パタゴニア(Patagonia)創業者のイヴォン・シュイナード。
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- 米アウトドア用品パタゴニア(Patagonia)創業者のイヴォン・シュイナードは9月14日、同社の全株式を手放す考えを明らかにした。
- シュイナードの声明によれば、株式譲渡や新規株式公開(IPO)ではなく、新設するトラストと非営利団体に全株式を委託する形となる。
- 新たなトラストは、パタゴニアが事業を通じて生み出す利益を気候変動対策に振り向けることになる。
米パタゴニア(Patagonia)の創業者イヴォン・シュイナードは9月14日(米国時間)、同社が生み出す事業利益を気候変動対策に充てるため、新たに設立したトラストと非営利団体に全株式を移管すると発表した。
「私たちは『株式公開に進む(Going public)』のではなく、『目的に進む(Going purpose)』のです。自然から価値あるものを収奪して投資家の富に変えるのではなく、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守るために使用します」(日本語版ウェブサイトより)
83歳のシュイナードは、パタゴニアの価値観を損なう可能性のあるオーナーに会社を売却したり、株式を公開して「会社は株主のもの」といった思想に従ったりすることなく、独自のオーナーシップモデルを選んだ。
評価額30億ドル(約4300億円)とされるこのアウトドア用品ブランドの全株式は、新設された「パタゴニア・パーパス・トラスト(Patagonia Purpose Trust)」と非営利環境団体「ホールドファスト・コレクティブ(Holdfast Collective)」にそれぞれ委託、譲渡される。
同社ウェブサイトの説明によれば、ホールドファスト・コレクティブはパタゴニアの98%とすべての無決議権株式を保有し、パーパス・トラストは残り2%とすべての議決権付株式を保有する。
「私たちが責任ある事業という試みを始めてから約50年(1973年創業)になり、それはまだ始まったばかりです。
事業の繁栄を大きく抑えてでも今後50年間の地球の繁栄を望むのならば、私たち全員が今手にしているリソースでできることを行う必要があります。これが、私たちが見つけたもう一つの方法です」(同)
Insiderがパタゴニアから提供を受けた声明文によれば、今後、同社が事業運営のために再投資に回す以外の剰余利益はすべて配当金としてホールドファスト・コレクティブに分配され、環境保護活動に使われる。
同社は配当金の規模感を年1億ドル(約140億円)と見積もっている模様だ。
同社は財務情報を公開していないものの、米フォーブスの試算によれば、年間売上高は8億ドル(約1100億円、パタゴニアの広報担当は「不正確である可能性が高い」としている)。
今回の決定について、シュイナードは米ニューヨーク・タイムズ(9月14日付)の取材に応じ、同社の動きが「少数の富裕層と大勢の貧しい人々という構図に帰結しない、新たな形の資本主義(の形成)に影響をもたらす」ことを期待するとともに、今後「地球を救うために積極的に活動している人たちに対して最大限の資金を提供していく」と語っている。
パタゴニアの株式移転の仕組みづくりを支援した米マーチャントバンクBDT(ウォーレン・バフェットら著名資産家のお気に入りとして知られる)のダン・モズレーは上記のニューヨーク・タイムズ記事で、パタゴニアの今回の判断は過去に類を見ないものと評している。
「30年以上にわたって資産運用や計画策定に関与してきましたが、今回のシュイナード・ファミリー(シュイナードおよびその家族のファミリー企業)の判断にはただただ驚かされるばかりです。
まったくもって、献身的と言うほかありません。(全株式を手放せば)もう取り戻すことはできないわけですが、彼らは絶対そのようなことは考えない人たちなのです」
シュイナード・ファミリーは、ここまで生涯を通じて財産のほとんどを寄付しており、アメリカで最も慈善活動に熱心なファミリー企業をリストアップするとしたら、そこに名前が挙がることは間違いない。
今回の声明の冒頭で、シュイナードは自らのスタンス、パタゴニアが貫徹してきた取り組みの基礎にある考え方について、端的に語っている。
「私はビジネスマンになりたいと思ったことはありません。クライミング用具を友人や自分用に作る職人から始めて、後にアパレルの世界に入りました。
世界中で温暖化や環境破壊が広がり、自分たちのビジネスが及ぼす影響を目の当たりにするようになったことで、パタゴニアは自分たちの会社を活用して、これまでのビジネスのやり方を変えることに取り組んできました。
正しい行いをしながら生活に十分な資金が稼げるならば、顧客や他のビジネスにも影響を与えられるし、そうしている間にこの仕組みも変えられるだろう、と」(公式ウェブサイトより)
また、前出のニューヨーク・タイムズ記事で、シュイナードはこうも語っている。
「私は明日死ぬかもしれません。しかし、パタゴニアは今後50年間、正しい行いを続けていくでしょう。私が(オーナーとして株式保有を続ける形で)そばにいる必要はないのです」
パタゴニアの現在の取り組みについては、Insiderがローズ・マーカリオ前最高経営責任者(CEO)の寄稿や、ライアン・ゲラート現CEOのインタビューを過去に公開している。ぜひ一読をおすすめしたい。
(翻訳・情報補足・編集:川村力)