創業から4年弱でスピード上場したM&A総合研究所が注目を集めている。時価総額約1000億円、利益率53%を叩き出す組織は一体どのようにして作られたのか。31歳にして同社を率いる佐上峻作CEOに聞いた。
4年弱で黒字上場、重要なのは「経営者視点」
M&A総合研究所の佐上峻作CEO。神戸大学・農学部卒業で、エンジニアとして働いた経験も。
撮影:竹下郁子
M&A総合研究所は社名の通り、M&A(合併・買収)を仲介する。同業他社にない特徴は、AIにより買い手と売り手を最適・最短でマッチングすること、着手金や中間報酬を取らない完全成功報酬の料金体系だ。
創業は2018年10月。3年8カ月後の2022年6月に東証グロース市場にIPO(新規株式公開)した。上場時の想定時価総額は246億円だ。
上場直前、2022年第2四半期の売上高は17億5200万円で、純利益は7億2700万円。創業から上場までの資金調達はわずか4億1000万円ほどで、上場直前の同社CEO・佐上峻作氏の持ち株比率は73%にのぼる。
赤字でのダウンラウンド上場も珍しくない昨今で、もはや異例にも思える数字の数々だが、佐上さんは経営戦略を考える上で重視したことについて、
「起業家や事業家の視点と経営者視点、どちらも持つことが必要だと思います。ペインを解決するために事業をやるというボトムの視点でだけでなく、マクロで市場を見て勝てる領域かどうか見るべきです」(佐上さん)
と語る。
どの領域で起業するか検討するため、時価総額5000億円超の会社をリストアップして、それらの会社の過去3年間の売上成長率を比較したり、従業員1人あたりの時価総額を割り出したりしたという。
高齢化日本だからこそM&A仲介は成長産業
経営者の高齢化による後継者問題は深刻化しており、国内M&A仲介の市場規模は5.6兆円にのぼると佐上さんらは試算する。
出典:M&A総合研究所・目論見書
「上場できても、問題はその後です。市場規模が小さくて成長が止まってしまわないよう、成長が維持できる市場ドメインを選ぶ必要があります。
日本の人口動態的に数兆円規模の会社って今の時代からは生まれない可能性もあるんですよ。でも僕はそれに挑戦したい。マクロの視点で分析してから事業ドメインを決めるような起業スタイルが、今後はさらに求められると思います」(佐上さん)
こうしたマクロの視点に加え、自らの体験、つまりボトムの視点も後押しした。
実は佐上さんはシリアルアントレプレナーで、今回が2度目の起業だ。1度目は2016年に女性向けメディアなどを手掛けるAlpaca(現メディコマ)を創業し、翌17年に東証一部(当時)のPR会社ベクトルへ売却(株式譲渡)。その後ベクトル子会社の社長として約1年半で10回超のM&A支援に携わり、買い手としての立場も経験した。
その際に利用したM&Aの仲介業者が非効率な上に料金体系も不明瞭だったため、改善すれば「後発でも市場を取れる」と踏んだのだ。
利益率は「圧倒的なコストカット」の結果
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こうして走り出したM&A総合研究所だが、その強みは高い営業利益率が象徴するような、健全・堅実経営だろう。創業後すぐにM&A情報を発信するメディア企業を子会社化し吸収合併するという大きな支出を伴いながらも、2期目には黒字化。
上場直前の業績は前述の通りだが、2022年9⽉期(通期)の売上高は過去最高の39億1100万円で、営業利益率53.8%、純利益13億2600万円と大きく成長している。時価総額は約1000億円だ。
「利益率が高い理由は圧倒的なコストカットです。無駄な行動を一切しないことをカルチャーとして根付かせていて、無駄な経費は1円も使っていません」(佐上さん)
今でも毎月、何にどのくらいの経費がかかったのか、社員1人あたりの交通費まで佐上さんがチェックしているという。
同社の月の会食費は従業員約90人に対して20万円ほど。営業の接待であれ社内コミュニケーションであれ、「会食に行っても変わらないものは変わらない」(佐上さん)からだ。
出張で最安の航空券を取るのは当たり前。社用スマホや社内のチャットツールは数百、数千円でも安いものを探す。会議室の利用頻度は常にパーセンテージで算出し、どのタイミングでオフィスを拡張したほうがいいか計算した上で判断している。
平均29歳、19%がキーエンス出身
M&Aアドバイザー紹介ページに並ぶキーエンス出身の面々。
出典:M&A総合研究所HP
もちろん高い営業利益率は、節約だけでは達成できない。
M&A仲介は譲渡企業を探して契約を獲得するためのソーシングや、買い手企業とのマッチングなど営業数が物を言う労働集約型のビジネスモデルだ。これらを担う「M&Aアドバイザー」はM&A総合研究所の従業員110人のうち約74人を占め、彼ら1人あたりの売り上げを伸ばすことが利益率に直結する。
同社のM&Aアドバイザーは平均29歳。
同業他社のほか、メガバンク、証券会社、保険会社などからの転職が多いが、注目は構成比19%を占めるキーエンスの出身者たちだ。
「キーエンス出身者を意図的に採用しているわけではありません。単純に受けにくる人が多いんです」(佐上さん)
アドバイザー1人あたり売上7400万円
M&A仲介業務の流れ。労働集約型のビジネスモデルをAIを活用しながら効率化している。
出典:M&A総合研究所IR
キーエンスといえば営業力や独自のマネジメントで知られるが、M&A総合研究所の徹底した「合理主義」は正にキーエンス流なのかもしれない。
M&A総研では営業電話の本数や契約のキーマンになる人物との接触回数、アポイントメントからの契約率など、アドバイザー1人1人の行動やパフォーマンスを自社開発のBI(ビジネスインテリジェンス)ツールで可視化し、データ管理している。
少しでも時間がかかる作業はすべて自動化しており、営業案内の手紙郵送や社内の稟議申請はワンクリック、契約書も自動で生成できる仕組みだ。
同社の大きな特徴はAIによる買い手企業と売り手企業のマッチングだが、これも自社で開発したシステムに企業情報を入力するだけで、AIが数秒で候補企業をリストアップする。
単純作業に使う時間を限界まで排除してAIを駆使。顧客に向き合う時間を増やした結果、M&Aアドバイザー1人あたりの売り上げは7400万円まで伸びた。
データで管理すれば落ちこぼれが出ない
撮影:竹下郁子
こうして全てを可視化しデータで管理することのメリットは、人事評価に人の感情が入り込む余地をなくすことだ。
アドバイザーの行動は全てKPIを設定し、達成した数値に基づいて評価や指導をする。
「僕もそうなんですが、今どきの若い人って怒られるのが嫌いじゃないですか。『なにくそ頑張るぞ』ではなく『だったら辞めよう』となる。
だから数字に基づいた客観的な評価制度が必要なんです。成果が出ていない人には数字をもとに一緒に原因を考えて、優れている人を参考にした改善策を伝える。そうすることで成果が出ない社員を出さず、何人かに依存する組織にもしない、売上の再現性のある組織づくりが可能になります」(佐上さん)
ただしKPIは無理のない範囲で設定することを重視している。休日出勤や長時間の残業はもってのほかだ。
「お金は稼げるけど残業が多くプライベートの時間が取れないなどは言語道断です。育休はもちろん、『パートナーの誕生日だから休もう』とか自由にやって欲しい。
社員個人の幸福度のためにも、いかに効率的に、生産性のない作業をせずにリターンを得るかに注力したい。そのためにも数字で管理するのは有効な手段だと考えてます」(佐上さん)
創業者の持ち株比率、いくらが正解?
GettyImages / Hildegarde
最後に資本政策についてもたずねた。
M&A総合研究所は創業から上場まで、VCなどから約4億1000万円を資金調達している。事業規模にしては少額の調達に見えるが、そもそも
「前の会社を売却してるので、 資金調達せず自己資金だけでもできました 」(佐上さん)
という。
「出資を受けた理由は2つあります。1つは、より成長できる環境に身を置けると思ったから。実際、投資家にいろんな人を紹介してもらって、経営者としての能力が上がったと感じています。
もう1つは、自己資金だけでやると大胆な意思決断ができなくなってしまいそうだったからです」(佐上さん)
また、上場直前の佐上さんの持ち株比率は73.82%と近年上場した創業者の中でも極めて高く(新株予約権など潜在株含む)、上場後の現在(2022年12月)も64.82%を維持している。高い持ち株比率にこだわる理由はどこにあるのか。
佐上CEOの持ち株比率
提供:M&A総合研究所
「創業者の持ち株比率はさまざまな議論がありますが、自身の持ち株が多いことで、今後大きなコーポレートアクションを取る際の選択肢が広がることは確かです。流動性を保ちながらも、ある程度希薄化しても耐えられる量はどのくらいか模索した結果、今の比率になりました」(佐上さん)