかけるポイントをいくつかご紹介しましょう。
「ターゲット像」を聞く
「その商品(サービス)を求めている人って、どこにいるんだっけ?」
「お客様になるのはどんな人? その人は今、どんなことで困っているの?」
多くの場合、顧客となるターゲット像が曖昧です。法人向けであれば企業規模や業種、個人向けであれば年代・性別・属性(学生・会社員・主婦など)程度は設定してあっても、それ以上深掘りできていないことが多いようです。
しかも、ターゲットと想定する企業・個人へのヒアリングさえできていないことも。「こんな商品(サービス)はウケそうだ」「ニーズがあるだろう」と、想像・妄想の域を出ていないのです。
そんな人に対しては、「お客様候補となる人の声を実際に聞いたの? どんな困りごとがあるの?」などと投げかけてみるといいでしょう。
「競合他社」を聞く
「同じような商品(サービス)を扱っている企業って、他にはないの?」
思いついたビジネスアイデアは、たいてい他の人も考えているものです。
ところが、「競合の存在」に無頓着で、リサーチが不足していることも多いですね。
私は仕事柄スタートアップ企業の情報が多く入ってくるので、「同じようなビジネスをしている会社に○○社、△△社があったと思うけど」と、その場でPCやスマホで検索して情報を見せると、「本当だ、知りませんでした……」という反応が返ってくることもあります。
具体的な社名は挙げられなくても、「競合はある?」「競合はどこ?」などと聞いてみるだけでも、本人にとって新たな気づきになるかもしれません。
「パーパス」を聞く
「なぜ、そのビジネスをあなたがやる必要があるんだっけ?」
こう聞かれて、ドキッとする人は多いでしょう。
私はこれまで多くの起業家とお会いしてきましたが、事業を成功させているのは、やはり「大義」「理念」が明確な方々です。最近で言うところの「パーパス(企業の存在意義)」「ミッション・ビジョン・バリュー」などですね。
それらがしっかりと語れて、かつ説得力がある経営者であれば、ビジネスの成長に期待感が持てます。
そして、「なぜ自分がやるのか」を語れる方々には、その思いに至った原体験があるものです。それは前職での経験であったり、子ども時代にさかのぼる出来事であったりとさまざまですが、それをきっかけに強い課題意識を持っています。
「あなたがやることにどんな意義や価値があるのか」と聞いてみれば、本人も一段思考を深めるのではないでしょうか。
このように、ダメ出しをするのではなく「問いを立てる」=「考えるべき課題を提起する」ことで、その人のプランを現状よりも良い方向へ導けると思います。
「みんな応援してくれている」にどう返すか
起業について相談してくる方は、意見やアドバイスを求めるというより、「自分の決断を後押ししてもらい、安心したい。自信を持ちたい」という心理もありそうです。
Aさんの後輩は「まわりの人も『すごくいいね』と言ってくれる」と話しているとのことですから、その傾向があるかもしれません。
Aさんがおっしゃるように、「真剣にその後輩のことを考えていないから、適当にいいねと言っているだけでは」というのが事実だとしても、本人は認めたくないでしょうね。
そんな時、私ならこう言います。
「『いいね』と言ってくれる人たちに、『いくらなら出資してくれる?』と聞いてみたら?」
「『このビジネスに成長性があると思うなら、10万円出資してほしい』と言ってみたら?」
出資となると、相手は真剣に考え始めます。20代であれば、「10万円」の投資は気軽にできるものではないでしょう。
友人・知人の反応によって「本音」に気づき、自身の事業プランを見直す気になるかもしれません。
「転職・副業ではダメなの?」という問いかけもアリ
Aさんのご相談の中で、一つ引っかかったことがあります。
後輩の方の所属企業が「ブラック企業らしい」ということです。
もしかすると後輩の方は、現状から逃げるための手段として、起業に向かっている可能性もありそうです。
社会人経験が浅いと、1~2社の経験で「会社とはこういうもの。どこに行っても同じ」と思い込んでしまうことがあります。
ですから、「会社員を辞めたい」=「起業」という安直な発想になっているのかもしれませんね。
ですから、起業に対してコメントするのではなく、まず「現状に不満があるのか」を聞いて、その解決策を一緒に考えてあげてもいいのではないでしょうか。
企業選びさえ間違えなければ、「転職」によって不満の解決や希望の実現につながるかもしれません。
それに、「計画しているビジネスに関連する企業で働いてみて、知見やノウハウを磨いたうえで起業する」という観点でも、転職という選択肢は有効だと思います。
あるいは「起業にはリスクもつきものだけど、副業から始めてみる気はないのか?」などと聞いてみてもいいでしょう。
起業志望の裏側にある「何を求めているのか」をつかんで、起業以外の選択肢もあることを気づかせてあげてはいかがでしょうか。
※転職やキャリアに関して、森本さんに相談してみたいことはありませんか? 疑問に思っていることや悩んでいることなど、ぜひこちらのアンケートからあなたの声をお聞かせください。ご記入いただいた回答は、今後の記事作りに活用させていただく場合があります。
※本連載の第87回は、10月3日(月)を予定しています。
(構成・青木典子、撮影・鈴木愛子、編集・常盤亜由子)
森本千賀子:獨協大学外国語学部卒業後、リクルート人材センター(現リクルートキャリア)入社。転職エージェントとして幅広い企業に対し人材戦略コンサルティング、採用支援サポートを手がけ実績多数。リクルート在籍時に、個人事業主としてまた2017年3月には株式会社morichを設立し複業を実践。現在も、NPOの理事や社外取締役、顧問など10数枚の名刺を持ちながらパラレルキャリアを体現。2012年NHK「プロフェッショナル〜仕事の流儀〜」に出演。『成功する転職』『無敵の転職』など著書多数。2男の母の顔も持つ。