気候変動は「ティッピングポイントを超えるリスクに晒されている」専門家が語った地球を守るために必要なこと

環境問題の解決に向けて貢献した研究者や団体を毎年2件表彰する「ブループラネット賞」(主催・旭硝子財団)。創設30周年を記念するシンポジウムが2022年8月25日、浜離宮朝日ホールで開催された。

シンポジウムには2021年にノーベル物理学賞を受賞した真鍋淑郎博士や、歴代受賞者がメッセージを寄せたほか、環境問題に取り組む若者からの提言も盛り込まれた。

人間が生きることのできる地球を次の世代に遺すために、いま、私たちは何をすべきなのか。

「青い地球」を守る

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ブループラネット賞創設30周年記念シンポジウムにビデオメッセージを寄せた米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士

ブループラネット賞は1992年、旭硝子財団によって創設された。地球環境問題解決につながる研究や活動に取り組む人たちを称える地球環境国際賞である。

「ブループラネット」とは、宇宙飛行士ガガーリンの言葉「地球は青かった」にちなんで名付けられたもの。人類の共有財産である青く美しい地球が、未来永劫にわたって存在し続けるようにとの祈りが込められている。

奇しくも、30年前に第1回受賞者の一人となった米プリンストン大学上席研究員の真鍋淑郎博士のブループラネット賞受賞理由と、30年後の博士のノーベル賞受賞理由はいずれも「地球温暖化に関する研究」である。

その真鍋博士はビデオメッセージで「現状を放置すれば地球温暖化が、人類にとって大問題となる」と強調し、異常気象が世界各地で頻発している現状を憂えた

「持続不可能な現状」を「持続可能な未来」に変える

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ルーヴァン・カトリック大学教授、スタンフォード大学教授・学部長のエリック・ランバン教授。気候変動の現状について「ティッピングポイントを超えるリスク」に注目する必要があると強調した。

続いて2018年以降の受賞者、エリック・ランバン教授(​​ルーヴァン・カトリック大学教授、スタンフォード大学教授・学部長)、ブライアン・ウォーカー教授(オーストラリア国立大学名誉教授)、デイビッド・ティルマン教授(ミネソタ大学 教授、カリフォルニア大学サンタバーバラ校 卓越教授)による記念講演が行われた。

ランバン教授は、衛星写真を活用して土地利用の変化を解析し、地上調査で得たデータと突き合わせて地球の変化を調べている。その結果は深刻だ。2022年は北イタリアが熱波に襲われ、スペインやポルトガルは大洪水に見舞われた。

アマゾンの森林地帯は、以前はCO2吸収源だったにもかかわらず、多発する森林火災によりCO2発生源へと変わり果ててしまった。人口と家畜の増加に伴う、バイオマスからのCO2排出も大きな問題である。一方ではCO2排出量の約半分を、世界人口の10%に相当する富裕層が排出する実態も明らかにされた。

気候変動は明らかな事実であり、世界中で様々な異変が起きている。ランバン教授は今、注目すべきは「Tipping Point(転換点)を超えるリスクだ」と強調する。転換点をいったん超えてしまうと変化が加速し、元には戻らなくなるからだ。

「現状の課題は明らかであり、やるべきこともわかっている。風力、太陽光、地熱発電などの再生エネルギーへの投資を、巨大なスケールかつ猛烈にスピーディに行うべきだ」(ランバン教授)

ウォーカー教授は「レジリエンス(回復力)」に注目したアプローチの重要性から話を始めた。本来自然には、外部から加えられた衝撃を吸収し、以前と同じ機能や構造を保持できるよう再組織化する力が備わっている。

ただし外部からの衝撃には閾値、つまりそれを超えると元に戻れなくなるポイントがある。たとえばサンゴ礁などでは、富栄養化が進みすぎると修復不可能となる。

従って閾値を超えないようシステムを強化する必要があるが、その際に注意すべきポイントとしてウォーカー教授は、次のように語った。

「特定の領域だけを強化すると、別の領域で問題の起こる可能性があるため、常に全体を見通した上で強靭性の確保を考えなければならない

未来は予測不可能であり、受け入れ可能な未来像を複数用意しておく必要がある。何より避けなければならないのは、受け入れ不可能な状態に陥ることだ」(ウォーカー教授)

続くティルマン教授は最初に「問題は解決できると信じている」と語った。なぜなら解決するための科学的手段はすでに存在し、それを世界中の人々に伝えて啓発する術も、私たちは持っているからだ。

ただし解決策にはメリット・デメリットの両側面があり、特にコストを考慮した上で公平・妥当・公正な施策を実施する必要がある。コストを抑えて恩恵の大きい解決策を提示できれば、当たり前だがすぐに受け入れられる。そして理想的な策はすでにあるのだ。

「温室効果ガスの約3割は食糧生産に起因していて、人々が食生活を変えればガスの排出量を抑えられる。

歴史を振り返れば、1960年代に世界が大飢饉に見舞われたとき、人類は『緑の革命』を成し遂げて問題を解決した。こうした前例を踏まえるなら、現在の問題も必ず解決できるはずだ」(ティルマン教授)

誰もが「自分ごと」として未来を考える

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「ユース環境提言」では、若者の立場から未来の地球環境への警鐘を鳴らした。

2022年にはブループラネット賞創設30周年を記念して、大学生を中心に環境問題について議論する「ユース環境提言 」プロジェクトが進められてきた。近年のブループラネット賞受賞者3名をアドバイザーとして迎え、4回に渡るセッションの結果、次のような項目で提言がまとめられた。

例えば「気候変動問題に対する提言」では、以下のような提言が出された。

・パリ協定1.5℃目標達成につながる温室効果ガス排出削減目標の設定を政府・自治体・企業・大学に求める

・自宅や学校・職場・自治体の「電気」を切り替える

・「食」を変えてより健康に・より低炭素に

・「意識的に控える」が未来を変える

・気候変動を授業に、企業は社員研修を

「生物多様性の保全に対する提言」では以下のような項目が並ぶ。

・大切なのはいわゆる“大自然”だけではない

・失われた都市の自然、ベランダから始める回復

・スーパーでもできる生物多様性への配慮

提言をまとめたのは、伊与田昌慶氏(国際環境NGO 350.org Japan)、原有穂氏(Fridays For Future Yokosuka)、佐座マナ氏(一般社団法人SWiTCH)、小林海瑠氏・稲場一華氏(生物多様性わかものネットワーク)

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生物多様性わかものネットワーク副代表の小林海瑠氏。

提言に関するコメントの中で小林海瑠氏は、身近にある自然環境の保全を意味する「OECM(Other effective area-based conservation measures:その他の効果的な地域をベースとする手段)」の重要性を指摘した。

生物多様性の保全といえば大自然を思い浮かべがちだが、ごく身近な自然、たとえばコンクリート建築の中にでもさまざまな生き物が暮らしている。里山や神社にある鎮守の森なども自然環境が守られている場所の保護も重要だが、一方で、日常の暮らしの中でも環境保護への取り組みは可能だと話す。

「生活者が普段の暮らしの中で実行できる取り組みとして、地産地消があり、ほかにもFSCマーク、MSCマーク、レインフォレスト・アライアンス認証マークのついた製品購入などが、環境問題への意識向上につながる」(小林氏)

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一般社団法人SWiTCH代表の佐座マナ氏。

佐座マナ氏が訴えたのは、地球の危機を「自分ごと」として認識する姿勢の重要性である。

気候変動に対する認識を育むため学校で授業を行う一方で、企業でも社員研修を行うべきであり、とりわけ気候変動による深刻な被害を受ける、次世代への教育の強化が必要だと強調した。主張の背景にあるのは、気候変動に対する日本の危機意識の低さだ。

「気候変動はすでに気候危機に変質している。実際、私たちは1年間365日を災害リスクの中で暮らしている。

異常気象に見舞われている欧米では、日本以上に気候変動リスクが強く認識されている。教育は人々のマインドセットを変える強力なツールである。一刻も早く全ての人に気候危機を教えないと、未来の子どもたちに大いなる災いをもたらす」(佐座氏)

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国際環境NGO「350.org Japan」伊与田昌慶氏。

伊与田昌慶氏は具体的な数字を示しながら「日本は対策を急がなくてはならない」と訴えた。その一例が大気中のCO2濃度である。

パリ協定の「1.5℃目標」を達成するためには、2050年までにCO2排出量を実質ゼロに抑え、その他の温暖化ガスも大幅に削減しなければならない。日本政府が掲げる「2030年度までに46~50%削減」では目標達成に不十分であり、62%にまで高める必要がある。

「ところが政府目標がそうなっていないのは、政策が科学者の研究成果に基づいて定められていないから。政策決定においては科学者へのリスペクトが必要だ」と伊与田氏は、現状の問題を指摘する。その上で日本が取るべき対策は、省エネルギーと再生可能エネルギーへの100%転換だと強調した。

あわせて原有穂氏から寄せられた「日本人が行動変化を起こすと、世界に対して想像以上に大きな影響を与えられる」とのメッセージも紹介された。

「望ましくない未来」を想定し、「望ましい未来」を考える

ユース提言に続くブループラネット賞受賞者3教授による提言の中で、もっとも強く印象に残ったのは「どんな未来を望まないかと考えれば容易に答えは出る」という主張だ。

望まない未来が明確に描き出され、多くの人に共有されれば、自ずと人々の意識が変わる。意識変化は行動変容につながり、その結果として未来は許容範囲内にとどまるはずだ。

未来を持続的に変えるための方法は、すでに広く知られている。変革を進めると同時に、現状の持続不可能なシステムを段階的に廃止していけばよい。

文明の重要な目標は「将来世代の繁栄」である。未来の地球の主人公となる若い世代の声に注意深く耳を傾け、彼らのメッセージに留意しなければならない。

子どもたちの未来を蝕み、彼らが生きていく環境の質を悪化させる決断を、私たちはこれ以上続けることはできない」──教授らによる、このメッセージを私たちは心に刻む必要がある。

すでに「次の世代」を考えている若者に学べ

シンポジウムの最後に提言メンバーによるディスカッションが行われた。各メンバーが揃って強調したのは、提言に込めた思いである。

ランバン教授、ウォーカー教授が共に訴えたのが、若者たちによる取り組みの大切さだ。

「気候変動を防ぐためには、もはや適応レベルではなく、根本的な大変革が求められている。この現状を踏まえるなら、若い世代を中心とした活動が期待されると同時に、公共のために活動する若者を尊重し、支援しなければならない」

これを受けて佐座氏は「提言に記載されたのは最低限やるべき内容であり、自分たちに続く未来世代が地球で幸せに暮らすためには、誰もがマインドセットを変える必要がある」と訴えた。

小林氏も「提言はミニマムレベルにとどまっているにもかかわらず、その提言でさえも自治体などでは極めて高いレベルとして受けとめられている。重要なのは危機意識を煽るだけではなく、生物多様性がカッコよくて楽しいとプラス面でアピールするアプローチが重要だ」と語る。

一方で伊与田氏は「もはや誰もがパニックになる必要がある」と切り込んだ。 すなわち

2020年代に生まれる子どもたちが、生涯で熱波に合うリスクは現状の7倍と見積もられている。

未来世代の子どもたちにとっては、まさにパニック的状況だが、その未来予想を今はまだほとんどの人が知らない。だから正しい情報を広く伝えて、一度多くの人がパニックに陥る必要がある」と主張する。

最後にウォーカー教授は社会のカルチャーを変える必要性を強調した上で「今の若者たちのほうが自分たちの世代よりも、環境問題について長期的な視点を持ち、より真剣に考えている。

こうした若者の姿勢を全人類に対してカルチャーとして浸透させる必要がある」と締めくくった。


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