グーグルクラウドのトーマス・クリアン最高経営責任者(CEO)。
グーグルクラウド(Google Cloud)は2020年、データプライバシー規制が最も厳しいヨーロッパとアジアにおいて、データ主権分野で大規模な投資を行う計画があることを業界に示唆した。データ主権とは、ユーザーデータ保護のため、ユーザーの居住国内でクラウドデータのホスティングを行うことを意味する。
Insiderが入手した内部文書によると、グーグルクラウドは戦略の根幹に「trusted partner cloud」(TPC:信頼できるパートナークラウド)と呼ばれる取り組みを据え、TPCの下、特定の国でローカルのデータセンタープロバイダーとの提携を進める。
こうすれば現地規制を遵守した形でデータが保存されることになり、顧客の安心を勝ち取ることができるという。また、ローカルのデータセンターパートナーは、自社の施設からグーグルクラウドのプラットフォームサービスを提供する。
「市場シェアの半分を失うリスク」
2022年8月30日付けの社内サイトでは、TPCを2022年のグーグルクラウドにとっての「最重要プログラム」と位置づけ、TPCに大きく賭けていることを明確にしている。2022年8月9日付けの社内サイトのFAQでは、データ主権の市場規模は1000億ドル(約14兆円、1ドル=143円換算)であると試算している。
FAQには「これを行わなければ、我々は市場シェアの半分を失うリスクを負う」と書かれている。
IT企業各社は、ヨーロッパの顧客がGDPR(一般データ保護規則)等の規制を遵守できるよう奔走してきたが、2020年のSchrems II(※)のような判決を機にアメリカ・ヨーロッパ間のデータの越境移転が規制されることになった。
欧州司法裁判所が2020年7月、アメリカとEUが2016年に締結した個人情報移転のルール「プライバシー・シールド」を無効とした判決。このルール下では、EUのプライバシー原則を遵守していればアメリカ商務省に登録した企業はEUから個人データを持ち出すことができた。
同様に、中国、インドネシア、ベトナムをはじめとするアジア各国にも、機密データを国内サーバーに保存することを義務付ける法律がある。
従業員の一人が匿名を条件に明かしたところによると、全社向けの今回の指示は、TPCに合わせ、2022年末までにグーグルクラウドのサービスがうまく機能するよう最優先事項として取り組めというものだった。これまでのサービスの多くが他社のデータセンターではなくグーグルのハードウェア上で動作するよう設計されているため、うまく機能させるには難しい側面があるからだ。
グーグルクラウドのFAQによると、TPCは「当社の生産インフラおよびオペレーションモデルへの侵襲的で破壊的な変更」をもたらす可能性があるという。
「もしこれらの新要件を満たすべく運用モデルを進化させることができなければ、当社は世界の半分の市場で取り残されるリスクに直面することになる」(FAQ)
マイクロソフト、アマゾンも虎視眈々
グーグルクラウドは、ヨーロッパ企業へのコミットメントを表明した2019年からヨーロッパにおけるデータ主権の分野に何年間も投資してきた。ソブリンクラウド(データ主権クラウド)となるべく、ドイツではTシステムズ(T-Systems)と、フランスではタレス(Thales)と提携している。さらに2021年には、ヨーロッパの顧客に向けてデータ主権コントロールのサービス機能を追加した。
マイクロソフト(Microsoft)は2022年7月に類似のプロダクトを発表し、フランス、ドイツ、中国等の国々で同様のパートナーシップを結んだが、グーグルはTPCによって競争力をつけられる。
2021年8月付けのグーグルクラウドの内部資料は、ヨーロッパのデータ主権に関するIT企業幹部の見方をこんなふうに指摘している。
「ヨーロッパにハイパースケーラー(訳注:ハイパースケールデータセンターと呼ばれる巨大なインフラ設備を運営するクラウド企業)が存在していないということは、ヨーロッパの企業の大多数がアメリカ企業と交渉しなければならないことを意味する。
アマゾン・ウェブ・サービス(AWS) のサービスも向上しているが、個別契約のカスタマイズという点ではマイクロソフトのほうが積極的なようだ」
グーグルのTPCプロジェクトはヨーロッパにおけるソブリンクラウド計画を基盤とし、データをホスティングする場所の選択肢を顧客に提供する。Insiderが確認した2022年6月付けの文書には、グーグルクラウドがこのヨーロッパ向けクラウドサービスを2023~2024年にかけて各国で開始する計画であることが示されている。
文書によると、TPCではパリのデータセンター立ち上げを含め、2023年末にかけて「地域での準備を整える」ことを目指している。グーグルクラウドはこのほか、一部の国ではグーグルの既存のデータセンターでユーザーがデータをホスティングできる「TPC Lite」プログラムを開始予定だ。
TPCの完全版は、当該地域に保存されたデータを特定の国の従業員のみ取り扱えるようにする機能、より厳重なデータセキュリティ、データが物理的に存在する場所での管理の厳格化、などの機能の提供を予定している。
グーグルクラウドのFAQにはこうも記されている。
「迅速に行動し市場に対応することにより、当社顧客への対応が可能になるだけでなく、競合他社と差別化する機会ももたらされる」
(編集・大門小百合)