豊富なキャッシュを有する巨大テック企業にとって、株価低迷の昨今は逆に「買い時」「動き時」かも……。
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株式市場とM&A(合併・買収)市場がともに低迷する中、キャッシュリッチな企業にとってはいまが絶好の買い時だ。
特にクラウドやソフトウェア関連のバリュエーションは軒並み下落しており、アマゾン(Amazon)やマイクロソフト(Microsoft)、グーグル(Google)が買収に動き出す可能性が高まっている。
そこで、Insiderは米資産運用大手アライアンス・バーンスタイン(AllianceBernstein)などの担当アナリストに取材し、巨大テック3社(ビッグ3)の次の買収ターゲットになりそうな企業を探った。
アナリストたちの結論を大まかに先取りすれば、アマゾンはエンターテインメントとヘルスケア、マイクロソフトはゲームとサイバーセキュリティ、グーグルはクラウドコンピューティング関連の企業に狙いを絞っていると考えるのが妥当のようだ。
ビッグ3の買収意欲は相変わらず旺盛で、アマゾンは2021年6月、暗号化メッセージアプリのウィッカー(Wickr)を買収。同年7月、マイクロソフトはサイバーセキュリティのリスクIQ(RiskIQ)を5億ドルで、2022年3月にはグーグルもサイバーセキュリティのマンディアント(Mandiant)を約54億ドルという大金を積んで買収した。
これらの買収の目的は共通で、キャッシュエンジンとして最重視するアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)、マイクロソフト・アジュール(Microsoft Azure)、グーグル・クラウド(Google Cloud)という各社のクラウドビジネスの強化だった。
もちろん、ターゲットとなるのはクラウド関連の企業に限らない。
バーンスタインのアナリスト、マーク・モードラーとマーク・シュムリックの調べによれば、2018年1月から2021年8月までの3年半ほどの間に、ビッグ3が買収した企業の数は合わせて約100社にのぼる。
中でも最も巨費を投じてきたのはマイクロソフトで、診療現場向け対話型人工知能(AI)ツールのニュアンス・コミュニケーションズ(Nuance Communications)の197億ドル(純負債込み)買収を除いても、同期間に380億ドルを費やし41社を買収した。
一方、アマゾンは130億ドルで25社を、グーグルの親会社アルファベット(Alphabet)は70億ドルで33社を傘下に収めている。
爆買いとも言えるこのビッグ3の買収攻勢に何か懸念があるとすれば、それは規制当局の動きだ。
ふくれ上がり過ぎた巨大テック企業に対しては、世界各国で寡占化に対する懸念と批判が高まっている。
「好条件の買収案件であっても、規模が大きくなれば、規制当局が待ったをかける可能性があります」と、モードラーとシュムリックは指摘する。
例えば、ワイヤレス通信向け半導体大手ブロードコム(Broadcom)は2022年5月、ソフトウェア大手ヴイエムウェア(VMware)を610億ドルで買収することで合意したが、その交渉段階ではグーグルも強い関心を示していたとされる。
「規制当局が認めない懸念があったため、グーグルは買収を見送ったのではないか」というのが、モードラーとシュムリックの分析だ。
いずれにせよ、厳しいマクロ経済環境の下で業績の先行きや運転資金に不安を抱える企業にとって、身売りは現実的な生き残り策の一つであり、それゆえにビッグ3にとって好条件の買収対象がそこらじゅうに転がっているとの見方には説得力がある。
では、ビッグ3の次の買収候補となるのはどんな企業なのか。
バーンスタインはじめ市場関係者による過去の買収実績などを踏まえた分析から浮かび上がってきた「買収候補8社」を、以下で紹介しよう。
【アマゾン】エンターテイメントとヘルスケアに注力
バーンスタインの調査では、アマゾンはエンターテイメント関連のM&Aに最も注力しており、2022年3月に手続きが完了した映画制作大手メトロ・ゴールドウィン・メイヤー(MGM)の買収には84億5000万ドルという巨額を投じている。
アマゾンが2021年に買収を発表した企業のうち6社はクラウド関連で、取引規模は比較的小さく、総額は10億ドル以下だった。
そのあたりの規模感はAWSのスタンスと関係していて、同社は技術開発を自前で行うことにこだわりがあり、それによってクラウド市場で世界トップシェアを築いてきた自負があるので、M&Aで技術を外部から買うことに躍起になる必然性がないというわけだ。
一方、Eコマース事業の定額制サービス「アマゾンプライム(Amazon Prime)」の有料会員を満足させるために、動画と音楽のストリーミング配信は非常に重要な要素であり、「コンテンツを充実させるにはもっと投資が必要です」とバーンスタインの2人のアナリストは指摘する。
【買収候補1】ロク(Roku)
ロク(Roku)のアンソニー・ウッド最高経営責任者(CEO)。
Arturo Holmes/Getty Images for Tribeca Festival
メディアストリーミング端末メーカーとしてスタートし、現在はオリジナルのコンテンツ制作も手がける。
「ロクを買収することで、アマゾンは(自社開発の「Fire TV」に加えて)ストリーミング端末のラインナップを増やすと同時に、コンテンツも充実させることができます」と、投資顧問会社D.A.デービッドソン(D.A.Davidson)のアナリスト、トム・フォルテは最近の調査レポートに書いている。
ただし、同社の時価総額は約82億ドル(10月6日終値ベース)、アマゾンがこれを丸ごと買収するとなると、規制当局の承認を得るのは簡単ではないかもしれない。
【買収候補2】エクスプレス・スクリプツ(Express Scripts)
米ミズーリ州セントルイスのエクスプレス・スクリプツ(Express Scripts)本社。
Express Scripts
アマゾンは近年、ヘルスケア関連事業の拡大に並々ならぬ意欲を示している。
2018年にオンライン薬局のピルパック(PillPack)を7億5300万ドルで買収し、2022年7月には会員制のプライマリ・ケア(初期診療)サービス企業、ワン・メディカル(One Medical)を39億ドルで買収する計画を発表した。
自社で立ち上げた法人向けオンライン診療サービスのアマゾン・ケア(Amazon Care)こそ、2022年末で終了することを決めたものの、「ヘルスケア関連については、アマゾンは財布のひもを緩めており、手頃な価格で買収できる企業があればすぐに動き出すでしょう」というのがバーンスタインのモードラーとシュムリックの見立てだ。
そこで、有力候補として浮上してくるのが、薬剤給付管理(PBM、後述)大手のエクスプレス・スクリプツ(Express Scripts)だ。
PBMは、医療機関のために保険対象となる使用方針付きの医薬品リスト(フォーミュラリー)作成を行うほか、医療保険会社や薬局チェーンに代わって製薬会社との価格交渉を担い、医療保険会社と加入者の間に立って薬剤費の請求・支払いを処理する。
資産運用大手ウェドブッシュ・セキュリティーズ(Wedbush Securities)のマネージングディレクター、マイケル・パッチャーによれば、ヘルスケア業界において不可欠の存在であるPBM分野で、エクスプレス・スクリプツは大手3社の一角を占める。
同社を買収すれば、アマゾンはヘルスケア事業における顧客ネットワークを一気に拡大できるという。
【マイクロソフト】クラウドとサイバーセキュリティ、ゲームが本命
2018年から2021年半ばまでにマイクロソフトが買収した企業の多くはクラウドとソフトウェア関連で、それらを通じて直接的に(同社のクラウドプラットフォーム)アジュールの機能拡張を進めてきた。
ほとんどは小規模な買収で、例えば、2019年に買収したデータセキュリティのブルーテイロン(BlueTalon)は、従業員数わずか50人規模のスタートアップだった。
クラウド市場シェア首位を独走するAWSを逆転するのはマイクロソフトの悲願で、「ソフトウェアを追加するために今後もクラウド関連企業に投資を続けるでしょう」と、バーンスタインの2人は予想する。
5G(第5世代移動通信システム)が普及するにつれ、データ処理をクラウド上のサーバーだけで行うのではなく、ネットワーク末端のデバイスやその近くに置いたサーバーでも行うエッジコンピューティングが広がっている。
マイクロソフトはそうした分野にも関心を示しており、通信事業者と組んで独自に5Gサービスを提供する将来も視野に入れている。
【買収候補3】アレフ・エッジ(Alef Edge)
アレフ・エッジ(Alef Edge)の創業者、ガネシュ・サンダラム。
Alef Edge
クラウドコンピューティングと5Gが深く結び付くことで実現するモバイルエッジコンピューティングは「今後、多くの製品やサービスの基盤になる」と多くのアナリストが予測する。
そのため、マイクロソフトは5Gベースのエッジ(モバイル)ネットワーク構築を支援するアレフ・エッジのような企業を買収する可能性がある。
IoTなどネットワークの末端で大量のデータを取得するケースでは、遠く離れたサーバーではなく、近くでデータを処理する必要がある。その部分の導入・管理コストを引き下げる、アレフ・エッジの「エッジ・アズ・ア・サービス(EaaS)」プラットフォームは高く評価されている。
調査会社ピッチブック(PitchBook)によれば、同社の資金調達額は累計4039万ドル。
クラウド関連の調査コンサルティング会社ロバスト・クラウド(Robust Cloud)のアナリスト、ラリー・カーバルホは以前、Insiderの取材に対してこう語っている。
「アレフ・エッジはエッジコンピューティング時代の先駆者であり、マイクロソフトなどクラウド大手の買収ターゲットになる可能性は大いにあります」
【買収候補4】オクタ(Okta)
「世界No.1のアイデンティティ(ID)プラットフォーム」をうたうオクタ(Okta)。公式ウェブサイトのスクリーンショット。
Screenshot of Okta website
2020年末、IT管理統合ソフトウェアで世界トップシェアを誇るソーラーウインズ(SolarWinds)の製品に対するサプライチェーン攻撃が発覚し、主要導入先である欧米の連邦政府機関や大企業などが深刻な影響を受けた事件は、全世界に衝撃を与えた。
同事件は長らく米連邦捜査局(FBI)の捜査対象になるなど史上最大級のサイバー攻撃として多くの教訓を残し、マイクロソフトなどクラウド大手にとってもサイバーセキュリティの強化は喫緊の大きな課題であり続けている。
バーンスタインの調べでは、マイクロソフトが2018年から2021年半ばまでに買収したサイバーセキュリティ企業はわずか1社にとどまっており、同社が近々この分野に大きな投資を行う可能性は高い。
D.A.デービッドソンのアナリスト、リシ・ジャルリアによれば、買収候補となりそうなのはクラウド型ID管理ソフトウェアのオクタ(Okta)だ。
マイクロソフトには独自のID管理製品群「エントラ(Entra)があるものの、オクタの製品はより堅牢で、開発者の間で人気が高い。
「オクタを買収すれば、マイクロソフトは現在よりセキュリティ分野で強力な存在感を発揮できるはずです」(ジャルリア)
【買収候補5】オクトML(OctoML)
オクトML(OctoML)のルイス・セゼCEO。
OctoML
マイクロソフトは2022年3月、197億ドルの巨費を投じた診療現場向け対話型人工知能(AI)ツールのニュアンス・コミュニケーションズ(Nuance Communications)の買収を完了した。AI企業がマイクロソフトの重点ターゲットであることは間違いない。
調査会社ロペス・リサーチ(Lopez Research)のアナリスト、マリベル・ロペスは次のように指摘する。
「機械学習モデルのビジネス活用支援に注力するスタートアップ、オクトMLはマイクロソフトのAI機能を強化できる存在です。オクトMLが傘下に加わることで、アジュールの顧客はより簡単に機械学習モデルを利用できるようになるでしょう」
ピッチブックによると、オクトMLの評価額は2021年時点で8億5000万ドル。
【買収候補6】ユニティ・テクノロジーズ(Unity Technologies)
マイクロソフトは2022年1月、「ウォークラフト(Warcraft)」「コール・オブ・デューティー(Call of Duty)」などの人気タイトルを数多く抱えるゲーム大手、アクティビジョン・ブリザード(Activision Blizazard)を買収すると発表した。
ゲーム業界で過去最大となる687億ドルのこの超大型買収は、2023会計年度に完了する見込みだ。
イギリスの競争・市場庁(CMA)が競争を阻害する恐れがあるとの懸念を示すなど、買収が計画通りに進むかは予断を許さないものの、仮に手続きが無事完了すれば、マイクロソフトは中国のテンセント(Tencent)、日本のソニーグループに次ぐ世界第3位のゲーム企業になる。
ゲーム業界はいまや、モバイル端末、ゲーム機、パソコンなどデバイスを問わずゲームを配信するプラットフォーム同士の競争となっており、そこで勝ち残るには魅力的なゲームタイトルをどれだけ持っているかがカギとなる。
バーンスタインのモードラーとシュムリックは「ゲームタイトルのカタログを充実させれば、マイクロソフトはサブスクサービス『Xbox Game Pass(エックスボックス・ゲーム・パス)』がもたらす安定収入を積み増すことができます」と語る。
そうした流れの中で、調査会社アラゴン・リサーチ(Aragon Research)のアナリスト、ジム・ランディがマイクロソフトの次なる買収候補として挙げたのは、ゲーム開発用ソフトウェア大手のユニティ・テクノロジーズ(Unity Technologies)だ。
同社はゲームタイトルを制作しているわけではないものの、世界各国のゲームスタジオがユニティのプラットフォームを使って新たなタイトルを世に送り出している。
ユニティの時価総額は100億ドル近く(10月10日時点で約95億ドル)、買収は簡単ではないが、マイクロソフトにとって不可能ということない。
ユニティの人気ゲームタイトルの共通点の一つはイマーシブネス(没入感)で、3次元(3D)や仮想現実(VR)、拡張現実(AR)のゲーム開発環境も提供しており、同社を買収することで、マイクロソフトはメタバース分野でも強みを手にすることができる。
【グーグル】クラウド事業の強化が最優先課題
グーグルはクラウド市場シェアでアマゾンとマイクロソフトの後塵を拝する状況が続く。
親会社のアルファベットは形勢逆転を期して、2018年1月から2021年8月までおよそ3年半の間にクラウド関連企業12社を総額約45億ドルで買収。「今後もクラウド事業の強化がM&Aの優先事項となるでしょう」と、バーンスタインのモードラーとシュムリックは分析する。
グーグルクラウドのトーマス・クリアンCEOは、前職のオラクル(Oracle)時代に数々の買収案件を手がけてきた手腕で知られ、2019年1月の就任から半年足らずで、データ分析企業ルッカー(Looker)の24億ドル巨額買収を決めた(手続き完了は2020年2月)。
ルッカーはデータの可視化とAI活用に強みを持つ分析ツールをクラウド経由で提供する、次世代ビジネスインテリジェンス分野の先駆者。
多くの大企業を顧客リストに抱える同社を傘下に置いたことは、間違いなくアマゾンやマイクロソフトに対する優位性の獲得を意図した動きだ。
前出のロペスは次のように指摘する。
「強みを持つ分野で実績を徐々に積み上げていくのではなく、適切な買収先を探し出して新たな収益を生み出すサービスのポートフォリオを拡充することで事業を成長させていくやり方は、クリアンの古巣であるオラクルの十八番。おそらくクリアンはグーグルクラウドでも同じ手法を適用するつもりなのでしょう」
【買収候補7】ワークデイ(Workday)
従来の「ERP(統合基幹業務システム)を超えた」大企業向けマネジメントクラウドを提供するとうたうワークデイ(Workday)。公式ウェブサイトのスクリーンショット。
Screenshot of Workday website
グーグルは自社のクラウドサービスを強化するため、クラウド型財務・人事システム企業のワークデイを買収する可能性があると指摘するのは、金融サービス大手シノバス・ファイナンシャル(Synovus Financial)のアナリスト、ダン・モーガンだ。
ワークデイは世界中の大手企業を顧客に抱え、現在も成長を続けている。企業顧客からの信頼性を高めたいグーグルにとって相性の良い企業と言える。
ただし、ワークデイの時価総額は約360億ドル(10月10日終値ベース)。グーグルが買収に動けば規制当局から厳しい監視の目を向けられることになるのは必至だ。
【買収候補8】パロアルトネットワークス(Palo Alto Networks)
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サイバーセキュリティ分野でもアマゾンやマイクロソフトとの差別化を図りたいグーグル。
2022年3月に発表した、サイバー脅威対策ソリューションのマンディアント(Mandiant)の54億ドル巨額買収は、まさにそうしたグーグルにとって、本命中の本命と言っていいだろう。
グーグルクラウドが提供するポートフォリオに組み込まれたマンディアントの脅威インテリジェンスは、世界中の企業にとって大きなサポートとなるはずだ。
ウェドブッシュ・セキュリティーズのダン・アイブスは、同じ文脈から「サイバーセキュリティ分野の有力企業であるパロアルトネットワークスもグーグルの買収候補リストに載っている可能性があります」と推測する。
グーグルは2018年にパロアルトネットワークスとの提携関係を強化するなど、すでに両者の間には密接な関係がある。
ただし、パロアルトネットワークスの時価総額は約470億ドル(10月10日終値ベース)。買収するとなれば、前項のワークデイよりさらにハードルは高い。
それでも、サイバーセキュリティ分野でアマゾンやマイクロソフトを出し抜くことを至上命題と考えるなら、ノドから手が出るほど傘下に置きたい企業であるのは間違いない。
なお、パロアルトネットワークスのニケシュ・アローラCEOはソフトバンクグループ元副社長で、2016年6月に電撃退任が発表されるまで、孫正義会長兼社長の後継者と目されていた人物だ。
(翻訳:田原寛、編集・情報補足:川村力)