【WELgee・渡部カンコロンゴ清花1】来日した難民を「グローバル人材」として就労支援。日本在住の道を切り開く

渡部カンコロンゴ清花

撮影:伊藤圭

ロシアのウクライナ侵攻によって日本に避難してきたウクライナ人は1800人を超えた。2021年以降、タリバンによる政権掌握を受けて日本に逃れたアフガニスタン人も、600人を上回る。

しかし母国の迫害や紛争から逃れたこれらの人々が、「難民」として日本に留まることを望んでも、認められる確率は極めて低い。2021年の難民認定率は、わずか0.7%だ。

日本で身の安全を確保したい人々に、難民認定以外の道はないのか—— 。

難民を「人材」と捉え、日本企業に就職してもらうことで長期の在留資格を得る、という新たな選択肢を示したのが、NPO法人WELgee(ウェルジー)だ。代表理事の渡部カンコロンゴ清花(31)らにとって、難民は救うべき弱い人々ではなく、名前で呼び合い、共に泣き笑う仲間だという。

「友だちとして勇気付けてくれた」

ホームレスの男性のイメージ写真

母国ではエリートだった人が、難民となり日本に来た途端にホームレスとなってしまうことも少なくない(写真はイメージです)。

Followtheflow/ShutterStock

2018年にエチオピアから来日した男性、Nさん(20代後半)はWELgeeのサポートで、2022年7月に完全栄養食を手掛けるスタートアップのベースフードに就職した。Nさんは母国で国立大を卒業後、銀行に勤めながらウェブメディアも立ち上げたエリート。政治的迫害を受けて来日したが、当初は言葉も分からず頼る人もいなかった。

「特に最初の半年は、本当に大変だった。お金が尽きて食事もできず住む場所もなく、野外で寝た日もある。経験したことのない冬の寒さと将来が全く見えない闇の中で、日本に来た自分を責めたこともあった」(Nさん)

彼は、スマホで検索した難民支援団体で日本語教室を紹介され、そこでボランティア講師をしていた渡部ら、WELgeeのメンバーと出会った。

難民認定は多くの場合、結果が出るまで数年かかる。Nさんも待つ時間の長さに希望を失いかけ「このまま、生き延びるためにお金を稼ぐだけの人生を送るのか」と、腐っていた時期もあったという。

しかし渡部らは彼の「日本で明るい未来を築くのだという秘めた情熱」を見込んで、社会人大学院「至善館」に推薦した。Nさんは至善館の奨学金審査をパスし、学費全額免除で入学を果たす。とはいえ、生活のために朝6時から工場で働き、夜と週末に勉強する生活はハードで、体調を崩し入院したこともあったという。

「彼は同級生と同じように経営学を学んでいるのに、自分だけ所属がないという孤独も感じていたようです」とも、渡部は振り返る。WELgeeのメンバーはそんな彼を励まし続け、本人すら忘れていた誕生日を、サプライズで祝った。Nさんは2年後、無事MBAを取得した。

2022年の8月にオンラインで開かれた「就職祝い」で、Nさんは次のように話した。

「苦しい時、サヤカたちが友だちとして勇気付けてくれたおかげで、将来何をすべきか見失わないでいられた。WELgeeと出会わなければ大学院に行くこともなく、今もレストランや工場でバイトをしていたでしょう」

難民には母国で高い教育を受けた人も多数

難民としての庇護を求め来日した人々には、多くの困難が待ち受けている。

難民認定の申請者は、一定の条件をクリアすると「特定活動」という在留資格を与えられるが、最初の8カ月は就労が許されない。彼らを受け入れるシェルターも少なく、生活費を使い果したらホームレスになってしまう人も多い。渡部は「彼らは山手線に終電まで乗り続けたり、N君のように野宿したり、終夜営業のファミリーレストランやファストフード店で夜を明かしたりしています」と説明する。

その後も多くの場合、数カ月おきに在留資格を延長しながら、アルバイトなどで食いつながざるを得ない。不認定となり「仮放免」の立場になると、移動や就労などを制限されるほか、出入国在留管理局(入管)への収容や、強制送還の可能性も出てくる。2021年には名古屋入管でスリランカ人女性が収容中に亡くなったことが、社会問題となった。

名古屋入管で亡くなったウィシュマ・サンダマリさん(33)。

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「でも彼らは母国の家族にすら、生活の苦しみを打ち明けられないんです」と渡部。豊かで安全な先進国・日本に逃れた自分は恵まれている、母国で今も厳しい状況にいるであろう家族を心配させたくない、と考えてしまうからだ。

「中には、家族を安心させようと友人の車の前で写真を撮ってSNSにアップし、車を買ったように見せかけていた人もいました」

アフリカなどから空路で来日する難民の中には、Nさんのように母国で高い教育を受け、専門職に就いて経済的に自立していた人が相当数含まれる。WELgeeにつながる外国人は8割がアフリカ出身という事情もあり、半数以上が大卒や大学院修了者だ。

「母国で医師や技術者として活躍していた人が、日本に来るとホームレス生活を強いられ、難民認定までの長さや認定率の低さに直面して、心も体もボロボロになっていく。あまりに理不尽だし、社会の損失でもあると思ったんです」

ヤマハ発動機も「グローバル人材」として採用

「JobCopass」公式サイト

2019年には就労支援サービスを「ジョブコーパス」と名付けて正式に開始した。

「JobCopass」公式サイトよりキャプチャ

WELgeeを訪れた外国人たちは、迫害の恐怖や日本での生活不安、来日後に支援をたらい回しにされた経験などから、人間不信に陥っていることもある。このためすぐに就労に目指すのではなく、イベントに来てもらって日本人と対話する機会を持ってもらう。スタッフだけでなく学生ボランティアやプロボノの社会人サポーターらにも参加してもらい、少しずつ信頼関係を築いていく。

本人の気力が充実し、働ける段階に至ったところで担当のキャリアコーディネーターが能力やスキルを洗い出し、履歴書づくりなどをサポート。人材のスキルと企業のニーズをマッチングし、「お試し就労」後、双方が合意に至れば本採用となる。担当者は採用後も、企業と本人、両者の相談に応じ、定着を支援する。17年に就労支援を始めてから2022年7月までに19人が企業に採用された。

晴れて社員となった人は、勤め先の申請によって在留資格が特定活動から「技術・人文知識・国際業務」に変更されれば、難民認定を受けなくても日本で安定して暮らすことが可能になる。これまでに5人の在留資格が変更された。

第2回で詳述するが、企業側にとっても日本と母国、両方のカルチャーに通じた「難民人材」を採用するメリットは大きいと、渡部らは考える。例えば、WELgeeを通じてナイジェリア人2人を雇用したヤマハ発動機は、2人をアフリカの新規事業にアサインし、現地の投資先と日本との仲介役を担ってもらっているという。

難民は「一緒に生きる仲間」

渡部カンコロンゴ清花_経歴

撮影:伊藤圭

渡部は、NPO法人ETIC.の学生起業家育成プログラム「MAKERS UNIVERSITY」の一期生だ。プログラムで渡部のメンターを務めたNPO法人クロスフィールズ代表理事の小沼大地は、彼女の構想を初めて聞いた時「今まで誰も着手していないアプローチで、面白い」と思ったという。小沼は渡部にこう尋ねた。

「難民問題は今後、国内の大事なイシューになるだろうし、時宜を得ていると思う。ただ本当にやるなら、あなたは当事者の大きな期待を背負うことになる。やり切る覚悟はありますか」

起業家志望の若者は大抵、小沼にこう聞かれるとひるんでしまう。しかし渡部は「すごい目力」で「絶対にあります」と答えた。

「起業家志望者は、自分の実現したいビジネスモデルにおぼれがちだが、彼女は目の前の、困っている人のことを真剣に考えていた。ただものじゃないと思いました」(小沼)

渡部の大学時代の恩師で先住民族支援に長く関わる、静岡文化芸術大教授の下澤嶽は、WELgeeの活動について次のように分析した。

「難民支援は従来、法解釈や政策に偏りがちで、専門外の人が立ち入りづらかった。しかし彼女たちは、難民を救うべき弱者ではなく一人の人間、一緒に生きる仲間と捉え直すことで、難民認定以外にも道はあると示し、支援の選択肢を広げたのです」

しかし読者がもし経営者だったとして、何も知らない状態でいきなり「難民人材を採用しませんか?」と言われたらどう反応するだろうか。

何言ってるのこの人。日本に難民っているの?雇えるの?それって不法就労なんじゃ?……こんな疑問が湧き上がってもおかしくない。

就労支援事業を始めた当初は、ほとんどの企業がまさにこうした反応を示したという。前例のない事業を、渡部たちはどのように作り上げていったのだろうか。

(敬称略・続きはこちら▼)

(文・有馬知子、写真・伊藤圭、連載ロゴデザイン・星野美緒)

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