撮影:伊藤圭
渡部カンコロンゴ清花(31)は2016年、任意団体「WELgee(ウェルジー)」を設立した(18年にNPO法人化)。当時、無償で借りていた1Kの事務所には、住む場所のない難民申請者らと渡部たちスタッフが、寝袋で雑魚寝していたという。
最初は、日本人と「難民」との対話の場である「WELgeeサロン」や、認定申請者を日本人サポーターの自宅に招く「難民ホームステイ」などが事業の柱だった。このほか住まいのない人を一時的に受け入れる緊急用シェルターや、シェアハウスの開設にも取り組んだ。
しかしホームステイで「初めて日本人の家でご飯を食べさせてもらった」と喜んだ人も、現実に戻ればひとりぼっちだ。シェルターに入れても、お金を稼げなければホームレスに戻ってしまう。
「日本人との交流もシェルターも、社会に必要な機能です。ただ私たちのようなソーシャルベンチャーができることには限りがある。手持ちのリソースや人材で、より大きな波及効果を得られる事業は何かを探した結果、見えてきたのが就労支援でした」
2018年ごろから取り組み始めたが、最初のうちは企業にテレマーケティングしても全滅、知り合いのつてをたどって営業しても、採用に前向きな企業はなかなか現れなかった。実績がないため「難民人材は、御社の戦力になると信じています!」と、希望的観測を訴えることしかできず、説得力にも乏しかった。
ただそのうち、営業相手のほか、シンポジウムなどで渡部の講演を聞いた経営者たちから「知り合いの経営者を紹介しよう」「うちでインターンしてはどうか」「プログラミング技術を提供したい」などといった申し出が、ちらほらと出るように。
2019年には就労支援サービスを「ジョブコーパス」と名付けて正式に開始し、ヤマハ発動機に採用されたナイジェリア人が初めて「技術・人文知識・国際業務」の在留資格に変更された。
受け入れに抵抗する社員も
note「ウェルジーマガジン」よりキャプチャ
国内外で中古商用車販売を手掛ける「ネントリーズ」(東京・渋谷区)は、WELgeeの支援を受けてコンゴ民主共和国(DRC)出身のエンジニア、クリスを採用した。副社長の宮田誠紀は、初対面のクリスと昼食を共にした時「ちょっと人見知りで、食器を片付けるなど礼儀正しく振る舞うこともできる。当社のカルチャーにも合うんじゃないかと思いました」。
社長の津島一夫との面談を経て2021年3月、「お試し雇用」を決めた。社員もすんなり受け入れてくれるのでは……という2人の期待に反し、「想像の10倍くらい」抵抗があったという。
「社員たちには、言葉の問題からコミュニケーションに対する不安が大きかったようです」(宮田)
知らせを受けたWELgeeの担当者は職場に駆け付けた。そして、難民人材と良い関係を作るための心構えや具体的なやり方を、社員に詳しく説明した。一方で、日本語でのリモート勤務に負担を感じていたクリスとも何度も面談し、精神的なケアを続けた。
「WELgeeがクリスと私たちの間に入ってくれなかったら、採用はうまくいかなかったでしょう」と、津島は話す。
現在、クリスはソフト開発を担当。将来は「現地の習慣や文化を肌で知るクリスに、当社の展開するアフリカビジネスのハブを務めてほしい」と宮田は期待する。
クリスはいつも「日本で人生を一からやり直したい」と話し、終業後には一人、黙々と日本語を勉強していた。そんな彼の姿を見て、社員たちも少しずつ受け入れに前向きになりつつあるという。津島はこうも語る。
「もし僕が逆の立場で、アフリカで難民になったら同じことはとてもできない。彼のハングリーさには、いつも驚かされています」
クリスの持つ「ハングリーさ」は、難民人材の多くに共通する。渡部はそれを「逆境パッション」と呼ぶ。
「難民人材には母国で迫害されても人生を諦めず、未知の国に飛び込んで人生を再建しようという勇気と情熱がある。彼らの逆境パッションを見てきたからこそ、難民と企業を結び付ければ、両者ともに上のステージに行けると信じて、就労支援を続けられました」
ただ、企業の問い合わせの中には「人手不足なので、外国人でいいからとにかく人が欲しい」「ダイバーシティのため外国人を採用したいが、日本語検定1〜2級で空気を読める、できるだけ『日本人っぽい人』がいい」といった内容もあるという。
「日本人っぽい人がいいなら日本人を採ればいい。異質な存在がもたらす気付きや、既存の社員にない視点を取り入れ、会社を成長させたいという企業こそ、難民人材とWin-Winの関係を築くことができます」
ハイスキル人材へのアプローチが突破口に
2022年からは、AI用の学習データを作成する「アノテーション」の技術研修を開始した。
提供:NPO法人WELgee
「難民」がIT企業の技術者や大企業の社員になるというWELgeeの事業は注目を集め、メディアの取材も相次いだ。さらに2022年に入るとウクライナ避難民の来日もあり、難民問題そのものへの関心も高まった。これに伴い、団体への支援を申し出る企業や「ダイバーシティ研修」の講師を務めてほしいという依頼も増えているという。
WELgeeの就労支援モデルは、主にハイスキル人材と企業とのマッチングだ。しかし事業が知られるほど多くの企業とつながる機会も増え、まだスキルを持たない難民人材にもアプローチできるようになった。2022年6月には学習データ作成サービスのバオバブと協働し、シリアやウクライナの女性たちを対象として、AI用の学習データを作成する「アノテーション」の技術研修を始めた。
「私たちはおカネも人も少ないNPOから出発し、全ての人を一気に助けられるわけではない。でもハイスキルな難民人材の就労支援という『突破口』を開いたことで、ロースキル層へも支援を届けられるようになりつつあります」
もちろん、就労支援だけで難民問題の全てが解決するとは、渡部は思っていない。難民認定は、恒久的に、かつ安全に日本に留まるための最も確実な手段であり、認定基準の見直しや入管に収容された人々の処遇改善などは大きな課題だ。また2021年は認定申請が複数回却下された人の強制帰国リスクが高まる「入管難民法改正案」が国会提出された。この時は廃案となったものの、再提出の可能性がなくなったわけではない。
「問題は、難民に関するこうした多くのトピックに対して、社会の人々から反対も賛成も、何の意見も出ないこと。私たちは事業を通じて難民問題への関心を高め、みんなで考えるムーブメントを起こしたい」
渡部の社会起業家としてのメンターであり、WELgeeのアドバイザーも務めるNPO法人クロスフィールズの小沼大地は言う。
「民間の1団体が、難民問題のすべてに取り組むのは不可能。WELgeeは自分たちのできる領域で価値を生む、つまり『一隅を照らし』た結果、新しい支援の形を生み、後に続く団体のロールモデルになろうとしています」
一方で小沼は、渡部という人間自身については「NPOリーダーのロールモデルにはなりにくい」と苦笑する。
「僕は彼女を『ソーシャルグッドネイティブ』と呼んでいますが、困っている当事者のため行動せずにはいられない彼女の性分は、おそらく原体験や家庭環境から生まれている。他の人が真似しようと思ってできるものではありません」
彼女はどのような人生を経て、「ソーシャルグッドネイティブ」となったのだろうか。
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(文・有馬知子、写真・伊藤圭)
有馬知子:早稲田大学第一文学部卒業。1998年、一般社団法人共同通信社に入社。広島支局、経済部、特別報道室、生活報道部を経て2017年、フリーランスに。ひきこもり、児童虐待、性犯罪被害、働き方改革、SDGsなどを幅広く取材している。