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エリザベス女王死去で悲しみに包まれる英国、渇望される「鉄の女」の再来

エリザベス2世女王

Chris Jackson/Getty Images

9月8日、イギリスの女王エリザベス2世が死去した。

1926年生まれのエリザベス女王は、1952年に25歳の若さで国王に即位し、以降、実に70年にわたってイギリスの君主であり続けた。エリザベス女王の死去に伴い、王位継承順位1位だった長男のチャールズ皇太子が、新たにチャールズ三世として国王に即位した。

イギリスは深い悲しみに包まれている。イギリス王室は、エリザベス女王の葬儀をウェストミンスター寺院で9月19日に執り行うと発表している。また葬儀の当日は、バンクホリデーとして公休日となる。

8月30日に亡くなった旧ソ連のゴルバチョフ元大統領と合わせて、第二次世界大戦を経験した時代の生き証人が、また一人、この世から旅立ったことになる。

エリザベス女王が見つめたイギリスの没落と復興

エリザベス2世女王

Twitter/@RoyalFamily,Associated Press

イギリスの経済はエリザベス女王の在位の間、没落と復活を経験した。特に在位の前半である1950年代から1970年代の末まで、経済は深刻な状況だった。

戦後のイギリスでは、左派労働党政権の下で、俗に「ゆりかごから墓場まで」と称された高福祉政策とともに、エネルギーや交通などの基幹産業の国有化が進んだ。こうした計画経済的な政策は戦後復興に貢献したものの、1960年代に入ると経済の硬直性を生み、国内で高物価と低成長が定着するようになった。いわゆる「イギリス病」であり、当時の英国の成長率は西欧で最も低かった。

1965年、伝説的なロックバンドであるビートルズに対して、エリザベス女王は叙勲した。多大な外貨をイギリスにもたらしたことに対する功績を称えたものだが、言い換えれば当時のイギリスには、ビートルズ以外、輸出競争力を持つものがなかった。1976年には国際通貨基金(IMF)に支援を仰ぐなど、経済は危機的状況となった。

期待される「鉄の女」の再来

こうした状況を打破したのが、当時「鉄の女」の異名で呼ばれたマーガレット・サッチャー元首相だった。

マーガレット・サッチャー元首相(1996年撮影)。

マーガレット・サッチャー元首相(1996年撮影)。

Reuters

1979年に首相に就任したサッチャー氏は、基幹産業の民営化や金融自由化といった構造改革を次々と断行、経済の体質改善に取り組んだ。短期的には高失業などの痛みを伴ったが、北海油田の開発が進んだこともあり、イギリス経済は1991年から2007年まで息の長いプラス成長が続いた。

2013年に87歳の生涯を閉じたサッチャー元首相は、エリザベス女王とは同世代。サッチャー元首相もまた、イギリスの経済を復活に導いた指導者として高く評価されている。

そのサッチャー元首相の「再来」を期待されて9月6日に就任したのがリズ・トラス新首相だ。彼女はエリザベス女王が任命した14人目にして最後の首相となった。

9月6日、エリザベス女王に謁見するリズ・トラス新首相

9月6日、エリザベス女王に謁見するリズ・トラス新首相。謁見は、女王が死去する2日前のことだった。

Jane Barlow/Pool via REUTERS

ボリス・ジョンソン前首相を貿易相や外相として支えたトラス氏は、筋金入りの対EU強硬派だ。そのため、EU離脱に賛成した有権者の人気は高い。

また自らが最も尊敬する政治家がサッチャー元首相だと答えたこともあり、鉄の女の「再来」を期待する声も大きい。しかし過去には舌禍も多く、政治家としての資質を問う声も少なくない。

そのトラス新首相を悩ませるのが、未曽有の高インフレだ(図)。

イギリスの7月の消費者物価は前年比10.1%上昇と1982年以来の高水準となり、イギリスは先進国の中で最もインフレの加速がひどい経済となっている。ロシアのウクライナ侵攻に端を発した燃料高や食品高の影響に加えて、通貨ポンドの急ピッチでの下落がイギリスのインフレを加速させている。

イギリスの政策金利と消費者物価

(注)コア消費者物価は、消費者物価からエネルギーなど変動が大きい項目を除いたもの。

出典:英国立統計局

政府によるインフレ対策が「むしろインフレ要因」の指摘

与党・保守党の党首選を勝ち抜いて就任したトラス新首相は、インフレ対策として大規模な減税や補助金の給付を公約に掲げた。インフレの痛みを和らげるものだとして保守党の一般党員に支持されたことが、今回の保守党の党首選での勝利につながった。とはいえ、こうした政策は一見正しいように感じるが、それほど単純なものではない。

インフレ対策として大規模な減税を実施したり、補助金を給付すると、その分だけ財政は悪化する。経常収支が赤字のイギリスにとって、財政の悪化は債券・通貨売り要因となる。そのためイギリスでは、保守党の党首選でトラス新首相が勝利した前後から、金利が上昇を強めており、また通貨は下落が進んでいる。

これはイギリスにとって望ましくない。

政府によるインフレ対策は、イギリスの中央銀行であるイングランド銀行(BOE)が進めてきた利上げの効果を弱めるものだ。2021年12月から段階的に利上げを進めており、9月15日の金融政策委員会(MPC)でも0.5%以上の利上げを行うと予想される。こうした利上げの効果を、トラス首相のインフレ対策はむしろ弱めてしまう。

本来、燃料高や食品高という供給の減少に伴うインフレに対して、需要の減少を促す利上げは効果的とはいえない。しかしイギリスのインフレもまた、インフレの構図が供給の減少から需要の増加にシフトしている。需要の増加を反映したインフレなら、利上げをして景気にブレーキをかけたほうが効果的だが、それを民意が許すかは別問題だ。

有権者は、景気の失速につながりかねない利上げよりも、トラス新首相によるインフレ対策のほうに期待を寄せる。難しい舵取りになるが、バランスを間違えてしまうと、トラス新首相はかえってインフレに拍車をかけてしまうことになりかねない。

トラス新首相は英国復活のシンボルになりえるか

リズ・トラス新首相

リズ・トラス新首相。

Markus Schreiber/Pool via REUTERS

イギリスの現代史において、女性リーダーは特別な意味を持っている。

在位が歴代最長となったエリザベス女王は、国民に慕われ続けながら、イギリスの経済の没落と復活を見届けた。そのイギリスの経済を復活に導いたのが、鉄の女ことサッチャー元首相であった。イギリスのEU離脱交渉を率いたテレーザ・メイ元首相もまた女性である。

とはいえ、EU離脱交渉をまとめきれなかったメイ元首相の影はすっかり薄くなってしまった。今後も、メイ元首相はエリザベス女王やサッチャー元首相と並んで語られることはないだろう。

現在の経済の難局面を乗り越えることができれば、トラス新首相も彼女たちと並ぶリーダーとしてイギリス国民に認められるのかもしれない。

一方、インフレ対策で失敗すれば、2025年1月までに予想される次期総選挙で、与党・保守党は敗北を余儀なくされる。一転して、トラス新首相は敗軍の将になりかねない。

さらに懸念されることは、トラス新首相の外交姿勢だ。

トラス新首相は中国やロシアのみならず、離脱はしたものの連帯が必要なEUに対しても強硬な姿勢で臨もうとしている。アジア太平洋諸国への接近を試みたとして、その成果が直ぐ出るわけではない。

現実的なさじ加減で外交に臨めるか、トラス新首相の胆力が試されるところだ。

(文・土田陽介


土田 陽介:2005年一橋大経卒、06年同修士課程修了。エコノミストとして欧州を中心にロシア、トルコ、新興国のマクロ経済、経済政策、政治情勢などについて調査・研究を行う。主要経済誌への寄稿(含むオンライン)、近著に『ドル化とは何か‐日本で米ドルが使われる日』(ちくま新書)。

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