2022年は新規株式公開(IPO)件数が前年に比べて激減。米仮想通貨取引所最大手コインベース(Coinbase)などハイテク企業の上場が相次いだ季節はすでに遠い昔のような……。
REUTERS/Shannon Stapleton
特定買収目的会社(SPAC)との合併を通じた上場ブームで過去最高水準の活況を呈した2021年から一転、2022年に入るとハイテク企業の新規株式公開(IPO)には急ブレーキがかかった。
金融情報サービスのディールロジック(Dealogic)によれば、2021年9月上旬時点の新規上場社数は700社、上場時の資金調達額は2280億ドルに及んだが、2022年は同時点で上場社数が142社、調達額が170億ドルと見る影もない。
あまりの激減ぶりに、テック系スタートアップや投資家、バンカーらが抱く疑問はただ一つ。このIPO「冬の時代」はいつ終わるのかということだ。
IPO業務を担当する投資銀行のバンカーに取材したところ、2023年第1四半期(1〜3月)後半から第2四半期(4〜6月)には再び上場の動きが活性化するとの意見が多く聞かれた。
なお、専門家によれば、第1四半期は例年スタートアップの年次監査のクロージングが集中する時期で、上場の動きが鈍くなる傾向がある。
2021年を振り返ると、仮想通貨取引所のコインベース(Coinbase)やサイバーセキュリティのセンチネルワン(SentinelOne)など話題性の高い高成長ハイテク企業が相次いで上場を果たしたが、これから株式公開する企業はそれらとは異なる次元で評価の目にさらされることになると専門家は指摘する。
あるバンカーはInsiderの取材に対し、2022年あるいは2023年に株式を公開する企業は、規模や成長性、収益性など主な評価指標について、2021年に上場した企業より高いハードルを超える必要があるとの見立てを語った。
また、別のバンカーによると、株式公開を目指すスタートアップが目下慎重スタンスの投資家の関心を惹きつけるには、年間売上高で少なくとも3億~5億ドル、上場時の想定時価総額で40~50億ドルが必要になるという。
顧客体験改善支援のユーザーテスティング(UserTesting)やドキュメント指向データベースのカウチベース(Couchbase)のように、年間売上高が1億ドル程度、想定時価総額が10~20億ドルのスタートアップでも上場できた2021年に比べると格段に厳しい条件だ。
不安定な市場においては、ビジネスモデルと市場規模がこれまで以上に重要になると、取材に応じたバンカーたちは口を揃える。
IPO支援業務を担当する複数のバンカーによれば、IPOの関門を真っ先にくぐり抜けるのは得てして、法人向けSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)のような分かりやすく予測可能なビジネスモデルを持ち、十分な規模の獲得可能な市場をターゲットにしている企業だという。
例えば、IPO業務を担当するあるバンカーは、サイバーセキュリティのような不況に強い分野のソフトウェア企業は、広告やEコマースなど景気の影響を受けやすい分野の企業を上回るパフォーマンスを発揮する可能性があると指摘する。
ハイテク企業のIPOは2023年まで期待薄と見られるのに対し、9月と噂される独フォルクスワーゲン(Volkswagen)傘下ポルシェ(Porche)の株式公開など、今後想定されるハイテク企業以外によるIPOのパフォーマンスを、バンカーたちは今後の展開を占うものとして注視する。
ただし、スタートアップもバンカーも目下重心を置いているのはビジネス上の他の優先課題であって、株式公開は二の次の話だ。
スタートアップはコストと人員の削減を徹底することで、キャッシュ不足に陥るまでの時間を稼ぐと同時に業務効率の改善を進めており、資金需要が生じた場合でも(公開市場ではなく)まずはプライベート・マーケットに目を向ける。
バンカーも同様で、IPOが再び勢いを取り戻すまでは、融資や私募など他の業務に時間と労力を割いている。
IPO助言業務を担当するバンカーの見立てでは、(銀行借り入れや社債発行など)デットファイナンス市場が金利上昇によって下火になり、新たな市場の現実に即した高い評価額を目指すスタートアップが出てくれば、M&A市場も回復に向かうという。
米ウォール街のバンカーに対する取材に基づき、IPO「冬の時代」を終えんに導く期待の3社を以下で紹介しよう。
モービルアイ(Mobileye)
モービルアイのアムノン・シャシュア創業者兼CEO。米半導体大手インテル(Intel)のシニアバイスプレジデントも兼務する。
David Becker/Getty Images
[累計資金調達額]5.15億ドル(クランチベース調べ)※2017年に米半導体大手インテル(Intel)による買収価格は約153億ドル
[売上高]14億ドル(2022年1月、インテルのSEC提出資料に基づく)
[事業内容]カメラ、画像処理半導体、ソフトウェアなど先進運転支援システム(ADAS)および自動運転向け技術を開発。
[IPO「冬の時代」に終止符を打つと言える理由]
2021年12月、親会社のインテルは2022年半ばまでにモービルアイを上場させる計画を発表。過半数の持株比率を維持すること、自動車向けの技術開発については上場後も継続して協業するとした。
しかし、イスラエルのビジネスメディア「グローブス(Globes)」(7月10日付)によれば、モービルアイのアムノン・シャシュアCEOは従業員向けメールで「株式市場が安定感を欠く」ことを理由にIPOを延期する方針を伝えた。
それでも、いくつかの理由から、モービルアイが有力なIPO候補であることに変わりはないとあるバンカーは強調する。同社は力強い成長と収益性を維持しており、現在の厳しい市場でその両者を兼ね備えていることには決定的な優位性があるという。
また、モービルアイはインテルの買収を受け入れる以前、2014〜17年はニューヨーク証券取引所に上場していたため、同社のビジネスモデルや財務実績をよく知る投資家は多く、安心感もある。
同社の広報担当にコメントを求めたが、親会社のインテルがモービルアイに関して最近出した声明の提供を受けるにとどまった。
それによれば、インテルは3月に非公開で目論見書のドラフトを提出しており、2022年中の上場を目指す計画に現時点で変更はなく、「米証券取引委員会(SEC)のレビューを経て承認を受けたあと、市場やその他の状況に応じて実施に至る見通し」だという。
インスタカート(Instacart)
インスタカートのフィジー・シモ最高経営責任者(CEO)。直前はフェイスブック(Facebook)アプリの責任者。ECプラットフォーム大手ショッピファイ(Shopify)取締役も現任。
Instacart
[累計資金調達額]29億ドル(同社発表)[売上高]18億ドル(2021年)
[事業内容]食料雑貨宅配サービス。ユーザーがオンラインで注文した食料雑貨を同社のスタッフが実店舗で買い物代行し、宅配する。
[IPO「冬の時代」に終止符を打つと言える理由]
2022年初頭に非公開で目論見書(Form F-1)のドラフトを提出したと発表して以降、同社のIPO計画に関する噂は絶えない。
米ウォール・ストリート・ジャーナル(7月28日付)は関係者の話として、インスタカートの株式公開が2022年中に行われるとの見方を伝えている。市場の不透明感と同社の業績低迷を踏まえると(報道が事実なら)大胆な動きと言える。
経営トップの交代、新規採用の減速、広告費の増加、新製品の発売といった最新の動きも、インスタカートが上場に向けて収益性の改善とブランド認知度の向上に取り組んでいることを示唆している。
インスタカートの広報担当にIPO計画についてコメントを求めたが拒否された。
IPO業務を担当するバンカーによれば、インスタカートの経営陣に対しては、ストックオプションのキャッシュアウト(現金化)機会を求める従業員からのプレッシャーが高まっているという。
ただ、同社は3月に従来の評価額を40%近く引き下げて240億ドルとし、さらなる引き下げの可能性も想定されることから、経営陣にIPOを急がせようと苛立ちを露骨に示してきた従業員たちも我慢せざるを得ない状況だ。
トリップアクションズ(TripActions)
トリップアクションズ(TripActions)アリエル・コーエンCEO。
TripActions
[累計資金調達額]13億ドル(同社発表)
[売上高]非開示
[事業内容]企業向けに出張、法人向けクレジットカード、経費管理などのソリューションを提供。
[IPO「冬の時代」に終止符を打つと言える理由]
アリエル・コーエンCEOはInsiderの取材に対し、次のようにコメントしている。
「2022年中にIPOを計画していたものの、市場低迷を受けて延期しました。現在も計画を再始動させるのに最良の時期とは言えませんが、市場が安定してその時期が来るときには準備万端という流れを想定しています」
パンデミック後の経済再開が進む中で出張需要も回復を続けており、トリップアクションズの収益増にも拍車がかかると見込まれる。
なお、ブルームバーグは8月、トリップアクションズがIPOのアドバイザーにゴールドマン・サックスを起用したと報じている。
(翻訳・編集:川村力)