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異例の高専「100億円基金」。無償化へ大手企業の“共感の輪”集まるか…「やりきる」起業家の覚悟

寺田氏の写真

新設高専「神山まるごと高等専門学校」の理事長もつとめる寺田親弘氏。Sansanの創業社長でもある。

撮影:伊藤有

「1社10億円(の奨学金の拠出)は、社会貢献(CSR)費としては大きすぎるんです」

Sansan創業者で、来春開校する新設高専「神山まるごと高等専門学校」の理事長をつとめる寺田親弘は、Business Insider Japanの取材に、資金集めの苦労を率直に語る。

2019年の高専の構想発表から3年。一部上場(現・東証プライム)までSansanを率いた創業社長の経営手腕をもってしても、畑違いの高専新設プロジェクトを進めるのは一筋縄ではいかなかった。

9月6日の開校決定の報告会で発した「語り尽くせぬほどいろんな困難に直面してきた」という言葉には、数多くのハードルを乗り越えてきた重みがにじむ。

その寺田が今、開校までにやりきらねばならない「大仕事が残っている」というのが、神山まるごと高専の無償化を支える「100億円の奨学金基金」の資金集めだ。

大企業との寄付交渉を続けるなかで、見えてきた手応えと、企業による教育支援の今を聞く。

目指すは「起業家教育の無償の高専」

校舎の様子

廃校は大幅にリノベーションして学生寮として使う。反対側のグラウンド側では、エレベーターの後付け工事が進んでいた。

撮影:伊藤有

100億円基金の寄付は、9月6日時点で55億円を集め、どうにか折り返し地点を超えた。

寺田が「100億円」にこだわるのは、それが「運用益によって、持続可能な形で高専を実質無償化する」という異例のプランの根幹だからだ。

「1社10億円×10社で100億円」を掲げるが、企業側には基本的に「金銭的な儲けのリターン」はない。

この条件で10億円規模を拠出できる国内企業となると、自然と日本の名だたる上場企業に白羽の矢が立つ。

資料の写真

9月5日の開校報告会で配られた資料より。奨学金基金として外部の投資会社に運用委託し、年間5億円(利率5%)の運用益を得て、その全額を高専に寄付し続けるスキーム。

撮影:伊藤有

寺田はこの1年半、上場企業の経営会議・役員会議に出席。自らのプレゼンで神山まるごと高専に寄付する意味を伝えてきた。

経営者たちに拠出を願い出ることを、寺田は「ピッチに立つ」という言葉で表現する。

「ピッチ」とは、スタートアップ企業が投資家向けに事業プランを説明する業界用語だ。東証プライム上場企業の経営者で、今もピッチに立つ人物はあまり聞いたことがない。

プレゼンは毎回30分ほど。その回数はこの1年半で100回以上を数える。

「オンライン出席が許容されるコロナ禍だったからできた」(寺田)とは言うが、上場企業を経営する傍らで、その回数、ピッチに立つというのは想像を絶するハードワークだ。

会見の様子

9月6日に神山町役場で開かれた開校発表報告会の様子。右は学校長をつとめる大蔵峰樹氏。大手IT企業のCTO経験者でもある。

撮影:伊藤有

—— 認可を得てもなお、また現時点も相当なハードワークだと聞きます。改めて、なんのために高専をつくるのでしょうか。

寺田:時期(フェーズ)ごとに違ってきますが正直、「責任感」で駆動していた部分は大きかった。

これだけの人を巻き込んで、教職員も移住してもらって。責任感で駆動している部分が(自身がこれまでやってきた)ビジネスフィールドとは全然違う部分がある。

ただ、(資金集めのプレゼンを繰り返すなかで)共感の雪だるまが広がっていく様子を見て、何かきっと意味あることができてるんじゃないか、と(実感することが増えた)。

—— 「100億円基金」は55億円まで集めたと発表しました。残り45億円、手応えは。

寺田:10社集まれば、持続可能な実質無償の学校になる(との構想)のですが、いま6社まで集まった。内示があと2社くらい。なんとか(2023年4月の開校までに)10社、いきたい。

とは言っても、すごく大きな投資や寄付を(参画した)皆さんにはしていただいて。

開校説明の様子

地元住民向けの神山まるごと高専の開校説明の様子。デロイトトーマツ、ソニーグループ、伊藤忠テクノソリューションズ、ソフトバンク、ミクシィ(取締役ファウンダー笠原健治氏)、セプテーニの6社が参画した。総額55億円が集まっている。

撮影:伊藤有

「ソニー奨学生」や「ソフトバンク奨学生」が毎年4人ずつ生まれるわけです。

お金を出して、はいがんばってね、という話ではなくて、(企業と生徒の)コラボレーションをどうしていくかっていうのが(奨学金の)趣旨。

サマースクールで集まった子たちを見ていると、「モノを作ってコトを起こしていく」ことに対して意欲が高い。(彼・彼女らは)部活の感覚で、こういう大手企業の人たちを巻き込みながらやっていくんだろうな、という感覚はありますね。

—— とはいえ、集めきるのは簡単ではない。

寺田:(100億円を集めきるのは)大仕事。やりきれば、メッセージになると思う。

私立で、エッジ(の立ったカリキュラム)を立てて、今の神山まるごと高専だったら(学費が200万円でも)生徒は集まると思います。でも、それでは意味がない(と、社会に伝えたい)。

開校説明の様子

神山まるごと高専では、本来の1人あたりの学費を200万円と試算している。ほぼ一切儲けがなくても、人件費、設備コストなど合わせるとこの金額になるとする。

撮影:伊藤有

—— 10億円を拠出してもらう難しさは、どんなところにありますか。

寺田:10億っていうのはなかなか(の金額)ですよ。各社それぞれ、判断いただくポイントは違うんですが、社会貢献としては(金額が)大きすぎるんです。「CSR費※で10億って聞いたことがない」と皆さんおっしゃいます。

※Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任、社会貢献)の略語

ですから、「機会」に対して「投資」をしてくださいと説明してきました。

(自社が支援した)学生たちが、毎年4人ずつ積み重なっていく価値って、とてつもないものがないですか、と。それも5年10年ではない。もしかすると100年200年続くかもしれない。

3年前にはあまり聞きませんでしたが、今となっては、国も起業家教育と言い始めている。

唯一といって良い選択肢に集まってくる(10代の)人たちに、毎学年40人だけではなく、(受験志望者の)関係人口的に考えれば、すごい数が連なっている。

そのど真ん中で、スカラシップパートナーでいていただく。

起業家予備軍、DX人材、10代の頃から引きつけていくそのネットワークの中の“ヘソ”として、スカラシップパートナーがある……というのが価値じゃないかなと思います。

「共感トリガー」が発動しない限り1社10億円は出てこない

10億円の拠出を決めるのは、日本の名だたる上場企業でも大きな意志決定になる。寺田は、交渉を進めるなかで、その議論の輪が広がること自体に、大きな意味を感じ始めたと言う。

神山町の風景

神山町の風景。ふと、囲まれた山を見上げると、稜線に風力発電の風車が並んでいた。

撮影:伊藤有

寺田:(実際、出資検討は)1社を除いてすべて経営会議にかかってます。ある大手企業は、経営会議2回にわたって議論になりました。「1つの議題にこんなに議論したことはない」と。

それくらい、(教育への10億円拠出というのは)コントラバーシャル(議論を引き起こす)なテーマなんです。

—— CVCや投資部門の意志決定の方が、むしろ論点がわかりやすいかもしれません。

寺田:(通常の投資なら)簡単です。IRR(内部収益率)は?何倍出るの?という話ですから。

僕は(この件を通じて)いろんな会社の経営会議や取締役会でピッチしましたが、「趣旨は良いけど10億でしょ?」と、毎回なります。

僕も企業経営をしてますから、それはそうだろう(当然の反応)と思います。

—— 1年半で100回以上もピッチをやってきた。自身で語らなければ、やはり10億円の寄付提案は通りませんか。

寺田:僕が喋らないと絶対に無理ですよ。なんでかというと、基本的には(経営陣が拠出を決定する)トリガーが、「共感」しかないからです。

共感トリガーが発動しない限りは、何も起きない。

経営トップが共感するかしないかです。名だたる企業、無理矢理にでも全社、社長に会ってきました。

神山町の風景

校舎は「オフィス」という呼称(正式名称)で呼ばれており、学生寮から徒歩5分ほどの場所に建設中。平屋建ての大きな空間を支える木材は神山町産材を使っている。

撮影:伊藤有

—— しかも、その高専自体はまだ開校もしていない。

寺田:(企業側にも)意志決定力が必要ですよね。IRRがない、つまり定量化して証明できるものがない。だから、定性的なものに向き合ったときの経営力が問われる。

(経営幹部は)株主のお金を預かっている身ですから、どういう意義があるのか、真剣に考えます。

ある会社では「創業以来、経営会議が初めて半々に割れた」とも。そういう話がいっぱいあります。

取締役会までいったけど否決されたことも、もちろんある。

久々に自分でド営業をしましたけど、いろんな会社の経営トップの意志決定を見て、すごく学ばせてもらいました。

先日、神山まるごと高専を語る会議である先生とご一緒したときは、定量的にも、企業の教育への投資が日本はアメリカと比べると小さすぎるとおっしゃってました。

—— 大企業には高等教育を受けた人材が入社してくる可能性が高いこと思うと、確かに教育にコストを支払わないというのは、妙な話ですね。

寺田:構造的には、(企業が公的・私的な教育へ)一種のフリーライドしていることになりかねない —— みたいな構造が、日本にはきっと気づかないうちにあって。

(高専の活動が)そういう流れが変わる、1つのきっかけになってくれたらいいな、という想いもあります。

(本文敬称略)

(文・伊藤有

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