写真左からゲストの東京大学の横山広美教授、司会の三ツ村崇志。
撮影:小林優多郎
“変化の兆し”を捉えて動き出している人や企業にスポットを当てるオンライン番組「BEYOND」。
第14回は東京大学教授の横山広美さんが登場し、なぜ理系女性は少ないのか、その理由や解決に向けて取り組むべきことを語る。
9月7日(水)に放映した番組の抄録を、一部編集して掲載する。
当日の様子は、YouTubeでご視聴いただけます。
撮影:Business Insider Japan
──日本の理系女性が少ないことは以前から言われていますが、2022年現在はどのような状況でしょうか。
横山広美教授(以下、横山):OECD※加盟国の中で理工系、工学系ともに最下位で、理系女性が非常に少ない状況です。
※OECDとは:
経済協力開発機構。ヨーロッパ諸国を中心とした38カ国の先進国が加盟する国際機関。
──分野などによって差もあるのでしょうか。
横山:生命科学、生物学は比較的女性が多く、一方で数学や物理は少ないです。東京大学の大学院では、数学、物理系だと女性が数%という状況が続いており、私はこの現状を改革したいと思っています。
日本の理系女性率はOECDで最低。
出典:総合科学技術・イノベーション会議教育・人材育成WG最終とりまとめ資料より引用
──海外の大学(カリフォルニア工科大学)の男女比を調べたところ、工学系の大学であるにもかかわらず、女性比率が比較的高いことが分かりました。横山さんはこれをどう捉えますか?
横山:実際に海外ではキャンパスに女子学生が非常に多くて活発な国もあります。アメリカにいる先生方には「女性だから、数学科に行かない」といった感覚は一切ないと思います。日本はそういう意味で、かなり特殊な環境だと言えます。
カリフォルニア工科大学の学生の男女比。
作成:Business Insider Japan
数学=男性? ステレオタイプのイメージが1つの要因
女性が理系科目を選択しないワケについて語る横山広美教授。
撮影:小林優多郎
──なぜ日本の女性比率が低いと考えますか?
横山:理由は複合的ですが、よく指摘されることは、社会全体が「数学は男性のものである」と間違った認識を持っているということが挙げられます。
私たちはこれを「数学ステレオタイプ」と呼んでいます。
この数学ステレオタイプが、親や先生、進路を選択する生徒自身に、気が付かないうちに浸透しているのではないかと言われています。
中には、5〜7歳の幼少期から「算数は男の子のもの」と刷り込まれる社会状況があるという研究結果もあります。
──「数学ステレオタイプがある」というのは、日本の特徴ということですか?
横山:私たちが日本で測定したときにそのような強い結果を得られたのですが、数学ステレオタイプは世界的に知られています。ただ、対策して乗り越えている国もあるんです。
──そのほかにはどういう要因が考えられるのでしょうか?
横山:職業によってジェンダーのイメージが染み付いているという研究もあります。例えば、物理学者が男性職のトップに入るなどですね。
また、アメリカのSapna Cheryan氏の研究グループが要因を3つにまとめています。
要因1が「分野の男性的カルチャー」で、数学ステレオタイプや職業のイメージが当てはまります。
他には、要因2「幼少期の経験」と要因3「自己効力感の男女差」があります。
特に要因1がかなり大きいと見ています。また、女性のロールモデルの少なさも日本の課題と考えます。
数物の男性イメージ要因モデル。
出典:JST Ristex横山プロジェクトの成果パンフレットより(デザイン:東海大学教養学部芸術学科 富田誠)
──さまざまな要因がある中で、課題解決へ向けては各国の事情も踏まえて考える必要があるわけですね。
横山:そうです。そこで、この国特有の事情も要因として大きいと捉え、Sapna Cheryan氏らが示した3つの要因に「性役割についての社会風土」を要因4として付け加える研究を進めました。
この研究は、日本とイギリスのイングランドに住む20〜60代の男女を対象に、インターネット上でのアンケートを実施し、分析したものです。
──要因4では何が明らかになったのでしょうか。
横山:日本では、やはり職業イメージや数学ステレオタイプが強く出ていることが明らかになりました。
また、優秀さ(頭が良い)のイメージがそのまま男性的イメージにも結び付いていることも分かりました。
──それはどういうことでしょうか。
横山:「優秀なのは男性である」と思っている方が多く、また、男女に関わらず、知的な女性をあまり好まないと考える方たちが「数学や物理は男性のものである」というイメージを強く持っていたんです。
私たちはこのような社会的な要因が、学生の進路選択にも関わっていることを世界で初めて明らかにできたと考えています。
「バリア」を外して、学生が本当に活躍できる環境を目指す
撮影:小林優多郎
──理系に進む女性の少なさは、日本ではかなり昔から指摘されていました。良い解決策は、まだ見つかってないということでしょうか。
横山:これまで「科学は面白い」ということは多くの先生がお伝えしてきていました。ただ、例えば「数学ステレオタイプを恐れてはいけない」というようなバイアスを取り除くようなアナウンスをすることは少なかったのだと思います。
また、優秀な女性を応援する雰囲気もなかったのだと考えています。
──今まで「男性的」とされていた分野で活躍されている女性をサポートすることも重要ですね。
横山:そうですね。
例えば、科学の賞でも若い女性の研究者向けの賞が最近多く出るようになり、素晴らしい先生がいることが可視化されるようになってきました。そうした活動も重要です。
そして大事なことは「女性比率を上げること」よりも、我々が気付かないうちに捕らわれている「バリア」を外すことだと思います。
──数学ステレオタイプや職業へのイメージ(バイアス)が、「バリア」ですね。
横山:はい。このバリアを外して、学生が自由に、本当に興味のある場所に進めるようになる。そのお手伝いをすることが私たちの社会的な役割だと思っています。
──大学進学の女性率もOECD加盟国のなかで最下位というデータもあります。これも「大学は男性が行くもの」というイメージが残っているからでしょうか。
横山:そうですね。
大学進学の女性率がOECDの中で最低。
出典:OECDサイトよりJST Ristex横山プロジェクト作成
──日本国内で普通に生活していると、なかなか気付かないところですよね。
横山:その通りです。だからこそ世界と比較して日本がどこにいるのかを常に確認することが大事です。
一方で、日本にも良さがあり、16歳が受ける国際的な試験「学習到達度調査(PISA)」では、数学は日本はトップ層で、非常に良い成績をとっています。これは自信を持って良いことだと思います。
男女関係なく、能力や機会も平等にすることも重要
──女性のロールモデルを見せるという点では、以前取り上げた一般社団法人「Waffle」の活動等があります。大学でも「女性限定公募」などが話題になることがありますが、そういった取り組みをどう見ていますか?
横山:現状に危機感を持った先駆的な方たちが、新しい取り組みをしてくださっていると理解しています。
Waffleさんの活動は素晴らしく、私たちのような大学教員が手の届かないところをうまくやってくださっています。
一方で、我々のような研究者が扱う課題は少しフェーズが異なり、こちらでは各大学がさまざまな工夫を重ねて研究者を増やし、研究力の向上に努めています。
──単純に女性の数を増やしていく、という話ではないということですね。
横山:そうですね。研究力を高めつつ、研究者の女性の母数も自然に増えていく流れが一番理想的です。
そのために重要な考えが「能力に男女差はなく、個人差である」ということで、研究者の統一見解でもあります。
また、ジェンダーによって学ぶ機会に違いが出ないよう平等であることも大事です。
──まさに現状はバリアによって平等が害されてしまっていると。
横山:そうです。私たちは学問は皆に開かれているべきと考えており、バリアをなくして平等に、そして自由に選べることが大事だと思います。
──職業という「出口」だけではなく、そこで学ぼうとしたときに気兼ねなく入っていける「入口」を含めた全体の道筋を同時に考えていく必要がありそうですね。
横山:はい。この課題について私たちは、学内の学生にジェンダーやダイバーシティに関する教育を伝える取り組みも行っています。
同時に、可能なら初等・中等教育でもこのような教育を実施し、早いうちから理解を深めることも重要だと思っています。
──ありがとうございます。それでは、最後に一言お願いします。
横山:次世代の女性だけでなく、男性も含めたみなさんが学びたいことを学び、生き生きと自分の能力を発揮できる社会になってほしいです。
私自身も努力を続けていきたいと思いますし、これから進路を選択する中高生のみなさんには、自分の好きなことを見つけて、その道に邁進していただきたいです。
「BEYOND」とは
毎週水曜日19時から配信予定。ビジネス、テクノロジー、SDGs、働き方……それぞれのテーマで、既成概念にとらわれず新しい未来を作ろうとチャレンジする人にBusiness Insider Japanの記者/編集者がインタビュー。記者との対話を通して、チャレンジの原点、現在の取り組みやつくりたい未来を深堀りします。
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