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京セラ創業者の稲盛和夫氏と、中国最大のEC企業アリババグループを創業したジャック・マー氏は、2014年に中国・杭州市で2008年以来となる2度目の対面を果たした。前回の対談に続き、今回は若手・中堅のビジネスパーソンの質問に2人が答えるQ&Aセッションを紹介する。
従業員と顧客、どちらが大事ですか
ジャック・マー氏(以下、マー):質問がある人はぜひ。ここは自由な集まりですから。
稲盛和夫氏(以下、稲盛):どうぞ自由にご質問ください。難しすぎる質問は答えられないかもしれませんけど。
——従業員と顧客とどちらが大事ですか。京セラとアリババの理念は近いです。稲盛さんの本を読みましたが疑問があります。
京セラの経営理念は従業員に物質と精神の両面から幸福になってもらうと同時に、人類の発展と社会に貢献することです。私は「企業は従業員を第一にすべき」と解釈しています。一方アリババは「顧客第一、従業員第二」です。また、両社ともに株主には言及していません。これはどういうことでしょうか。
稲盛:商売をする以上、「お客様第一」は当然の道理です。誰でも分かることなので、経営理念で特に強調しませんでした。
まず従業員に本当の意味での物質と精神の両面で幸せを感じてもらえるよう、企業の環境づくりが一番大事かと。従業員が物質的にも精神的にも満たされているなら、自然と「お客様がいてこそ自分の幸せがある」と分かるはずです。だからきっとお客様第一で努力してくれます。どちらが先かというものでもなく、裏表です。
マー:稲盛さんに同意します。アリババと京セラの両社が株主利益を第一に置いていないことは明らかです。欧米の資本主義とは距離を置いています。
我々も、従業員とお客様のどちらが第一なのか、長い間論議してきました。私たちにお金をくれるのは、会社でも株主でもなく、お客様ですね。だから私は創業1日目から、お客様と社会に独自の価値を提供しましょうと言っています。そのために従業員は一つの組織で働いているのですから。
また、私たちは中国社会の混迷、つまり働いても働かなくても待遇が横並びの社会主義を経験しました。従業員第一にしたら、その時に戻ってしまうのが心配です。私たちはなぜ同じ組織で働いているのか、この会社が何のためにあるのかを明確にしないといけません。自分たちのためだけでなく、社会とお客様をよりよくするために会社があるのです。
この数年、私たちは「お客様が良くなってこそ、自分たちも良くなれる」ということを強く打ち出しています。社会が健全に発展してこそ、私たち企業の健全な発展があります。きれいごとではなく、心の底からそう思っています。
リーダーにとって最も重要な資質とは
アリババグループがニューヨークで上場した2014年、創業者のジャック・マー時は稲盛氏と2度目の対面を果たした。
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——リーダーの資質を身に着けるにはどうすればいいですか。稲盛さんは著書の中で、(中国明代の思想家呂新吾氏の言葉を引用し)「リーダーとして最も重要な資質は、常に物事を深く考える、重厚な性格(深沈厚重)だ」とおっしゃってます。「磊落豪雄」は2番目の資質で、聡明才弁は3番目だと。私はリーダーとして聡明才弁は不可欠な資質だと考えていますが、どうすれば深沈厚重の境地にたどり着けますか。
稲盛:深沈厚重は心がけが良く正直なこと、鍵は「心」です。思想・哲学を持っていることが最も大事ですね。
私は後継者を決めるとき、能力だけを見たわけではありません。経営、技術といった能力は当然重要ですが、最も重要なのは「魂」ですよね。大事なのは誠実、善良、慈愛の心、利他の心を持っていることで、私はそういう人を後継者に選びました。仕事ができるのはもちろん大前提としてあります。
会社で仕事をしていると、苦悩も喜びもあります。マーさんがおっしゃる通り、私たちは仕事をしながら修行しているのです。この修行の中で、人格を高めることが非常に重要です。
日航の再建に携わった際、離任に当たって後任を決めなくてはなりませんでした。日航には東大出身の幹部がたくさんいました。彼らは頭も良くて、能力も高く、戦略技術にも精通しています。私は臨時の会長にすぎませんし、再建に成功したらすぐ退任するつもりでした。
ではこの重責を誰に託しますか。結果、私は経営の経験がない、現場のたたき上げのパイロットを選びました。数々の発言から、品格の高さを感じたからです。だから彼を社長にしました。彼は素晴らしいマネジメントを行いましたから、自分の選択は正しかったと思っています。
日本の家電メーカー凋落の原因は?
シャープは2016年、台湾企業の鴻海精密工業に買収された。
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——日本の家電大手はなぜ凋落したのでしょうか。1980~90年代、ソニー、シャープ、パナソニックのような家電メーカーはとても強かった。しかしインターネットが出てきた2000年以降、これらの企業はその潮流に乗れませんでした。アリババはネットの波を利用して大企業に成長しました。この歴史から学ぶべきことはありますか。大企業の弱さはどこにあるのでしょうか。
稲盛:日本の家電メーカーは1980~90年代が最盛期でした。急成長しました。その後バブルが終わってから、日本の大企業の経営者は現状にあぐらをかくようになりました。安定している時に危機感を抱かなかったのが、衰退の原因の一つでしょう。
もう一つ。当時の家電企業のリーダーは皆、豊かになった日本で育った人たちです。今は50代ですね。苦労らしい苦労をせず、事業を引き継いだ人たちなので、厳しい経済環境でチームを率いて勇猛果敢に前進するような気迫、闘志は欠けているかもしれません。賢い賢くないの問題ではなく、闘志がないのです。恵まれた環境で育ち、有名大学を卒業し、苦労なく成長しました。彼らがリーダーになったのが、日本の家電メーカーの衰退の原因だと思っています。
後継者教育が不十分だとも思っています。日本の大企業は一般的に4年、長くても5、6年で社長が代わります。後継者教育はとても大事ですが、優秀な経営者としての資質を備えている人をどう選ぶか、資質を伸ばすためにどう教育するか。これらが解決されていないことも、大企業の衰退の原因だと思っています。
他社の悪口は言いたくないのですが、勉強のために例を挙げましょう。ソニーの衰退は、後任選びが良くなかったかもしれません。数代にわたって「ふさわしくない人」を選んだのが、衰退の原因だと考えています。ソニーは井深大、盛田昭夫という創業者から大賀(典雄)さんまでは、「最も良い人」とは言えなくても、社長業をやれる人を選んできました。しかし、出井さん以降はだめですね。マーさんが日本にいたら、あの時の社長人事はだめだと分かったはずですよ。私はソニーが衰退する前から見えていました。
アリババは創業してからまだ十数年です。マーさんはまだ若い。だから心配する必要はないかもしれません。ただ、企業経営は、どういう人に後を任せるかが最も重要な問題です。その意味で言えば、今日マーさんは若手幹部を集めて、私を利用して教育しているのかもしれませんね(笑)。真剣に質問し、真剣に学ぶ。この姿勢はお見事です。
マー:どうぞどうぞ。後任選びは、企業カルチャーを継承する鍵ですね。私は60~70歳で次の人を選ぶのはとてもめんどくさいと思いました。ここにいる人は皆、後継者ですよ。
もうろくしてから後継者を探すのはよくないですね。気力体力があるときにやっておかなければ(笑)。
人格を磨くにはどうすればいいですか
——人格を磨くにはどうすればいいですか。先ほど「利他の心」が非常に重要とおっしゃっていました。同時に闘争心も必要だと。これらの精神的なものを日々の仕事でどうやって身につけますか。
稲盛:仕事はきついでしょ。さまざまな難題にぶち当たり、ひどい目に遭うこともあるでしょう。仕事が順調なときは楽しいですよね。これらの経験全てが人格をつくる修行です。マー先生がさっき良いことをおっしゃいました。つらい仕事を苦労してやって乗り越えて、ようやく自分の人格を高めることができるのです。
時にはどんなに努力して、力をふり絞っても解決できないこともあります。心の眼を開かないと、物事の本質は見えません。精神力を高めましょう。
(敬称略)
浦上早苗: 経済ジャーナリスト、法政大学MBA実務家講師、英語・中国語翻訳者。早稲田大学政治経済学部卒。西日本新聞社(12年半)を経て、中国・大連に国費博士留学(経営学)および少数民族向けの大学で講師のため6年滞在。最新刊「新型コロナ VS 中国14億人」。未婚の母歴13年、42歳にして子連れ初婚。