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評価額30億ドル(約4300億円、1ドル=144円換算)規模のアウトドア・アパレル企業、パタゴニア(Patagonia)の創業者イヴォン・シュイナード(83)は先日、地球を救うという使命を果たし続けるため、同社の全株式を新しく設立されたトラストと非営利団体に譲渡した。
シュイナードは次のように書いている。
「私たちは『株式公開に進む(Going public)』のではなく、『目的に進む(Going purpose)』のです。自然から価値あるものを収奪して投資家の富に変えるのではなく、パタゴニアが生み出す富をすべての富の源を守るために使用します」
Bコーポレーション(B Corp)の認証を受けているパタゴニアは、すでに収益の1%を寄付している。しかし今回、気候変動との闘いに貢献するため、会社の全株式を非営利環境団体ホールドファスト・コレクティブ(Holdfast Collective)などに譲渡し、会社に再投資されない利益も同コレクティブに寄付する意思決定をした。
ブルームバーグは、この決定によりシュイナードは7億ドル(約1000億円)に達する可能性のあった税負担がなくなると報じている。
株式を手放すというシュイナードの決断に刺激を受けた起業家も間違いなくいるだろう。だが、パタゴニアの足跡をたどることは簡単なことではない。
そこでInsiderは、ベンチャーキャピタル(VC)の支援を受けるスタートアップ企業がパタゴニアモデルを再現するのがなぜ難しいのか、それ以外の方法で何ができるのか、8人の投資家に話を聞いた。
VCにとっては居心地の悪い領域
フェリックス・キャピタル(Felix Capital)のフレデリック・コート(Frederic Court)は、パタゴニアの今回の意思決定は明らかに「ブランドが象徴する精神と一致した」刺激的なものだと見る。
しかしこの動きは現在のVCモデルに挑戦するものであり、VCの支援を受けるスタートアップ企業にとっては現実的でないとも話す。というのもVCの主な責務は、他人の資金を使って起業家を支援することで、投資家にリターンをもたらす点にあるからだ。
キコ・ベンチャーズ(Kiko Ventures)の創業パートナーであるアルネ・モルテアーニ(Arne Morteani)が指摘するように、投資家は必ずどうエグジットするのかを聞いてくるものだ。
「過去に、創業者が(パタゴニアと)同様のことを模索していたために、けっきょく投資家がディールから手を引いたことがありました」(モルテアーニ)
ワールド・ファンド(World Fund)の創業パートナーであるダニエレ・ヴィセヴィッチ(Danijel Višević)も、「こういう意思決定が意味をなす企業なんて、皆無とはいいませんがほぼ存在しないんじゃないでしょうか」と感想を漏らす。
VCも代替策を考えている
VCモデルには限界があるが、VCも代替策を検討してはいる。
前出のモルテアーニは、ロバート・ボッシュ財団(Robert Bosch Foundation)に会社の95%を譲渡したボッシュ(Bosch)や、2018年に同じくスチュワードオーナー企業へ方向転換したエコシア(Ecosia)などヨーロッパの例を挙げた。
エコシアは検索するたびに木を1本植えられるというユニークな検索エンジンを運営している。創業者のクリスチャン・クロール(Christian Kroll)は2009年の創業以来、会社を売却したり利益を出したりしないことを約束している。
その志に賛同したワールド・ファンドのティム・シューマッハ(Tim Schumacher)からの出資を受け、エコシアは企業体を非営利団体へと移行させた。
エナジー・インパクト・パートナーズ(EIP)でヨーロッパのグロースファンド担当マネージング・パートナーを務めるナゾ・ムーサ(Nazo Moosa)は、起業家が気候に優しい方向に資金を振り向けようと思うなら、構造的な変更を加える方法もあるという。
「スペクトラムの片方にストックオプションを分配するとか、何らかの社会的大義のために特定の株式を確保しておく方法もあります」(ムーサ)
ローカルグローブ(LocalGlobe)のスザンヌ・アッシュマン(Suzanne Ashman)は、スタートアップ企業にはB Corpを取得することを勧める。
「パタゴニアのように創業者が株式を保有する高収益企業なら、非営利組織になるのも選択肢の一つです。あるいはB Corpになるか、理念が合致するVCと組むのがいいんじゃないでしょうか」(アッシュマン)
フロントライン(Frontline)のパートナーであるウィリアム・マッキラン(William McQuillan)は、別の視点から変化を起こすこともできると話す。パタゴニアの真似はVCにはなかなかできないが、代わりに非営利セクターのウェブサイトをもっと積極的に探せばいい、と。
マッキランいわく、VCには慈善団体や大学から資金を調達するという選択肢もある。アメリカではまだそうしたVCは少数派だが、同じ目的志向の大義に向かって大きな金銭的利益を得ることができる。
非営利化するなら早めに実行を
エコシアのクロール(現在はワールド・ファンドのベンチャー・パートナーを務めている)によれば、最終的に非営利化することを目指すなら、ハイブリッドな方法がある。投資家が資金を提供し、リターンを得て、創業者に経営権を戻し、スチュワードオーナー企業に転換させるという方法だ。
「このようなタイプの投資の場合、初期の投資資金をどういった条件で買い取るか、最初に合意しておく必要があります」(クロール)
つまり、創業者は早い段階からこの事業をどうするかきちんと決めておかなければならない。
「こういうことは、後から決めようと思ってできることじゃないですからね。初期の投資額よりはるかに多くのお金を儲けさせるという約束で投資家を招くわけですから」(クロール)
PactVCの創業パートナーであるトン・グ(Tong Gu)も、スタートアップ企業がアーリーステージで目的達成のための道筋を描くことが重要だと強調し、次のように話す。
「強靭な価値システムを、後付けではなくアーリーステージの段階から整備しておくことが重要です」
(編集・常盤 亜由子)